その場にいる者を静止させたのは一人の男であった。
数々の異名や二つ名を保持し、魔術を修めながら科学の力を利用する魔術師の異端。『世界最強の殺し屋』『死の運び屋』『魔術界の異端』『請け負ったら最後命はない』。
静まり返ったのも当たり前だ。通常であれば、明らかにこの場にいる誰かを殺しにきたと考えられるからだ。
だが、空気を読めない人物達が、空気をあえて読まないような強者達がこの場にはいるのだ。
「ヤン、久しぶりだな。後ろのやつらは誰だ?」
「工藤優斗、後ろにいるのは俺が設立した事になってる暗殺グループの仲間だ」
その紹介に応じて数人が優斗に対して軽いお辞儀をする。
だが、各々の目に宿るのは敵意だ。彼らの頭領は未だヤンであり、優斗を認めたわけではない。今だけは仲の良い素ぶりを見せているだけなのだ。
彼らは皆、ヤンから一言もなく着いてこいの一言だけで着いてきたヤンを心の底から信頼している者達なのだ。にも関わらず、目の前の得体の知れない優斗に心を開けるだろうか。自分達ですら畏まるヤンを相手に、気安く呼び捨てにするような存在を許せるだろうか。
否だ。
ヤンから一言でも説明がない限り、彼らは優斗に対しての敵意を緩めない。
しかし、喧嘩を売る相手が悪い。
異世界において最強を誇り、遂には魔王さえ打倒せんとした歴戦の勇者。
その勇者と最後の最後まで戦い続けた魔王。
1000年間戦いに明け暮れ、闘争と闘争と闘争によって人生を塗りつぶした戦闘狂。
700年に渡って魔術を修め、勇者さえも超越する範囲魔術を扱う事のできる魔女。
これら4人に殺気を飛ばし返される。
「おいおい。喧嘩っ早いのは良いけどよ、とりあえず俺の自己紹介でもしといた方がいいんじゃねーか?ほら、あちらさんも気になってるだろうし」
この場にいる工藤一族は全員が首を揃えて思った事だろう。
おいおい、お前の事を知らない魔術師がいるもんか、と。
世界最強の名を持つ人物は数人がいるが、全員が凡人を逸脱した者ばかりであり、性格も常人では考えられないような者が多いと聞く程だ。その内の一人であるヤンが工藤一族に知られていない筈がないのだ。
「では工藤一族の皆さん、はじめまして。
さて、私はご存知の通り
「兄貴、嘘はいけやせんぜ」
「馬鹿!お前馬鹿!今は秘密にするべきだろうが!工藤優斗にも黙ってるつもりだったのによ!」
「兄貴!そうとは知らずすんません!ほら!お前も謝っとけ!」
「えぇ!?自分なんにもしてないっすよ!?先輩が全部悪いんじゃないっすか!」
「お前らもう帰れよ」
殺し屋として有名なヤンたち一行であるが、その漫才染みたやり取りも有名である。しかし、いつもふざけている者が弱いとは限らない。
漆黒の戦士、狙撃者、破壊の申し子、キング……様々な異名を持つ世界有数の殺し屋一家がこの場に勢揃いなのだ。
彼らの頂点に立つヤンだけでも恐怖すべき状況であるにも関わらず、恐怖すべき対象が何人もいるのだ。工藤一族の者は泣いていい。
「どういうことだ。当主の座でも奪い取りに来たのか?」
現当主である男が疑問を投げかける。
工藤一族の者が恐怖で使い物にならないこの状況であっても彼は冷静さを欠く事はない。
「兄さん、残念ながらそういう事じゃないんだよ」
「その通りだ。工藤家現当主である
「え?そうなんすか?てっきり暗殺するもんかと思って殺す準備してたっす」
「兄貴の邪魔すんじゃねえ!お前程度じゃ殺せないから俺が出るんだよ!」
「いや、ここはこの俺様に任せてもらおう。日本有数の一家を相手にできる機会なんて滅多にないからな」
「あーっ!ずるいっす!俺も混ざりたいっす!」
「うるせぇ!お前らはすっこんでろ!」
「お前ら次喋ったら殺すからな」
「了解!」
「はいっす!」
「分かりやしたぜ兄貴!」
「漫才をしに来たのなら帰れ!!!」
漫才染みたやり取りがあまりにも多いため、さすがの清政も怒鳴る。しかし、彼の前にそれを止める人物がいた。
「良いではないか。このような雑魚共の戯れを一見するのもまた一興。永遠とも思える月日を通しても私はこのような阿呆を見たことがなかったぞ」
「いやー、褒めても何も出ないっす!」
「いや、馬鹿にされてるんだぞ」
「まじっすか!先輩!あいつやっちゃってくださいよ!」
「無理だよ!力量ぐらい測れるようになれ!」
止まらない漫才に怒りを募らせる清政。当たり前だ、真剣に訊いているにも関わらず返ってくるのは漫才なのだ。これで怒らないという方が無理だろう。
「俺が話す。
工藤家現当主の人、俺は魔術を扱う。だが、魔術協会とかなんか色々な所からと許可を得ているわけじゃないから保証元になってほしい。それだけだ」
「ふざけるな!!!これだけ長引かせておいて保証になってほしいなどと戯言を!帰れ!」
清政の言葉に従う人間は誰一人としていなかった。いや、むしろこの中でも弱い分類に当てはまる彼の言うことに従う必要がないのだ。
「兄さん、彼は優斗だよ。気付いてないのかい?」
「優斗は行方不明だ。遂に頭をおかしくしてしまったのか?お前は一旦ここに帰ってこい」
「うーん、僕は良いけど優斗を放り出していいの?正直、手放して問題を起こされても一番困るのは工藤一族だと思うよ?」
「くどい!その男を連れて失せろ!」
「工藤優斗、実家に認知して貰えてないぞ」
「まあ、弱いし要らないけど権力的には味方について欲しかったんだけどな」
「主人、私たちだけで世界なぞ相手できるであろう。何を戸惑う事がある?」
「そうよ優斗。そこのヤンと一緒にぶん殴れば良いだけじゃない」
「全く、お主達はそれじゃから脳筋なのじゃ。実力だけでは権力には勝てないのじゃ」
「先輩、俺この中だとどれくらいの強さっすかね」
「兄貴と同じレベルだぞ。勝てる見込みすらねーよ」
「いや、状況次第では戦う事は可能だ」
「キングにそれだけ言わせるとは…俺様が直々に戦いたいじゃねぇか!」
「キング先輩がそれだけ言うってまじっすか!?ヤンの頭にも勝てないんで、俺は棄権するっす!」
「くそっ!くそくそくそくそっ!あんな暗殺者集団を連れてきやがって!」
「もう終わりだ!工藤一族は終わりだ!」
「義政の反逆…!だから私は魔術協会と関係を結ぶことに反対だったんだ!」
各々の陣営が慌てふためいていた。
個人が好きな言葉を好きな相手に話しているような状況が続くかのように思われた。だが、この状況を打破する男がいた。
「ゆうとォ……!お前は!いつの間に…!それほどの力を手にいれたァァァ!!!
なぜだ!なぜ!お前はいつもいつも!いつもいつもいつもいつもいつもォ!俺の目障りになる!ゆうとォォ!!!答えろおおおお!!!」
気を失ったままであると思われた一清が立ち上がる。そして、喉から出てくる言葉は一清の偽らざる本音であった。
工藤一族の将来であり、日本の魔術業界を担う期待の新人とされた男の、プレッシャーと常に戦い続けている男の本音だ。
暫くの静寂が続いた。誰も一言も発しない。息を呑む音だけが響き渡る時間が続いた。
もしかすれば、その時間は一秒にも満たないようなチンケな時間だったのかもしれない。だが、この場にいる人間にとっては長い時間に感じられた。
そして、優斗の口が開く。
「俺が知るか」
この場にいる工藤一族の皆は誰もが驚愕しただろう。
今まで本音を出さなかったあの工藤一清が本音を出してまでぶつけた問いかけに対し、知らないの一言で突き返す男に。
しかし、優斗は一清の生活なぞ知らない。
どんな人生を送り、どのようなプレッシャーがあったのかなんて知りようがないのだ。
そもそも、彼は勇者だ。
一清の背負ってきた期待という名のプレッシャーを遥かに上回るものを背負って戦ってきた勇者なのだ。彼から見れば、一清は何も背負っていないようにしか写らないだろう。
これは誰も悪くなく、意識の違いから生じるすれ違いなのだ。
無論、一清もそんな事なんて知りようがないのだが。
「はは、ははははは!!知らないだと!?ふざけやがって!ふざけやがって!ふざけやがって!!!」
「ふざけてなんていない」
「なら、ならどうやってその力を手にいれたんだ!禁忌の魂喰いでもしたんじゃないのか!?」
一清の錯乱している言動から優斗は相手にするだけ無駄であると考え、返事をするのを辞めようと考えた。しかしながら、一清を放っておけない人物が一人いた。
「全く、先ほどから聞いておれば自分の好きにならなければ癇癪を起こすのかえ。
小僧、お主はその背に何を負っている?」
アニエス・アジャーニ。
周りから勝手に期待された彼女は、一清の境遇に似た部分があった。そればかりか、彼女だけではなく真央も同じような境遇であっただろう。
そんな彼女たちには譲れないものがあるのだ。
「背負っているもの……?それは……工藤一族の未来、それと、日本の未来だ」
「それはお主が心の底から背負っているものなのかえ?違うじゃろ。お主は突き詰めれば何も背負ってなどいないのじゃ」
「やめろ」
「お主は国どころか一族の事さえどうでもいいのじゃ」
「やめろ!」
「空っぽの心で、空虚だけではないかのう」
「やめろって言ってんだろ!!!」
「いいや、やめんのう。何も背負っていない粋がりな小僧」
「……。」
「良いか?強さとはなんじゃ?強さとは、何の為に必要なのじゃ?
強さとは、何かを背負った時に求められるものじゃ。わしらは全員が全員、何かを背負って戦ってきたものだけじゃわい。何も知らない餓鬼が粋がるだけが取り柄の小童!」
「そうね、私は私を慕ってくれる民全てを守るためね」
「わしも同じじゃ。そして優斗は勇者として人類全ての望みを背負っていたのう。吸血鬼はあれでも一族を守るために、自らだけが標的とされるために強くなったわけじゃ」
「ふっ、私がそのようなくだらない理由で強さを求めるとでも?」
「最初は今とは違うじゃろう」
「そう、それはいい事を聞いてしまったわ。ア・ル・ヴィ・ン?」
「胸なし、ブチ殺すぞ?」
「あら?ヤるつもり?」
彼らは仲が良いわけではない。かつての確執は消えるまで時間を要するだろう。さりとて、彼らはお互いに認め合っているのだ。
一つの時代を代表する英雄たちだからこそ認め合っている。その根底には、誰かを守るためという願いがあるのだから。
「……どうすれば」
「?」
「どうすれば俺も、お前たちに辿り着ける?」
プライドを打ち砕かれた一清は希望を求める。
先駆者である彼らに対し、これからの自分に対し、いつも障害として立ちはだかる優斗に対して希望を求める。
彼らは笑って答える。
「決まってるじゃない、諦めないことよ」
「守る事を知る事じゃのう」
「強さを追求することだ」
「努力しかねぇだろ」
その日、一人の男が初めて認めるという行為を行った。
その男がいつか、世界を股にかける偉人となるのはまた別の機会に。