帰宅したら無職でした   作:あきちゃま

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第9話 大問題

 世界最高峰の魔術師の1人として名高い襄錫重(ヤン ソクジュン)。彼の異名は数えだしたらキリがない。『世界最強の殺し屋』『死の運び屋』『魔術界の異端』『請け負ったら最後命はない』

 しかし、彼よりも強い人物は多くはないものの確実に存在している。13代目裏切りのユダなどはその筆頭であろう。そして、彼よりも強い人物にもう1人の名前が追加された。工藤 優斗(くどう ゆうと)、異世界において勇者として名を馳せただけではなく、数々の|強者、上位者達を打ち倒し、遂には魔王さえも打倒した男だ。

 

 しかし、そんな異世界であっても勇者である優斗よりも強い人物はごく僅かながら存在した。そのうちの一人が数百年の歴史を持つ帝国の皇太子─帝位継承権第一位─であったのだ。優斗ですら対応するのが精一杯の剣撃、勇者顔負けの魔力など、頂点に立つべくして生まれてきた男だ。

 そして、彼は今日も切磋琢磨と訓練を続ける。

 

「陛下!陛下はどこですか!」

 

 城中を駆け回りながら行方を眩ませた皇帝を探す憐れな大臣がそこにはいた。

 額に汗をかき、運動不足の体型でありながらも必死に皇帝を探す大臣がいたのだ。

 

「陛下!どこにいらっしゃいますか!陛下!」

「どうした、ウインツ。また兄上か?」

「殿下!陛下がまたしても会議をすっぽかしてしまいまして!」

「兄上なら兵士達と訓練でもしてるんじゃないか?かわいそうに」

「また訓練場ですか!?赴いてみます!ありがとうございます殿下!」

「大臣も過労死しない程度に頑張ってくれよ」

 

 ありがたき幸せと聞こえる間も無く大臣は消えていた。運動不足な体型でありながら、皇帝のためなら限界を超える男、それがこの大臣であり、弟は彼に対しても苦笑をせざるを得なかった。

 

 

 

「陛下!こんなところにいらっしゃったのですか!」

「おや、ウインツじゃないか。少し兵士の相手をしてやろうと思ってな。ふむ、やはり帝位に就いてから身体が鈍った。このままでは優斗に笑われてしまう」

「陛下は皇帝ですので守られる側でございます。ではなく!陛下!会議にお戻りを!」

 

 ハッとしたウインツが彼に注意をする。大臣でありながら皇帝である自分に文句を言えるのは彼だけであり、その点においては誰よりも信頼しているが、こうも小言が多いと苦笑をせざるを得ない。

 

「しかしな、こう兵士達と絆を深めるのも大事だぞ?私が目指すのはより良き国なのだからな」

 

 兵士を見れば人間の兵士だけではなく、エルフやドワーフ、獣人や魔族など様々な種族の兵士がいた。しかし、共通点が一つだけある。それは皆、地べたで倒れ込んでいるのだ。

 

「陛下、やりすぎです。これでは城砦の警護どころではありませぬぞ!」

「ふむ、そうだな。ではそろそろ戻るとするか。皆の者、これからも励みたまえ!」

 

 彼は数百年の歴史を持つ帝国において、新たなる歴史を作りし皇帝。歴史に名を刻むどころか、神と崇める人さえ存在するほどの人物なのだ。

 

 種族差別の撤廃と魔族の国民化。

 

 これまでの人類史は他族を奴隷とし、労働力とするために戦争を起こしてきた事が多い。魔術という未知なる力が体系化された今日において、戦争の形は安定しないのだ。少数精鋭で攻めたとしても、数の暴力には勝てない。だが、少数精鋭の少数が名高い魔術師だけなら話が変わる。そんな戦争を行なっていたのだ。

 

 そして起こってしまった第三次人魔戦争。王国の王位争奪戦において、魔族嫌いの王が誕生してしまった事による魔族の暴走。その結末は、魔族の支配者層が壊滅するという結果であり、魔族に未来はないかと思われた。

 

『これより帝国は、多種族他宗教国家となる!人類も魔族や獣人だから差別は許さない。差別を行うだけでなく、奴隷を持つものも秘密警察によって厳罰を下す。帝位継承権第一位であり、今日よりハーニッヒ帝国の皇帝となるギルアーク・ファルブラヴ・ハーニッヒの名において宣言する!そして、私はエルフの伴侶をもらう事にした、以上だ』

 

 その宣言に全ての生物は驚愕した。事実、彼は今まで奴隷身分であったエルフの伴侶を持ち、法を厳格に定め、全ての国民に等しき地位を確立させた。優斗が人類の勇者であるならば、彼は全ての生物の歴史を変えた勇者であろう。

 その宣言の後、王国は帝国に対して宣言の撤廃並びに魔族討伐の許可、軍の通行許可を申し出たが、彼の強気の姿勢に戦争状態へと陥った。

 

『戦え!男共は魔族であれ人間であれ、戦わねばならぬ!ここで戦わぬば、貴様らに未来はない。ここで戦わぬば、我々に生きる資格などないのだ。全ては後に続く者のために、我々は戦わねばならない!』

 

 第二次ハーニブルグ戦争の勃発であった。

 王国と帝国が唯一接触している国境で両軍がぶつかり合ったが、帝国軍は第三次人魔戦争以前から勇猛として大陸を馳せていた。そこに魔術に深い知識を持ったエルフや高い魔力や身体能力の魔族、破壊力を持ったドワーフなど適材適所の戦い方のできる現在の帝国軍が誕生したのだ。

 

 対して王国軍は、勇者の意志を継ぐためと銘打って戦争を開始した。だが、勇者の人となりは王国中で知られているため、帝国軍に敵うはずもなかった。

 第三次人魔戦争での人材の損失、指揮の低さなどが直接的な敗因とされているが、皇室の黄金世代と呼ばれる兄弟達が相手では仕方ないとしな言いようがない。勇者と共に旅を行なった者が2人もいる皇室など、世界中を探してもここだけだろう。

 

 結果、王国軍は重大な損害を受け、帝国との停戦交渉へと移った。しかし、彼がこの程度で止まるはずがなかった。

 

 死んだ者の遺族への賠償金、王国領内にいる帝国への移住者の移住の許可、奴隷として身分を落とされている種族の解放及び魔族の保護。これら全てを呑めない場合は王国が滅ぶまで戦う。それが帝国の意志であった。王国側は当然の如く断ったが、その結果停戦の使者が首だけになって帰ってきた。次にこうなるのはお前達だ。血でそう書かれた紙と一緒に贈られれば、国王としても止む得ず要求を呑んだ。

 

 現在の帝国は、帝国とは名ばかりの立憲主義となっており、皇室の権力も徐々に無くなりつつある。皇帝が自ら国民に(まつりごと)を任せると考えているからだ。

 帝国内には身分を問わず入学できる学校を設立し、学問の素晴らしさを皇帝自ら説いた。さらに、魔術だけでなく優斗が度々言っていた科学という分野にすら手を出している。

 

 国民満足度150%を実現させた男なのだ。

 そんな男と訓練ができて、兵士達が嬉しくない筈がない。その訓練が、士官ですら泣く程キツいものであっても、偉大な皇帝との訓練ならば嬉しいのだ。

 

「やっぱ、陛下はすごいなぁ」

「種族差別しないしな」

「文武両道でもあるからな」

「お前ら、そんな陛下より弱くて満足するか?」

「するわけねーだろ」

「だよな」

 

 皇帝に心酔している彼らは、肉体の限界が訪れるまで訓練を続ける。それが皇帝に知らされ、怒られる羽目になるのだが、それでも嬉しそうな彼らであった。

 

 

 

 ◇

 

 血を大量に流しながらも自分より先に殺し合った相手を治癒する男がいた。魔王を打倒した男、工藤優斗(くどうゆうと)だ。

 彼はヤンに自身が信頼する技の一つを浴びせてしまい、慌てて治癒魔術を発動しているのだ。

 

「死ぬな、くそっ!俺の馬鹿!」

 

 行使する治癒魔術が銃で撃ち抜かれた脚の怪我によって集中できず、本来発揮する力の足にも及ばない程の力しか発揮できていないのだ。

 

 だが、一月近く実戦の殺し合いから離れていた者に対して死なない程度の本気というのは難しかった。常に殺し合いの世界である異世界にいる時であれば、難なくこなせた事が、こちらの世界ではこなせないのだ。

 

「優斗さん!どこにいま……優斗さん!その怪我!!!」

「山本さん!ちょっと治癒魔術手伝って!」

「いやいやいや、僕の魔術の起源は影ですから、治癒能力なんてないですよ!」

 

 魔術が学問として体系化された異世界とは違い、個々の使える魔術を伸ばす事のみに力を注いだこちらの世界の魔術師が、様々な魔術を使える筈がなかった。

 こちらの世界から言わせれば、魔術の体系化とは魔術の起源を誰にでも分かりやすくするという事であり、魔術を排他する時代があったこちらの世界では、実現できなかった事である。

 

 魔術に対する認識の弊害が生まれていた。

 だが、正確に言えば優斗もこちらの世界の魔術師同様、自身の魔術の起源しか魔術を使えない。幼い頃より魔術の起源を理解するべく育ってきた異世界の魔術師のような真似は、あまりできないのである。

 

 そうこうしている間にも、血は流れていく。自分の血であるのかヤンの血であるのかが分からなくなるほどの血である。このままでは助からない。

 

「もー全く、なんで私が出てこなきゃいけないのよ」

「野蛮な人狼なら人体への理解も高いだろう?ほら、主人が困っているなら助けるもとい恩を売る絶好のチャンスだろう?」

 

 突如聞こえてきたその声に山本は警戒する。声の聞こえた先を見ると、美青年と美女がいた。あまりの美しさに思わず見惚れてしまう程であったが、優斗に危害を加えないかと警戒をする事にする。

 

「二人ともすまん、助けてくれ」

「あんた弱くなりすぎよ。私に貸し一つだからね?」

「全く、人狼はどうしてこう素直になれないのだ。こう言えば良いだろう?大好きなご主人様のために力を貸したい、と」

「噛むわよ」

「おお、怖い怖い。だが、その程度では死なんぞ」

 

 小言を言い合いながらも二人は優斗とヤンを的確に素早く措置していく。その慣れた手つきと治癒魔術と呼ばれる魔術能力の高さに思わず圧倒される。

 

「傷は塞いだが、後はこいつの生きる意志次第だな。どうして人間はこう戦いを美化するのか私にはわからんがな」

「千年間戦ってきた化石の言う事とは思えないわね。私より魔王がお似合いよ」

「魔王なんて品のないもの、誰が好んでなるものか。ああ、品がないから人狼の胸もないのか」

「カッチーン。今の頭にきた。今ここで殺す。殺さなきゃいけない」

「どこまで言っても人狼はその胸のように品が無いな。こう優雅に戦いを楽しむのが貴族の嗜みだ」

「また胸がないって言ったぞこいつ!殺す!暗黒武術奥義 天地躁瘧!!!」

「天真一心流 覇双乱の構え!ふははははは!その程度か!品と胸のない魔王!」

 

 優斗やヤンをほったらかして戦闘を始める2人。だが、山本にはその動きがほぼ見えていなかった。

 そう、山本はここにいる全てのメンバーの中で唯一強者の領域に踏み入り切れてないのだ。平凡な魔術師に比べれば、魔術に対する才能を持ち合わせ、進むべき道を示す師がいるのだ。平凡の領域からは脱しつつあるだろう。

 だが、強者の領域は甘くはない。才能もそうだが、どれだけ努力を費やしてきたかがこの領域に至るための必要経費なのだ。そして、山本は必要経費を払い切っていない。

 

「ふむ、懐かしき苦悩だ。私もよく悩んだものだ。周りは自分が手も足も出ない強者ばかり。しかし、自分は圧倒的に実力不足であり、貪欲に強さを求めたものだ。少年よ、まずは一つ一つ壁を超えてゆくのだ」

 

 美青年は美女の攻撃を軽々しく受け止めると、山本に対して声を掛けたのだ。しかし、自分にも言い聞かせているようでもあれば、過去を思い返すかのようでもあった。

 自分の心を読まれ、警戒心を強める山本。だが、助言を受け入れられない自分は過去に流したと思い、その助言を忘れまいとする。

 

「千年間戦い続けた猛者が言っても説得力はないんじゃないかしら?」

「品のない魔王は知らないだろうが、私も初めから強かったわけではない。周りは真相と呼ばれる伝説の吸血鬼だらけ、対して私は日光を克服した代わりに身体能力を大きく失ったのだ。彼らからすれば、私など取るに足らない存在だったろうさ」

「それで、あんたのかつての仲間は?」

「全部私が殺した」

 

 千年近く前の伝説上のお釈迦話のような会話をし、笑い始める2人。だが、青年の言っている事は何一つ間違いが混ざっていないのが恐ろしいところである。

 

「ふう、ヤンさんも峠は越えたな。じゃあ、家に運ぶから手伝ってくれ」

「待て、私は戻りたい」

「そうね、私たちのような存在はこの世界じゃ生きにくいわ」

「人狼は主人と一緒にいたいのではないか?ああ、一緒になりたいという頭の螺子(ねじ)が吹き飛んだ事を考えているのか」

「いい加減にしないと本当に殺すわよ。そんな事考えるはずない………………じゃない」

「おい!しっかりと否定しろ!!!俺はこんな低俗な人狼と一緒にいたくないぞ主人!」

 

 暇さえあればすぐに言い争いを始める2人を前に、優斗は難しい顔をしていた。焦りを隠す余裕すらないような状態の優斗を見て、流石に2人共言い争いを止める。

 

「どうした、何かあったのか?」

「戻せねえ」

「え?もう一度言ってちょうだい」

「戻せねえんだ……繋がりがあるのははっきりしてるんだが、何故か戻せねえんだ」

 

 深刻な問題であった。

 2人にとってこの世界は異世界であり、社会の制度が高度化し過ぎて生きていくには難しい。

 

「はあああああああああ!?!?!?何を言ってやがりますかこの勇者は!私は!今!冗談を言ってる場合じゃないのよ!!!」

「人狼よ、落ち着け。主人が言ってる事は恐らく本当だろう。だが、逆に考えたまえ。主人とこの世界の娯楽という娯楽を楽しめるのだぞ?」

 

 

 

 

「…………最っ高じゃない!!!」

「いやいやいや、問題ありすぎだろ」

「なによ、私とこの世界を楽しむのが嫌なの?」

「お前らの戸籍はどうする。食費は?近所の人になんて思われると思う?そして何よりなんて言って父さんを説得する?」

「主人よ、成るように成る」

「ならねーよッ!これ以上ないピンチだよ!」

 

 異世界において魔王を打倒した勇者は、戦闘面以外で危機へと陥るのであった。山本は、自分を置いて会話を続ける3人をなんとなく眺めるだけであった。

 

 

 

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