SAVIOUR~無限のソラへ~   作:風羽 鷹音

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07 零から積み重ねるもの

 書物などでは、再開という物は、何処か感動的に書かれていたりする。

 

 けれど当然ながら、そんな物ばかりではない。

 

 思い出が消えてしまった私にっては再会と呼べる人達との接点なんてわりとつい最近の物ばかりで、そのどれもが良好な出会いとは呼べないものばかりで。

 

 そう考えれば、その後の再開の結果なんてものは自業自得と言えるのかもしれない。

 

 だけど、それでも、思い出を無くしてしまったからこそ、今日までの覚えていることは全てが大切で、これからの積み重ねていく思い出も大切で。

 

 どんな再開も出会いも、私は全て受け入れたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑君、お引越しです」

 

 ミルアと一夏の部屋を訪れた真耶の一言。

 突然のその発言にミルアも一夏もわけがわからず頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 ミルアはすっと手をあげると、

 

「真耶さん説明を」

 

 ミルアがそう口にすると真耶は「ああ、そうですね」といい、

 

「実はですね、織斑君の一人部屋がやっと確保できました。ですので織斑君にはそっちに移ってもらいます」

 

 いやぁ苦労しました、と付け加える真耶は何処かやり遂げたような顔をしていた。それは無理もない。IS学園は、その性質上、世界各国から生徒たちが集まっており、当然のことながら宗教や、国の文化を背景とした価値観なども様々だ。その生徒達を、問題がおきないように相部屋に振り分けるというのは、相当な苦労なのであろう。部屋の振り分けを一手に引き受けていた真耶が体力的に精神的に消耗するのは無理もない事。そして、それをやり遂げたとなれば、やり遂げたような表情も当然のことと言える。

 しかし、そんな真耶の事情をミルアや一夏が知るはずもなく、

 

「えぇと、俺としてはこのままでいいんですけど」

 

 一夏の言葉に真耶は「え?」ときょとんとした様な顔をする。

 

「むしろ今のままがいいんですけど」

 

 現状維持を望む一夏の言葉に真耶は混乱する。

 一夏の言葉はどういう意味なのか。わけがわからない。とりあえず理由を聞こうと真耶は、

 

「えぇと……どうしてですか?」

 

 困ったような声色で真耶はそう尋ねる。

 すると一夏は頭をかきながら、

 

「いえ、ミルアと一緒の部屋がいいんですよ」

 

 一夏のその言葉に真耶は絶句しギギギを音を立てるかのようにミルアを見る。

 そんな真耶にミルアはこてんと首を傾げる。

 すると部屋のドアがバタンっを音を立てて開かれた。そして部屋の中に箒がずかずかと入ってきて、

 

「い、いいい、一夏っ! 今の発言はどういう事だっ! 説明しろっ!」

 

 そう言って一夏の胸倉をつかみぐらぐらと揺らす。

 

「そ、そうですよっ! 織斑君っ説明してくださいっ!」

 

 真耶もうんうんと頷きながらそう口にする。

 

「え? え? てか箒はなんで?」

 

 がくがくと揺さぶられながらも一夏がそう言うと、

 

「たまたま、通りかかったら一連のやり取りが聞こえただけだっ! そんな事よりも、せ、つ、め、い、しろっ!」

 

 箒はそう口にしながら一夏の胸倉をつかむ手に力を込める。僅かに一夏が爪先立ちになっているのはどうでもいいことだろうか。

 

「い、いやな、ミルアってなんかほっておけないんだよ。シャワー浴びた後とか頭をちゃんと拭かずに自然乾燥させるし、綺麗な髪してるのに全然手入れしないし。小さい時からそんなことしてたら駄目だろ? 他にも所々抜けているというか、なんか普段の千冬姉と被るところがあってだな……」

 

 一夏がそう説明すると、箒はしぶしぶという感じに手を離し、

 

「そういう事は先に言え」

 

「どのタイミングでっ?」

 

 箒の言葉に一夏は思わずツッコミをいれる。

 一夏の説明に真耶も納得したようで、ミルアの前に屈み目線を合わせると、

 

「ミルアちゃんも自分の事はちゃんと自分でしなくちゃ駄目ですよ?」

 

「一夏さんにやっていただけると楽なんですが」

 

 そんなミルアの発言に一夏は困ったように、

 

「率先して世話やいておいて言うのもアレだけど、やっぱりある程度はできるようになった方がいいぞ? 千冬姉みたいに嫁の貰い手を心配されるような大人になっちまうから」

 

 本人がいないのをいいことに一夏はぶっちゃけた。

 そして一夏は少し考え込むと、

 

「やっぱり俺とミルアは別の部屋の方がいいかもしれないな」

 

「そうだな。一夏の話を聞いて私も心配になってきた。ミルアの自主性の為にも一夏とミルアは別々の部屋がいいだろう。その上で定期的に様子をみればいい」

 

 箒はそう言って自分の案にうんうんと頷く。

 するとミルアがすっと手をあげて、

 

「私の意見は……?」

 

 ミルアの言葉に箒はミルアに視線を向け、

 

「言ってみろ」

 

「楽したいです」

 

「却下だ」

「却下です」

 

 ミルアの意見は箒と真耶によって即効で却下された。

 二人の答えにミルアは気づかれないように舌打ちする。

 本当に面倒くさいんだけどな。と内心でぼやく。

 

「で、私も一人に逆戻りですか?」

 

 ミルアは、そう真耶に尋ねる。

 すると真耶は首を横に振り、

 

「いえ、実は二組に編入生が来るのですが、その子と相部屋になります」

 

 真耶の言葉にミルアは首を傾げ、

 

「編入生ですか?」

 

「はい、なんと中国の代表候補生ですよ」

 

 真耶の言葉に一夏と箒は「へぇ」という反応を示すが一方のミルアは何の反応も示さない。

 そんなミルアが気になったのか真耶は、

 

「ミルアちゃん、どうかしましたか?」

 

「いえ、嫌な予感がしただけです」

 

 そう言ってからミルアは、まぁ大丈夫だろう、と思うも、現実は非情というのは案外本当の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青空の下、アリーナには一組の生徒たちが整列していた。基本的に、生徒たちの並びは名簿順ではあるがミルアだけは特別で一番先頭に立っている。理由としては至極簡単で、名簿順にミルアを配置すると背の高さの問題で完全に他の生徒の中に埋もれてしまうのだ。故にミルアだけが先頭に立っている。

 そんな生徒たちの列の前に向かい合う様にして千冬と真耶が立つ。二人とも普段と変わらない恰好をしていることからISを装着する予定はないようである。

 

「専用機持ちは前に出ろ」

 

 千冬の言葉にミルアと一夏、セシリアが前に出る。

 ISの実習に向けての参考として専用機持ちが選ばれているのであり、それを理解しているのであろうかセシリアは堂々と、一夏はやや緊張気味に、ミルアはいつも通り飄々と。

 

「展開しろ」

 

 主語を省いた千冬の一言ではあるが三人とも、その言葉がISの展開を意味していることは理解できていた。

 千冬の指示通りに三人はISを展開する。展開速度順にセシリア、ミルア、少し遅れて一夏。

 一夏は白式の受領直後に比べれば少しは展開速度が早くなっている。

 しかし、

 

「織斑、遅い」

 

 千冬にばっさりと斬られて一夏は僅かにへこんだ。

 別段、千冬は一夏が努力を怠っているとは思っていないが、遅いものは遅いのだ。それに千冬はそれなりに評価はしている。口にしないだけで、他の生徒たちにしても、それは同様だ。現在の二年生、三年生はそれを知っている。

 彼女ら曰く「口は厳しいがちゃんと見てくれている」とのこと。

 なんにせよ、それを知らない一夏はへこんだ。

 

「次、武装展開」

 

 今度はミルアが一番に武装を展開、直立不動の状態で両腕に腕と一体型のリボルバーカノンが展開される。先日のセシリアとの模擬戦で、セシリアの意識を刈り取った物だ。

 次いでセシリア、展開時間は問題はなかったが、

 

「オルコット。お前は何を撃つつもりだ」

 

 とは、千冬の一言。

 セシリアは自慢のライフルを腕を横に伸ばした形で展開していた。様にはなっているが、千冬の言うとおり「何を撃つつもりだ」である。見た目優先な結果だが、これもイメージには重要と、セシリアは口にする。確かにISに関しては操縦者のイメージが重要になってくる。ISその物の展開は元より、武装の展開や「飛ぶ」という行為もイメージが重要になってくる。

 そう考えればセシリアの言葉は間違っていないのだが、真横にライフルを展開するというのは実戦向きとは言えない。

 千冬の「直せ」という容赦ない一言にセシリアはしゅんとする。

 最後はやはり一夏で展開の仕方は問題無いもののやはり「遅い」と千冬の一言をもらうことになった。

 

「次、三人とも飛べ。目標は上空二百メートル」

 

 千冬の言葉が終わると同時に三人は一斉に上昇する。

 出だしこそ、同時であったが、加速力の高いミルアの打鉄零式が最初に上空二百メートルに到達、次いでセシリアのブルー・ティアーズ、最後はやはり一夏の白式だった。

 本来の機体スペックで言えば白式の加速力はブルー・ティアーズよりも上で打鉄零式と同等のはずである。

 しかし一夏は未だ飛ぶと言うイメージが明確ではないのか、うまく白式の性能を引き出せずにいた。

 

「模擬戦などではちゃんと飛べてるんですけどね」

 

 ミルアが、ぽそりとそう言うと一夏は「うぐっ」と呻き、

 

「その時は無我夢中というか……改まって飛ぼうとするとイメージが……だいたいなんだよ、自分の前方に角錐を展開させるイメージって……」

 

「あくまで、それは一例ですわ。自分のやりやすいイメージを模索する方が賢明ですわ」

 

 一夏の呻きにセシリアは苦笑しながら答えた。

 ふと、一夏はミルアに視線を向け、

 

「そういえばミルアはどうイメージしてるんだ?」

 

 一夏の問いにミルアはこてんと首を傾げ、

 

「さぁ?」

 

「いや、さぁ……って」

 

「束さんに、じゃぁ飛んで、と言われて特に考えもせずに飛んでそれ以来ですから」

 

 ミルアの答えに一夏が「何だそれ」と反応しているとセシリアは少し考えこむようにして、

 

「恐らく最初の経験から、ISは飛べて当たり前、という概念がしっかりと根付いたのでしょう。だから、それ以降、特にイメージすることなく飛べるのでしょうね」

 

「そんなことありえるのか?」

 

 セシリアの考えに一夏が疑問を呈すと、

 

「普通の人間は、ただ歩くことにイメージなどしないでしょう? ごく当たり前に何も考えることなく歩けますわ。要するにそういうことです」

 

 セシリアのその言葉に一夏は納得したのか小さく頷いた。

 すると下から千冬が、

 

「織斑、お前だけもう一度だ。降りて来い」

 

 千冬の言葉に一夏は「うへぇ……」と漏らしつつも従い、一度地面に降りる。

 そんな一夏をミルアとセシリアは見送る。

 一夏が地面に降りて再び飛ぼうとした時、

 

「一夏さん。ここまで来てください」

 

 ミルアがそう言って両腕を広げた。

 そんなミルアの行動に一夏がきょとんとしていると、

 

「余計なことは考えず。私の下へたどり着く。その結果だけをイメージしてください」

 

 ミルアの言葉に一夏が困惑していると、それを聞いていた千冬が、

 

「織斑、やってみろ。ISが……白式が、答えてくれるはずだ」

 

 千冬に言葉に一夏は頷き、ミルアの言うとおり結果だけをイメージする。

 

「うわっ!」

 

 先ほどとはうって変わっての急上昇。一夏は思わず声をあげ、ブレーキなしでミルアに頭から突っ込んでいった。

 ある程度予想していたのか、ミルアは慌てることなく一夏を受け止める。双方ともにシールドエネルギーが僅かに減少するも、それ以外特に問題はなかった。

 ミルアは一夏を抱きとめたまま、

 

「ちゃんと飛べましたね」

 

「あぁ、何とか……」

 

 突然の事に一夏は呼吸を整えつつ顔をあげる。

 

「あ……」

 

 思わず一夏は声を漏らし、そんな一夏にミルアは不思議そうに首を傾げる。

 大きくて吸い込まれそうな赤い瞳に見つめられて、一夏は狼狽えながらも、

 

「わ、悪い」

 

 そう言ってミルアから離れる。

 

「あの程度、問題ありません」

 

 しれっと、そう答えてからミルアは下にいる皆に視線を向ける。

 

「三人とも次は急降下と完全停止だ。目標は地表から十センチ」

 

 千冬が次の指示を出してきた。その隣で箒が、何故か一夏に向かって怒鳴っているが次の瞬間、千冬が出席簿を振り下ろして撃沈させる。

 それを見て苦笑する一夏だったが、小さく「よし」と意気込むと、ミルアに向かって片手をあげ、

 

「先に行くよ。なんか、やれそうな気がする」

 

 そう言って急降下していく一夏だったが、結果としては思わしくなかった。

 出だしこそ良かったが、迫る地面に恐怖心が先走り、早い段階でブレーキをかけてしまったのだ。結果は地表から一メートル。

 自信があったであろう一夏はその結果にがっくしと項垂れる。

 その後、ミルアとセシリアも急降下と完全停止を行い、二人とも問題なく成功させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とすっきりしましたね」

 

 授業が終わったその日の夕方、一夏とその荷物が無くなった部屋でミルアはそう口にした。

 元々二人部屋なうえにミルアの荷物がすくないのだから、そう思うのも無理はない。

 しかしそれも一時的な物で今晩にも中国の代表候補生がやってくるらしい。

 どうにも嫌な予感がする。

 ミルアはそう思いつつベッドに腰掛ける。

 中国の代表候補生と聞いてミルアが思い出すのは二人ほど。

 以前、束の命令で、中国へ赴き、とある施設で大暴れしたのだが、そこへ現れたのが代表候補生の二人だった。それぞれが専用機を身にまといミルアを制圧するために駆け付けたのだが、結果としてミルアはその二人を返り討ちにしたのだ。

 それ故の嫌な予感。

 あの二人の内のどちらかが来たら面倒なことになりそうだな。

 と、ぼんやりと考える。

 ふと、部屋に近づいてくる気配を感じた。少しして扉をノックする音。

 

「あけたくない」

 

 思わずミルアは小さくそう漏らした。

 嫌な予感がマッハで加速する。

 再びドアがノックされる。

 

「あれ? いないのかな?」

 

 ドアの向こうの人物がそう口にする。IS学園の生徒なのだから当然、少女である。

 仕方ないとミルアはドアに近づくと、

 

「います。今開けます」

 

「何よいるんなら早く開けなさいよね。こっちは長旅で疲れてるんだから」

 

 ドアの向こうの少女にそう言われたミルアは渋々ドアをあける。

 だが内心ではため息をついていた。

 少女の声、口調に覚えがあった。

 間違いない彼女だ。

 扉の向こうにいたのは高校生にしては小柄な少女だった。栗色の髪をツインテールに結わえ、改造をしているのだろう肩を出した制服を着ている。手にしているのは少し大きめのボストンバッグ。彼女の荷物はそれだけのようで、周囲にも荷物らしきものは見当たらなかった。

 そんな少女はあらかじめ用意していたのであろう、ドアが開くと同時に、

 

「今日からルームメイトになる中国の代表候補生、凰鈴音よ。よろし―――」

 

 八重歯をのぞかせながら自己紹介を始めていた彼女であったが、ミルアを視界に納めて言葉を途切れさせた。始めは驚愕に目を見開き、次いで眉を寄せてキッとミルアを睨み付ける。

 

「あんたはっ!」

 

 鈴音と名乗った少女のその言葉にミルアは「あ、ヤバイ」と思う。

 手にしたボストンバッグを振り上げる鈴音を、ミルアは冷静に見上げる。

 次の瞬間、バッグは勢いよく振り下ろされるも、ミルアはそれを一歩後ろへ下がることにより回避した。

 ドンっ、と大きな音がしてバッグが床に叩き付けられる。

 

「このっ!」

 

 鈴音は舌打ちした後、尚もバッグを振り回す。

 ぶぉんぶぉんと音を立てながら振り回されるバッグ。

 服を始めバッグには必要最小限の物しか入っていない。それでも大きな風切り音が鳴るあたり鈴音が相当な力で振り回しているのがよくわかり、当たれば相当に痛いというのがよくわかる。

 小さい体でよくやる。とミルアは自分の事を棚に上げた感想を抱きつつも、振り回されるバッグを一歩二歩と下がりながら避け続ける。

 やがて壁際まで追い詰められたミルアだったが鈴音がバッグを振り上げる際に、その脇をすり抜けて背後に回る。

 

「あぁ、もう! くそっ! ちょこまかとっ!」

 

 後ろへ回られた鈴音は、室内にもかかわらず、すばしっこく回避し続けるミルアに汚く吐き捨てる。鈴音も、すばしっこさには多少の自信はあるのだが、鈴音より体の小さいミルアは、それを軽く上回っている。

 バッグの紐を握りしめた鈴音は、ミルアに後ろ回し蹴りを見舞う。

 しかしミルアがわずかに後退することで鈴音の足は、ミルアの鼻先を素通りした。

 鈴音が空ぶった足を戻す隙に、ミルアはさらに後ろに下がって距離を取ろうとする。

 そんなミルアに鈴音はただの一歩でミルアとの距離をつめる。

 狭い室内ではミルアの小さな体はすばしこく動けるが、距離を詰めるという点においては、歩幅の大きい方が有利だ。ましてやミルアが下がろうにも、いずれ壁に阻まれてしまうのだから。

 そして鈴音が繰り出したのはバッグでも足でもなく掌底。

 素早く迫るそれは、ミルアが首を軽く傾けたことで頭部を掠めるにとどまる。

 髪の毛を数本持っていかれるもミルアがそんな事を気にするはずもなく、一歩前へ踏み出したミルアは鈴音の腰に抱き着いた。

 

「んなぁっ?」

 

 ぽーん、とブリッジの要領で鈴音はミルアに放り投げられてしまった。

 驚きの声をあげながら放り投げられた鈴音をしり目に、ミルアは内心でしまったと思う。

 鈴音の攻撃に対してつい反撃行動をとってしまったのだ。

 しかし、いくら後悔しても、鈴音は背中からドアに向かって飛ばされている真っ最中。

 普通に考えればドアに直撃するところだが、タイミングを合わせたようにドアが開いた。

 そのドアを開けた人物は、目の前に迫る鈴音の背中を見て、声をあげるとか表情を変えるよりも先に鈴音を避ける。大抵の人間は鈴音が直撃していてもおかしくない。ドアを開けた人物の優れた反射神経が本人を救ったのだ。

 一方の鈴音は廊下に投げ出され、大の字になる形で気を失ってしまった。

 ドアを開けた人物は、そんな鈴音を黙ってみていたが、

 

「えぇと……とりあえずこの子、部屋にいれちゃいましょうか」

 

 そう言って、ドアを開けた更識楯無は困ったような表情をミルアに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうしてこうなったの?」

 

 気絶した鈴音をベッドに寝かせた楯無はミルアに尋ねる。

 ミルアは今まで学園で特に問題を起こしてはいない。そんなミルアが同室になったばかりの人物と揉めるというのはどうにも不思議だった。ちょっとそりが合わないとかなら十分あり得るが、だからといっていきなり肉体言語行使でもめるというのはいきなりすぎる。

 

「先に殴り掛かったのはどっち?」

 

 そう言って楯無が広げる扇子には「調停」の二文字。

 そんな楯無の言葉にミルアは無言で鈴音を指差す。

 ミルアの反応に楯無は、うんうんと頷いた。そうだろうなと思っていたのだから。

 

「なんで殴り掛かられたかわかる?」

 

 楯無はミルアにそう問いかける。

 一番の謎は理由だ。

 楯無は生徒会長という立場やその他の事情で編入生である鈴音の事はある程度知っている。

 中学の三年生からISを学びはじめたったの一年で代表候補生まで上り詰めたとんでもない努力家。そして一夏とは小学五年生から中学二年生まで同級生。

 そんな鈴音がどのような理由でミルアに殴り掛かったのか。

 

「もしかして織斑君がらみ?」

 

 楯無の問いにミルアは首を横に振る。

 ありゃ? 違った? と思う楯無に、ミルアは、

 

「以前、中国で一悶着ありました」

 

 ミルアの言葉に楯無は少し驚く様に、

 

「中国で? どうして?」

 

「束さんの命令で。その際に邪魔をしたのが彼女と、もう一人の代表候補生です」

 

 束の命令というのが、楯無としては気になるが「天災」と呼ばれる者の事情に迂闊に首は突っ込むべきではないと、今は保留にしておく。

 

「ミルアちゃんはその時どうしたの?」

 

「邪魔なので叩きのめしました」

 

 ミルアの答えは実にわかりやすいものだった。

 しかし楯無としては、それで十分だった。

 というのも楯無は独自の情報網でミルアが各国で行っていた破壊工作について、その一部の情報を持っていた。

 そして、その情報からわかったことは襲撃された国、およびそこにあった施設はIS関連で何かしらの違法な研究を行っていたという事だ。

 十中八九、篠ノ之束の癇に障ったのだろう。そして彼女の手足としてミルアが動いていたのだろう。

 また、各国が大手を振って篠ノ之束とミルアを非難できない理由がそこにあった。

 違法な研究を行っていて、尚且つ、その詳細を掴んでいるであろう彼女たちを刺激したくなかったのだ。

 下手に刺激して研究内容をばらされれば、どれほどの損害を被るかわからないのだから。

 結果として彼女たちは好き放題に動いて、しまいには実行犯であるミルアは悠々と学生生活である。

 むろん各国の留学生にはミルアの情報を仕入れるように、それとなく話はいってあるだろう。

 

「ふぅ……」

 

 楯無はかるくため息をつくと、

 

「生徒会長としては過去の事は水に流して、ミルアちゃんと鈴音ちゃんには仲良くしてほしいんだけどな。せっかくルームメイトになったんだしね?」

 

 楯無はそう言って笑みを浮かべて軽く首を傾げる。その様子はかなりの確率で男が一撃を受けるものだろう。いや、男でなくとも多少はダメージを受けるようなものだった。

 

「善処します」

 

 しかし、そこはミルア。頷きと一言で済ませてしまった。 

 別に何も感じなかったわけではない。綺麗だな、とか、そのあたりの感想は抱いたものの、そういった感情が顔にあらわれないだけなのだ。

 

「う……ん……」

 

 ミルアが楯無の提案を受け入れると、それに合わせるように鈴音が目を覚ましたようだ。

 そんな鈴音に楯無は、

 

「あら、お目覚め?」

 

「いったた……いったい何が……って、なによっ! これっ!」

 

 軽く頭を振ってから、痛む腰に手を伸ばそうとして鈴音はあることに気が付いた。

 

「なんで縛られてるのよっ!」

 

 そう、鈴音は縛られていたのだ。しかも卑猥な縛り方で。亀の甲羅的な。

 

「ちょっと、何よこのしばり方はっ! ふざけんなっ!」

 

 鈴音がそう抗議すると楯無は残念そうに、

 

「そんなぁ、お姉さんの渾身の出来なのに」

 

「あんた変態かっ!」

 

「ちがうわ。お年頃だもの。色んなものに興味があるんだもん。貴方だってその縛り方知ってるんでしょ?」

 

 わざとらしく、しなを作って楯無は自分が変態であることを否定する。

 そして知識があることを指摘された鈴音は顔を赤くして、

 

「知ってるのと、実際にやるのは違うでしょうがっ!」

 

「まぁ、ヤルだなんて、なんてエッチな」

 

「きぃぃぃぃっ! いらいらするぅぅっ!」

 

 鈴音の抗議に対して楯無はことごとく茶化して返す。

 そして楯無は、にんまりと口元をゆがめて、

 

「でも貴方、体の肉付が足りなくてお姉さん的には残念。強調されるべき場所があんまり強調されていないんだもの」

 

 主に胸的な意味で。

 楯無の言葉の意味に気が付いた鈴音はわなわなとふるえる。

 胸のボリュームが乏しいことは本人が一番気にしていることだ。

 背の低さや細身なところは、可愛らしいという事で自身でも誇れるところだが、唯一、胸だけが足りないのだ。それさえ、それさえあればと日々嘆いているし。雑誌を読み漁っては、胡散臭いバストアップ方法などを試してみた。

 成果など皆無であったが。

 故に鈴音はブチ切れそうになっていた。

 例え体の自由が利かずとも、専用機を持っている以上、すぐにでも展開して強引に縄を引きちぎれる。

 しかし楯無が先ほどと、うって変わって冷たい目つきと声色で

 

「駄目よ。例え代表候補生で専用機持ちだとしても学園内でのISの無断使用は禁止されているわ。何よりこんな学生の戯言のあげくに感情任せにISを展開するなんてのは論外。自分が持つ力、その責任を自覚なさい」

 

 ISを展開しようとした鈴音だったが、諌めてきた楯無に、びくりと体を強張らせる。

 一瞬にして部屋の温度が下がっていくような錯覚。

 鈴音がごくりとつばを飲み込むと、

 

「あの、さっきから気になっていたのですが、その縛り方がどうしたのですか?」

 

 全く空気を読まないミルアの素朴な疑問。

 小さく手をあげて質問してきたミルアに楯無は、冷たい態度を一気に氷解させて、

 

「あのね、ミルアちゃん。このしばり方は、き――」

 

「子供に変なこと教えるなぁぁっ!」

 

 楯無の暴挙に鈴音は縛られたまま、ベッドの上で芋虫の様にのた打ち回る。 

 しかし楯無はにんまりと笑みを浮かべたまま、

 

「私思うの、正しい知識を早いうちから与えるべきじゃないかって」

 

「限度があるでしょうが、げ・ん・ど・がっ!」

 

 まったくもって手ごたえがない楯無に鈴音が、ふしゃー、と怒気をあげて抗議すると、

 

「珍しいな、凰。私も同意見だ」

 

 全くの第三者の加入に、鈴音と楯無はそろって「え?」と声をあげる。

 次の瞬間、空気を裂く音と共に出席簿が、楯無の頭めがけて振り下ろされた。

 それを楯無は、ぎりぎりの所で手にした扇子で、受け止める。

 しかし、その顔には冷や汗がだらだらと流れていて、

 

「お、織斑先生、どうしてここに?」

 

 楯無の言葉に、千冬はさらっと涼しい顔で、

 

「私は寮長だろう? 何処の部屋が騒がしいとかの苦情は私の所にくるんだよ」

 

 千冬の声色は優しげだが目が笑っていない。正直怖い光景だ。

 その光景に鈴音はがくがくと震えている。

 

「凰、再会の挨拶でもしたいところだが、先にこの馬鹿を片づけてくる」

 

 そう言って千冬は楯無の首根っこを掴んだ。

 

「え?」

 

 千冬の動きを追えなかった楯無は驚愕の声をあげるも、そのまま千冬にずるずると引きずられて部屋から出ていく。

 そんな二人を見送っていた鈴音は、ミルアの方へと視線を向けると、

 

「とりあえず、この縄、ほどいてくんない?」

 

「はい」

 

 鈴音に言われ縄をほどこうとしたミルアだったが、どうにもほどき方がわからない。仕方なく、ミルアは縄を強引に引きちぎり始めた。

 その光景を鈴音は、おいおいマジかよ、という具合に見ている。

 ほどなくしてすべての鈴音は縄から解放された。

 

「ほどけましたよ」

 

 ミルアのその言葉に鈴音は内心で、ほどいたじゃないだろ、とツッコミをいれる。

 そして、縄の跡が残ってないかとひとしきり自分の体を確かめた後に再びその視線をミルアに向けた。

 

「一応礼を言っておくわ。ありがと」

 

「いえ、お気になさらずに。今日からルームメイトですし」

 

「つーか、なんであんたが此処にいるわけ? まさか高校生でした、とかいう話?」

 

 訝しげに言う鈴音にミルアは首を横に振り、

 

「いえ、十にも満たないですけど。織斑先生たちのご厚意に甘えてます」

 

 ミルアの答えに鈴音は「ふぅん」と何処か曖昧に相槌を打った。

 何処か興味な下げな反応をしたように見えるも、その実、色々と考えている。

 いくら、何処の国も襲撃されたことに抗議の声をあげてないとはいえ、ミルアのしたことは重大だ。

 それを色々なパイプを持つブリュンヒルデとはいえ勝手なことをするとは思えない。なにより学園に厄介ごとを抱え込むようなものだ。

 恐らく、ミルアのバッグにいるであろう篠ノ之束の意向か、あるいは、その彼女への何かしらの配慮があってのことだろう。

 無論、それは教師陣にとっての話ではなく、もっと上の人間たちの思惑あってのこと。

 

「国際IS委員会か……」

 

 色々考えた末に鈴音は行きついた答えを小さく声に出した。

 誰もが、現在行方知れずの篠ノ之束との接点を持ちたがっている。彼女が持つ技術の一端を、何より謎に包まれているISコアの情報は是が非でも欲しいはずだ。

 つまりミルアは泳がされているのではないのか?

 鈴音がそう思案しているとミルアは、

 

「私が此処にいることに関してですか?」

 

 ミルアのその言葉に、考えを読まれたような気がした鈴音は苦虫を噛み潰したような表情をして、

 

「そうよ。で、どうなのよ?」

 

 鈴音がそう問うとミルアは、こてんと首を傾げて、

 

「さぁ、私は何も聞かされていませんので」

 

「篠ノ之博士からは何も聞かされてないの?」

 

「束さんにとって私は単なる手ごまにすぎませんよ?」

 

 自分を卑下するわけでもなく、淡々とそう口にするミルアに鈴音は何処となく、いらっとする。

 いや、ミルアだけではない。もちろん自分を叩きのめしてくれたミルアにもイラつきはあるが、何処かずれているように感じる子供を手ごまとして使う大人に対してイラついていた。

 いつだって子供は大人に振り回される。だからこそ、こっちが振り回せるときはとことん振り回してやる。

 自身の経験から、内心で悪態をついた鈴音は、

 

「一つ確認したいんだけど」

 

「なんですか?」

 

「あの時、あんたが言った言葉は、あんたの言葉なの?」

 

 他人からすればなんてことない事かもしれないが、鈴音にとってソレはどうしても確認したい事であった。

 鈴音のいった事が何のことかと首を傾げたミルアだったが、すぐにその光景が思い出される。

 何処か不安げに、その瞳を揺らめかせる鈴音の顔が、ミルアの記憶から引きずり出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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