【あべこべルソナ3】   作:甲斐太郎

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湊視点(2)

駅の構内には『痴姦ダメ絶対』という標語の注意喚起のポスターが壁に貼られている。

 

しかし、それを訴えている男の子のイラストキャラクターが可愛いとネットでは専らの評判で彼を描写した薄い本が横行している。ストーリーは痴姦女のテクニックによって快楽に堕ちた男の子に『(ボク以外に)痴姦しちゃ……だめだよ、絶対』という標語を捩った台詞を言わせてラブホテルに連れ込むといった流れになっている。

 

まぁ、現実はその機会もない。何せ、ほとんどの電車には男性車両が設けられており、通勤通学で男女が一緒の電車に乗ることはほぼ現在ではありえないのである。

 

「過去の犯罪者が憎い……」

 

「そんなに男性車両を睨み付けなくても」

 

「昔は男女一緒の車両に乗っていて、肩がぶつかってしまって恋に落ちたという事例もある」

 

今では普通になってしまった男性専用車両が急に憎くなった。そういう風に変に規制したりするから、出会いが少なくなってしまって焦る女たちが痴姦に走ってしまうのではないかと。

 

先日、総司くんが痴姦されたという話を聞いたため、そのワードが妙に頭に残っている私たちはそんな世間話をしながら学校最寄の辰巳ポートアイランド駅に向かう電車に揺られていた。すると、こんな会話が聞こえてきた。

 

『ねぇ、聞いた?月光館学園に通っている男子学生に痴姦した奴が返り討ちになった話』

 

『知ってる!痴姦しているところを写真に撮られて、真っ青になっていたら逆に「身体を触らせて」って言ってきたって』

 

『うん。それでその女、その男子学生のテクニックに骨抜きにされてしまったんだって』

 

スーツを着たサラリーウーマンっぽい女性たちの話す声が聞こえてくる。痴姦した相手に手玉に取られるって、なんて羨まけしからん話だ。私は耳をそちらに傾けつつ、正面で発情した友人にチョップを振り下ろした。無警戒だった額にすごい衝撃が直撃したため、股座に行きそうになっていた両手で額を押さえる友人は涙目で私を睨みつけてくる。しかし朝の通勤通学ラッシュの満員状態で発情するなという意味も篭めて睨みつける。

 

『その男子学生が乗っていた時間はいつ!?』

 

『妙に食いついてくるわね。確かこの逆痴姦が起きたのって、朝の通勤ラッシュ時か、終電間際の夜中みたいなのよね』

 

『朝一か夜中?この車両には見当たらないっていうことは終電近くの電車に乗ればいいの?お姉さんお仕事頑張っちゃうよ』

 

『そんな不純な動機で残業ができるわけないでしょ。あと、その痴姦女を返り討ちにした男子学生はちっぱいには興味がないみたいで、そういう女は悉く御用になっているからね』

 

『……さすがにそれはデマじゃないの?』

 

女性の胸部にある脂肪の塊に私は目を落とす。子供を産み育てるために必要な身体の一部であるが、これがまた男性の好みを分け隔てる要因となる。男性の中にはそれぞれの胸の大きさにこだわりを持つ者も多いが、大体3パターンに分けられる。ちっぱい派か、普通派か、巨乳派か。大体の比率は6:3:1くらいの割合である。

 

胸が小さい女性が好まれるのは、男性自身がこういう風な成長を遂げる身体の部位がないので、生物学的に好まれないなのだそうだ。

 

「桐条先輩が焦るのって、これが原因だよね」

 

「おっきいもんね」

 

どこがとは言わない。私たちの脳裏に浮かんだデフォルメされた赤い髪の生徒会長は、しくしくと膝を抱えて「好きで大きくなったんじゃないやい」と項垂れている。

 

 

 

 

教室の扉を開けると同時に雑誌が足元に飛んできたので拾ったら、テレビで引っ張りだこになっている人気の俳優のセミヌード写真集だった。さっと私の背後から手を伸ばしてきたゆかりの顔をアイアンクローするとこの写真集の持ち主を探す。すると私の下に来たのは髪をポニーテールにして制服から覗く肌を小麦色に焼いたテニス部の部長、岩崎理緒だった。

 

「意外だね。理緒ってもう少し可愛い系の男の子が好みだと思っていたのに」

 

「そうよ。けど、こういうのは別腹っていうじゃない?」

 

「男子のお菓子は別腹的な感覚で言われても……」

 

私のアイアンクローから抜け出したゆかりは自分の机に鞄を置くと、理緒に再接近して写真集を見せてくれるように頼み込む。快く貸してくれた理緒の前でパラパラと速読した彼女は、読み終えた瞬間に表紙を指差した。

 

「これ、ただのファッション誌じゃない!『セミヌードじゃない』って、出版社を訴えたら勝てるレベルよ!!」

 

「力説するなよ、ゆかり。別にカモフラージュなんだから、私はそこまで気にしていない」

 

「背の小さい男の子だけでなく、こういう格好いい人も好きなんですよっていうアピールってこと?」

 

「最近、男子中学生たちがテニスをプレーする私たちを見に来ることが多くなっていてね。格好いいプレーや難しい技を決めると歓声を上げてくれるんだ。そして、試合に勝てばその男子中学生たちが称賛してくれるから、部員たちも練習に力を入れてくれるようになって万々歳だよ」

 

「くっ、やっぱりテニスやホッケーのような外でやるスポーツにしておけば良かったか。弓道部は離れにある上に垣根が邪魔で見学するには建物に入ってこないといけなくて敷居が高過ぎるし」

 

ゆかりは常時エロイ考えの邪念でいっぱいなのに、落ち着いた冷静な心で精神統一が必須といわれている弓道で好成績を残せているっていうのは意味が分からない。月光館学園の七不思議に入れてもいいレベルの謎だと思う。そんなことを考えていると教室の一角で歓声が上がった。その歓声の中心にいるのは順平であった。彼の手元には携帯電話があり、画面に映っているものをアピールしているようにも見える。

 

「あそこで歓声を上げている連中って、もしかして順平みたいに女子よりも女顔の彼氏が欲しい奴ら?」

 

「同性だから遠慮しなくてもいいっていうのが大きいらしい」

 

「マジでありえないんですけど。あーあー、女子の身体に興味津々な男子っていないのかなぁ」

 

「さすがに同人誌に出てくるような都合のいい男子はいないだろう?」

 

「「…………」」

 

「ちょっと待て、何故そこで黙る?それじゃあ、まるで心当たりがあるって言っているようなものじゃない」

 

理緒がぎょっとした表情で寄ってくる。順平の彼氏の話題で白けていた教室の空気が一転したような感じが伝わってくる。教室内の女子たちの視線が私たちに注がれている。ここで総司くんのことを言うのは悪手だ。

 

そこで私とゆかりは通学の電車内で聞いた痴姦女を脅して逆に快楽漬けにした男子学生の話をする。すると、自宅から自転車で通っている者や、月光館学園近くの学生寮に住んでいる者たちが嘆きの声を発する。

 

「なぁ、ゆかりっち。さすがにさっきの話はデマだろう?」

 

担任の鳥海先生が来たので席につくと近くの席に座っている順平が話しかけてきた。女顔の彼氏がいる以外は、私たちにも分け隔てなく話しかけてくる貴重な男子なので重宝している。何故、お前は女子ではない女顔の同性が好みなんだと声を大にして言いたい。

 

「逆痴姦の話?私も又聞きだから、それが本当なのかっていうのは分からないんだけどさ、結構噂になっているみたい」

 

「されることはあっても、し返すっていうのはさすがにねぇと俺っちは思うね」

 

「ねぇ、ゆかり。そのことをちょっと調べてみない?」

 

「調べるって?」

 

「ほら、最近の無気力症を発症している人ってさ、駅付近にいることが多いじゃない?」

 

「そう言われれば、……そんな気がする」

 

「実は痴姦をし返す男子学生っていうのは、満たされない女性の渦巻く欲望が生み出した偶像で実はシャドウでしたってオチなんじゃないかなって思うの」

 

私は先日の大型シャドウの襲撃の夜のことを思い浮かべる。まるで造形がそそり立つ大きなアレのような姿をしたシャドウが寮を打ち崩さんと突撃してきた時、『あんなので突かれたら壊れちゃう』と悶えるゆかりを叩きのめした後、理ちゃんを引き連れて逃げた屋上で私は見た。

 

学生寮の壁を這って上がってきたシャドウがまるで朝日のように屋上の縁から顔を出した瞬間、理ちゃんは冷酷と思えるほどの無表情で鉄パイプの尖っているほうを相手に向かって投げるのを。先端部分に突き刺さる鉄パイプを見て、世の男性の『アッーー』という情けない声が聞こえてきた気がした。

 

先端部分に急所攻撃を受けたシャドウはバラバラに分かれた。その分裂したシャドウを私と理ちゃんは分かれて駆除した。まだ気配がするのに、見つからないと思っていたら、分裂したシャドウのうちの一体は目を回したままのゆかりの衣服の下に入り込んで悪戯していたので、私は踏みつけてやった。悲鳴ではなく喜声を上げていたのがいやだ。まるで汚物を踏んだような感触が今でも残っている。

 

「4月のはじめに襲ってきたシャドウも似たような感じだったと?」

 

「……ま、まぁね。確かに湊の意見を無碍にはできないかな」

 

「じゃあ、今日はタルタロスには行かずに影時間を跨ぐ電車に乗ってみようよ」

 

「「おおー!」」

 

という訳で私たち特別課外活動部の2年生組は同じ寮の先輩方に確認せずにこのことを決めた。そして、タルタロスには行かないことを告げ、自分の部屋に上がった先輩たちを見届けた私たちは、制服に着替えて駅に向かった。そして、それを目の当たりにすることになった。

 

 

 

 

「っていうか、影時間なのになんでこの電車は普通に満員なのっ!?」

 

「今朝のOLの話を聞いていた人たちが皆、来ちゃった感じだねぇ。……順平、大丈夫?」

 

私とゆかりが順平に視線を向けると引き気味の女性たちに自分の彼氏を自慢する彼の姿があった。あれの連れとは思われたくないので、アイコンタクトを交わした私とゆかりは順平から離れた位置に移動する。すると、声が聞こえてきた。あらゆる方面から。

 

『お姉さんってエッチだね。僕のお尻をこんなに触っちゃって、ここをこんなに濡らしちゃったの?』

 

『おい、オレの身体を触っておいてタダで済むと思ってんのか?』

 

『証拠写真見ます?これを警察に突き出せばどうなるか分かってるよね』

 

『ダメダメ、今更無かったことになんかできないよ』

 

『『『『警察には言わないからさ。代わりに、お姉さんの身体を触らせてよ』』』』

 

直後、聞こえてきたのは女性の喘ぎ声の合唱であった。

 

私とゆかりは人の壁で邪魔され身動きが一切とれず、必死になって周囲に目を凝らすがどこで行為が行われているのかがまったく分からない。しかし、声は色んな方向から聞こえてくる。

 

だがそんな状況も影時間が終わると一変した。足の踏み場もないほどギュウギュウ詰めだったはずの車内がいきなりガラガラに空いている状況に変わったのである。落ち着いて辺りを見渡せば座席や床に『ぼーっ』と座り込んでいる女性が数人見えた。近づいて声を掛けるが返事は芳しくなく、これが今回の無気力人間を生み出している原因なのが分かった。

 

巌戸台駅のホームから出て、すぐにある広場のベンチに座った私たちは今回の件について話し合うことになったのだが……。

 

「えっと、つまりアレだろ?今回、被害を受けた女たちの心のうちにあった欲望をシャドウが叶えて、あんな状況を作り出した。所謂、自業自得?」

 

「下手すれば私たちも堕ちる可能性があるよね」

 

「いや、さっきの状態で私たちはシャドウが作り出した人の壁に邪魔されただけで干渉されていないから、ペルソナ使いは別なんだと思うよ」

 

「というか湊は気付いた?倒れていたのは3人だったのに、男の声は4人分あったことに」

 

「業が深いってことしかなんとも……」

 

私たちは思わぬ強敵の存在に溜息をつくことしか出来なかった。

 




続いたってことしかなんとも。
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