オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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公爵令嬢の日常

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、バハルス帝国のグシモンド公爵令嬢にして次期公爵でしたが、今や哀れな次元漂流者となりました。いわゆる家無き子です。

 

かつては数え切れないほどいた従者達も、今ではわずか三人となりました。

 

すっかり落ちぶれてしまった(わたくし)ですが、決して挫けません。

 

何故なら貴族令嬢としての誇りは、今も(わたくし)と共に在るのですから。

 

 

 

 

転移直後に出会ったモモンガさんはチョロかったです。冷静に考えれば色々と矛盾がありまくりの笑いアリ涙アリの全米が感動した的な、(わたくし)の身の上話(もちろん作り話です)をまるっと信じてくれました。

 

今では親身になって世話をしてくれる保護者的な感じです。まったく、(わたくし)が言えた義理じゃありませんが、チョロインなモモンガさんが詐欺に合わないか心配ですね。

 

「なるほど、ユグドラシルを始めてまだ一週間ですか…」

 

(わたくし)達は、ウサギ小屋のような狭い部屋でモモンガさんとお話をしています。そして判明したのは、ここは過去の世界だということです。

 

まあ、これは想定内のことですね。そもそも老衰後に異世界転生して成長した(わたくし)と、ユグドラシルのサービス停止直後に異世界転移をされたモモンガさんが、異世界で再会した時点で時間軸が歪んでいることは確定していました。

 

今さら時間移動程度で動揺などしませんわ。

 

それにそんな些事よりも気になる事があります。

 

それは──

 

「もしかして、またお姉様にお会い出来るのかしら?」

 

──そう、前世における(わたくし)のお姉様と再会できるのかもしれないのです。

 

 

 

 

「この方ですか、フリアーネさんのお知り合いの声優さんというのは?」

 

「そうですわ! まあ、なんてお若いのかしら。あのシワクチャだったお姉様がツヤツヤお肌ですわ」

 

前世では幸運にも姉弟共に長生きできた為、(わたくし)の記憶にあるお姉様は年齢相応な外見でしたが、モモンガさんにネット検索して頂いてディスプレイに映るお姉様の姿は若さに輝いています。

 

ああ、お姉様がそこそこに人気のある声優で良かった。そのお陰で転移直後に行方を知る事が出来ました。

 

「あれ、おかしいですね?」

 

「どうされました、モモンガさん?」

 

(わたくし)が言葉にできない感動にうち震えていると、モモンガさんが首を傾げています。何かあったのでしょうか?

 

「いえね、フリアーネさんは、この声優さんのこと二人姉弟だと仰っていましたけど、プロフィールだと一人っ子になっていますよ」

 

なぬっ!? 俺がいないだと!?

 

 

 

 

コホン。

 

少々、言葉が乱れてしまいました。やはり日本語は難しいですね。ですので、モモンガさんも引くのはその辺でお止め下さいね。

 

それにしてもお姉様が一人っ子ですか。(わたくし)の記憶が確かなら、前世ではちゃんとプロフィール欄には二人姉弟だと記載されていたはずです。

 

これは調べる必要がありますね。

 

(わたくし)の左右で黙って話を聞いていた二人の従者に目配せをして、モモンガさんに内緒の命令をするため時間を止めさせました。ちなみに左右の従者というのは、もちろんですがアウラとマーレです。

 

シャルティアは(わたくし)の正面から抱きついて胸に顔を埋めながらクンカクンカしています。最初にそれを見たモモンガさんの表情は一生忘れられそうにありません。

 

 

 

 

数日後。

 

お姉様の身辺を従者に調査させたところ、この世界のお姉様は本当に一人っ子でした。どうやらこの世界はパラレルワールドのようですね。

 

「あの……それとあの女性からほんの少しだけですが、その……ぶ、ぶくぶく茶釜様の気配を感じました」

 

戸惑うようにアウラが告げてきました。マーレも彼女の隣でうんうんと頷いています。シャルティアは(わたくし)の警護のため、ずっとひっ付いていたのでお姉様には会っていません。

 

従者二人の言葉を聞いた(わたくし)は胸が詰まる想いです。

 

たとえ、この世界がパラレルワールドだったとしてもお姉様はお姉様だったのです。

 

(わたくし)のたった一人のお姉様です。

 

そうと分かれば早速ですが行動に移しましょう。

 

「何をされるのですか、フリアーネ様?」

 

やる気を出した(わたくし)にアウラが疑問を呈します。

 

何をするか? そんなのは決まっています。

 

声優業を頑張っておられるお姉様に応援のファンレターを送るのですわ。

 

「ファンレターですか?」

 

たかがファンレターと馬鹿にしてはいけません。人気商売の声優業にとってファンレターの多寡は重要です。本人のモチベーションだけではなく仕事量にも直結するファクターとなり得ます。

 

ここで重要なのは、送り先はお姉様の自宅ではなく、テレビ局やアニメ・ゲーム製作会社それに出版社等にすることです。お姉様にはファンが多くいるのだと仕事先に分からせるのです。

 

そのためには差出人も多くいります。同じ人間が何度も出しても意味が薄いですからね。

 

というわけで、ここでシャルティアの出番ですわ。

 

「わたしの出番でありんすか?」

 

コテンと首を傾げるシャルティア。可愛いですわ。

 

そんな可愛いシャルティアは、真祖の吸血鬼です。吸血によって下僕を無限に作れます。

 

そしてこの世界は吸血鬼にとってパラダイスといえるでしょう。何故なら空気汚染によって決して晴れる事のない厚い雲が空を覆っているからです。

 

つまり、吸血鬼の最大の弱点である太陽を克服したも同然なのですわ。

 

まずは千人からいきましょう。

 

うふふ、お姉様の伝説はここから始まるのですわ。

 

 

 

 

「いつもご馳走になってすみません。フリアーネさん」

 

「いえいえ、お家賃や光熱費はモモンガさん持ちなのですから食事ぐらいは当然ですわ」

 

モモンガさんの部屋は狭いですが、戸籍のない(わたくし)達では今のところ我慢して住むしかありません。

 

とはいっても、クソまずいこの世界の食べ物まで我慢して口にできるかと言えばそれは無理というものです。

 

第一、この世界の食べ物は毒物といっても過言ではない代物です。お嬢様育ちの(わたくし)が口にすれば一発でお腹ピーピーになってしまいます。

 

骨の方のモモンガさんが、アウラ達に《魔法の食料袋》や《魔法のピッチャー》を持たせてくれていたので大助かりですわ。

 

水ぐらいなら(わたくし)の魔法でもどうにかなったでしょうけど、食べ物はさすがに無理です。

 

素晴らしいアイテムを本当にありがとうございます、骨のモモンガさん。

 

このお礼を骨のモモンガさんにするのは難しいでしょうから、こっちの人のモモンガさんの方にしておきます。

 

千人の吸血鬼化の一人に、モモンガさんの上司である部長さんを選んでおきました。

 

モモンガさんの会社における待遇は向上したはずです。もっとも余りにもあからさまな贔屓はモモンガさんへの嫉妬を生むでしょうから、目立たないように加減をするように命令しています。昇進は少しずつですね。

 

「あの、家賃や光熱費と言われても、フリアーネさんが提供して下さっている超高級食材の一食分で家賃とかの一年分以上になると思うんですけど」

 

「うふふ、そんな嫌ですわ。金額の事など仰らないで下さいな。(わたくし)達はお友達でしょ? 楽しみも苦しみも分かち合いましょう」

 

「ふ、フリアーネさん……そ、そうですよね! 私達は友達同士ですもんね! 協力し合っていきましょう!」

 

(わたくし)の言葉に物凄く喜んで下さいました。モモンガさんは相変わらずのチョロインぶりですね。

 

それにしても友達同士ですか。

 

「どうされました、フリアーネさん?」

 

急に黙った(わたくし)にモモンガさんは不思議そうな顔になりました。

 

「いえ、大した事ではありませんよ。ただ――」

 

「ただ、なんでしょうか?」

 

「――ただ、モモンガさんが(わたくし)に対して友達以上の感情を……分かりやすく言えば劣情を抱いた場合、(わたくし)の従者達にブチ殺される可能性が非常に高いので少しだけ心配になっただけですわ。いえ、本当に大した事ではないので気にしないで下さいね」

 

「十分に大した話ですよね!? いえいえっ、私はフリアーネさんに妙な気持ちなんて抱いていませんから大丈夫ですけどね!!」

 

大慌てのモモンガさん。とても怪しいです。

 

うふふ、でも安心して下さい。

 

なんといっても前世からの親友であるモモンガさんですからね。(わたくし)の従者達にブチ殺されてもちゃんと生き返らせてさし上げますわ。

 

 

 

 

「フリアーネ様、御命令通りに警察署長とやらを眷属にしてきたでありんす」

 

「ご苦労でしたね、シャルティア」

 

命令を果たしたシャルティアを撫でて上げると、彼女は無邪気な笑顔を見せて喜んでくれます。本当に可愛いです。

 

『ファンレター作戦』と並行して行なっている『平穏な日常獲得作戦』は順調のようです。

 

今の(わたくし)は、もう公爵令嬢とは名乗れません。それどころか戸籍すらありません。

 

このままでは、この完全な管理社会で生きていく事は困難でしょう。

 

早急に生活基盤を整える必要があります。

 

取り敢えず急務なのは、国民を取り締まる権限を持つ警察を支配下に収めることです。

 

一目で日本人ではない事がわかる(わたくし)達の存在が一般に知られれば警察は即座に動くでしょう。

 

その場合、(わたくし)の頼りになる従者達が警察と戦えば勝てるかもしれません。ですが、その後は平穏とは無縁の生活が待っているのは、火を見るより明らかです。

 

(わたくし)は戦場暮らしには慣れていますが、それはあくまでも一時的な状態です。

 

基本的にお嬢様育ちなので、(わたくし)としては安定した生活が好みです。

 

取り敢えずはこの地区を管轄する警察署長を眷属に出来たので逮捕される可能性は激減しました。後は少しずつ他地区の警察署長も眷属化していきましょう。

 

「次の標的は、役所で戸籍管理をしている部署の責任者ですわ」

 

「はい、フリアーネ様。警察署長の時と同じように、まずは下っ端から少しずつ眷属化していけばいいのでありんすか?」

 

うふふ、シャルティアも学習してくれていますね。

 

眷属化を一気にやれば、この世界を征服することも意外と簡単に出来るかもしれませんが、もしも途中でバレた場合には激しい争いになるでしょう。

 

そして他のアーコロジーにまでバレた場合、最悪だと広域破壊兵器を使用される危険性があります。

 

そんな危険を犯すよりも裏からジワジワと勢力を広げるべきです。

 

環境破壊の進んだこの世界ですが、科学力は発達しています。富裕層と呼ばれる立場までいければ、前世の生活とは別世界の暮らしを送れる事でしょう。

 

それからの事はその時点で考えるとしましょう。でも――

 

「今はお姉様のファンレターを書く方が優先ですわ」

 

お姉様の自宅(・・)に唯一ファンレターを送っている(わたくし)はお姉様に名前を覚えてもらえました。

 

もう少し好感度を稼げれば、お姉様に実際に会ってもらえそうな雰囲気です。

 

うふふ、頑張りますわよ。

 

 

 


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