帰宅したら無職でした   作:あきちゃま

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第3話 型なき者

 いきなりの襲撃によって危機へと陥っていた勇者であったが、彼は伊達や酔狂で勇者を名乗っていたわけではない。その拳を振るえば何人もの魔物が吹き飛び、その脚で駆ければたとえドラゴンと呼ばれる種族であっても抗いがたい。

 そんな彼が極めた武術は、型のない我流。数々の死闘を繰り返す事によって極められた叩き上げの現場主義武術であった。

 

 型のない武術とは弱い。

 型がないということは基礎たる部分が整えられておらず、長期戦において重要となる部分が欠落しているのだ。逆に言えば自由奔放であり、誰にも極められない己のみの武術へと昇華させることも利点ではあるのだが。

 つまり、勇者たる彼は基礎の部分がない応用しか使えぬ欠陥した武術家となるはずであった。そう、本来であれば。

 彼には類い稀なる武術の才能があったのだ。数々の死闘を通じて様々な武術の基礎を取り入れるといった組み合わせる事を可能とする才能が。敵対したものは困惑するはずだ。自身の知っている型の武術かと思えば違う型の武術も混じっているのだから。

 

 継ぎ接ぎで極められた一つの武術である。

 一つを極めた武術家にとっては許されざる存在ではあるが、その多才さが彼を優秀な武術家として昇華させたため認めざるを得ないのだ。

 

 襲撃者である男も驚愕を隠せなかった。明らかに八極拳と思われる技かと思えば別の武術であるのだから。

 

「これは、厳しいな」

 

 思わず口から出た言葉に彼自身驚いたが、これは仕事であるため途中でほっぽり出して辞めるわけにはいかない。そしてなにより、魔術の力で剣の間合いの操作や視界を遮るなどの妨害を物ともしない勇者の戦いぶりに自身の全力をぶつけたくなったのだ。

 

「く、は。これも止められるか!」

 

 影からの刺し攻撃を使いながら剣撃の間に生じる隙を埋めていく。しかし、その攻撃を一つ一つ忠実に叩き落とし、流していくその様はまさしく一つの武術として完成されていた。

 自身が学んだ暗殺術などよりも高貴であり、誇り高い武術と思うほどであった。

 

 だが、彼にも奥の手があった。

 剣撃と同時に影による攻撃を行う。さらに布石として相手の背後からも影による攻撃を行う。逃げ場のないこの攻撃は、世界最強と噂される数人を相手にしても勝負に持ち込めると自負するものであった。

 

「これで、倒れろッ!!」

 

「我流 天魔雷人覇拳」

 

 勇者が腕を振った瞬間、暗殺拳である彼は動けなくなってしまった。腕は鉛の如く重く、剣撃を繰り出す事は不可能と判断できる程に。足は石のように重く、一歩踏み出そうものなら全身の筋肉が破壊されると思う程であった。

 しかし、彼には自分の最も信頼する魔術がある。魔術の才能しかないにも関わらず、それを隠すために始めた暗殺術であるが、結果的にそれは成功しているのだ。

 自身の影と勇者の背後の影の合計3つの攻撃によってこの仕事を完遂させる。この事しか彼には頭になかった。

 

 だが、そこにあったのは影に拳を振るっていともたやすく影を破壊する勇者であった。勇者の背後から忍ばした影すらもいつの間にか破壊されていたのだ。

 

「ば、馬鹿な!あの状況から……ッ!!」

 

 彼は必死に身体の自由を取り戻そうと画策するが、自分の身体は動こうとしてくれない。もしかすれば、魔術協会でも屈指の名を持つ停止魔術の使い手がいたが、停止魔術を受けているのかもしれない。

 そんな事を考えている間に、彼の目の前には勇者が立っていた。

 

 振り上げられた手にここまでかと思ったが、気付けば肩に手を置かれただけであった。

 

「なんかよく知らんが、久しぶりに運動になった。まじありがとう」

 

 唖然とせざるを得ない。暗殺者に狙われ、実際に直接対峙したにも関わらずそれを運動と割り切った事もそうだが、暗殺対象者が肩に手を置いてから身体の自由が帰ってきたのだ。

 

「お前……俺を殺さないのか?」

「え?なんで?」

 

 勇者にとって死闘とは日常的に起こるものであった。その結果、多少の危機では日常感を拭えなく、スポーツ感覚へと陥ってしまっているのだ。

 現代スポーツ感覚で言ってしまえば、ルールなしのボクシング、否、ルールなしの総合格闘技を行なっているに過ぎないのだ。意味は分からない。無論、我々常人から見れば天にも昇る─勿論、昇天という意味の─ような感覚ではあるが、勇者である彼は、古来より最強と称された伝説のドラゴンや、千年間戦いに明け暮れた伯爵持ちの吸血鬼、肉体強化のみに近い能力だけで魔族の頂点へと上り詰めた人狼魔王、魔術だけでなく、科学にも精通したが故に過去現代未来を行き来する事を可能とする異彩を放つ未来の科学魔術などなど、数え出すとキリがない程の相手をしてきたのだ。

 こちらの世界の魔術師達が聞けば白目を剥いて泡を吹き、身体を痙攣させながら気絶するような出来事ではあるが、勇者にとって命を賭けてまで戦うとはこういう事なのだ。意味が分からない。話を聞いて暗殺者はそう思わざるを得なかった。

 

 詰まる所、彼は散歩─大陸間耐久マラソン─をしていた時に運良く久方ぶりの運動を行えたのだ。意味が分からない。

 

「く、はは。ははははははは!!!」

 

 暗殺者として仕事をこなしてきた彼にとって、勇者という存在を異常であった。というよりバグに近いなにかだ。同じ女の腹から生まれてきた存在だと思いえない、いや、思いたくない程の人間離れした存在なのだ。

 これは、彼を暗殺しろと命令を下した警視総監の方が悪い。やれるなら自分でやれと言いたいところだ。

 

「ああ、君の名前を教えてくれないか?」

「俺か?」

 

 彼は何かを考えた後、こう呟いた。

 

「俺は工藤優斗(くどうゆうと)。世界を救いし者だ」

 

 勇者はそう言って右手を差し伸べる。そう、喧嘩だろうが殴り合いだろうが、ましてや運動の後はこれで解決可能なのだ。仲良しの握手だ。

 

 

 

 ◇

 

「と、いうわけで警視総監。彼を打倒することはほぼ不可能に近く、倒すためには魔術協会の中でもかなりの名声を持ち、史上最強を名乗る殺し屋『1』や彼に負けず劣らずの人物らでも呼ばないと不可能です。しかし、それは警察が殺し屋という法外の力に頼る事であり、さらには魔術協会に借りを作る事でもあることは他ならぬ(・・・・)あなたならお分かりいただけるでしょう?警視総監殿」

 

 自分で言ってて冷や汗が流れる感覚がするが、警視総監といえど魔術師に勝てる程の実力があるわけではない。さらに、俺が渡した書類の中には、世間に流れれば警察の地位がガタ落ちする、もしくは警察組織そのものが一掃されるような内容の書類である。

 

「ふむ、山本くん。君は何が言いたい?」

 

「警視総監殿に偽ったとしても通じないと思うので率直に言います。警察を辞めます」

 

 

 

 ◇

 

「はぁ……」

 

 かつては自身も魔術の世界へと身を置いていたが故に魔術師の破綻っぷりを知っている警視総監は溜息を吐く。

 辞表を提出して去って行った彼だが、才能に関してはそこそこあっても経験不足が隠しきれない人物であった。魔術師を敵にした作戦もいくつかは任せているが、どれも三流以下の人物ばかりだったからだ。本当に問題がある敵は別のものか自身で行なっている。つまり、彼は警察という国家権力から遠ざかり、魔術協会との繋がりもない今、どこから狙われてもおかしくはないのだ。

 

 一番の問題は、彼が提出してきた書類を彼が重要なものが多いと考えているその阿呆加減だ。無知なだけならば問題ないが、自身が魔術師としても上位に食い込む力を持っているなどと自惚れているのが問題であり、どんな問題を起こされるのか分からないのが問題だ。

 

 だが、より重要な問題は勇者の方だ。

 あの家系はかなりの歴史を持つ家系だが、今や凡人に等しい力しか持たぬ。しかし、そこに圧倒的な力を持った人物が現れたとしたら、起こるのは彼をどこの所属にするのかという権力争いだ。警察もその一つの勢力ではあるのだが。

 

「魔術協会にローマ十字教、イギリス黒魔術協会、アラビアン連合か。いや、殺し屋一味もここに加わるのか」

 

 日本警察が魔術師を裁くには、より強い戦力と権力が必要である。それも魔術協会と事を構える事のできるような戦力が、だ。

 特に魔術協会は最大の敵対勢力になる可能性が高い。金さえ払えば味方になる殺し屋や基本的に中立を保っているローマ十字教はそこまでの反発はないはずである。日本での活動を控えようとするかもしれないが、犯罪を削る事はできるであろう。しかし、魔術協会は別だ。

 あの組織にあるのは汚職と魔術協会のみの権威、言ってしまえば、上に上がる為なら犯罪だろうと躊躇する事なく行ってしまう屑共の集まり。

 

「やはり、勇者を引き込めなければならないか」

 

 彼が目指すのは犯罪なき世界。

 そのためならば、例えどんな犠牲を払おうとも辞さぬつもりであった。彼の目は、酷く濁っている。

 

 

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