BGM “Rainy Days And Mondays” by The Carpenters
一、
「そっちはどうだったの、羽黒? わたしの方はねえ、中々燃え上がったわ! 僚艦は駆逐だったしね。ちょっと梃子摺ったけど、夜戦に持ち込んで旗艦をズドン! ばっちり勝利したわ!」
「うん。こっちも、みんなで頑張れたから。わたしも、戦艦を落とせたし」
「んま、やるじゃない!」
水音がタイル張りになった足元を跳ねていく。
重巡以上の艦種用のシャワー室の二つが使われていて、隣り合った二人は無造作に言葉をかわしながら、演習の汗を流していた。
「主砲なんだけれどねー。今のも手に馴染んできたから口惜しいけれど、あるんだったらやっぱり次が欲しいわね。火力ってのは砲の口径。そして、勝利にはたゆまぬ訓練よね!」
「わたしは……ううん、雷装も大事にしたいなって。別にあたらなきゃ大丈夫だけど、こっちもあてられなかったらどうしようもないし、多いにこした事はないよね」
「さすが。もう、言う事が違うもの」
「あーあ。早く次の作戦と出撃が決まんないかしらね。なるたけ大きなのがいいわ。本隊に選ばれる自信はあるけど……でも、わたしが提督なら妙高姉さんを考えるでしょうねえ。それだけの結果はまだ出してないから。羽黒はどう? 自信ある? 姉さんを抑えて、ね」
「わたしもまだまだかなぁ……。でも、空母の皆さんは、前の大規模攻勢で出撃してもらったから、まだしばらくは補充と再訓練だもんね。水雷戦隊が編成されて一つ二つ戦果をあげられるかもしれないよ」
「そうかしらね。でも空母ってのも大変よねえ……。ほら、そうだ、あの新人さんたちはどうなの?」
「みんないい感じみたいだよ」
羽黒の言葉には微妙な含みがあった。秘書艦として、彼女だけが知る事を許されている部分があり、それに触れないよう言葉を選んだ感じがあった。
「……わたしは、どうせ出るなら大きい方がいいわねえ。難しい事なんて関係ない、楽しい事だけ――そうよ、提督が敵を用意してくれて、わたしたちは何も考えず突っ込めばいいの。怖い事なんてないわ。それが重巡ってものよ。そうでしょ?」
※
「ああ、そうだ」
「どうしたの?」
「なんでも今朝、いくつかの補給が入ってね。イキの良いのが入ったみたいよ。サンマ」
「え? ほ、ほんとに?」
「そうみたい。まあ、演習中にちらっと聞いたんだけどね。ねえ羽黒、そうしたらまた、彼に夕食を作ってあげるわけ?」
足柄は、額に落ちてきた前髪をぐいっとかきあげた。
そうして、隣の水音が止んでいるのに気がついた。
「わたし、先に出るね、お姉ちゃん」
「え。ちょっと……もう? なにをそんな急いでいるのよ」
「下ごしらえとか、いろいろ、してさしあげたいから」
「私も手伝おっか? サンマのカツ、どうかしら?」
返ってきたのは沈黙だった。
遠くで勢いよくバタンと音がした。
「……なによォ。美味しいじゃない、カツ」
二、
「そうは言っても魚の揚げただの何だのは俺は好かん」
「なにそれ。前にあたしが作ってあげた時は美味しい美味しいって食べてくれたじゃない」
卓に向かい合った提督と足柄は、二人揃って顔をしかめさせ、唇を尖らせていた。
「人が作ったものを食うのにとやかく言わないだろう。別に、不味いわけじゃなかった。もちろん」
「それはまあ、当たり前ね」
「ガキの頃はろくに魚なんて食えなかったからな。貴様らが頑張ってくれているからだよ。多少なりとも、こうやって色々と食えるようになったのは。だが育ちまでは如何ともし難い。食い慣れていなかったんだ」
「ふうん。そーゆーコト。でもちょっと、違う言い方、あるんじゃないの?」
「なにがだ」
「美味しかった?」
「ああ。それは間違いない」
「んもー、ちゃんと言いなさい」
「うまかったさ」
「そう。つまり、私の勝利って事ね!」
「相変わらずだな」
足柄は卓を「バン!」と叩いてVサインをかざし、高らかに勝利を宣言した。
ちょうど、料理の盛られた皿を運んできたところの羽黒は姉の代わりに恐縮してみせた。
「す、すみません、司令官さん」
「うん? ああ、うん」
ちょっと曖昧に頷いてから、いやいや、と提督は首を振った。
「そんな事はないんだ。こうして戦いを、曲がりなりにも人が再び海というものを取り戻しつつあるのは、紛れもなく羽黒、貴様や、貴様の姉の戦いあってこそなのだ。改めて、礼を言わせてくれ」
「……男が頭を下げるものじゃないわ」
足柄はちょっと不機嫌そうに提督の後頭部へ視線をやった。
羽黒がそのあとを引き継いで言った。
「とにかく、冷めないうちにご飯にしましょう。ね?」
反対する理由もない。
その言葉に、二人がそれぞれ頷いて、夕食という事になった。
「それじゃ羽黒、運ぶぐらいは手伝うわ」
「俺も手伝えるか」
「いーから。あんたは座ってなさい」
「すぐにお持ちしますから」
皿に乗せられ並んだ料理は、見る者の食欲をそそるに必要な二つのポイント、つまり、暖かさと作り手の気持ちに満ちていた。
カツはなかった。
熱々と湯気の昇る白菜とネギの味噌汁。ふっくらと焼かれ、脂の乗った秋刀魚。添えられた大根を細かく卸したもの。青々としたほうれん草に鰹節の振りかけたおひたし。砂糖と醤油でじっくり煮込んだ里芋の煮つけ。それらと、炊き立ての白いご飯である。
足柄にしてみれば一つ不満もなくはないかもしれないが、色味よく、香りよく、文句のつけようもない。彼女も清酒のびんを持ち出してきている。恐ろしい一番上の姉がいないため、無礼講と洒落込むつもりのようだった。
「司令官さん……あ、ど……どうぞ!」
「では……」
「いただきます、ね」
「……いただきます」
まず一度、提督が手を合わせてから、ご飯を頬張り、おもむろに秋刀魚を口にした。
それを見る、羽黒は自然に膝の上の手がぎゅっと強張って。
足柄はにこにこと楽しげに酒を注いでいる。
そして。
提督の表情が曇った。
「どうしましたか?!」
「ほ……」
「えっ?」
「骨が……」
※
「食べ慣れていないのは本当みたいねえ」
「すまん」
「では、私がとって差し上げますね」
「……すまん」
「……ちょっと待って? ほらやっぱり、カツの方がよかったんじゃない!」
ハグロとサンマ。洒落です。
「まあまあ似てるな」と思って書き始めましたが「そんなでもないな」と気づくのにそこまで時間はかかりませんでした。