高度五千の武士道…GIRLS und PANZER 作:鋼鉄の咆哮
駄文書きの3作目になります!どうぞよろしく!
目覚まし時計のけたたましい音で目が覚めた。ベッドから降りて目覚ましを止める。目覚め自体は良かったが気分はよくなかった。ベッドには人形の汗の跡がくっきりと残っていた。
悪夢だった。はっきりとは覚えていない、もやもやとした黒い霧──俺は考えるのをやめた。悪夢をわざわざ思い出すことはない。そう思って左手の小指を────正確には左手の小指がある「はずだった」中空を見つめた。毎朝訪れる小さな儀式。俺の目は、本来なら小指があるべき部分を通り抜けた壁の模様しか映していなかった。ほんの少しの痛みが何も無い空気から伝わる。二年前のあの日以降、毎日のようにこうしていた。時計は既にマルナナマルマル────未だに軍系の言い方からは逃れられていない────午前七時を指している。俺は着替え、朝食を食いに部屋を出た。
ゆっくりと朝の歩道を歩く。まだ早い時間ということもあって、俺と同年代の奴も多くない。そのまま歩くこと十五分…俺は七時半きっかりに校門をくぐった。「大洗学園」…廃校を免れ、その代償に男子高と合併した元女子高。今日もまた、単調な一日が始まる。心の中で、この単調さが続くようにと願っている俺に、俺自身はそろそろ気づき始めていた。
時計を見る。十一時半…三限の終わりまでは後三十分程だ。国際情報という愚にもつかない授業のせいで、俺の思考は早くもぼやけ始めていた。
不意にある景色がフラッシュバックする。何度も見た、あの景色が。
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「…敵機発見…高度六千。P47サンダーボルトが爆装している。四機…後はマスタングが四機、合計八機。こちらで迎撃する。」
「了解。…奇襲に充分気をつけ、常に不測の事態に備えてください」
「『天狼』、了解…さぁ行くぞ」
サンダース大附属中学航空道部の敵機はいまや自機のはるか下方にいた。まだ気づかれてはいない…奇襲には好都合。自分の攻撃機と戦闘機一機ずつの二機編隊で上方から襲撃する。
「撃つのは二百以内に入ってからでいい。分かっているな、淳二?」
「ああ、分かってる。気づかれるようなヘマはしないさ…!」
昂った弟の声。彼の零戦五二型丙は金切り声を上げて敵機編隊に突入した。
「吶喊!」
機首が火を噴く。20ミリ機銃の洗礼が、今まさに隊長機のサンダーボルトに浴びせかけられた。サンダーボルトは逃れようとした…遅すぎる、瞬時に翼をへし折られて落下していった。淳二は初っ端で隊長機の首を挙げたのだ。俺は流星のダイブブレーキを解除。真っ直ぐ敵編隊に突っ込む。淳二が隊長機を討ち取ってわずか半秒。敵機はまだ何が起こったか分かっていないに違いない…素晴らしい。あと一機落とせば、エースになれる…
最初にキャノピー、そして主翼に機銃弾がめり込んだ。四番機───つまり最も下っ端のサンダーボルトが消し飛ぶ。撃墜だ。その時には既に淳二の零戦はサンダーボルトの背後にへばりついていた。だが────
その更に背後にマスタングが付こうとしていた。俺は機体を急旋回させ、真横からマスタングに突っ込む。狙い定めた20ミリはマスタングのエンジンにまともにぶち込まれた。撃墜、二機目。そして淳二の零戦が20ミリを放つ。サンダーボルトは逃げようとした────しかし間に合わない。サンダーボルトの三機目が黒煙を噴いて撃墜判定を取られた。これで、眼下の平野で激戦を繰り広げている戦車道部の戦車に攻撃できるのはあと一機。合計の撃墜数は既に四機。半分を討ち取った事になる。しかしあと一機、サンダーボルトを落とさなければならない。爆弾でこっちの戦車がやられては敵わない。
既に敵編隊は何が起こったか分かっているに違いなかった。全速力で撤退を図る。しかしこのサンダーボルトだけは落としておきたかった。そうでないと何が起こるかなんてわからない…
深追いしすぎたと気づいたのはその一瞬後だった。上空からの金切り声のようなエンジン音。敵の増援が来たと気づいた時には、既にF6Fヘルキャット四機の編隊に囲まれていた。さらに敗走しようとしていた原隊の五機が勢い付いて反撃にかかる。俺達は二機編隊で元の八機編隊より多い機体数に────しかも気づかれた状態で────囲まれてしまったのだ。俺は覚悟を決めた。
「行くぞ…一機でも道連れにしてやる」
「了解…糞野郎共、皆殺しだ!」
凄絶な空戦になった。淳二は四機の敵機に追われながらF6Fを撃墜。更に俺も三機に狙われてしまった。流星の後部機銃手がF6Fのエンジンに13ミリを叩き込んで撃墜。速度を落として急旋回させ、ヘルキャットの後ろについて20ミリを放つ。さしものF6Fでも20ミリには耐えられず、そのまま撃墜された。
「畜生!糞野郎め!」
唐突な絶叫。俺は見回して────零戦五二型丙型が火を噴いていた。左主翼から炎上し、降下していく。航空道で撃墜というのは確かに翼がへし折れたり火を噴いて墜落する事が多い。
「緊急脱出しろ!」
「低すぎる!」
しかし、淳二程の手練れが脱出不可能と判断するようなパターンは、今まで見たことがなかった。
俺は悟った────淳二はこのまま地面に激突して果てるか、もしくは…
戦場は川が流れる平野だった。俺にはわかった。淳二は精一杯の操縦で機体を川に着水させようとしているのだ。俺は零戦を見守った…敵機は撃ってこなかった。これも武士の情けというものかも知れない。
水面への最後のアプローチ時に悲劇が起こった。
主翼が燃え尽きたのだ。左主翼が折損。バランスを崩した機体は────右主翼から水面に激突。そのまま機首からまともに水面に突っ込んだ。
「嘘だろう…おい…」
自分でも驚くほど嗄れた声だった。零戦は転覆したまま燃え上がっている。そして、機首から水底へ沈んでいった。脱出した形跡はない…俺は叫んでいた。そして決めた。
この敵編隊を全滅させるまで、俺は絶対に撃墜されない。
減速して急旋回。そのまま一気に高度を上げる。最高速まで加速し、機体が微かに震える。俺は敵陣に突入するつもりだった。ヘッドオンでF6Fを爆散させる。そして後ろにつこうとする最後のサンダーボルトを高田が13ミリで撃墜。俺はもう理性を手放していた。後に残ったのは純粋な闘志…そして復讐心。
そこから悪鬼羅刹のように立ち回った。マスタングのキャノピーに20ミリを叩き込む。マスタングはまっすぐ地面に突っ込んだ。急旋回してもう一機。気づけば、残ったのは最後のマスタング一機だけだった。流星の旋回性能の高さから巴戦可能と判断し、Gに耐える。更にきつく旋回し、後ろについて20ミリを撃ち込む。しかしマスタングも然る者、ひらりと躱して増速する。しかし、マスタングは旋回してこちらを向いた。ヘッドオンになり、一気に距離が近づく。俺の流星と敵のマスタングが機銃を放ったのはぴったり同時だった。弾倉に残っていた機銃弾をありったけ叩き込む。マスタングのエンジンに全弾吸い込まれる。マスタングもありったけの機銃弾を放ち、そのほとんど全てが流星に命中した。そのうちの一発がキャノピーに飛んでくるのを見た。俺は目を閉じて頭を下げ────不意に左手の小指に凄まじい痛みを感じた。もちろんその間も機銃は撃ちっぱなし。顔を上げて左手を見ると────
小指が無くなっていた。今や凄まじい痛みを発し続けている。血が滴り落ちていた。
左主翼が火を噴いていた。数秒後に消えたが撃墜されたのは間違いなさそうだった。マスタングは…?
マスタングの右主翼が消し飛んで、回復不能な錐揉みに陥っていた。パイロットはさっさと脱出したようで、上空に落下傘が見える。それに気づいた瞬間、緊張が一度に解けた。唐突に操縦桿を握り続けた腕が重くなり、操縦桿から二、三秒手を離した。俺は流星をなだめながらゆっくりと降下し、そのまま滑走路に着陸した。
俺はマスタングの搭乗員に挨拶して駆け出した。淳二はどうなったのか?
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淳二は見つからなかった。機体は転覆したまま沈み着底していたらしいが、キャノピーが開いておりそこに淳二はいなかったという。淳二自体は見つからず────川底に沈んでいるわけでもなかった───遺体は見つからなかったので、行方不明者という扱いになった。航空道連盟から金は出たが、それでどうにかなることでもない。母は悲嘆に暮れていた。
そして俺は航空道をやめた。試合の後暫くは練習にも行ったが、航空機が醜悪な鳥にしか見えなかった。航空道のレシプロ機を見る度に膝が崩れ、立っていられなかった。俺は航空機恐怖症になったのだ…
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チャイムの音で現実に引き戻された。三限が終わったのだ。御座なりな礼のあとに昼食の時間が訪れる。俺は一人で飯をかっくらい、次の時間の準備をしてから机に突っ伏した。
家に帰りついたのは五時頃だった。荷物を降ろし、宿題の後夕食の用意をする。親も学園艦の上に住まっていたが、俺は頼み込んで一人暮らしをしていた。帰ってすぐにつけたテレビのチャンネルは公共放送になっていた。時間はそろそろ六時になる。テレビが流し始めたニュースを、俺はじゃがいもの皮を剥きながら聴くともなく聴いていた。
夕食ができたのは六時半。テレビを点けたまま俺は夕食を食べ始める。久々にカレーを作ったが、自分でもなかなかの出来だった。
しばらく愚にもつかないニュースが続いた後、ニュースはスポーツコーナーに移った。どうやら世界は今日もくだらん事を繰り返して回っているらしい…と思った矢先。
「続いては、最近話題のあのスポーツ、『航空道』についてです。」
反射的にリモコンの電源ボタンを押しかけた。トラウマに響くような話はあまり聞きたくない────
「ボン・フランクフルト学園航空道部のキャプテン、『斎 淳二』君です。」
…淳二?
画面を見る。俺は淳二が現れることはもうないと知りながら、なおどこかでは諦めきれていなかったのかも知れない。
映っていたのはごく普通の高校生だった。しかし────
その高校生は余りにも見覚えがあった。髪型も、話し方も、目の色も、声色も…本当に何もかも同じだった。
アナウンサーが再び話し始める。
「淳二君は昔から航空道をされてるそうですねぇ」
背筋が凍りついた。
「えっ…?あー、そうらしいですね。」
他人事のように答える高校生。そして俺は理解した。
撃墜されて着水に失敗した時、頭を打ったか何かで記憶を失ったのだ。そして川を流れ、その先で打ち上げられたか何かで助かった。きっとそこで育てられているのだろう。それなら、もし俺が現れても淳二は俺のことを兄とは思わないのではないか?俺にとってはどちらでもよかった。俺はもう航空道をやることは無いだろう。それなら、淳二と再会することは多分、恐らく無いはずだ。
そこまで考えた時にちょうどカレーがなくなった。テレビを観ながら無意識で食べていたようだ。我ながら器用なことができるもんだと思いつつ、俺はテレビを切って皿を洗うことにした。何があろうとやらねばならないことというのが、この世界には厳然とある。