オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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受付嬢の平凡な日々

私は冒険者ギルドで受付嬢をしている。

 

ギルド内では美少女な受付嬢として有名だけど、所詮はギルド内だけの話だ。

 

私は平凡な受付嬢でしかない。

 

でも、人に歴史あり。

 

そんな言葉があるように私にも少しは歴史がある。

 

今にして思えば、前世のように感じられる過去だった。

 

ううん、本当に前世だったんじゃなかろうか?

 

時が過ぎると共に朧げになっていく記憶を振り返りながら私はそう思った。

 

 

 

 

今日で“ユグドラシル”もサービス停止となる。

 

そんな情報を耳にした俺は数年ぶりに“ユグドラシル”にログインしようとしたが出来なかった。

 

そういえば、数年前に“ユグドラシル”で女性プレイヤーの胸を触ってアカウント停止にされた事を思い出した。

 

あの時は“ユグドラシル”に飽きて、最後の思い出にとチャレンジしたんだった。

 

うんうん、今となっては良い思い出だな。

 

だが、せっかくの最終日なのだから“ユグドラシル”の最後に立ち会いたいな。

 

俺は新しいアカウントを取得してログインすることにした。

 

 

 

 

新規受付は終了しただと!?

 

俺の望みは絶たれたようだ。

 

と、普通の人間なら諦めるだろう。

 

しかしこの俺は諦めんぞ。

 

諦めたらそこで試合終了だと昔の偉人も言っていたからな。

 

幸いなことに俺の会社の後輩に“ユグドラシル”にはまっている奴がいる。

 

今日は“ユグドラシル”でお別れパーティーをすると言っていたからな。連絡をとって“ユグドラシル”の紹介機能を使ってもらおう。

 

紹介機能を使えば、一日限定のアカウントが貰えたはずだ。この機能も凍結されていたなら諦めるしかないな。

 

「もしもし、俺だけど、ちょっと悟に頼みたいことがあるんだけど…」

 

 

 

 

よかった。悟は快く引き受けてくれたぜ。

 

悟も“ユグドラシル”にログインする直前だったから際どいタイミングだったみたいだ。

 

あいつはログイン中は電話の電源を切りやがるから連絡がつかなくなるんだよな。

 

と言ってる間に“ユグドラシル”の紹介アカウントが届いたな。

 

キャラクターはランダムみたいだな。

 

まあ、仕方ないだろう。

 

さて、ログインするとしよう。

 

 

 

 

ここは始まりの街だな。

 

俺のキャラは…女か。

 

俺は女キャラは使わん主義なんだが、今日だけは仕方ないよな。

 

それにしても金髪赤眼の美少女か。種族は吸血鬼の真祖…の姫君?

 

どうやら紹介機能専用の特別な種族みたいだな。

 

レベルも最初から100になっているし、固定装備で神器級を持っているのか。名前も固定で決められているな。所持金や消費アイテムも大量に持っているぞ。

 

しかし、これは至れり尽くせりだな。これも一日限定だからこそだな。

 

しかし、最初にこのキャラの強さを経験してから新規でプレイし始めたら大変じゃないのか?

 

うーん、そうか。このキャラを標準だと新規プレイヤーに思わせて、課金してでも標準までは強化したいとプレイヤーに考えさせようとしたんだな。強欲な運営の奴らめ。

 

まあ、紹介機能自体が広まらなかったから意味はなかっただろうな。

 

そうだ、悟に連絡をとってみるか。

 

 

 

 

悟がギルド長を務めるナザリックは凄かったな。

 

よくあそこまで作り込んだものだ。

 

NPCの外装もプロ級だよな。

 

悟に色々と案内してもらって中々に楽しめたな。

 

この後は悟もギルド仲間との集まりがあるだろうから邪魔しないように出てきたけど、これから何処に行こうかな?

 

そうだ、ネコさまの所でニャンコを可愛がるかな。

 

 

 

 

うう…ネコさま大王国に入れてもらえなかった。

 

どうも外部との連絡は完全にシャットアウトしているみたいで連絡がつかない。

 

フレンド登録があれば連絡はついただろうけど、このキャラでは無理だ。

 

最終日にギルドに押し入るような真似はしたくないからな。諦めるとするか。

 

ああ、この閉められた門の中では、ニャンコの楽園が待っているというのに…

 

本当に残念だ。

 

 

 

 

結局、俺は残された時間を使って大空を飛びまくったり、最終日で投げ売りをされていた貴重なアイテムを買ってみたり、その辺を歩いていたプレイヤーに襲いかかったりと適当に遊んでいた。

 

そして、もうすぐ最後の時間を迎える。

 

俺は街の中でその時間を迎えようとしていた。

 

街のメインストリートのど真ん中で仁王立ちになって、俺はスカートの端を握りしめて最後の時間を待つ。

 

もちろん、着けている下着は投げ売りで購入した貴重なアイテムの“エッチな下着”だ。

 

この状態でスカートを捲ったら一発でアカウント停止である。

 

そう、俺は有終の美を飾るのだ。

 

最後の瞬間は金髪赤眼の美少女のパンチラで終わるのだ!!

 

さあ、スカートと下着の準備は万全だ!!

 

いつでもかかってこいやっ!!

 

五秒前

 

四秒前 (ゴクリ…)

 

三秒前 (まだだ、まだ慌てるな)

 

二秒前 (次の瞬間だ!)

 

一秒前 (今だ!!)

 

“バサッ”

 

「お嬢ちゃん、こんな所で何してんだい!?」

 

慌てた様子のオバちゃんが強引にスカートを引っ張り下ろした。

 

「あんたは馬鹿な真似をしてんじゃないよ!!」

 

俺は目をつり上げたオバちゃんに泣くほど説教された。

 

うう…ゴメンなさい。

 

そうだ、俺が悪かった。

 

こんな美少女のパンチラは希少価値があるのだから無闇矢鱈と見せてはいけなかったんだ。

 

昔の人も言ってたではないか、“絶対領域”は死守すべきだと。

 

「こら、女の子が自分のことを俺だなんて言うんじゃないよ!!」

 

いやいや、俺は中身は男ですよ。

 

「何言ってんだい! お嬢ちゃんみたいな可愛い子が男なわけないだろう!」

 

あれ、このオバちゃんの口が動いてる?

 

「喋ってんだから動くに決まってるよ。あんた、本当に頭は大丈夫かい?」

 

オバちゃんが心配そうな顔になる。

 

な、なんだ?

 

どうなっているんだ?

 

とりあえず、俺はその場を逃げ出した。

 

 

 

 

俺は屋根上に身を隠しながら街の様子を伺っていた。

 

どう見ても街の人間は生きているように見える。

 

それに“ユグドラシル”の終了時間はとっくに過ぎている。

 

どうなっているんだ?

 

まさかここは“ユグドラシル2”とかなのか?

 

だが、そうだとしてもログアウトが出来ない理由にはならない。

 

ま、まさか、一昔前に流行った異世界転生とかなのか?

 

それとも電脳世界に閉じ込められたのか?

 

と、取り敢えず自分の状態も確認してみよう。

 

脈はないな。吸血鬼だから当然か。

 

呼吸もしていないが、しようと思ったらできる。

 

そういえば、太陽の光に当たっているけど平気だな。真祖だからかな?

 

表情は動く。

 

言葉も喋れる。

 

尿意と便意はないな。これは美少女はトイレに行かないという都市伝説があるから判断材料になるかは微妙だな。

 

胸は…うん、柔らかいぞ。

 

お尻は…うん、弾力があっていい感じだ。

 

手足もスラリと細長く綺麗だ。

 

腰も細くて強く抱きしめられたら折れそうだな。

 

肌も白くてハリと艶がある。

 

髪の毛もサラサラで綺麗だ。

 

そして、当然のように凄い美少女だ。

 

うう…これが自分じゃなかったら嫁にしたい。

 

しかし、これは自分なんだから逆に危険だぞ!!

 

俺みたいな情欲にまみれた薄汚い男共に襲われる危険性が大だ!!

 

ここが異世界だろうと、電脳世界だろうと取り敢えず放っておこう。

 

まずは身を守る方法を探すぞ!!

 

 

 

 

あれから一ヶ月が過ぎた。

 

吸血鬼の俺は食事なしでも平気だったから助かった。

 

食事の代わりにエネルギーを吸い取ることで栄養をとることが出来る。

 

これは吸血をしなくても大丈夫だった。

 

生物なら触れるだけで吸い取れた。動物や植物からでも問題ない。

 

生物以外でも魔力をもつ宝石からも吸い取れたけど、これは勿体無いから使えないな。

 

そして身体能力も高い。吸血鬼でもあるしレベルも100になっている。

 

体力や筋力等は人間を大きく上回っている。回復力も桁違いだし、特殊能力もある。武装だって神器級が揃っている。

 

怖いもの無しだな!

 

 

 

いや、ウソだ。

 

本当は怖い。

 

知り合いはいない。住む所もない。お金もない。

 

ないない尽くしだ。

 

一日中、コソコソと隠れている。

 

時々、人混みに紛れてエネルギーを吸い取ってる。

 

その度に男に声を掛けられるから苛立つ。

 

これからどうやって生活していけばいいのだろう?

 

いっそのこと、吸血をして仲間を増やそうか?

 

この街を吸血鬼の街にしてしまえば、俺は一気に宿無しから王様にクラスチェンジ出来るかも!

 

最近はその誘惑に抗う毎日だ。

 

いや、別に抗う必要はないよな?

 

いやいや、そんなことをしたら、この世界の勇者みたいな奴が俺を退治に来るかもしれん。

 

危険を冒すのはまだ早すぎるぞ。

 

もっと、この世界の情報収集をしてからだ。

 

しかし情報収集も進まない。

 

吸血鬼の特殊能力で暗示をかければいいはずだが、練習もせずにぶっつけ本番は危険だ。

 

だが、練習相手がいない。

 

うおおおおおっ!!!!

 

俺はどうすればいいんだ!!

 

 

 

 

俺は、深夜の人がいない馬小屋でコッソリと馬のエネルギーを吸い取っていた。

 

もちろん、動物好きの俺は馬が死ぬほど吸い取ったりはしない。

 

ククク、しかし我ながらいい方法を思いついたものだ。

 

こうやって深夜に馬からエネルギーを吸い取れば、野獣のように性欲を滾らせた男共に迫られることもない。

 

まったく、男など死に絶えてしまえばいい。

 

そうすればこの世界は住みやすくなるんじゃないか?

 

俺はそう思うぞ。

 

誰か男共を滅ぼしてくれないかなあ。

 

「はぁ…同族の気配を感じたと思えばお前は何を言っているんだ? それに馬の精気を吸いとるって、お前には吸血鬼としての誇りはないのか?」

 

突然掛けられた声に振り向くと、仮面を被った怪しい子供がいた。

 

中二病の子供か?

 

声から判断すると女の子みたいだけど、中二病を発病するとは可哀想に。

 

「その憐れんだ目をやめろ。気にさわるぞ」

 

そう言いながら女の子は仮面を外す。

 

この気配は…吸血鬼?

 

「そうだ、お前さんと同じさ。それで、お前さんはこんな所で何をしているんだ?」

 

何をって、食事かな?

 

俺は馬を見ながら当たり前のことを口にする。

 

もしかして分けてほしいのかな?

 

「いらんわ! そんなことを聞いているんじゃない! お前が人の街で何をするつもりかを聞いているんだ!」

 

何をするつもりって、俺は生活環境を手に入れたいけど…

 

「せ、生活環境だと? 詳しく話してみろ」

 

俺は少し迷ったが、同じ吸血鬼だし相談に乗ってくれそうな雰囲気だったから話すことにした。

 

 

 

 

「そうか、お前も突然吸血鬼になったのか。しかも遠く離れた地に転移させられるとは…お前も苦労したんだな」

 

流石に異世界から来たことは信じてもらえないと思って、別の大陸ということにして説明した。

 

それでも怪しい話だと自分でも思ったが、この女の子も突然吸血鬼になったらしく、俺に対して親身になってくれた。

 

「もう、大丈夫だぞ。私はこれでもこの国では其れなりの立場をもっているからな。お前さんの仕事と住む場所ぐらい準備できる。だから安心しろ」

 

おおっ!?

 

凄いっす!!

 

姐さんに一生ついて行くっす!!

 

「姐さんはやめろ。私はイビルアイだ。そうだな、お前さんは同族だし境遇も似ているから教えておくよ。私の本当の名前を…」

 

ただし、人前では呼ぶな。と言いながらイビルアイの隠している名前を教えてもらえた。

 

お返しに俺も名前を…

 

どうしよう?

 

このキャラには固定名がついていたけど、そっちの方がいいのだろうか?

 

さっきの説明では俺は男だったとは言っていないから男名はやっぱり変だよな。

 

よし、このキャラ名にしておくか。

 

「俺の名はアルクェイドだ。呼びにくいからアルクでいいよ」

 

「アルクか、分かった。ところで先程から気になっていたが、女の子が自分の事を“俺”と呼ぶな。アルクが生まれ育った地ではどうかは知らんが、ここでは流石に変に思われるぞ」

 

じゃあ、僕?

 

「僕っ子というやつか? アルクの容姿では似合わんぞ」

 

それなら普通に私かな?

 

「そうだな、それが無難だな」

 

イビルアイはそう言いながら右手を差し出してきた。

 

「とにかく、これからよろしくな。我が同胞、アルクよ」

 

優しく微笑むイビルアイの右手を俺――私は握り返した。

 

「うん、こちらこそよろしく。キーノ」

 

 

 

 

イビルアイの紹介で私は冒険者ギルドの受付嬢になった。

 

イビルアイは冒険者の最高位であるアダマンタイトだそうだ。

 

その彼女の口利きならと簡単に採用してもらった。

 

それに住居もギルドの近くでイビルアイが保証人になって借りてくれた。

 

冒険者ギルドに所属する冒険者達も、当初は声を掛けてきたけど、私がイビルアイの知人だと知るとちょっかいをかける者は居なくなった。

 

まったく、イビルアイには世話になりっぱなしだ。

 

やはり安定した生活はいいな。

 

いつかイビルアイに恩返しをしよう。

 

そう心に誓う私だった。

 

 

 

 

受付嬢というのは忙しいときと暇なときの差が激しい。

 

早朝は依頼を受ける冒険者の相手で忙しく、夕暮れ時は依頼を終えた冒険者の相手で忙しい、だけど昼間は暇だ。

 

もちろん、裏方で忙しくしている人達もいるけど私の場合は窓口の受付専門だから暇なわけだ。

 

当初は裏方の仕事もしていたけど、私が窓口にいると問題を起こす冒険者が激減するそうだ。

 

これもイビルアイ効果かな?

 

私自身は冒険者相手に何もしていないから、きっとそうなのだろう。

 

「おい、あれか? 蒼の薔薇のガガーランをのしたっていう化け物受付嬢は? 意外と可愛いな」

 

「馬鹿野郎! そんなこと聞こえたら殺されるぞ! あの方は男嫌いで有名だからな、気をつけろよ!」

 

「男嫌いだと? あの顔と身体で勿体ねえな。俺が男の良さを教えてやりたいぜ」

 

私は手近にあった物を持ち上げると、失礼な言葉を発していた冒険者に投げようとした。

 

「ちょっ!? 俺を投げようとしないでくれ!!」

 

あら、私が掴んでいたのは同僚だった。

 

私は同僚を下ろすと代わりに文鎮を持ち上げてから冒険者の方に目を向ける…あら残念、逃げられてしまった。

 

まったく、薄汚い男め。死ねばいいのに。

 

先ほどの男の口から出たガガーランというのは、イビルアイの仲間の筋肉女だ。

 

前に酔っ払って私の胸を揉んできたからぶっ飛ばしてやっただけだ。

 

だって、ガガーランって男みたいだから嫌なんだよね。

 

後で謝ったら、向こうも謝ってくれたから今では仲良しだけどね。

 

でも、胸は揉まさん。

 

 

 

 

平凡な日々のある日、ギルドに真っ黒な全身甲冑の冒険者と魔術師の女の二人組が入ってきた。

 

黒い方には見覚えはないけど、女の方はどっかで見た気がする。

 

どこだったかなあ?って、思っていたら黒い方が変な叫び声をあげた。

 

すぐに冷静になったみたいだけど、変な病気でももっているのだろうか?

 

うつされない様に気をつけよう。

 

黒いのがコソコソと近付いてきた。

 

動きが怪しいな、ナンパだったらぶっ飛ばしてやるぞ。

 

「もしかして、先輩ですか?」

 

「え、もしかして悟か?」

 

黒い奴の声は、会社の後輩の悟に似ていた。だけど、あいつは骸骨だったはずだ。

 

いや、全身甲冑だから中身が骸骨なのかも知れないな。

 

「やっぱり、先輩なんですね! よかった、心配してたんですよ! どうしてあの時引き止めなかったんだって何度も後悔したんです! 本当に無事で良かった!」

 

悟は俺の無事を抱きつかんばかりに喜んでくれた。

 

相変わらず悟はいい奴だなあ。

 

そうか、見覚えがあると思ったら後ろの女はナザリックで見かけたメイドさんだ。

 

「悟も元気そうで良かったよ。後ろのメイドさんも元気そうだね。私のこと覚えてる?」

 

「はい、無論でございます。モモンガ様の御友人を忘れたりなど致しません」

 

うん、思わず声を掛けたけど、NPCも普通に意思があるみたいだな。

 

「NPCにも意思があるんだ。悟…苦労したんじゃないか?」

 

いかにも悟のことを崇めている様な雰囲気を発しているメイドさん。

 

凡人にはキツいものがありそうだな。

 

ナザリックでの悟の苦労が偲ばれるぞ。

 

「分かってくれますか、先輩!」

 

悟がようやく理解者を得た! という感じで喜んでいるな。そうとうストレスが溜まっていそうだ。

 

まあ、つもる話はあるけどキルド内では話しにくいな。

 

「それじゃあ、先輩。仕事が終わったらナザリックに転移して話をしましょう。ご足労ですが終業後に私の宿屋まで来ていただけますか?」

 

もちろん、私は悟の提案を了承した。

 

 

 

 

「なるほど、先輩は蒼の薔薇のイビルアイさんに助けられたんですね」

 

私達は今までの事を全て語り合った。

 

悟の方はナザリックごと転移したから生活の苦労は無かったけど、NPC達から特別視され過ぎて気疲れしていたそうだ。

 

私の方が一人だったから生活が大変だった話をした。

 

イビルアイに出会ってなかったら今でも街の片隅で隠れていただろう。そして、ご飯はお馬さんだ。

 

「イビルアイさんとはまだ出会っていませんが、会うことがあったら先輩のお礼をしておきますね」

 

うう…後輩に面倒をかけて申し訳ない。不甲斐ない先輩を許しておくれ。

 

「あはは、先輩には仕事で散々お世話になったじゃないですか。こんなこと気にしないで下さいよ」

 

悟は爽やかに笑ってくれる――骸骨だけど。

 

「骸骨も便利ですよ。食事も睡眠もいらないですからね」

 

食事や睡眠をしないのは辛くないかな?

 

「骸骨だから仕方ないですよ」

 

他種族に変身するアイテムで変身すればいいんじゃないの?

 

今の俺は持ってないけど、悟はギルドごと転移しているんだからそんなアイテムぐらい幾らでも持っているだろう?

 

「……忘れていました」

 

呆然と呟く悟。

 

「どうも自分で思っていたより余裕がなかったみたいですね。先輩に再会できて本当に良かったです」

 

うんうん、私も悟と会えて良かったよ。

 

やっぱり、異世界で一人ぼっちは不安だからな。

 

でも、今の私が女だからって手を出してきたらぶっ飛ばすからな!

 

私はノーマルなんだからな!

 

っていうか、性転換できるアイテムをくれ!!

 

「俺だってノーマルですよ!!」

 

悟は慌てて自分はノーマルだと言う。慌て過ぎていて逆に怪しいが、下手に突っ込んでヤブヘビになったら嫌だからスルーしよう。

 

「それじゃあ、変身アイテムと性転換アイテムを探してきますね。先輩は食事を用意させていますから食べていて下さい。私も変身したらご一緒させていただきますね」

 

悟は軽い足取りで部屋を出て行った。

 

 

 

 

悟が出て行った後、一人の女が入ってきた。

 

恐らくは種族は悪魔だろう。

 

凄まじい威圧感で私を睨んでいる。

 

「私は守護者統括のアルベドでございます。以前にお会いした時はご挨拶が出来ずに申し訳ありませんでした」

 

申し訳ないと言いながら、私を射殺さんとばかりに殺気のこもった目を向けている。

 

悟っ!! 早く帰ってきて!!

 

「アルクェイド様で宜しかったでしょうか?」

 

うん、そうだよ。

 

悟と相談した結果、この世界ではプレイヤー名で通すことにした。

 

 

「モモンガ様…いえ、アインズ様とは御友人とお聞きしておりますが、もしや恋人なのでしょうか?」

 

アルベドは平静を装っているつもりみたいだけど、その顔は嫉妬で恐ろしい状態になっていた。

 

正直言って、チビりそうだ。吸血鬼だからオシッコしないけど…

 

「い、いや、私は“ユグドラシル”では女の姿だが、リアルでは男なんだ。モモンガとは…今はアインズだったな。アインズとはリアルで所属していた組織が同じだったんだ。アインズは私の後輩だったんだ。もちろん男同士だから恋人はありえんぞ。第一、アインズに恋人はいないはずだ」

 

私は早口でまくし立てた。早く身の潔白を証明しないとアルベドに殺されそうだったからだ。

 

「まあっ、アインズ様の御先輩でしたのですね。これは大変な御無礼を致しました。ところで、アインズ様には恋人はいらっしゃらないという情報に誤りは御座いませんか?」

 

虚言は許さんとばかりに、ギロリと睨みながらアルベドは尋ねてくる。

 

「ま、間違いはないぞ。そ、そうだな、そなたのような美しい女性がアインズの傍にいて支えてくれたなら私も安心できる…と思う」

 

吐きそうになるほどの殺気のせいで、ついアルベドに迎合するような事を言ってしまったが、それは正解だったようだ。

 

恐ろしい悪魔だったアルベドが、一瞬で恋する乙女に変身してくれた。

 

私のことも味方だと認識をしてくれたようで、フレンドリーになってくれた。

 

ニコニコになったアルベドに付き添われて移動すると豪勢な食事が待っていた。

 

あまりの美味さに夢中になって食べていたら、人に戻った悟が戻ってきた。

 

「どうですか、先輩。変じゃないですか?」

 

うん、元の悟だな。

 

「あはは、良かったです。あ、これは性転換のアイテムです」

 

悟から性転換の効果がある腕輪を受け取った。

 

早速、装着してみよう。

 

カチャっとな。

 

あれ、あんまり変化がない?

 

胸も膨らんだままだぞ?

 

「あれ、変だな? 壊れていたんですかね?」

 

悟も不思議そうな顔になっている。

 

ん?

 

股間に異物感を感じるぞ。

 

“ゴソゴソ”

 

うん、生えていたよ。

 

どうやら、性転換の効果は生やすことみたいだな。

 

「もしかして、ふた◯りですか、先輩?」

 

シャラップ!!

 

それ以上はプライバシーの侵害だぞ、悟くん。

 

「あはは、確かにそうですね。それじゃあ、変身用のアイテムも渡しておきますね」

 

うん、そうだね。

 

変身用のアイテムを使えば元の人間の姿になれるね。

 

取り敢えず受け取っておくけど使わないかもね。

 

「どうしてですか、先輩?」

 

だって、悟はそれなりの容姿をしているけど、私はアレだもん。

 

たとえ、女でも美形でいたい。

 

「……すいません。ノーコメントです」

 

うん、それでいい。

 

 

 

 

ナザリックの目標は世界征服らしい。

 

そんな事をいつの間にかNPC達が言い出していて、悟も止めようがないそうだ。

 

でも考えてみたら、私も異形種だから人間の世界は住みにくい。

 

吸血鬼だとバレたら街を追われるかもしれない。

 

アダマンタイトのイビルアイでさえ、吸血鬼だということは秘密にしているぐらいだからな。

 

ナザリックが世界征服をしてくれたら住みやすくなるだろう。

 

「先輩は世界征服に賛成なんですか?」

 

うん、そうだな。

 

ただし、人間をあまり殺さないようにして欲しい。

 

「……先輩は人間に仲間意識というか、同族意識が残っているんですか?」

 

…そうか、悟も私と一緒なんだな。

 

正直言って、人間に仲間意識は無くなっている。

 

だけど、私は吸血鬼だから姿形は人間と同じだ。

 

同じ姿をした生き物が死ぬのはあまり見たくない。

 

それに私は動物好きだからな。可愛い生き物――子供や可愛い女の子を殺したくない。

 

「なるほど、先輩の意見は納得です。私も同じですね。骸骨だった頃と比べても変身アイテムで人になったら余計にその気持ちが強くなりました」

 

それじゃあ、出来るだけ殺戮は減らす方向で世界征服を目指すということお願いするね。

 

「あれ、先輩は手伝ってくれないんですか?」

 

私はイビルアイの紹介で受付嬢になったから、最低三年ぐらいは勤めないと紹介してくれたイビルアイの顔を潰すだろう?

 

「はっ!? その通りです!! 先輩っ、常識のない事を言って申し訳ありません!!」

 

うん、少しずつ成長すればいいよ。

 

「先輩…私は、俺は成長していますか?」

 

心配しなくても大丈夫だよ、悟も入社直後と比べれば随分と成長したから安心していいぞ。

 

「幾ら何でも入社直後と比べるなんて酷くないっすか!?」

 

あはは、そうだね。

 

まあ、私達の人生は長そうだから少しずつ成長すればいいさ。

 

「はい、そうですね。先輩!」

 

 

 

 

今日も昼間は暇だ。

 

このキルドの看板娘とはいえ、受付に座りっぱなしはキツいものがあるな。

 

「ふふ、アルクは相変わらず暇そうだな」

 

イビルアイ、久しぶり!

 

ラキュースは相変わらず綺麗だね。

 

今日は一緒にお風呂に入ろうか?

 

「遠慮しておくわ、アルクはティアと同じで危険な匂いがするもの」

 

そこのガチ◯ズと一緒にしないでよ!

 

私の真の姿を見ればラキュースだって、満足するはずだよ!

 

「…何故かしら? いつも以上に危機感が強く反応しているわ。アルク…それ以上は私に近寄らないでね」

 

酷すぎる!?

 

「ええい、アルクは本気で泣くな!! 風呂ぐらい私が入ってやるから泣き止まんか!!」

 

イビルアイ……やっぱり、私にはイビルアイだけだよ!

 

イビルアーーーイ!!!!

 

“サッ”

 

“ドテッ”

 

イビルアイ!? 避けないでよ!!

 

「いや、何故か悪寒が走ったんだ。済まなかった」

 

なんだよそれは!?

 

言っておくけどお風呂は一緒に入ってもらうからね。

 

「ああ、アルクとは何度も一緒に入っているんだ。今さら断るはずもは無いだろう」

 

ククク、とうとう腕輪を使う日がきたな。

 

イビルアイがどんな顔をするか楽しみだ。

 

私は期待に胸を膨らませて、イビルアイとお風呂へと向かった。

 

 

 

 

 

 




この後の展開は各自で脳内補完をお願いします。

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