進撃の英傑   作:あんかけパスタ

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遅れて本当にすみませんでした! しかも部下の紹介だけで内容進んでない!

<追記>
誤字と表現を修正しました。なんで最後の文章切れてたんだろう……


進撃の訓練開始・前

 笑みを浮かべて心臓を捧げる敬礼を見た訓練兵達は、しばらく茫然としていたが慌てて敬礼をし返す。上官からの敬礼に対して返答しない事は、非常に失礼な事に当たるからだ。実際、ルーデの部下である女性の一人が中々敬礼を返さない訓練兵達に対し、目を細めて睨みつける事に数名の訓練兵達が気付いて顔を青ざめさせる。

 

「うむ、楽にしてくれ」

 

 そう言いながら、ルーデが敬礼の姿勢を解くのを見て訓練兵達も次々に敬礼を解いた。ルーデは一度咳払いをし、訓練兵達全体を一度見渡してから、ゆっくりと声を上げる。

 

「それでは今回の訓練内容を」

「いやいや、隊長! まずは説明と自己紹介をしなくてはなりませんよ」

「おぉ、そうだったな」

 

 一切の説明を省いて訓練を開始しようとするルーデに対し、隣にいた副官らしき人物が慌てて声を上げた。ルーデが納得したように頷くが、突然目の前で漫才じみたものを見せられ、訓練兵達は多少戸惑いの表情を浮かべる。

 

 そんな中、少年……エレン=イェーガーだけは緊張し、顔を赤らめて目の前の女性の言葉を待っていた。周囲にそれを察せられない為にあえて無表情を作ろうとするが、逆にピクピクと顔面が引き攣り、知っている者が見たらエレンの様子が明らかにおかしい事が分かる。

 

 あれから二年、エレンは母を殺した巨人を駆逐するために、そしてあの時自分を助け、絶望的な状況の中戦い抜いて多くの人々を救った目の前の女性と共に戦う事だけを考えてきたのだ。まさか、いきなりこの目で見る事が出来るとは思っていなかった為、その緊張具合といったら凄まじい。

 

 そんな様子のエレンを見て、ミカサは複雑な表情を浮かべた。ミカサにとっても目の前の女性は自分とエレンを助けてくれた人であり、その行動や実績も敬意に値するものだと感じている。が、理屈では計れない感情が人間にはあるのだ。

 

 そんな二人の心境など知らず、ルーデはガーデルマンの説教を聞いて笑顔を浮かべ、もう一度訓練兵達に向き直ると口を開いた。

 

「まずは今回訓練を担当させてもらう、我々の自己紹介から始めるとしよう。まずはガーデルマン」

「はっ」

 

 先程ルーデに対して説教を行っていた人物が前に出て礼をする。ガッチリとした体格に、短く刈り上げた髪が特徴的な男性だ。だが大柄にも関わらず、何となく人の良さが染み出ている人物でもあり、取っつきやすい印象を受ける人物でもある。

 

「ガーデルマンは単独討伐数20、討伐補佐51でシガンシナ防衛以前から調査兵団にいるベテランである。私の副官でもあるので、何かあったら質問すると良いだろう」

「皆さんと共に頑張りたいと思うので、よろしくお願いします」

 

 ルーデの言葉に訓練兵達が俄かにざわつき始める。調査兵団は非常に死亡率が高く、長期間在団している人間は非常に少ないと言われている。そんな人物を訓練兵団に出向させるという事は、今回の訓練の本気さを感じさせると同時に、目の前の優しげな男性が凄腕の兵士に見えてくるのだ。

 

「次はヘンシェル」

「はっ!」

 

 そう言って歩み出るのは、ガーデルマンより少し小柄な、美青年と言っても過言ではない人物だった。細身だが、服の上からでも鍛え抜かれた体という事が分かる。

 

「ヘンシェルはまだ若いが、短期間で単独討伐数31、討伐補佐4の兵士だ。特に刃の扱いに慣れているので、君等も何かあればヘンシェルに聞くと良いだろう」

「はっ! 自分がヘンシェルである! 未熟な身ではあるが、貴様たちよりは兵士としてどんな面でも優れている! その事を肝に命じて指示に従うように!」

 

 ガーデルマンと違い、大声でそう告げるヘンシェルに訓練兵達が怯んだ様に視線を下に落とす。ヘンシェルは兵士としての自分、そしてルーデに対して絶対的な信頼を置いているため厳しい言い方をしているが、本来ならば新人の面倒見が良い兵士だ。それを知っているからか、ルーデは優しげに微笑むと、ヘンシェルが下がった所を見計らって次の名前を上げる。

 

「次、アルフレート」

「はぁい」

 

 そう言って少し前に出るのは、ややくすんだ金色の髪をポニーテールにし、のんびりとした動作で歩み出る巨漢の女性だった。先程紹介されたガーデルマンも中々の体格だったが、この女性は身長だけならガーデルマンを超えている様に見える。のっそりと前に出ると威圧感を感じたのか、訓練兵達が少し後ずさる。そんな様子を見て何かが面白かったのか、アルフレートは笑みを浮かべた。

 

「アルフレートもガーデルマンと同じく、シガンシナ以前から私に付いてきてくれている部下である。単独討伐数14、討伐補佐45のベテランだ。主に偵察を行い、立体機動装置の扱いに長けている。その事について聞きたい事があれば彼女に聞くように」

「アルフレートです。まだまだ若輩の身ではありますが、今後もよろしくお願いしますぅ」

 

 そう言って軽く頭を下げた。これでシガンシナでの戦闘に参加した者はルーデを加えて三名。今までウォール・マリア防衛に参加した六名の兵士(二名はその場で死亡しているが)は伝説の様な存在であり、人類の希望の一つとして教科書に名前が載っている程である。そんな兵士に会えたからか訓練兵達の大半は緊張しているが、その中でエレンだけはどんどん興奮が高まっていくかのように顔が紅潮していっていた。そんなエレンを見たミカサは駆け寄りたい衝動に駆られるが、もう少しこのまま見ていても良いかな? とか考えてボーッとしている。

 

「次、ロット」

「は、はいっ!」

 

 茶色の髪を肩辺りまで伸ばしている小柄な女性が前に一歩出る。見て分かる程緊張しており、訓練兵達が逆に心配になる程ガチガチだ。「しっかりしろ」、とルーデから声をかけられると、「ひゃい!」と言って返答しているのを見たライナーを筆頭とした男性訓練兵達が、何か眩しい物を見たような表情を浮かべた。

 

「ロットは隊の中で一番の新人である。単独討伐数は0だが、討伐補佐14と短期間で素晴らしい戦績を持っている。立体機動での位置取り、コース決定に長けているので、彼女の話は聞いておくように」

「班の中では未熟そのものでありますが、皆の役に立てるよう努めますのでよろしくお願いしますっ!」

 

 そう言って頭を下げると、顔を赤く染めて後ろに下がる。年齢も若いようで、新人という事に誤りはないのだろう。だが単独討伐こそないが、討伐補佐14というのはれっきとしたエースであり、そもそも調査兵団に同行して生存している時点で訓練兵達よりも遥か高みにいる人間である。

 

「次、ニールマン」

「はい」

 

 名を呼ばれて前に出た人物は、今まで呼ばれた人間の中では異質とも言える雰囲気を醸し出していた。今までの人間達はの人物が持つ特徴の中に兵士として訓練された何かを感じる事が出来たが、今出てきた人物はそれに当てはまらない様な気がするのだ。いや、訓練自体は受けているのだろうが、他の面々に比べてそれを感じる事が出来ないのだ。

 

「ニールマンは元々兵士ではなくてな。実は私の話を聞きたいと言ってきた一般人なのだ。私が直々にスカウトして調査兵団に入ってもらった」

「懐かしい思い出ですね。あの時はマジで死んだと思いましたが」

「はは、だが私の見る目は確かだっただろう? ニールマンは単独討伐数1、討伐補佐11の兵士だ。本来の仕事はガス、刃の補給を行う役割を持っている。兵士としては戦うだけではなく、こういった仕事もあるのだと覚えておいてほしい」

「自分がニールマンです。えー、何よりも大切なのは無駄死にではなく生き残って戦い続ける事です。我々はそれを教える為に全力を尽くしますので、何かあったら聞いてくださいね」

 

 そう告げると後ろに下がった。これで紹介も終わりか……と考えた訓練兵達だったが、その空気を察したのかルーデが眉を顰める。

 

「こら、まだ紹介は終わっていない」

「え、まだ誰かいるのか……?」

 

 ルーデの言葉を聞いたエレンが呟くように口を開くと、ルーデが口の中に指を入れて思い切り息を吐き出す。けたたましい指笛が辺りに響くと、訓練兵達の後ろから何かが走ってルーデの場所へ向かう。訓練兵達は突然合間を縫って通り過ぎる何かに対し、悲鳴を上げたり引っくり返ったりと忙しい。そして二つの影がルーデの傍に歩み寄るのを見た前列の数名が更に悲鳴を上げる。

 

「紹介しよう。我が班の特殊偵察兵、スツーカとエボルトだ」

 

 そう言いながら笑みを浮かべたルーデが、足元に歩み寄ってきた二頭の犬の頭を撫でる。犬というよりは大きさ的に狼と言っても過言ではない二頭は、ルーデに頭を撫でられると嬉しそうに目を細めた。訓練兵達は完全にびびってしまう者と、スツーカとエボルトを見て触りたそうに手を出したり引っ込めたりしている金髪の美少女等反応は様々だ。

 

「スツーカとエボルトも数年前から調査兵団として働いている立派な兵士である。よって君達の上官に当たる存在なので、失礼のないように」

(相変わらず滅茶苦茶な事言うなぁ……)

 

 やや右後ろで見ているガーデルマンがルーデの言葉に対して心の中でツッコミを入れるが、それを気にするものはいない。そして実際にスツーカとエボルトは偵察役としては非常に優秀な存在なのだ。鳴き声や遠吠えで巨人の存在を報せ、その回数で数も報せてくれる。たまにミスする事はあるが、それでも段違いに偵察の信頼度が上がったのだ。ちなみにこの二頭は目の前にいるルーデ自身が提案して調査兵団に入っている。

 

『巨人が人間以外に興味をもたないのであれば、犬を班に入れてみてもよろしいか? 無論、失敗しても私が責任を持って飼うから安心してほしい』

 

 そう提案したルーデもルーデだが、笑顔を浮かべてすぐに了承したエルヴィンも相当なタマであろう。ちなみにリヴァイは何度か自分の服を汚されてキレかけており、その度にルーデと話し合い(物理)を行っている為、スツーカとエボルトとは仲が悪い。

 

「そして最後に一応私も自己紹介しておこう」

 

 そう言うと、ルーデは先程と同じく敬礼の姿勢をとり、一度大きく息を吸い込んで口を開く。

 

「ルーデ=リッヒ団長補佐! 単独討伐数192(推定)、討伐補佐87(推測)である! 基本的には前衛の任に就いている一兵士と考えてもらってよい。今後ともよろしく頼む!」

 

 ルーデの自己紹介と共に、その余りの戦果に訓練兵達のざわめきが沸き立つ。凄い、嘘だろ、誇張じゃないか、という声が聞こえてくるが、よくよく計算すればそれほど不思議な数字ではないのだ。

 

 ルーデは今26歳、15歳から在団している為11年間調査兵団として前線に立っている形となる。元々から単独で巨人とやりあえた事もあってか、この討伐数は不自然なものではない。一度戦闘が始まれば、間違いなく数体の巨人を仕留める上、その在団期間もあってか出撃回数も半端ではない。その上、討伐数が数えられていないシガンシナ防衛戦や無断での夜間防衛出撃などの事を考えると、この討伐数でも少ない筈なのだ。が、これ以上の数字を書いては誇張を疑われて逆に士気を下げる可能性があるということで、まぁこの位の数で収めようという形になったに過ぎない。ちなみにリヴァイも似たような戦果を出しており、このまま在団期間が並べばルーデと変わらない戦績になるだろう事が言われている。

 

 様々な反応でざわつく訓練兵達を見つつ、ルーデは笑顔を浮かべつつ口を開く。

 

「我々は諸君の大いなる素質を見込み、今回の訓練をキース教官殿に伝えて訓練を担当させてもらう事になっている。そして我々は調査兵団であるが、諸君に調査兵団への参加を強制するものではなく、どんな道を選ぼうとも構わないと思っている。それを心に刻んで我々の訓練に励んでもらいたい」

 

 そのルーデの言葉に、大多数の人間が笑みを浮かべた。調査兵団に応募する人間など両手の指で足りる程度の人数だろうし、これは最初から分かっていた反応だ。エレンやライナーなどの数名がルーデの言葉に表情を引き締めた。

 

「で、訓練なのだが……諸君はまだ立体起動装置の基礎訓練に入っていないと聞いた」

 

 それを聞いたキースが自分で納得するように頷いた。訓練兵達は立体起動装置の適性検査を受けただけであって、実際に使用したのはワイヤー射出の訓練程度で、まだ使用した事はない。

 

「資料にあった通り実戦形式の訓練を行うつもりだったが、立体起動装置の基礎も出来ていないのであれば、我々が出来るのは乗馬訓練程度だ。という訳で、立体起動装置を使用しての訓練は基礎を終えた後に行うものとする」

 

 それを聞いたエレンが不満げな表情を浮かべる。実戦形式、しかも憧れの人が行う訓練という事もあってやる気に満ち溢れていたのだ。それがいきなり肩すかしを食らった気分になるのも仕方ないだろう。

 

 途端、ルーデが目を細めて口を開く。

 

「何名か不満そうな表情を浮かべているな?」

 

 それを聞き、エレンはハッとした表情を浮かべて視線を自分の足先へと落とす。ルーデの言葉はエレン個人に向けられているという訳ではないが、それでも自分の事を指摘されたように感じて、エレンは顔を赤くする。

 

「それだけ楽しみにしてもらえた様で私は嬉しいぞ! まぁ、いくつかの訓練自体はやるので心配しなくてよろしい! ヘンシェル!」

「はっ! 全員、立体起動装置、及び野営装備を装着して今と同様に整列せよ!」

 

 ルーデに呼ばれたヘンシェルがそう大声で叫ぶと、少し困惑した様子を見せた後に訓練兵達は自分の兵舎へと戻り、装備を装着し始めた。突然の不可解な命令に戸惑いこそしたが、それでも上官からの命令なら従うのが兵士だ。それを今までの短い訓練で学んでいる。

 

「立体起動装置の訓練じゃないのに、どうしてこれを全て装備するんだろう?」

「分からないけど、なんか凄い訓練でもするんじゃないか?」

 

 隣で準備しながらアルミンが疑問を口にするのを聞いて、エレンは自信満々にそう返す。一緒に戦いたいと願い続けた人が自分を訓練してくれるという事態に興奮しているようで、いつもとは明らかに様子が違った。そんなエレンを見たアルミンが納得するように頷いて口を開く。

 

「ルーデ団長補佐って、エレンを助けてくれた人だよね?」

「そうだ! あの人がいなきゃミカサも、ハンネスさんだって無事だったかどうかわかんねぇ」

 

 その言葉にアルミンも頷く。ルーデ団長補佐といえば、それこそ兵団の中でも伝説に近い存在と言われている人物だ。調査兵団に限って言えば在団期間はトップ、その中でも出撃回数は驚くべき数になっている。真偽は明らかになっていないが、中央の憲兵団への移動を命じられた際に、命じた上官を一蹴したという噂まである。

 

 エレンが尊敬するのは当然だが、憲兵団……というよりも中央に対して不信感を抱いているアルミンにとっても、中央の決定を蹴ったルーデは、ある意味で憧れの人間でもあった。

 

「でも、これを装備して何を訓練するんだろうな?」

「分からないけど……フル装備だと流石に重いね」

「だな……」

 

 腰に立体起動装置を装備し、背には野営用の装備全般が積まれているこの姿は、訓練兵団の前衛以外の人間の姿でもある。前衛は野営用の装備こそ持たないが、予備のガスや刃の量が多い。

 

 そしてこの装備の特徴は、ひたすらに重いという事だった。正確な重量は分からないが、少なくともこれを装備すると動きは鈍る程度には重い。調査兵団以外の兵団では装備する事がないという装備でもあった。

 

 そう考えながらエレンとアルミンが外に出ると、そこには同じ装備をしたミカサがエレン達を待っていた。女性といえども装備は変わらず、重量も同じはずなのにいつもと変わらない様子にアルミンはある意味で戦慄を抱く。

 

「エレン、待ってた」

「先に行けば良かっただろ? 別に待ってる必要なんかねえって」

「……ダメだった?」

「ダメって訳じゃねぇけど」

 

 一度悲しそうな表情を浮かべたミカサだったが、エレンの一言を聞いて目元を緩める。そんな光景を見ながら、アルミンは集合場所を指さすと口を開いた。

 

「ほら、急いで整列しないと、キース教官にどやされる」

「エレン、行こう」

「分かってるって! 引っ張んな!」

 

 徐々に集まりつつある訓練兵達と同じように整列し、全員が集まるまで待つ。やがて全員が集まった事をヘンシェルが確認すると、姿を消していたルーデが再び台上に上がる。

 

 その姿を見た訓練兵達が目を見開く。ルーデは先程の訓練兵団前衛の特徴であるマントを装着した姿ではなく、訓練兵達と同じような野営装備だったからだ。しかも、訓練兵達よりも背負っている荷物が一回り大きい。

 

 訓練兵達が装備をしてきた事を見回して確認したのか、ルーデは満足げに頷いて口を開いた。

 

「よしっ、それではこれより訓練を始めたいと思う。諸君も知っての通り、調査兵団が壁外で野営を行う場合、拠点化した巨大樹の上で行うが、それは何故か分かるか? そこの君!」

「え!? わ、私ですか!?」

「うむ、君に聞いている。何故か分かるか?」

 

 ルーデに指さされた少女……クリスタ=レンズは大勢の前で緊張しているのか、頬を赤く染めながら声を張り上げる。

 

「そ、それは巨大樹は巨人の手が届かない位置で野営が行えるからです! また、地形的に立体起動装置が充分に生かせる場所である事も理由の一つであるかと思います!」

「うむ、その通り。基本的に壁外調査では巨大樹の上、最低でも立体起動装置が生かせて、馬の食糧がある場所になる。特に巨大樹は調査兵団にとって切っても切り離せない関係にある訳だ」

 

 ルーデの言葉に、訓練兵達は困惑しながらも話に耳を傾ける。教科書にあるような話であるし、それが今の自分達の装備と、これから行う訓練に何の関係があるのか分からない為だ。

 

 そんな訓練兵達の心中を知ってか知らずか、ルーデは笑顔を浮かべたまま背にある荷物を揺らし、周囲にいる部下達が訓練兵達に慈しみの表情を浮かべるのも気にしないまま口を開いた。

 

「よって、実戦形式には程遠いが、諸君にはこれから巨大樹上で実際にどんな野営を行うのか。それを体験してもらおうと思う! ついでと言っては何だが、体力をつけるためにこの装備のまま巨大樹まで走って移動だ!」

 

 その言葉が響き渡った瞬間、訓練兵達から揃って「え!?」という言葉が響き渡った。

 

 この装備で走った事自体はある。体力づけという事も理解は出来る。

 

 が、壁内に存在する巨大樹は非常に少なく、それこそここから相当の距離があるのだ。訓練で見学しに行った事はあるが、少なくとも10km近い距離があるはずである。それを今の装備で? しかも走って? 一部を除いた訓練兵達が唖然とした表情をルーデに向けるが、ルーデは笑顔を浮かべながらそれに応える。

 

「安心しろ! 私は昔、諸君と同じ訓練兵だった頃に同じことをしていた! 人間やろうと思えば何とかなる! それに諸君の体力がどの程度あるのかも見ておきたいからな!」

 

 そう言って、ルーデが小走りで訓練場の入り口まで走る。野営用の装備を持っているとは思えないほど軽やかな速度で移動すると、訓練兵達へと視線を向けた。

 

「さぁ、諸君! 出撃だ!」

 

 ただひたすらに、重い物を持って走り続ける。

 

 訓練兵達は、この訓練の辛さを知る事になる……

 

 

 

<黄金羽剣付ダイヤモンド兵団勲章>

 

「これは?」

 

 肩幅まで足を開き、手を後ろ手に組んだルーデが目を細めてそう口を開いた。ルーデの視線の先にあったのは、黄金で作られた羽と十字の飾りに、輝く石がはめ込まれた勲章だ。それを差し出した憲兵団の人間は、笑みを浮かべつつ口を開く。

 

「受け取りたまえ」

「覚えのない勲章を受け取ることなど出来ません。しかし珍しいですな。てっきり勲章は憲兵団の功績の為に作られるものだと思っていたのですが」

 

 ルーデの言葉を聞き、扉の前にいた憲兵団の一人がルーデの後姿を睨みつける。が、それに何かを感じたのか分からないが、ルーデが振り向いて視線を合わせられた瞬間慌てて視線を逸らした。それを見たルーデは特に何の反応もせずに視線を前に戻す。

 

「これは大変名誉なことだよ」

「仰る意味が分かりませんが?」

 

 憮然とした表情で首を傾げるルーデに対し、やや呆れた様子で首を振ると、目の前の人物は口を開いた。

 

「この勲章は君が壁外調査、そしてシガンシナ区での活躍を讃えて作られた君だけの勲章なのだよ。中央は君の力を高く評価していてね。だからこれを君に与えようと考えたのだ」

「光栄です」

「この中央に付いている物が分かるかね? これはダイヤモンドという物で、要は宝石だな。庶民には絶対に手に入らない物だ」

 

 それを聞いたルーデがもう一度勲章へ視線を移す。この人類領域では宝石が採れる場所は非常に少なく、例え発見されたとしても、それらは全て中央か貴族の手に渡るのが普通だ。ウォール・マリア等の壁の外側にいる人間では手の届かない代物だった。

 

 ルーデ自身も宝石を見たことはあるが、自分が持ったことはない。少なくとも調査兵団の人間で宝石を持っている人間はいないだろう。もしかしたらエルヴィン辺りは持っているかもしれないな、と頭の片隅で考えながらルーデは視線を目の前の人間へ戻した。

 

「そしてこの勲章と共に辞令がある」

「……どのような辞令がお聞きしても?」

「勿論。ルーデ=ルッヒ分隊長、貴殿はこの勲章を受け取ったと同時に憲兵団へ移籍、中央の貴族連盟の直衛部隊に配属となる。今後もその力を人類の為に役立ててほしいという事だ」

「私が、でありますか?」

「そうだ、これは大変名誉な事だぞ? 特に何の後ろ盾もない人間が憲兵団、それは貴族の直衛へ配属となるなど、今まで聞いたことがない。君は選ばれたのだよ」

 

 「さぁ、受け取りたまえ」、と言いながら勲章を差し出す人物に、ルーデは特に何の感情も込めていない視線を向けた。怒りも、動揺も、憤りすら感じさせない表情のままで、ルーデはいつも通りの調子で口を開いた。

 

「では、二度と私に中央へ行けと言わないのであれば、その勲章を受け取りましょう」

 

 いつもの調子で言ったルーデのその一言で、部屋の中の空気が凍りつく。扉の前にいる兵士が唖然とするのはともかく、煌びやかな勲章を持った人物すら呆然とした表情を浮かべていた。そんな空気を気にする事もなく、ルーデは口を開く。

 

「他の用がないのであれば私は行きますが、何かありますでしょうか?」

「ま、待ちたまえルーデ=リッヒ!」

 

 勲章を握りつぶす勢いで手を握り締め、顔を赤く染めた人物がルーデに歩み寄る。身長差からルーデが軽く見上げる形となり、その人物は怒りの表情で口を開く。

 

「どういうつもりだ!?」

「? どういうつもりと言われましても……そのままの意味ですが」

「中央からの辞令だぞ! それを貴様……!」

「しかし、中央の指示ではその勲章を受け取った時点で私は中央へ移籍されるとの事ではないですか。ならば私はそんな勲章なぞいりません」

「う、受け取りを拒否する気か!?」

「はい」

 

 特に迷った様子もなく、ルーデはあっさりと口にする。ルーデは煌びやかな勲章はもとより、それに使われている宝石にも全く価値を見出していないのだ。むしろ綺麗な石程度の認識しか持っていないのである。

 

 恫喝に近い怒声を上げる人間にも、素晴らしく価値のある勲章にも全く執着がないルーデに対し、目の前の人物は怒りの余り紅潮し、兵士はその雰囲気に青ざめるしかない。その中でルーデだけが平時と変わらないままで「では失礼します」と言って背を向けた。

 

「ルーデ=ルッヒ! 貴様、後悔するぞ……!」

 

 勲章を握り締めたまま、怒りの声を上げる人間に対して、ルーデは扉に手をかけつつ口を開く。

 

「後悔、ですか」

 

 そして、一度だけ振り向く。その視線に晒された人物は今までの怒りすら飲み込まれて冷や汗を流すが、ルーデの口調は平時と変わらない。

 

「これ以上はない、という後悔を味わっておりますのでお気遣いなく」

 

そう言って扉を開けると、そのまま振り向くことなくルーデは後ろ手で扉を閉めた。

 

 部屋には、青ざめる兵士。そして手に煌びやかなだけの飾りを手にした人間だけが残された。

 

 

*

 

 

「ルーデ」

「おや、エルヴィンじゃないか」

 

 憲兵団の建物から出てきた瞬間に声をかけてきた同僚に、ルーデは軽く驚いた表情を浮かべる。そんなルーデの隣に並ぶと、エルヴィンは同じ速度で歩き始めた。

 

「どうしたんだ、こんな時間に?」

「ルーデが憲兵団に呼び出されたと聞いてね、つい様子を見に来てしまった」

「暇な奴だな」

 

 辛辣な言葉を返すルーデに、エルヴィンは苦笑を浮かべながら「そうだな」と返す。普段と様子が変わらないルーデに対して、エルヴィンは気になっていた事を尋ねる。

 

「で、どうだったんだ?」

「どうだったとは?」

「移籍の話さ。とうとう憲兵団が君を移籍させると……それでその話は」

「うむ、丁重に断った」

 

 最後まで言葉を言わせることなく、はっきりと言い切ったルーデに対してエルヴィンは驚いたと同時に、やっぱりな、と安堵の心も抱いていた。ルーデは義足を使用しているとは思えない歩行を続けたまま言葉を続ける。

 

「勲章を受け取れば移籍しろと言われてな。それならば、いらんと言ったよ。興味もない」

「君らしいな……」

「まぁ、今回は助かった。勲章が欲しければ移籍しろ、という話でなければどう断っていいか、分からなかったからな!」

 

 多分、相手は違う事を言っていたのだろうなぁ……とエルヴィンは考えながらも、目の前の少し認識がズレていて、自分よりも年下にも関わらず調査兵団としての期間が長い人間に呆れと同時に、尊敬の眼差しを送る。

 

 足の治療中の病室で、涙を流しながら出撃を望んでいた彼女の姿は、エルヴィンの目に焼き付いている。これほどまでに戦いを求めると共に、人類の為に戦う人間をエルヴィンは他に知らない。余りにも眩しい存在だった。

 

「で、エルヴィン。次の壁外調査はいつだ?」

「君は変わらないな……しばらくは無理だろう。ウォール=マリア奪還作戦の被害もそうだし、拠点やコースも最初から練り直しだ。キース団長の後任も探さなければならないしね……君が団長になってくれると助かるんだが」

「無理だ、器じゃない」

 

 きっぱりと断るルーデに、エルヴィンは溜息を吐く。何度かこの話をしているのだが、ルーデは一向に首を縦に振ろうとはしない。それどころか……

 

「最初から言っているだろう。後任はお前が適任だ、お前なら出来る」

「買い被りだと思うが……私は大した人間じゃない、ただの一兵士だ」

「ふーむ、お前以外に適任はいないと思うがなぁ」

 

 残念そうに呟くルーデに、エルヴィンは苦笑を浮かべながら首を振った。どう考えても自分よりルーデが適任だろうと考えているからだ。そんなエルヴィンの考えも知らず、ルーデはエルヴィンの肩へと手を置いた。

 

「まぁ、壁外調査の目途が付いたら教えてくれ。部下と一緒に参加するからな」

「シガンシナで戦った君の部下も全員残留していたね。また君の下に就ける様にしておく」

「すまんなエルヴィン、感謝する!」

 

 そう言って笑顔を浮かべるルーデに、エルヴィンも釣られて笑みを浮かべてしまう。巨人との戦いを演じている時と、普段の生活の余りの違いがルーデの魅力の一つであり、それに魅せられる人間は非常に多い。エルヴィンもそれに魅せられた人間の一人であり、共に戦っていきたいと強く願っている。

 

「では、また明日な」

「あぁ、また明日に」

 

 兵団宿舎に到着し、ルーデは女性宿舎へ、エルヴィンは男性宿舎へと別れなければならない。ルーデが軽く手を挙げて口を開くと、エルヴィンもやや惜しげに別れの言葉を口にする。そうしてエルヴィンはルーデに背を向けた。

 

「エルヴィン」

 

 背を向けた瞬間聞こえた言葉に、疑問の表情を浮かべてエルヴィンは声がした方向へと振り向いて……息を飲んだ。

 

 月光に照らされた青い瞳がエルヴィンを貫く。冷徹で刃の様な鋭さを感じると同時に、深い安心感を与える不思議な輝きを受けてエルヴィンが硬直するが、ルーデは先程憲兵団と話した時とは打って変わり、その表情に悲壮感すら感じさせる決意を映したまま口を開く。

 

「次は勝つぞ」

 

 その言葉が耳に届いた瞬間、何かがすとんと胸に落ちた感覚をエルヴィンは感じた。ルーデはそれだけ言うと、今度こそ女性宿舎へと歩いていく。

 

 その後ろ姿を見ながら、エルヴィンは目を閉じて軽く頭を下げると、自分も男性宿舎へと進んでいった。

 




今回はルーデの部下紹介、訓練開始を行うところまで行いました。全然話が進んでない……つ、次こそはエレン達とも関わり、話は進むから期待しててね!(丸投げ)
ルーデの討伐数は多いかな? とも考えたのですが、在団期間の長さと一度の討伐数、単体で巨人を相手にできるのと常時前線にいる事を考えればこれくらいはいきそうかなぁ、と考えて書いてました。しかも無断出撃や野営中で起きている係じゃないのに出撃したりする方なので、これでも少ない計算という感じです。きっと出撃をごまかして誰が倒したかわからない巨人が何体かいるんだよ!
次回も少し遅れるかと思いますが、気長に待っていただけたらと思います。

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