私が望むのは   作:華原蓮

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2:恋慕の情

今日はとても天気がいい。こんな日は歌でも詠むのが風流であるのだろうが、あいにく今は仕事中であるし、いい歌も思い付かない。侍の権威が薄れた今日では、もと武将といえどもこのような力仕事をする他ない。安定した暮らしができればいいのだが、他に働き口がない以上しょうがないのでこうして護衛などをしているが--

 

「旦那、今日はこの町で一夜明かしましょう。ここは飯もうまいですし、治安がいいと商人の間でも話題で。夜になったら、またこの馬車で落ち合うのはどうでしょうか。」

 

「ふむ。わかった。ではまた日が沈む頃に。」

 

商人の護衛は実入りがいい。自分はそこそこ名の売れた武将であったし、襲ってくるような輩はまずいない。商人はほぼ絶対の安心を高めの金で買えるし、こちらはとくに労力を費やすわけでもなく旅気分でいれば金が手に入る。

 

最近異国の服や文化が流行し町の人々の様相も様々であるが、未だに和服の需要は高い。着なれた服は動きやすいし、落ち着くため、自分も和服を好む。この和服商人が専門に取り扱っているものを買うことで懇意になれるということもあるし、刀を差している身としては他に選択肢はないとも言える。

 

この仕事が終わればまた故郷に戻ることになるだろうし、麗奈に土産でも買っていくか。麗奈にはこの護衛の話もしているし、楽しみに待っているだろう。

 

---麗奈と出会ったのは随分と昔のことだ。麗奈と言う名は源氏名であり本名は違うそうだが、会ったときから彼女は麗奈と名乗っている。戦乱の世が終わる頃に遊廓で出会った麗奈は、今まで出会った誰よりも美しかったし、これから出会う誰よりも美しいであろう女だ。しとやかな顔、切れ長の目、美しく長い髪、凹凸の豊かな身体、心をくすぐる声音、全てを包み込むような器量。何をとっても彼女は素晴らしく、恋に落ちるのに時間はかからなかった。名の売れた武将であったし、歌も顔もそこそこ自信があったが、麗奈の態度は回を増しても変わらなかった。いつも完璧な彼女のままであった。町で流行りの高価なかんざしを添えて思いを伝えたこともあるが、いつ告白しても彼女の答えは変わらなかった。

 

「麗奈も、心から愛していますよ。」

 

それが心の底からの言葉ではないとしても、自分の送ったかんざしを付けて微笑む彼女を見ることができればそれでよかった。

 

「明日からは、四つほど離れた町まで和服商人を護衛するんだ。麗奈に似合う服、買ってくるよ。」

 

「まぁ、嬉しい。お強い貴方には起こり得ないことではあるけれど、命を落とさぬよう、帰ってきてください。愛する貴方がいなくなってしまったら、どうなってしまうことかわかりません。」

 

「十分に気を付けるさ。それと、君にしたい話がある。故に、絶対に帰ってくるよ。」

 

「わかりました。麗奈はここで、あなたの無事を祈っていますね。」

 

この仕事で得られる金で、目標の金額を十分に越す予定であった。遊廓の女は、莫大な金を積み相手が了承をすれば、遊廓から買い取って向かいいれることができる。麗奈が了承をしてくれるかはわからないが、相場の十倍は用意した。彼女を他の男に触れさせるのは嫌であったし、自分だけを愛してほしかったから。断られてしまったら、とも考えたがそれなら今までの関係を続けるまでだ。

 

商人に屋台の焼き串を買っていった。ほんの少しではあるが、この暑さを乗り切る原動力となるだろう。彼はやはり商人らしくせっかちな様で、日が沈むまでまだあるのに先に到着していて、にこやかな笑顔で出迎えてくれた。焼き串は彼の好物だそうで、お礼にと綺麗に染めてある女物の長い布をくれた。

明らかに布の方が高いと思われるので断ったのだが、貰い物らしく、自分では使いあぐねるからいいんですよ、と彼は笑顔で押し付けてきた。いつもより力いれて護衛してくださいね。そうふざける彼にお礼を言った時、完全に日が沈んだ。

 

「なぁ、一番高級で美しい着物を売ってくれやしないか。麗奈に着させたいんだ。」

 

彼は目を細めてにこやかに言った。

 

「ついにご結婚ですか?おめでとうございます。ちょうど、最近仕入れたばかりの品がありまして。ええ、最高級のものですよ。」

 

そういって、確かに最上のものと言える美しい着物を見せてくれた。さわり心地のよい黒と金の下地に、白と赤の刺繍でサクラや藤の花をあしらったもの。そこまで詳しいわけではないが、この着物は麗奈の妖艶さ、美しさ、包容力を体現しているように見え、購入の判断を下すのに時間はかからなかった。

 

「いつもご贔屓にしていただいているので、割り引きますよ。」

 

そういって提示してきた額は決して安いものではなかったが、生活費をはたけばギリギリ買えたし、麗奈を引き取ったあと護衛の仕事を十くらい受ければ取り返せる額であった。

 

「買わせて貰おう。この旅が終わった時に渡してくれ。それまでは馬車の中に入れておいて貰った方が安全であるしな。」

 

万が一ということもある。手提げにいれて持っていては、いつ損傷してしまうかわからない。

 

馬車を停めてあるのは町をおおう壁の外で、遠くの木々がみえる見晴らしのいい場所であった。背を壁に預けながら火を焚き夕食を食べると、彼はこちらに挨拶をしてから馬車の中で眠り始めた。

 

 

 

護衛として、寝ずの番は慣れている。夏は夜明けまでそう長くない。幼少期からの愛刀の手入れをしながら空が白むのをただまった。

 

予想に反して、その時は訪れてしまった。野党が現れたのだ。町とは反対側の森の方からやってきた下手人は一人のようで、南蛮人がもちこんだ銃を肩に担いでいた。

 

銃は確かに驚異的な武器であったが、対処はできる。戦乱中は、感覚を研ぎ澄ましていれば容易に弾を切れる使い手など多くいた。それに銃は数を揃えて使うもので、たった一人であれば問題なく切り伏せられる。

 

「起きてくれ、敵襲だ。今確認した敵は一人。銃を持っている。いつでも走れる準備をして待つように。」

 

「わ、わかった。どうか無事で。」

 

回りに意識を集中してみても、殺気を持つものは銃を持った奴一人分しかない。戦場で大量の敵兵戦う際に磨いたこの技量は、十分信用している。ただ、相手が何らかの使い手である可能性は高い。暫く様子見は必要そうだ。

 

ある一定の距離まで近づいた後、相手は一発弾を放った。馬車に向けたものでは無く正確にこちらを狙ったものであったが、射線から身体をずらすことで容易に避けた。走り寄り切ろうと思ったその時、耳に何かが飛来する音が聞こえた。本能的に飛び去ったが、すぐにその何かが左肩を貫いた。下手人が銃を売ったようには見えなかったが--

 

「あの有名な武将様も、ざまぁねぇなぁ!この俺の追尾する弾丸は、貴様には止められない!今こそ貴様を殺して、復讐を遂げてやる!」

ご丁寧に説明してくれた通りであれば、狙いは商人でなく自分のようだ。興奮した人間と言うのは正常な判断がた大抵できないものだ。敵の言葉を信じて、賭けに出た。

 

「町に急いで馬車を走らせろ!門に入ってすぐに東にある武家屋敷に匿ってもらえ!某の名と理由を話せば彼らは守ってくれる!某が戻らなければ、死んだと思ってくれて構わない!さぁ行け!」

 

商人だけに聞こえるようにそう叫ぶと、彼はこちらを一瞥した後に去っていった。

 

敵の攻撃が馬車に向かうことはなかった。いつでも守れるように構えていたが、自分のことに集中できそうだ。未だに様々な角度からこちらを襲ってくるが、種さえ割れてしまえば対処は可能か。負傷した左腕で軽く刀を支え構えた。反撃の方法を考えつつ二三度弾を避けたとき、二弾目が発射された音がした。

 

「まずいな…これ以上はさすがに厳しい……」

 

不規則に襲いかかる二弾を避けつつ刀に力を込める。この弾丸は自動で動いているようで、下手人は平常を保っているため隙はない。二つの弾がほぼ同時に襲ってきたのを辛うじてかわし、遠くにいる下手人に向け渾身の力を込めて刀を振るう。

 

「この一撃で……仕留める!!」

 

振るわれた刀は決して届かないが、理を断ち切り空気を震わせた。下手人は一瞬焦りの顔を浮かべたが、突然大きく跳躍して移動した後、三弾目を放った。

 

「甘い!こちらが何も調べていないと思ったか!神斬の宗方!!貴様を殺すために長年をかけたのだ、このくらいで殺れると思うなよ。二つ名の由来、そしてお前が最強たる由縁は、その不可視の斬撃!雑兵には見極められないだろうが、使い手なら辛うじて見える!力の奔流が見えればかわせるのだ!そして俺は三弾目を、今!放った!もう貴様に逃げ場は無い!おとなしくっ……」

 

「……喋りすぎだ。煩わしい。」

 

高らかに宣言していた男は、突然背中を切られ倒れ伏した。

 

戦場で戦っていた頃でも、斬撃を見てかわせるものなど多くいた。それでも自分がこうして生きて、恐れられてきたのにはそれなりの理由がある。先程の技は単純に、真っ直ぐ飛ぶ見え辛い斬撃では無いのだ。

 

三発の弾丸はさすがに厳しかった。下手人を殺せば止まるかも知れないと期待を抱いていたがそうもいかなかった。余程自分を恨んでいたのだろう。先程負傷した左腕からは多量に出血もしている。そう長く戦ってはいられない。

 

「一か八か、切り伏せて見るか…」

 

高速で動き回る弾を切ることは難しいが、不可能ではない。

 

数にして、四手目。刀を振るうと同時に斬撃が複数発生し二つを切り落とした。

 

「いける……」

 

そう思ったのも束の間、激しい爆発に巻き込まれ吹き飛んだ。破壊された弾が爆発したのだと気がつくのにさほど時間は必要なかった。

 

「詰めが……甘かった……か…どうも…鈍っていていかんな…」

 

視界は霞みもはや体は動かなかった。耳がついた地面から誰かが走り寄る音が聞こえる。援軍が来たのだろうか。手に握った愛刀を抱えるように持った。

 

「麗…………奈………約束………を……」

 

 

彼女に会いたかった。約束を果たして共に生きたかった。麗奈への思いが溢れ意識が事切れる寸前、閉じた目の向こう側が急にか輝き、暖かい何かに包まれるのを感じた。

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