黒服を着て黒いサングラスをかけた怖いお兄さんたちに連れられてやってきたのは、警視庁であった。恐らく、警視庁内で道端で出会った変態について聞かれるだけで悪い事は何もしてないと思われる。というより思っていたい。
変態についての質問以外だと何を求めてここに連れてきたのかがわからない。もしかしたら、先ほどの変態が警視庁に関係する役職なのかもしれないが。
「警視総監殿、ご命令通りお連れしました」
「任務ご苦労、下がってくれて構わない」
何やらかなり地位の高い位置にいるお方らしい。
警視総監がどれくらいの地位にいるのか、あまり勉強が好きではなく、こういった世俗のものに興味がないので分からないが、警察官を何人も従えて命令させるだけの権力を持った地位であることは理解した。
だが、それだけの権力を持った人物が何故自分を呼んだのだろうか。
「君の名前はなんだったかね」
「たかしじゃないです」
警視総監と呼ばれていた人物は、おもむろに立ち上がると何を思ったのか外を覗き始めた。
「君は異世界で勇者として活躍したらしいではないか。世界には魔術という我々には想像を絶する能力を持った人々が隠れている、彼らは法という絶対のものさえ破ることもある。それは数々の法治国家からしてみれば許されざる事なのだよ。工藤優斗くん、君のその勇者としての力を国のために役立ててはみないかね?」
彼の説明には納得のいく部分と質問仕返したい部分があった。そもそも、自分以外にも魔術師がいるのであれば、何故彼はその存在を知っているのだろうか。偉い立場だからといって何事も知れるわけではない。その事は異世界で自身が学んだ事であった。
次に法を守らないという点だ。魔術師が法を守らないのであれば、法を守るよう指摘すれば、もしくは社会的な処分をしてしまえばいいのではないか。
まあ、そんな難しい事は勇者の頭の中に思い浮かぶはずもないのだが。
「ふむ、疑問を持っているという顔だね。最初から説明しよう。
魔術師の存在自体はこの日本という国でも古くから認識されへいる。陰陽師というものも一種の魔術師であり、国家へ協力した人物たちなのだ。しかし、現代の彼らは世界規模で同盟を組んでいる。世界魔術協会という同盟に加入している者は全てそこで生計を立てられてしまうのだ。そこで疑問が生じる。大国を相手にできるこの同盟が、自身の配下である魔術師たちを守るために取る手段とはなんだろうか?それは魔術師に対する罰則の黙認だ。表舞台へと出てこない代わりに彼らは法律という絶対の縛りを無視したのだ」
「我々警察はそんな彼らへと対抗しなければならない。なぜなら、法を破ったものを捕まえるのが我々の仕事であるからだ。しかし、彼らは一人一人が歴戦の戦士であり、社会的地位の高い者までいる状態なのだ。そこで工藤くん、君の出番なのだ」
「警察の持つ、対魔術師用の魔術師として活動してくれるのが君であれば我々は君の事を認めよう。ある程度は罰則も黙認できるだろう。君が勇者としての力を持っている事はある情報通を通じて知っているのだ、その力を世界のために発揮していくのは今しかない。さあ、我々警察に協力してくれないかね?」
「焼き芋食いたいんで帰りますね」
まさしく唯我独尊。彼を縛るのは法でもプライドでも金でもなく、自身の欲求そのものなのだ。金は自身が働けば手に入る為、わざわざ権力を使ってまで入手する必要を感じないのだ。
プライドに関しても、身の丈に合わないプライドは己を滅ぼす事を知っている。なら、プライドなんて身につけるだけ無駄な事である。普通の人間であれば到底辿り得ぬ境地へと辿り着いた者の考えであった。
勇者である彼は口にして言葉通り、部屋から退出しようとしている。焼き芋を食すためというのも本心であるが、本当の目的は話を断るため。そう偉い人が思い付くのは当然の事である。
「金か!?金ならちゃんとした報酬を用意しよう!
それとも金ではなく女の方が良いか?勇者とも呼ばれたお方であれば、女の数人は侍らせておらねばな!」
「あのさ」
勇者をどうしても繋ぎとめようと次々に要求を聞く警視総監を勇者は黙らせる。
「帰りってどっちに行けば帰れる?」
絶句した。警視総監は勘違いしているが、勇者である彼は異世界において全ての賄賂や懐柔といった策を断ってきた程の能天気である。部屋へ行ったら女性がいたなんて状況も一度や二度ではないが、その全てを「邪魔」の一言で断っている人物である。もはや同性愛者を疑うべきである。このホモめ!
だが、彼は至って普通に異性が好きだ。豊満な胸を求めて噂に聞く人魚の隠れ里へ師匠諸共突入したなどという経験もある。結果から言えば仲間と人魚から総ビンタを食らった。
簡単に言ってしまえば気分屋なのだ。
きちんと相手を見極める事もせずに勇者を呼んだ警視総監も、自身の無能っぷりを露わにしただけであるが、彼を見極めた場合、分かるのは唯我独尊振りだろう。警視総監は彼を懐柔することを諦めた。
仕方なく勇者を返すよう部下に指示を出し、重要な書類へと視線を向ける。
「奴を始末しろ、虎」
「御意」
◇
勇者は人の心が分からぬ。何故こんな事で争うのか、分からないのだ。もしくは、この世に存在する全ての争いは、相手の気持ちが分からない事による争いなのではないだろうかという一種の答えに辿り着く。
もしかすれば、相手の気持ちを理解できるようになれば世界中の争いは瞬く間に止まり、凶悪な犯罪のみを駆逐せんとする社会が出来上がるのではないだろうか。だが、それはそれでプライバシーといった人間に必要な絶対要素が相手に知られるということであり、そんな世界では勇者である彼も生きていけぬと思われる。
勇者は帰り道にこの時代には相応しくない剣という古き武器を突きつけられていた。
「悪く思うな、こっちも仕事でね」
邪な感情を浮かべている時に現れる笑みをニタニタと浮かべている男であった。
全身を黒い服で統一していながら、その服装は所々薄汚れており、数多の戦場を経験した雰囲気を醸し出していた。だが、勇者には彼があまり殺し合いのしたことのない人物だと見切っていた。
異世界においてこれでもかと思う程殺し合いをしてきた勇者にとって、戦場とは馴染んだ空間であり自分の能力を最大限発揮することのできる居場所なのだ。そんな場所へ経験不足の人物が現れたとして、なぜ勇者が怯える必要があるのだろうか。
つまり、勇者にとって彼は脅威になり得ないのだ。
「暗黒武術 天魔駆走脚」
暗殺者はその蹴りを認識する事すらできず、腹部へと蹴りが当たった瞬間に吹き飛ばされてゆく。だが、勇者は攻撃の感触が人間を攻撃した時とは全く異なる事に気付いていた。
「まさかとは思っていたが、こうも簡単に文身体を壊してしまうとは。全く、勇者とは恐ろしいよ」
「いきなり刃物を向けてくるお前の方が危険だろうが」
「ああ、その通りだ。まさしくその通り」
そこにいたのは先ほどと同じく全身を黒で統一した男であった。しかし、先ほどまでの分身とは違い赤いマントをはためかせていた。
そしてその男が繰り出す剣撃はまさに一つの到達点へと至った者の武術であった。勇者は察するしかない、紛い物である暗黒武術ではこれに対抗できないと。
そして、二人の影を月が照らす。