SAVIOUR~無限のソラへ~   作:風羽 鷹音

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第01章 来訪者
01 始まりの動因


 世界はいつだって理不尽で優しくない。

 

 だから力を。

 

 自分を、誰かを守れる力を。

 

 自分に求めて、誰かに求めて。

 

 私はそれを否定できない。

 

 何より私が誰かを守る為の力を求めて来たから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インフィニット・ストラトス。通称「IS」

 

 宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。しかしISは発表当時大した注目はされなかった。それはISの開発経緯が全く表に出ていなかったことと、開発者の篠ノ之束(しののの たばね)が全くの無名だったことが要因だった。

 

 しかしISの発表後しばらくして起きたとある事件、のちに「白騎士事件」とされる事件。それは日本を射程距離内とするミサイル、それらが配備されたすべての軍事基地のコンピュータが、一斉にハッキングされることで始まる。

 

 ハッキング後、日本に向けて発射された2341発以上のミサイルの約半数を搭乗者不明のIS「白騎士」が迎撃したのだ。

 

 その際、白騎士の戦闘力を危険視した各国が捕獲、もしくは撃破しようとするも、その殆どが無力化され、少なくとも表向きでは負傷者は多数出るも、死者はゼロと言われた。

 

 この事件によってISは兵器として注目されることとなり、当初の目的とは裏腹に軍事転用への道を歩むこととなる。

 

 しかしISには欠陥ともいえる特徴があった。

 

 理由は定かではないがISは女性しか扱えなかったのである。

 

 他にもISの核であるコアが完全なブラックボックス状態で開発者である篠ノ之束しかコアの生産ができないこと。その篠ノ之束がある期を境にコアの生産をやめ失踪。それによりISの絶対数が467機になってしまったことである。

 

 しかし、それでもISの兵器としての価値は高く、ISを所有する各国の軍は、ISを中心に編成され、そのISを扱える女性の社会的地位が僅かではあるも男性を上回ることとなる。

 

 こうして世界は急激ではあるも確実に変化を余儀なくされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園。

 

 各国のISの取引などを規制し、ISの技術を独占的に保有していた日本へ、情報の開示と共有を定めた通称「アラスカ条約」により、日本に設置されたIS操縦者育成用の特殊国立高等学校である。

 

 ISが女性しか扱えないという特性上、当然その操縦者の育成機関であるIS学院には女生徒しかいない。また教職員も女性ばかりである。

 

 世界各国から生徒を受け入れていて、アラスカ条約により情報の開示、共有という取り決めがあろうと、ISに関して日本の位置づけは重要であり、開発者の篠ノ之束が日本語しか喋らなかったこともあって、少なくともIS学院においての公用語は日本語である。

 

 そのIS学院の入学式当日、多種多様な女生徒の山の中、一年一組の教室内に、たった一人の男子生徒がいた。

 

 名前を織斑一夏(おりむら いちか)

 

 つい最近になって見つかった現状で世界唯一、ISが動かせる男性である。 

 

 男性といってもついこの間、中学校を卒業したばかりで、その点は他の女生徒と同じである。

 

 その織斑一夏は、現状の居心地の悪さに胃を痛くしていた。

 

 共学の中学校に通っていたころには気づくことのなかった女の子特有の匂いがこの教室にはあった。

 

 男ばかりの空間が男臭いように、女ばかりの空間が女臭いというのはなんとなくあるのだ。少なくともこの空間で唯一の男である一夏にはそれがわかった。

 

 そして、その匂いや、一人ぼっちの男子生徒というのが彼の胃にじわじわとダメージを与える。

 

 この環境に慣れるのが先か、胃に穴が開くのが先か。彼は一人、そんな戦いに身を投じていた。

 

 そんな彼の戦いを誰も知る由はなく、最初のSHR(ショートホームルーム)が始まる。

 

 

「私はこのクラスの副担任。名前を山田 真耶(やまだ まや)といいます。皆さん一年間よろしくおねがいします」

 

 

 副担任である真耶がそう挨拶するも、生徒たちの反応は実に薄かった。

 

 というのも教室中の注目を一夏が集めているからである。

 

 ISが動かせる唯一の男性というのだから仕方ないと言えば仕方ない。おまけに彼の容姿は整っており、イケメンか非イケメンかと問われれば、ほとんどの人物がイケメンと答えるであろう。

 

 そんな異様な雰囲気の中、各生徒の自己紹介が始まった。

 

 そして、その順番は一夏に回ってくるも、それどころではない一夏はそのことに気が付かない。

 

 すると真耶が困ったように、

 

 

「え、えぇと……お、織斑君?」

 

 

 と、やや困ったように声をかけられ、一夏は初めて反応した。

 

 

「え? 俺ですか?」

 

 

「あのね、自己紹介、織斑君の番なんだけど……」

 

 

 何を生徒相手に緊張しているのかわからないが真耶はやや上目づかいで一夏を見る。

 

 あ、かわいい。などと思った一夏であったが自分の番だと言われては仕方がないと、立ち上がると、さっと教室を見渡して、

 

 

「えっと……織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 

 そう言ってぺこりと頭を下げる。

 

 しかし他の女生徒はその後を期待してるらしく皆が皆一夏をじっと見つめる。

 

 だが一夏はそんな視線を振り払う様に、

 

 

「以上です」

 

 

 皆の期待をぶった切った。

 

 織斑一夏という少年は不器用なのである。

 

 教室の至る所で、ずるっとずっこける者が見られた。

 

 するとコンコンと教室のドアをノックする音が聞こえた。

 

 

「はい。どうぞ」

 

 

 真耶がそう答えると一人の少女がドアを開けて入ってきた。

 

 かわいい。お人形みたい。そんな言葉が生徒たちの間から聞こえてくる。

 

 服装は白のYシャツに赤い紐タイ、黒のプリーツスカート、黒のタイツに黒いブーツ。

 

 何より関心を集めたのは小学生のように小さな身長に、病的に白い肌、真っ白な髪。全体的に髪の長さは肩にかかるか、かからないほどだが首の後ろ付近の一束だけが長く腰ほどまで伸びている。

 

 十五歳の生徒たちばかりの中で、あきらかにその少女の存在は異質だった。

 

 誰かの妹? 生徒たちがそう疑問を抱いていると。

 

 

「真耶さん。出席簿を持っていかず何をしてるんですか?」

 

 

 少女にそう問われた真耶は「え?」と声をあげて教卓の上を見る。いくつかの資料をどけてみるが確かに出席簿はない。

 

 そして少女の手元を見れば確かに出席簿がそこにあった。

 

 

「ミルアちゃん、持ってきてくれたんですね。ありがとうございます~」

 

 

 初日からポカをやらかした為か真耶は彼女が「ミルア」と呼んだ少女に半泣きになりながら抱き着いた。

 

 真耶は小柄な方だが、ミルアと呼ばれた少女はさらに小さい。よって真耶の見事に大きな胸に顔が完全に埋まる形になってしまった。

 

 しばらくしてミルアが真耶の腕をぱんぱんと叩く。 

 

 それに気が付いた真耶は、

 

 

「うわぁっ! ご、ごめんなさいっ! ミルアちゃん」

 

 

 真耶の胸から解放されたミルアは僅かに鼻の頭が赤くなっている。

 

 謝る真耶に「問題ない」と言うミルア。

 

 そんな中、生徒の一人が、

 

 

「あの……先生、その子は?」

 

 

 生徒の疑問は当然である。

 

 

「えぇと……この子はですね」

 

 

 真耶がそこまで行ったところでミルアはぺこりと頭を下げて、

 

 

「皆さん初めまして。私はここIS学園でお世話になっているミルア・ゼロといいます」

 

 

「なんといいますか、ミルアちゃんはですね、複雑な事情がありましてIS学園で預かっているのですよ」

 

 

 真耶の言葉に生徒たちは一瞬静まり返る。

 

 複雑な事情。

 

 それはいったいなんだろうかと生徒たちが顔を見合わせていると、

 

 

「無国籍で専用機持ち。おまけに篠ノ之束の関係者……でしたわね」

 

 

 何処か刃じみた雰囲気を乗せた声がして、教室はしん、と静まり返る。

 

 生徒たちはその声がした方を振り返り、ミルアも冷めたような、ルビーの様に赤い瞳をその声の主にむけた。

 

 皆の視線の先にいたのは青い瞳に僅かにロールがかった長く豊かな金髪をした白人の少女だった。スタイルもとてもよく、背筋もピンと伸びていて、ただ椅子に座っているだけなのに様になっている。

 

 

「イギリスの代表候補生……セシリア・オルコットでしたか?」

 

 

 ミルアがそう言うと、セシリアと呼ばれた少女は僅かに、それもやや見下すような笑みを浮かべて、

 

 

「あら? 貴方の様な無法者でも、わたくしの事はしってらしたのですね?」

 

 

 セシリアの物言いに教室の雰囲気が張り詰める。

 

 

「ISの生みの親である篠ノ之博士の後ろ盾の元、様々な国で好き勝手に暴れていたというお話でしたが、まさかIS学園に雲隠れしていた上に、これ程に幼いとは思いもしませんでしたわ」

 

 

 セシリアのその言葉にミルアは小さくため息をつくと、

 

 

「あまり好き勝手した覚えはないのですけどね」

 

 

 ミルアのその言葉に、ふん、と鼻を鳴らしたセシリアは、

 

 

「詳細は明かされていませんが、ドイツでは随分と暴れたようで」

 

 

「詳細が明かされていないのによくいえますね」

 

 

 ミルアはやや不機嫌そうに言う。

 

 するとミルアの後ろにスーツとタイトスカートに身を包んだ長身の女性が立つ。女性らしいボディラインをしつつも引き締まるところはしっかりと引き締まり、鋭い目つきながらも美人と言える顔立ち。

 

 その女性はミルアを見下ろして、はぁ、とため息をつく。

 

 それに気が付いたミルアは振り返り見上げる。

 

 ミルアの背後に立っていた女性はミルアの頭を軽く押さえつけるようにして、

 

 

「新入生の入学早々トラブルは起こさんでくれよ。あれか、お前もあいつのように厄介ごとを起こすつもりなのか?」

 

 

 女性の言葉には「勘弁してくれ」というニュアンスが含まれていた。

 

 ミルアは自らの頭を押さえつけている手を押しのけると、

 

 

「彼女と……束さんと、一緒にしないでください。心外です」

 

 

「私の勘は当たる。お前は絶対あいつと同じだ。ある意味な」

 

 

 女性の言葉にミルアは、わけがわからず首を傾げる。

 

 すると真耶が間に入る様に、

 

 

「まぁまぁ、織斑先生もそこまでにしてあげてくださいよ」

 

 

 山田先生の言葉に織斑先生と呼ばれた女性は「そうだな」と短く答えると教室の生徒たちを見渡して、

 

 

「私が諸君らの担任を務める織斑千冬(おりむら ちふゆ)だ。私の仕事はひよっこの君たちをこの一年の間に少しでも使い物になる操縦者に鍛え上げることだ。そういう訳だから私のいう事はよく聞き、よく理解しろ。わからない事、できない事は言わん。だから、わからない事、できない事があるなら、ちゃんと言え。わかるまで、できるまで、指導してやる。別に逆らってもかまわんが、その先は全て自己責任だ。面倒みきれん」

 

 

 千冬がそこまで言うと、教室はしん、と静まり返る。

 

 山田先生に至っては熱っぽい視線を向けている。

 

 ミルアは生徒たちが黙っているのを不思議に思い、訝しげに見ていると、

 

 

「きゃあああああああぁぁぁあぁあぁあぁああっ!」

 

 

 複数……それも半分近くの生徒たちの歓喜の悲鳴が爆発し一気に教室内が騒がしくなる。

 

 一夏と、ミルアに至っては耳を塞ぐ始末だ。

 

 そんな二人に構う事もなく教室内の熱は上がってゆく。

 

 

「千冬様っ! 本物の織斑千冬様よっ!」

「お姉さまにご指導していただきたくて、田舎を飛び出してきましたっ!」

「お姉さまがお生まれになった時からファンですっ!」

 

 

 怒涛の歓声。一部物理的に無理がありそうなものもあるが感極まっての為であろう。

 

 ISが兵器として扱われ同時に、その魅力的な性能からスポーツとしても扱われるようになってから行われたISの世界大会。

 

 その最初の大会の優勝者が千冬であり彼女の公式の戦績は無敗を誇っていた。それ故の人気だった。

 

 止むことのない歓声に千冬はうんざりとした顔をして、

 

 

「よくもまぁ、毎年毎年、私の所には馬鹿者が集まるな……誰かわざとやってないだろうな……」

 

 

 実にうっとうしそうな顔をする千冬。

 

 しかしその反応は彼女たちを興奮させるだけで、

 

 

「お姉さまっ! もっと叱ってっ! 罵ってくださいっ! 踏んでくださいっ!」

「飴と鞭をっ! できれば鞭を多めにくださいっ!」

「むしろ縛ってっ!」

 

 

 何処までが本気か知らないが彼女たちは頬を赤く染めて心なしか吐息も荒い。

 

 あまりの光景に唯一の男子たる一夏は明らかにドン引きしていた。

 

 騒ぎに参加していないセシリアも、やれやれと呆れ顔である。

 

 その光景に千冬は諦めたかのように、ちらりと視線を一夏に向ける。

 

 視線を、向けられた一夏は、びくっと怯えたように反応し、

 

 

「千冬姉、全然連絡よこさないと思ったら、IS学園で教師なんかやってたんだな」

 

 

 そう言って、あははと笑みをこぼした一夏の頭頂部に千冬の手刀が振り落とされる。

 

 ごすっ! といういい音がして一夏は頭を押さえて机に突っ伏した。

 

 

「織斑先生だ。公私の使い分けもできんのか、お前は」

 

 

 千冬の言葉に一夏は上目づかいで、

 

 

「い、いやだって千冬姉――――」

 

 

 一夏はそこまで言ったところで千冬が手刀を振り上げていることに気が付いて、

 

 

「い、いえ何でもないです織斑先生……」

 

 

 一夏は潔く折れた。

 

 

「織斑君て千冬様の弟……?」

 

 

「か、変わってほしいなぁ……うらやましいよぉ……」

 

 

 今度は先ほどと違って小さな声が聞こえてきた。

 

 

「さて、連絡事項が一つある。織斑、お前の寮での部屋に関してだ」

 

 

 千冬のその言葉に一夏は「え?」と声をあげる。

 

 IS学園は完全な寮制で二人部屋である。しかし女生徒しかいない為、そこにいきなり男を放り込むにも女生徒と相部屋と言うわけにはいかず、未だ一夏専用の部屋が用意できていないのだ。

 

 そこで一夏はしばらくの間、自宅から通う手はずになっていたのだ。

 

 

「俺、自宅から通うんじゃなかったっけ?」

 

 

 一夏がきょとんとしてそう言うと、

 

 

「お前は貴重な男性操縦者だからな。安全面を考えて自宅からの通学はなくなった。よって、未だ受け入れ準備が万全ではないが、お前を寮に放り込む」

 

 

 千冬のその言葉に女生徒たちから黄色い悲鳴が上がる。無論歓喜の悲鳴だ。

 

 一夏も千冬の言葉には面食らい、

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよっ! 俺、男だぜ? まともに準備も整ってない寮に入れられるのかよ?」

 

 

 一夏のその言葉に千冬は厳しい顔をして、

 

 

「お前、何かするのか?」

 

 

 その言葉に一夏は必死に首を横に振り、

 

 

「しねぇよっ! しませんっ! できませんっ!」

 

 

 最後に至っては人によっては情けないセリフであるが、一夏は自身の安全性を訴えた。

 

 しかし、一夏がそう言ったにもかかわらず教室の至る所から、

 

 

「できません、だって。かわいいー」

 

 

「私は別にかまわないよー」

 

 

 と言う具合である。

 

 一夏は思わず頭を抱えたくなった。

 

 女の子怖い。

 

 女尊男卑以前の問題である。

 

 一夏の中でほんの僅かに女性に対する恐怖心が芽生えたところで、

 

 

「ミルア。お前は今、一人で部屋を使っているな?」

 

 

 千冬の言葉に、それが何を意味するのか理解したミルアは頷いて、

 

 

「私のルームメイトに一夏さんをというのであれば、私は何の問題もありませんが」

 

 

 ミルアの言葉に千冬は頷く。話はもう済んだという感じである。

 

 しかし一夏は納得いかず、

 

 

「まった、ちふ――織斑先生っ! そんな簡単に――」

 

 

 一夏がそこまで行ったところで誰かが、

 

 

「織斑君て……ロリコン?」

 

 

「全力で否定しますっ!」

 

 

 一夏は慌てたように否定する。危うく妙な性癖のレッテルを張られるところであった。

 

 千冬はあたふたとしている一夏を余所に、

 

 

「所でミルア。お前、話に聞くとISに関する知識はほとんどないそうだな」

 

 

 千冬の言葉に教室内の複数の人間が「え?」と声をあげる中ミルアは、こくりと頷いて、

 

 

「そうですね。束さんにはかなり簡素なマニュアルを見せられただけで、知識と言うほどの物はほとんどありませんね。あのマニュアルも初心者にはわかりにくすぎましたし。試しに質問したら『は? なんで、そんなこともわからないの? まぁいいや。あとは実戦で学びなよ』と、それっきりです」

 

 

 ミルアの言葉に何人かが「うわぁ……」と声をもらす。

 

 千冬もやれやれと言う具合で、

 

 

「あの馬鹿は……まぁいい。そんな事だろうと思ったさ」

 

 

 そう言って軽くため息をついた後、

 

 

「なぁ、ミルア。お前は『勉強』ってどう思う?」

 

 

 千冬の言葉にミルアは僅かに首を傾げた後、

 

 

「それが、新しいことを学ぶというのであれば楽しいと思います。そうですね……わくわくします」

 

 

 ミルアがそう言うと千冬はニヤリと笑みを浮かべ、後ろの真耶は笑顔でうんうんと頷いている。

 

 

「教師としては、なかなか嬉しい言葉ではあるな」

 

 

 千冬はそう言って教卓の前の机を指差す。誰もいない机と椅子。

 

 それを見たミルアは、

 

 

「空きの机と椅子ですね」

 

 

「お前の机と椅子だ」

 

 

 千冬にそう言われ、ミルアは視線を机から千冬に移す。

 

 ニヤリと笑みを浮かべたままの千冬に、にこにこと笑顔の真耶。

 

 

「どうしてでしょう? 授業を受けれるという事は嬉しいのですが、どうにもハメられた感がぬぐえません」

 

 

 そう言うミルアに千冬は短く、

 

 

「座れ」

 

 

 その言葉にミルアは小さくため息をつくと、おとなしく椅子に座る。が、いかんせん机も椅子も一夏たちが使っているのと同じ物。足が完全に宙に浮いていた。

 

 何処か満足そうな千冬の表情にミルアは釈然としないものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一限目が終わり、休み時間に入り、ミルアは椅子から、ひょいと降りる。

 

 そして、何の気なしに一夏の方を見る。

 

 教室中の女生徒たちは唯一の男子である一夏にどう接した物かと、話しかけるタイミングをそれぞれ掴みかねている。その上、互いをけん制し合っている。

 

 そして、それは一夏を一目見ようと教室の外にまで群がっている女生徒たちも同じだった。

 

 そんな空気の為か、一夏は実に居心地が悪そうだった。

 

 ミルアが一夏を見ていると不意に彼と目があった。

 

 まぁルームメイトになるのだから話してみるか。とミルアは一夏の席に行くと、

 

 

「授業内容わかりましたか?」

 

 

 ミルアが話しかけると一夏は何処か安堵したように、 

 

 

「いや、全然。なんせ今までISとは関わりなんかなかったからな。他の皆は受験の為に勉強してきたんだろうけど、俺はただISが動かせたから、此処に放り込まれただけだから、そもそもスタート地点が違いすぎる」

 

 

 そう言った一夏は机上にだれると、

 

 

「まぁ、そうも言ってられないだろうから、やれるだけの事はやってみるけどさ」

 

 

 一夏の言葉にミルアは頷き、

 

 

「私も似たようなものですよ。座学に関しては一夏さんと大した違いはありません」

 

 

「そうか。じゃぁ二人して頑張るか」

 

 

 笑顔を見せてそう言う一夏にミルアはこくりと頷く。

 

 するとミルアと一夏の傍に誰かが来た。

 

 ミルアはその人物に見上げるようにして視線を向け、

 

 

「確か、束さんの妹で、篠ノ之箒(しののの ほうき)さんでしたよね?」

 

 

 ミルアに箒と呼ばれた彼女は、突然ミルアに声をかけられたことに多少驚いたようだったが、

 

 

「そうか、君は『あの人』の関係者だったな」

 

 

 箒の「あの人」と言う言い方に多少の疑問を感じつつもミルアは、

 

 

「関係者……まぁ関係者ですけど」

 

 

 ミルアが何処か言いよどんでいると、

 

 

「箒、久しぶり」

 

 

 唐突に一夏がそう言い、箒はやや驚き、そしてすぐに顔を赤くして口をへの字に曲げる。

 

 何かを誤魔化すように腕を組み、その拍子に黒髪の長いポニーテールが揺れる。

 

 やや鋭い目つきにセシリアと張り合えるほどのスタイルの良さ。しかし、セシリアが何処か優雅な印象を受けるのに対して、箒のそれは日本刀のようにも思える。

 

 おっぱい、大きいなぁ。などとミルアが思っていると、

 

 

「そう言えば、去年の剣道の全国大会で優勝したんだよな。おめでとう」

 

 

 一夏がそう言うと、箒は狼狽えて、

 

 

「な、なんでお前がそんなこと知ってる」

 

 

 やや怒鳴りつけるように言う箒に一夏は驚きつつも、

 

 

「いや、新聞くらい俺でも読むから。知った名前を見つけて驚いたのを覚えてるよ」

 

 

「それは私もだ。お前がテレビで放送された時、いったい何の冗談かと思ったぞ」

 

 

 少し落ち着きを取り戻した箒がそう言ってため息をつく。

 

 

「お二人は幼馴染でしたよね?」

 

 

 ミルアが二人にそう尋ねると、箒は「あぁ」といって頷き、一夏も笑顔で、

 

 

「そう。色々あって会うのは六年ぶりかな。でもすぐ箒だってわかったぜ。あの頃の面影は残ってるし、何より髪型が変わってない」

 

 

「よ、よく覚えていたものだな」

 

 

 箒はそう言って顔を赤くしたまま自身のポニーテールをいじりだす。

 

 一夏は、何言ってんだよ、という具合に、

 

 

「そりゃ幼馴染だしな。覚えているさ」

 

 

 一夏の言葉に箒は何故かぶすっとした表情をする。

 

 なんだ? と一夏とミルアが思っていると二時限目をつげるチャイムがなり、廊下に群れていた女生徒たちは蜘蛛の子を散らすように自分たちの教室へ戻っていく。

 

 

「また、後でな」

 

 

 箒はそう言い踵をかえして自らの席へ戻っていく。なんともキレのいい動きで様になっている。

 

 ミルアも自分の席へ戻ったところへ千冬と真耶が教室に入ってきて二時限目が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。ここまででわからないところはありますか?」

 

 

 教科書を読み上げ、要所要所を黒板に書いていた真耶がそう声をあげると一夏とミルアの二人が手をあげる。

 

 真耶は何処か嬉しそうに、

 

 

「はい。ではミルアちゃんから」

 

 

 真耶に呼ばれたミルアは立ち上がると(といっても座っていた時と大して視線の高さは変わらない)

 

 

「困ったことにほとんどわかりません」

 

 

「すみません俺もです」

 

 

 ミルアの言葉に一夏も追従する。

 

 すると真耶は明らかに困ったような泣きそうな表情をして、

 

 

「え……ほとんどですか?」

 

 

 その表情にミルアは首を傾げ一夏は何か気が付いた様に、

 

 

「あ、いえ、先生は悪くないです。教え方に問題は……」

 

 

 一夏は僅かに千冬を見て彼女が頷くのを見て、

 

 

「問題はないです。単に俺たちの知識不足です」

 

 

 一夏の言葉に真耶は安心したように、

 

 

「そ、そうですか……あ、でもどうしましょう」

 

 

 真耶がそう言うと、

 

 

「ミルアは、まぁ仕方ないとして、織斑。お前、入学前に渡した参考書は読んだか?」

 

 

 千冬がそう言うと、一夏はばつが悪そうに、

 

 

「あまりの分厚さに古い電話帳と間違えて捨ててしまいました」

 

 

 直立不動でそう答えた一夏の頭部に千冬の手刀が振り下ろされ鈍い音がする。

 

 千冬は頭を押さえて「うおぉぉ……」と唸っている一夏を冷たく見下ろして、

 

 

「必読と言う意味を知っているか? 参考書が入った袋に赤くでかでかと書いてあっただろうが馬鹿者が」

 

 

 千冬はそう言った後、ミルアにも視線を送り、 

 

 

「二人には後で同じものを発行してやる。一週間以内に覚えろ」

 

 

 容赦のない内容に一夏は顔をあげ、

 

 

「い、いくらなんでも、あの分厚さは……」

 

「私は、やれと言っている」

 

 

 千冬の有無を言わさない物言いに一夏は力なく小さく「はい」と返事する

 

 そして千冬がその視線を再びミルアに送るとミルアはコクコクと慌てて頷いた。

 

 

「二人ともわからないこと所は放課後教えてあげますから安心してくださいね」

 

 

 えへんと軽く胸をそらす真耶が実に頼もしい。

 

 

「では、放課後よろしくお願いします」

 

 

 ミルアがぺこりと頭を下げると、一夏もそれにならって頭を下げた。

 

 その後、授業はつつがなく進み休み時間に入った。

 

 ミルアは再び一夏も席へ赴き、二人して教科書を広げて、あーでもないこーでもない、と授業の復習を四苦八苦しながらしていた。

 

 

「なぁ、ミルア、座れよ」

 

 

 ずっと立っているミルアに一夏は立ち上がって席を譲ろうとした。

 

 しかしミルアは首を横に振り、

 

 

「いえ、一夏さんの席なんですから一夏さんが使ってください。それに目線の高さ的に不便はないですから」

 

 

 ミルアがそう言うと一夏は少し考えた後、

 

 

「それじゃ、此処座るか?」

 

 

 冗談半分で一夏は、椅子に座った自分の膝をぽんぽんと叩いた。

 

 まぁ、冗談だし、どうかえすかな? などと一夏が思っていると、

 

 

「では失礼します」

 

 

 ミルアはそう言って一夏の膝の上にちょこんと座る。丁度いい具合に一夏の懐にフィットしていた。

 

 その光景に教室中がざわめきだす。

 

 しかしミルアはそんな事は気にもせずに、

 

 

「意外と座り心地いいですね。一夏さんは重くありませんか?」

 

 

 ミルアが背中を一夏の胸に預けたまま、一夏を見上げる。

 

 すると一夏は慌てたように、

 

 

「いや、重くない。全然重くない」

 

 

 そう言って、あははと笑う。

 

 そんな一夏に周囲の視線が突き刺さる。

 

 一夏はその視線にいたたまれない気持ちになるが一方のミルアはどこ吹く風。黙々と授業のおさらいをしていた。

 

 自らの膝の上でじっとしたままのミルアをちらちらと見ていた一夏はなんとなく、その小さな頭を撫でてみたくなった。

 

 小さな妹とかいたらこんな感じなのかな? 今まで弟と言う立場でしかなかった一夏はそんな事を思っていた。

 

 兄弟と言う物を厳しい姉しか知らない一夏は、なんとなく新鮮な気持ちになって、ミルアの頭に手を伸ばす。

 

 

「なにをやってますの?」

 

 

 一夏の行為は、セシリアのそんな言葉で未遂に終わる。

 

 我に返った一夏は慌てて伸ばしていた手をひっこめると、

 

 

「えぇと、たしかセシリア・オルコットさんだったっけ? イギリスの代表候補生の」

 

 

「えぇ、そうですわ。さすがに覚えていたようですね。まぁ当然でしょうけど。なにせわたくしはIS学園の受験において座学、実技共に主席――」

 

 

「代表候補生ってなんだっけ?」

 

 

 少々オーバーな手振りで自分の事を語りだしたセシリアは、一夏の疑問の声で固まる。

 

 僅かに硬直したセシリアだったが直ぐに顔を真っ赤にした。

 

 そして何かを言おうとした時、

 

 

「一夏さん。代表候補生とは、書いて字の通りで代表の候補生です。代表と言うのは国家の代表ですね」

 

 

 ミルアがそう言って自らのノートに書いて、一夏に見せる。

 

 一夏はそのノートを手に取ってなるほどと頷く。その光景は体制的に小さい子に本を読み聞かせているようにも見えなくはない。

 

 セシリアはそんな光景の事も含めて頭が痛いのか額に手を当てて、

 

 

「まったく……あきれますわ。本当に何も知らないんですのね」

 

 

 セシリアの態度は本当にあきれている様だった。

 

 その態度に一夏は少しばかり、むっとするが我慢する。

 

 ISが女性しか使えない現状、世間では女尊男卑が当たり前になっている。

 

 別段、一夏はどっちが偉いなどと考えてはいない為、世間一般の女尊男卑には思うところがある。

 

 セシリアの一連の態度は本人の気質もあるだろうが根っこに女尊男卑があるのは想像できる。かといって一夏はセシリアに何かを言うつもりはなかった。

 

 自分自身が何も知らないのは事実だし、それを呆れられた程度で怒っていては男だ女だ以前に大人げない。

 

 そういう訳で一夏は我慢したわけだが、セシリアは反応を示さない一夏の態度が気に障ったのか、

 

 

「ちょっとっ! わたくしの話を聞いてますのっ?」

 

 

 そう言って机をバンッと叩いた。

 

 セシリアの怒号に、一夏は内心で「どうしろと」と文句を垂れる。

 

 その一方でミルアはノートを手にしたまま動かない。

 

 教室中が一夏たちに注目しており、一夏はなんともいたたまれない気分になる。

 

 一夏が特別悪いというわけではないが、こういう雰囲気はよくないと判断した一夏は、とにかく落ち着いて話をしてみようとする。

 

 そして、口を開きかけたところで、

 

 

「うるさい。邪魔しないでくれますか?」

 

 

 底冷えするような冷たい声が教室に響き渡る。

 

 決して大きな声ではないが、教室がもとから静まり返っていたこともあって、教室の空気がピンと張りつめた。

 

 声を発したミルアは涼しい顔でセシリアを見上げ、セシリアは腕を組み、いかにも不機嫌と言う表情でミルアを見下ろしている。

 

 一色触発、猛獣注意、火気厳禁。そんな教室の空気を破ったのは休み時間の終了を告げるチャイムで、セシリアは、ふんっと鼻を鳴らすと自分の席へ戻っていき、事の成り行きを見守っていた(ちょっとわくわく)周囲の生徒たちは、ほっと胸をなでおろした。

 

 それぞれが自分の席へ戻り、ミルアも「では」と一言だけ言うと自分の席へと戻った。

 

 一夏がふと箒の方を見れば彼女も一夏の方を見ており、声に出すことなく口の動きだけで何かを告げているのに一夏は気が付く。

 

 

「馬鹿者って……俺が悪いのかよ」

 

 

 箒の言いたいことを読み取った一夏は小さな声でそう言うと、大きなため息をついた。

 

 がらり、と扉の開く音がして千冬と真耶が教室に入ってきた。

 

 先ほどまでは真耶が教壇に立っていたが、今回は千冬が教壇に立っている。

 

 何かあるのだろうか? と教室中の生徒が視線だけをちらちらと見合わせていると、

 

 

「授業を始める前に来月の頭に行われるクラス対抗戦に向けてのクラス代表者を決める。なお、このクラス代表者は対抗戦のほか、通常の学校のクラス委員長の様な役割もある。文字通りクラスの代表だ。一度決まると原則変更はない。自薦他薦は問わん。誰かいないか?」

 

 

 千冬がそう言って教室内を見渡す。

 

 最初こそざわついていたが直ぐに、

 

 

「織斑君を推薦しますっ!」

 

 

「はい! 私も織斑君を推薦しますっ!」

 

 

「せっかく世界唯一の男性がクラスにいることだしねぇ?」

 

 

 最初の言いだしっぺが誰かは定かではないが、一人が一夏を推薦すると、私も私も、と言う具合に一夏が推薦されていく。

 

 当然、面食らっているのは推薦された一夏である。

 

 一夏は思わず立ち上がって、

 

 

「待ったっ! ちょっと待った! 無理だよっ!」

 

 

 一夏は必死に拒否するが、千冬はそんな一夏を睨み付け、

 

 

「自薦他薦は問わないと言ったはずだ。推薦されたことを誇りに思うんだな。あぁ、無論拒否権はないぞ」

 

 

 無情にも一夏の退路は断たれる。

 

 ただでさえ予備知識も技術もない、本当にただ動かせただけと言うのが現状である一夏としてはクラス代表なんて荷が重すぎる。

 

 それを一夏自身理解しているからこそクラス代表なんてごめんこうむるのである。

 

 しかしクラスの雰囲気はそんな一夏の心情などお構いなしの状態であった。

 

 

「待ってくださいっ! 納得いきませんわっ!」

 

 

 そう言い、机を思い切り叩いて立ち上がったのはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さすがに一話目なので一万字は超えておいた。二話以降はちょっときついかも(投稿期間的に)
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