首筋に息が吹きかけられているのを感じ、重いまぶたを開ける。まず初めに見えたのは、外国人の女の寝顔だった。最近よく見る外国人の中でもとびぬけて美しい。この女の寝息が首筋にちょうど当たっていたようだ。
自分はどうやら助けられたらしい。弾が爆発した時はどうなることかと思ったが、なんとか生き伸びれたようだった。起こさないように気を付けつつ体を動かすと、ひどく違和感を感じた。顔には長い髪の毛がかかってくるし、手を擦るとひどくつるつるで、長年刀を扱って固くなった自分の手ではないようである。首を動かし体を見下ろすと、見覚えのある着物の模様と、胸の部分に大きな膨らみが見えた。どうやら女性の胸部らしい。
「どういうことだ…?」
口から漏れたのは美しい女性の声である。完全に立ち上がってみると、視点がいつもより低く、体のどの部位を動かすのにも違和感があった。1つ思い当たる節があって体を確認すると、慣れ親しんだ部分が多くあった。黒子の位置、指の形、ほっそりとした腰、美しい声。どれを見てもやはり……
「麗奈の体……か。」
初めこそ動揺したものの、理由はいくらか思い付いた。恐らく、麗奈への愛が余程深すぎたか、心のどこかで麗奈の体だけでも欲しい、とでも思っていたのだ。恐らくその結果この力を手にいれた。麗奈に買った着物を着ていることも、麗奈への思いの表れなのだろう。ほぼ死んだ状態から生き返るなんて、そんな強力な力は見たことは無いが、あり得ないことだとは断定できない。現にこうして自分が麗奈の体で動いているのが、そう思わせた。
ここはどうやら洞窟の中らしかった。周りを見ると、先程の女とは別に同郷と思われる男が寝ていた。なにやら不思議な服を着ているその男は、少しいびきをかいている。壁には愛刀が立て掛けてあり、自分が寝ていたところには葉が敷き詰めてある。どうやら倒れていた自分をここまで運んで介抱してくれたらしい。そうなると、何故すぐ近くの町に運ばなかったのだろうか。
刀を持ち、普段なら履かない高めの下駄で洞窟の入り口まで歩くと、外は森であった。町に近い所に森はあったが、ここはその森なのだろうか。土が湿っていて雨の匂いがするところを見ると、ここで雨をしのいでいたようだ。
刀を抜くと、普段より重く扱いにくい。筋肉が減っているのもあるだろうし、体の形が違うのだから当たり前だろう。刀を軽く振って確認すると、自分の力も問題なく使えることがわかり、安堵の溜め息をついた。
二人が起きてくるまで色々考えていたかったし、素振りをすることにした。この体に少しでも慣れていなければ、また危険に対処できない可能性がある。そうしてかれこれ10分は、重い刀を気合いで振りながら悩んでいた。麗奈は、この体になった自分を疑ったり、軽蔑したりするだろう。受け入れて貰えることなど、ほぼあり得ない。それに見た目は完全に麗奈なのであるから、麗奈の評判を落とさないように行動をしなければならない。ここにいる二人にも事情を誤魔化したほうがいいかもしれない。一般人に力のことなど話しても信用はされないだろうし、なにより偽物ではあるが、この麗奈の体で男のように過ごすのは自分の麗奈への愛情が許さない。暫くはボロを出さないようにする必要がありそうだった。また、考えないようにしていたが男の体を失ったことはやはり辛いことで、以前のように刀を振れないことも、麗奈を男として愛せないことも、ひどく大きな棘となり心に刺さった。
すぐに限界を迎えた情けない腕を休ませながら、再び葉に横になる。
「流れに身をまかせるしかないな……」
現実から背けるように目をつぶり、それとなしに胸に手を持っていくと、柔らかなそれにぶつかった。何とはなしに揉んでみると、大きさも張りも自分が愛したものであった。自分の体に麗奈のそれがついているのが奇妙で面白く、暫く揉んでいた。なんとなく体が熱をおび始めた時に、ふと視線をずらすと頬を染めながらこちらを見ている女と目があった。
「あっ……えと…これはだな……その……」
見られていたという事実に、頬がカーっと熱くなるのを感じた。男だというのにこんなことを恥ずかしがっている自分が、情けなく思えた。
「げ、元気になったみたいでよかったです!ニーナは何も見ていません!何も見えていません!」
そういいながら自分の目を覆って頭を振る女を見ていると、動揺したことがバカらしくなって思わず笑ってしまった。
「はは、ありがとう。変なところを見せてしまったな。そういえば随分と流暢に話すものだ。日本に来て長いのか?」
「え?あー……えっと、なんか不思議な力で皆の言葉が通訳されてるんですよ!だからニーナと言葉が通じるんです!それより、体は大丈夫ですか…?えーっと、お名前は…」
「あぁ、すまない。宗方だ。体は特には問題ないよ。介抱させてしまったみたいだな、ありがとう。あとでちゃんとお礼はさせてもらおう。……その不思議な力というのは、あーっと、ニーナとよべばいいかな?ニーナの力なのか?」
「ムナカタさんですね!いえいえ、ニーナの力ではないんです。ここの世界を作った人が、皆の言葉を通訳してるらしくて…」
「……ここの世界?……すまないが、ニーナの知っていることを一から説明してもらえないだろうか?少し、勘違いをしてしまってるかもしれない。」
どうやら、さらに厄介な状況に巻き込まれているらしい。思わず漏れでた溜め息は我ながら妖艶だった。
正直思考が追い付いていかなかった。なんと自分は姿形が変わっただけでなく違う世界とやらに巻き込まれてしまったらしい。
「なんとなく理解はできましたか?ニーナもここへは来たばかりで、教えてもらったことをそのまま話してるだけなんですけど……」
「あぁ、問題はない。二人は依頼の途中なのだろう?では、すぐにでも町に向かおう。某も、自分の目で色々見て考えたいしな。」
どこかに帰る手掛かりがあるかもしれない。だとしたら、少しでも早く行動したかった。
「えぇ、そうですね。でもその前に、どうして倒れていたか教えていただけませんか?何か対処しなきゃいけないことがあるかもしれませんし。」
「ん、あぁ。元々の世界で護衛をしていたんだ。で、その時に襲ってきた奴に敗北したと思ったら、ここで拾われた。ただそれだけだよ。」
「こんな綺麗な女の人が、護衛の仕事ですか……でもでも、怪我なんてどこにもなかったですし、血もたくさん出てたんですよ?何か毒とか盛られてないですか?無事ならいいんですけど…」
これは答えるのに困った。体が新しくなったとはまさか言えないし、上手いこと誤魔化す言い訳も思い付かない。
「それは…某にもわからない。確かに撃たれた筈なんだ。毒ではないとは思う。体にどこも不調はないしな。」
「うーん……不思議です。ここに連れてこられる時に、治ったんですかね……うーん……あ!それに、その素敵な服のどこにも汚れがついてないんですよ!ムナカタさんの力ではないんですか?」
何故かはわからないが、助かった。この着物は麗奈に渡す高級な一点物であるし、汚れてないのは幸いだ。もしかしたら、自分の力かもしれない。この体にどのような力が宿っているかを、後に詳しく調べてみる必要がありそうだ。
「いいや、違う。まぁとにかく、某にもその辺りはわからないんだ。すまないな。」
「あ、いえいえ、大丈夫です!じゃあとりあえず、カズヤを起こしてきます!それでこれからの事を話しましょう!」
なんとか怪しまれずには済んだようだ。この数分の間にもいろいろ、ボロが出そうで大変であった。その事を考えると、これからの暮らしには酷く心労が付きまといそうで、またも大きな溜め息が漏れた。