オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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初恋の君

足の親指がくすぐったくて目を開ける。

 

銀髪のとても綺麗な女性が足元に跪いて恭しく俺の足の親指をしゃぶっていた。

 

“ゴシゴシ”

 

俺は目をこすってから足元を見直す。

 

クチュクチュと音を立てながら俺の親指をしゃぶる美女がいる。

 

「うわあっ!? なんだよあんたは!」

 

俺は全力で飛び退いた。

 

一体何が起きているんだ!?

 

この変態美女は誰なんだ!?

 

混乱する俺だったが、自分の手が目に入ると更なる混乱に襲われる。

 

「なんだこの綺麗な手は!?」

 

俺の手は長年の力作業のせいで節くれだちボロボロになっていたはずだ。決してこんな細くて綺麗な女の子みたいな手じゃ……あれ、この胸の膨らみは何だ?

 

ま、まさかこれは!?

 

俺は我慢できない好奇心に突き動かされて自分の胸に触れる。

 

“ぷにゅう”

 

とても柔らかいです。

 

初めて触る感触に不覚にも涙が出そうになる。

 

低学歴の低収入、そして顔も良くない俺に彼女ができようもない。

 

女性の胸を触ることなんか、そういうお店に行かない限りありえないと思っていた。(今まで金がないから行けなかった)

 

それが自分の胸とはいえ触れる機会が巡って来ようとは。

 

うう、生きていて良かった。

 

そうだ!

 

服の上からだけじゃなくて、是非とも生で触ろう!

 

自分の胸なんだから訴えられる心配はないからな!

 

“ゴソゴソ”

 

“ボトン”

 

あれ? 何かが落ちたような…いや、今はそんな事よりも胸の方が優先だ!

 

では、いくぞ!

 

“ペタペタ”

 

ん?

 

“ペタペタぺったん”

 

んん?

 

“ぺったんこーぺったんこー”

 

「なんだこりゃあ!? ぺったんこじゃないか!」

 

先ほどまで至高の柔らかさを誇っていた俺の胸が強靭なる硬さにまで落ちぶれていた。

 

どうなっているんだ!?

 

“バタン”

 

余りの絶望に俺は地面に倒れてしまう。

 

“ぷにゅう”

 

しかし倒れた俺を地面は優しく受け止めてくれた。

 

そのプニュプニュと優しい感触は絶望のドン底に落ちていた俺の心を救いあげてくれた。

 

ああ、なんていう柔らかさなんだ。

 

この柔らかい物体は一体何なんだろう?

 

この丸みを帯びた形、ついさっきまで懐に入れていたかのような人肌の温もり。

 

そして二つある事を考えれば…

 

うん、間違いない。

 

「偽乳じゃねえかよっ!!」

 

純情な男の子を騙すんじゃねえぞ!!

 

こんな偽乳なんか付けやがって、俺はなんて非道い奴なんだよ!!

 

……あれ、俺って女装趣味なんかあったっけ?

 

ふと、壁に掛かっていた鏡が目に入る。

 

俺はツツっと近付いて鏡にうつる自分の顔を見た。

 

長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子がそこに居た。

 

ちょっと病的なほど顔色は白いけど、そんなことが気にならないほど可愛かった。

 

にこっと笑ってみる。

 

鏡の中の美少女が微笑み返してくれた。

 

俺の胸が高鳴った。

 

こうして、俺の初めての恋が始まった。

 

 

 

 

「わたくしは“シャルティア・ブラッドフォールン”。吸血鬼の真祖にして、ナザリック第1~3階層の階層守護者ですわ」

 

鏡の中のシャルティアが優しげな微笑みを浮かべながら美しいカーテシーをみせてくれる。

 

「うふふ、シャルティアはなんて可愛らしいのかしら。貴女達もそう思うでしょう?」

 

わたくしの周囲に侍る吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達が一斉に肯定してくれる。

 

この子達はわたくしの眷属ですわ。

 

何故かわたくしの記憶が人間の殿方のものになっていましたから、この子達にシャルティアについて教えてもらったの。

 

わたくしの眷属のお陰でこの子達の記憶そのものを共有出来ましたから効率が良かったわ。

 

シャルティアが吸血鬼の真祖だったことは衝撃でしたが、考えてみれば永遠の乙女でいられるのですから素晴らしい事ですね。

 

うふふ、わたくしは人間の殿方にとって初恋の君ですもの。ずっと可愛くいてあげなくちゃダメよね。

 

どうせ、わたくしが“俺”のものになることは叶わないのですもの。せめて“俺”の理想であり続けてみせるわよ。

 

そして絶対に他の男にはシャルティアを渡しませんわ。

 

幸いなことにわたくしはとても強いので、男から身を守ることは容易いわ。

 

唯一、シャルティアが逆らえない上司も骸骨で、性欲がないから貞操の心配がいらないわ。

 

命令を受けることも殆どないもの。理想の上司ね。

 

身の回りの世話は、眷属の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達がしてくれるし、理想の生活環境ね。

 

もう元の世界に帰れなくてもいいわ。

 

ここで、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達とキャッキャウフフな生活を謳歌するわよ。

 

あら、誰か来たみたいだわ。

 

誰かしら?

 

 

 

 

初めて守護者全員が集められたわ。

 

こんな事は初めてのはずよね?

 

「あんた、いつもの偽乳はどうしたのよ?」

 

集合場所にはダークエルフの双子がいた。その内の片方が随分と失礼な言葉を投げかけてきたわ。

 

「貴方は知らないのかしら? ちっぱいはステータスなのよ。巨乳なんて後は垂れるだけよ」

 

「…それ、アルベドの前では言わないでよ」

 

アルベド…先ほどわたくしを呼びにきた垂れ乳予備軍の女ね。

 

「絶対に本人の前で言わないでよ!」

 

うふふ、そんな淑女に相応しくない言葉は口にしませんわ。

 

そんな事よりも上司にご挨拶をしなくてはいけませんね。

 

「上司? ああ、リアルの言葉だよね。ぶくぶく茶釜様が口にされていたことがあるよ」

 

わたくしは妙にキョドキョドしている骸骨上司に美しいカーテシーで挨拶を行う。

 

「モモンガ様、いつもお疲れ様です。ナザリック運営は気苦労も多く大変だと思いますが、御無理をなさらずに御自分のペースを維持なさいますよう御配慮下さいませ」

 

「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます」

 

「いえいえ、モモンガ様は上司なのですから当然ですわ。他の上司達はリアルに長期出張に行かれてしまい、モモンガ様お一人で他部署のわたくし達の面倒をみていただき感謝しております。わたくし達も微力ながらモモンガ様の御負担を減らせるよう努力をいたす所存ですわ」

 

「あ、はい。ご協力よろしくお願いします」

 

「うふふ、ナザリックは“わたくし達の家”なのですから協力は当たり前ですよ」

 

「わたくし達の家…」

 

モモンガ様は、わたくしの言葉を繰り返すと呆然とした顔つきになられました。

 

どうされたのかしら?

 

「そうですよね! ナザリックは“私達の家”なんですよね! シャルティアさん、一緒にナザリックを守っていきましょう!」

 

モモンガ様が突然、顔を輝かすと物凄い勢いで喋り出す。

 

どうやらモモンガ様は家に…家族に執着があるみたいですね。

 

うふふ、弱点発見ですわ。

 

「あらあら、モモンガ様ったら嫌ですわ。わたくしは部下なのですから……いいえ、わたくしはモモンガ様の子供なのですから気安くシャルティアとお呼び下さいね」

 

「あ…そ、そうですね。そうですよ! シャルティアは私の子供です! 絶対に子供は私が守ってみせます! だからシャルティアも私に協力して下さい!」

 

「はい、モモンガ様。ご一緒にわたくし達の家を守りましょうね」

 

「シャルティア! モモンガ様の子供だなんて無礼なことを言ってどういうつもり!」

 

「アウラ、私はお前のことも自分の子供だと思っているぞ」

 

「うええ!? 本当ですか、モモンガ様!」

 

「あのっ、もしかして僕のことも?」

 

「勿論だとも、マーレもアウラも私の子供だ!」

 

「「モモンガ様ー!!」」

 

ダークエルフの双子がモモンガ様に抱きついた。

 

うふふ、これでモモンガ様がわたくし達のことを子供だと認識されて守るべき対象だと思っていただければ危険な命令なんてされないわよね?

 

危ないことをしてシャルティアの身体が傷ついたら嫌だもの。

 

モモンガ様、このまま理想の上司でいて下さいね。

 

 

 

 

「お前達は私の可愛い子供だ。今回、ナザリックを襲った異変から私は親として子供であるお前達を守る義務がある。だが、私の力だけではこの異変に立ち向かうには力不足だ。この危機を乗り越えるため家族全員の力を…」

 

 

 

守護者全員が揃ったあと、モモンガ様の演説が行われました。

 

わたくしを除く守護者達が号泣しはじめたときには驚きましたが、空気の読めるわたくしはハンカチを目に当ててお茶を濁しておきました。

 

モモンガ様は各自に役割を振り分けましたが、わたくしは従来通りのナザリック守護の任のみでしたので一安心です。

 

そしてわたくしが吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達とのんびりとした日々を謳歌していたある日、わたくしはモモンガ様に呼び出されました。

 

モモンガ様とは仲良し親子のような関係を築けていたので、わたくしは気楽な感じでモモンガ様の下へと向かいました。

 

「人間の国での情報収集をお願いします。シャルティアは守護者最強ですから一人でも大丈夫ですよね」

 

モモンガ様は気楽な調子でそんなことをのたまいました。

 

失敗ですわ。

 

モモンガ様と仲良くなりすぎて、用事を頼みやすくなったようです。

 

『嫌です。あっかんべーですわ』と言いたいところですが、アルベドが『邪魔者失せろ!』というテレパシーを飛ばしてきます。

 

失敗ですわ。

 

モモンガ様と仲良くなりすぎて、アルベドに敵意を持たれたようです。

 

ここは一旦、ナザリックを離れてアルベドの敵愾心を薄れさせる必要がありそうですね。

 

じゃないと、アルベドのクソビッチに本当に暗殺されそうです。

 

まったく、厄介なことになりました。

 

 

 

 

バッサバッサとお空を飛びながら人間の国へと向かいます。

 

途中の小さな村々を地図に書き込みながらなので時間が掛かりますね。

 

“バッサバッサ”

 

ちっちゃな村がありますわ。書き込みます。

 

“バッサバッサ”

 

ほったて小屋かしら? カキコカキコ。

 

“バッサバッサ”

 

ここは廃村かしら? カキカキ。

 

“バッサバッサ”

 

やっと大きな街です。大きな印をつけましょう。

 

あら、門番が騒いでいるわね。見つかっちゃったかしら?

 

失敗ですわ。

 

暗くなってから近寄るべきでしたね。

 

まあ、気にせずに降りちゃいましょう。どうせ人混みに紛れたら分からなくなりますよね。

 

“バッサバッサ”

 

急降下〜ですわ。

 

“ヒューン”

 

ん?

 

何か飛んできます、一体かしら?

 

“トス”

 

「ひいっ!? シャルティアの玉の肌に弓矢が刺さったーっ!!!!」

 

次の瞬間、わたくしの意識が真紅に染まりました。

 

 

 

 

わたくしは目を覚まします。いつの間にか寝ていたようです。

 

ここは何処かしら?

 

見渡す限りの廃墟に干からびたミイラ達?

 

わたくしは地図を確認します。

 

ふむふむ、大きな印をつけているところが此処みたいですね。

 

わたくしは大きな印のとなりに廃墟の街と書き込みます。

 

さて、続きです。

 

“バッサバッサ”

 

あら、なんだか体調がいいです。まるでお腹いっぱい血を吸った後のようです。

 

うふふ、お昼寝をした効果かしら?

 

 

 

 

わたくしは彼方此方を飛びながら調査を続けています。

 

途中で何度も気を失うように眠ってしまいました。きっと働き過ぎで疲れが溜まっているのでしょう。

 

我ながら働き者ですね。

 

働き者のわたくしのお陰で地図には沢山の書き込みが出来ました。

 

でも、廃墟が多いですね。

 

人間達は滅びかけているのかしら?

 

わたくしは吸血鬼だから人間が滅びてしまってはご飯に困ってしまいます。

 

一度、ナザリックに戻って、モモンガ様に人間の保護を訴える必要がありそうですね。

 

わたくし以外にも人間を食料している仲間は多かったですよね。これはわたくし達の死活問題に関わりますわ。

 

うん、急いでナザリックに帰還しましょう。

 

わたくしは急遽ナザリックに帰還するため“転移門”を開こうと地面に降ります。

 

“バッサバッサ”

 

急降下〜ですわ。着地!

 

「見つけたぞ、吸血鬼!」

 

着地した途端、声を掛けられたと思ったら十数人に囲まれています。

 

どちら様かしら?

 

わたくしが疑問に思っているとチャイナ服のお婆さんが前に出てきました。

 

あ、あの、いつまでもお若い気持ちを持ち続けることは非常に大事だとわたくしも思いますが、そのお年でチャイナ服はお止めになった方がよろしいかと思うのですが…いえいえ、チャイナ服が悪いとは言いません。ただ、そのスリットの隙間から覗く枯れ木のようなおみ足が……せめて、ズボンを履きませんか?

 

「喧しいよっ、吸血鬼!」

 

「なっ!?」

 

チャイナ服のお婆さんが叫ぶと同時にわたくしの意識が白色に染まっていきます。

 

こ、これは洗脳ですか!?

 

わたくしのシャルティアが洗脳され…る!?

 

ああっ…ダメ……わたくしが…消えて…

 

わたくしが…消えたら……シャ…ルティア……

 

こ…こいつら……男…いる……シャルテ…汚され…

 

い、イ…イヤ…い、嫌だあああっ!!!!

 

真っ白になった世界で、わたくしの意識は弾け飛んだ。

 

 

 

 

「ここは何処でありんすか?」

 

シャルティアは見覚えのない場所に戸惑うが、自分の中にナザリックとの繋がりを感じた瞬間、安心して余裕を取り戻す。

 

シャルティアが周囲を見渡すと、すぐ近くに砕けた金属片と血の跡を発見する。

 

「戦闘跡でありんすね」

 

その戦闘跡を目にしたシャルティアは、きっと自分は戦闘の影響で記憶が飛んだのだろうと判断する。

 

「ナザリックに帰るとしんしょう」

 

シャルティアが転移しようとしたとき、転がっていた剣の破片が目に止まった。

 

その破片には、長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子が映っていた。

 

少し顔色は悪かったけど、そんなことが気にならないぐらいに可愛かった。

 

見慣れた自分の姿だというのに…シャルティアは何故かそう思った。

 

そんな妙なことを考える自分が可笑しくて、シャルティアはつい笑ってしまう。

 

破片に映る可愛い女の子が涙を流した。

 

「うそ、わたしが泣いてる!?」

 

吸血鬼の自分が涙を流すなどあり得ないとシャルティアは慌てて指で触れて確認する。

 

思った通り、瞳からは涙は流れていなかった。

 

シャルティアがもう一度、破片を確認すると、そこには訝しげな顔をした自分が映っていた。

 

「ふふ、気のせいでありんした」

 

まだ戦闘の影響が残っていたのだろうとシャルティアは思い、ナザリックに帰還したら少し休もうと考えながら“転移門”を開いた。

 

シャルティアが立っていた地面には…一雫の濡れた跡だけが残されていた。

 

 

 

 

ナザリックに帰還したらシャルティアは、周囲の者達から心配された。

 

「もしかしてあんた、二重人格じゃないの?」

 

アウラからはそんな言葉を投げかけられた。

 

「シャルティアッ! 元に戻りなさい! 貴女はモモンガ様の子供なのでしょう! 何故今更、モモンガ様に色目を使うのよ! 近◯相◯プレイのつもり!?」

 

アルベドは訳の分からない言葉を口にして、彼女を混乱させる。

 

そして、愛するモモンガ様からも心配された。

 

「シャルティア! 父を許してくれ! いくら強いからといって幼いシャルティアを一人で外に出した私の責任だ!!」

 

モモンガ様がわたしの父!? シャルティアの混乱は深まるばかりだった。

 

 

 

 

“エインヘリヤル”

 

自分の事を腫物に触れるように扱う周囲の態度にシャルティアのストレスは溜まっていた。

 

憂さ晴らしに模擬戦を申し込んでも誰も受けてくれない。

 

病状が悪化したら困るから。などとシャルティアにとって意味の分からない理由で断られる。

 

こうなったら、自分の分身でもいいからぶっ飛ばしてストレス発散をしようとシャルティアは考えた。

 

シャルティアの前にもう一人のシャルティアが現れる。

 

ゆっくりと瞼を開くもう一人のシャルティア。

 

シャルティア同士で視線が重なり合った。

 

互いの瞳に映るのは、長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子。少し顔色は悪いけど、そんなことが気にならないぐらい可愛かった。

 

シャルティアがシャルティアに抱きついた。

 

 

「わたくしのシャルティアですわ!!」

 

 

そして、初めての恋が動きだす。

 

 

 

 

 

「どういう状況でありんすか!?」

 

 

 

 

 

 

 




初恋は実らないなんて話は都市伝説なのです!

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