WAXAニホン支部、ここはサテラポリスの拠点とも言える場所であり、隊員が訓練に事欠かないよう、また、異常時でも即座に対応できるよう特殊なトレーニングルームを数多く設けている。そのうちのひとつがここ、
「ソード!」
「っ!ってそれキャノぐわぁっ!!」
現在、星河スバルことロックマンと、牛島ゴン太ことオックス・ファイアが交戦中の『2/3ステージ』である。
「ぐっ!……た、立てねぇ……」
『ブロロロ……』
「……うん、もういい時間だし今日はここまでにしようか」
「……クソぅ!今日も勝てなかったー!」
スバルとゴン太は電波変換を解除しトレーニングルームを後にする。
「サンキューな、今日も俺の修業に付き合ってもらって」
「それは言わない約束でしょ?その分僕だって助けてもらってるんだから」
「……へへっ!」
『…………』
ゴン太との修業に付き合う代わりにスバルが提示した条件は、給食に出てくるニンジンの処理である。世界を三度も救った英雄の、なんとも情けない弱点である。
「で、どうだった?『2/3』ステージでのバトル」
「うーん、2/3遅くなるってだけでずいぶん動きづれえなぁ」
「スピードが2/3になるから遅くなった分は1/3だよゴン太」
今回スバルたちが戦っていた場所は対象の行動速度を2/3に制限する『2/3ステージ』。そこを選んだことには、ある理由があった。
「でもやっぱスバルが言ってた通りなのかなぁ……ちょっとショックだぜ……」
「幸い、宇田海さんって練習相手もいることだししばらくはいいと思った相手の戦い方を真似てみたらいいかも。やってくうちにその真似事を自分に合ったスタイルに昇華できるかもだし」
「俺たち、火を消せるようになるのか?」
「消火じゃないよ」
『2/3ステージ』を選んだ理由、その話は今朝に遡る。いつものようにスバルを自身の修業に誘ったゴン太だったが、それに対して普段と異なる返事をしたのはスバル。その意図するところとは、
「ゴン太、……それかオックス、もう少し考えてバトルしてみたら?」
言葉の綾とでも言おうか、スバルにはゴン太を傷つけるつもりはなかったのだが、少々キザったらしい言葉遣いとなってしまったそれはゴン太のメンタルにかすり傷よりは大きめのダメージを与えたのだった。
☆
『2/3ステージ』、ここでは訓練中の対象者の動きが1/3鈍くなる。つまり対戦相手の動きは通常より遅くなるため、それに対する自身の初動を通常より遅らせ、かつ同じくスピードダウンしていることを考慮しながら攻撃しなければならない。自らの動きを平時より調整し、相手の攻撃に対応するのであれば、どうしても状況を常に把握しながら、すなわち思考しながら動く必要が出てくる。加えて自身の行動に無駄を含んでしまうと、時間にして普段より3/2多くツケを払わなければならなくなる。そのため、行動の最適化、さらに言うと相手の行動を誘導、先読みする等、考えることが必須となる特殊ステージなのである。
『お前らはあの掛け声でまんまと近距離戦を想定させられたってわけだな』
『ブロロ……してやられたぜ。いや、俺達にはあんな狡い真似しなくても溢れんばかりの圧倒的パワーが……』
『模擬戦は実戦のためにやるもんだぞ?ウイルスだ悪のソシキだのに同じこと言うのか?』
「返す言葉もねえぜ、俺達の負けだオックス」
先ほどの模擬試合でスバルが発した言葉、これはブラフだった。パートナーである彼のバトルウィザード、ウォーロックと意思疎通を済ませ、来るべき時に『ソード』という暗号を送る。するとその単語を耳にしたゴン太は近距離での戦いに備えて強く拳を握りだす。そこに飛んでくる電波の大砲はオックス・ファイアにとっては痛烈なカウンターとなった。よろけるオックス・ファイアに放たれる続けざまのキャノンは彼をあっけなく戦闘不能に追いやった。
「とりあえず、しばらくは考えることをやめないこと。ゴン太は体力あるんだし、慌てずに相手の弱点を探したほうがいいと思うよ」
『一番なのはオックスが考える役割を担うことだけどな』
『ブロロ……面目ねぇ……』
スバルとウォーロックの相性は抜群である。スバルは状況を分析し練り上げた戦略で有利に立ち回り、ウォーロックは敵の攻撃を物理的に阻害して時間を稼ぎ、ときどきスバルがやらかす戦略の穴を持ち前の瞬発力で回避させる。
しかし一方のゴン太、オックスのコンビはどちらも猪突猛進。ゴン太が突っ込みオックスが火力を増大させる。よって最高火力はロックマンと比べるべくもないのだが、いかんせん攻撃の命中率が悪すぎる。本来サテラポリスが得意とする『数』の戦いであればオックス・ファイアという『パワー』は欠かすことのできない貴重な戦力となるが、『個』の戦いにおいては、たちまちただの暴れ牛に変わる。そしてえてして、緊急事態が発生した際は『個』の戦いを強いられるのだ。
オックス・ファイアが『個』の戦いで勝ち星を上げていくには、……緊急事態で大切な誰かを守っていくには、どうしても避けては通れない道。ゴン太かオックスか、あるいはそのどちらもかが、こなさなくてはならない課題。それは機転を利かせたり、相手を分析しながら戦うための頭を鍛えること。そして頭を鍛えるためには、
『ベンキョーだな』
「勉強だね」
「ウワアアアアァァァぁぁぁ!!!」
『ブロロロアアアアァァァァ!!!』
ゴン太、それからオックスのための勉強合宿が決定した瞬間である。
☆
「ちぇっ、留守番任された気分だ」
近頃の週末、スバルは父である星河大吾との空白の3年間を埋めるため、家族揃ってどこかしらに遊びに出かけることが習慣となりつつあった。スバルの考える正直なところ、ゴン太の勉強なんかよりそちらのほうが自身にとってはるかに大切なのであるが。
『まあしゃーねーよ、どのみちこんな日もできてたみてぇだし』
なんでも大吾はたまにはスバルのいないところで夫婦水入らずのイチャコラを楽しみたいらしい。スバルがゴン太の合宿のことを食事中に話していると大吾がそのようなことを言い出したので、これはある意味で間の良いバッティングと言えるだろう。
というわけで現在土曜日。時計の短い針はそろそろゴン太が訪れる予定の10を指そうとしている。
『ん?おいスバル、ゴン太からメールがきてるぞ』
「ゴン太から?なになに、……牛肉料理大食い大会があるから……着くのがゆうがたぁ!?」
『夕方って……ゴン太らしいがな……』
「まったくゴン太ってやつは……せっかくエサまで用意して待ってたのに」
『エサって、スバル黒い部分見えてるぞ』
スバルはひとつため息をついて口を開く。
「でもまあ、こっちのがロックの言う通りゴン太らしいかもね。むしろ最近のゴン太のがカッコよすぎっていうか」
『ああわかるぜ。オックスがウィザードになってから頑張りすぎな感じがしてな、オレ達には及ばねえが』
「なんで張り合ってんのさ……そういえばニホンで有名な「泉に斧を落とす」話、ロック知ってる?」
『聞いたことねえな。どんなだ?』
「たまたま泉になんてことのない普通の斧を落としたら女神様がそこから現れてね」
『ぶっ飛んだ話だな』
「落とした人にこう問いかけるんだ……『あなたが落としたのは私の右手にある金の斧ですか?それとも左手にある銀の斧ですか?』って」
『ソイツ普通の落としたんだよな?どっちでもねーじゃねえか』
「そうなんだよ。だから落とした人はどっちでもないって言ったんだよ。そしたらその女神様が『正直者のあなたには金と銀の斧、どちらも授けましょう』って言って2つとももらえるんだよ」
『太っ腹なメガミサマだな、素直だから特別にってこったろ?……ところでなんで突然そんな話したんだ?』
「いや、この話って結局落とした斧は戻ってこないでしょ?」
『そーいやそーだな』
そこでスバルはコホンと咳をして、
「ゴン太がオックスと仲良くなれたところってオクダマスタジオじゃん?あそこってさ……」
大きな池があったじゃん、とスバルは言った。つまりスバルの推測では、ゴン太はなにかの拍子に…状況を考えるとおそらくは後に控えていたミソラのライブコンサートで浮かれてしまい、はしゃぎすぎて誤って池に落下。その際に現れた女神に対してオックスが正直に返答をし、
『結果、金のゴン太が生まれちまった……!?な、なんてこった!』
「でもこの説が正しいんならゴン太絡みは辻褄が合うんだ!」
『これはとんでもねえことになってきやがったぜ……!』
そもそも泉ではなく池だとか、なぜ池に落ちた際にハンターVGが無事であったのかとか、銀のゴン太はどこ行ったのだとか、金なのに頭は変わらず錆び付いているだとか、衰えることのない食欲はなぜ変わっていないのかとか、そういった疑念に今のスバルたちが到るためにはいささか脳内がヒートアップしすぎているため、この話が中断されることはなかった。
『ま、待てよスバル!そういえばドッシーのときキザマロ……』
「ロックも気づいたかい?たぶんキザマロも既に……」
『ちっ!いよいよとんでもねえことになってきやがった……!!』
「いやいや、なにバカな言ってんの?ロックくんだけならまだしも」
『バカなことだと!?ってかオレだけならってどーいう……オイ、なんでここに。そもそもいつから……』
であれば、平静な第三者に指摘してもらえば頭の熱は冷めるというもの。
「うわっ!?ミソラちゃん!?」
日和見を続けていた響ミソラからすれば、スバルとウォーロックの目を覚まさせることは大して造作もないことであった。
☆
「時間通りに来てみれば、チャイムには反応してくれないし、外からでも聞こえるくらいに二人は騒いでるし、カギは開きっぱだし、あっ、これ気を付けないとだよ?大吾さんWAXAの重役なんだから盗まれたら大変なことになる書類とか家にあるでしょ?」
「は、はい、まったくおっしゃる通りです……」
「ロックくんの暴走だってスバルくんがしっかり手綱握っとかないと」
「面目ないです……」
『オイ、さっきからお前の中のオレ像に対して言ってやりたいことがいくつかあるんだが』
「はいはい、またあとでね」
『結局聞かないヤツだろそれ……』
スバルたちの前に突然……ではなく泉のくだりあたりから現れていた少女の名前は響ミソラ。学校は違うがスバルとは同い年で、好んで着こなす団子付きのピンクのパーカーや背中に背負っている愛用のギターが特徴的だ。シンガーソングライターとしての仕事であまりゆっくりとした時間を送ることはできないが、ブラザーであるスバルとはそれなりに交流の機会をつくっている。
「でもどうしてミソラちゃんがここに?」
「へっ?いや、なんか勉強合宿やるって聞いたから」
「?確かにやるつもりだったけど、ミソラちゃん誘ってたっけ?」
ゴン太のための勉強合宿にミソラがやってきた。当のゴン太は大遅刻。これはいったいどういうことなのだろうか。
『まずゴン太はくだらねえ理由で遅刻、夕方からの参加だ』
「ほうほう、10時集合で夕方ってそれもう遅刻とかいうレベルじゃないね」
『同感だぜ。……でだミソラ、お前はなんでベンキョーガッシュクのことを知ってる?そんでなんでやってきたんだ?』
「えー、会いにくるのに理由なんていらないよ?会いたくなったからきたんだよ」
スバルくんたちに、と言って軽くウインク。
「そっか、嬉しいよ。なにもないとこだけどゆっくりしてってね」
『ポロロン、残念だけどゆっくりはできないでしょうね』
『……ケッ、ハープか』
『どうもハープよ、こんにちはスバルくん』
「こんにちはハープ……ゆっくりできないって、このあともお仕事?」
「ううん、今回は特別に明日までお休みもらってるからぜんぜん遊べ」
『るわけないでしょうミソラ?』
「くっ」
「?」
『今回のことは通りすがりのオックスに聞かせてもらったのよ。そして今日ミソラがスバル君の家に来た理由、それはズバリ……』
「遊びにっだああいぃハープ痛いぃ!」
ハープにビシバシ叩かれるミソラ、絵面的には珍しい。
『まったくこの子ったら……まあスバル君にはこれ見せたほうが分かりやすいかしらね、ハイどうぞ』
「?なにこれ?テスト用紙?」
受け取ろうとしたスバルの手を、しかしミソラが間に割って入り遮る。
「ちょっ!?それは見せないでって言ったじゃん!?」
『ダメですー、ミソラは一度痛い目見るべきなんですー』
「いや!ちょっ!よりにもよってスバルくんに!」
なぜかミソラとハープの取っ組み合いが始まる。
『……コイツら、人ん家でなにやってるんだ?』
「さ、さあ……うん?」
ふとスバルの足元に、先ほどハープが渡そうとしていた用紙が転がり込んできた。
「?……っ!?こ、これって……!?」
『よし!見たわねスバル君!』
「えっ?……あっ!いつの間に!?」
名前欄に『響ミソラ』と書かれた答案用紙、ちなみに教科は理科。評点の欄には、
「さ、さんじゅうよんてん……」
小学校でのテストは、中学や高校のそれとは異なり、そう難しくはないように作成されているはずだ。にもかかわらず赤点に両足ぶっこんでそうな点数を、スバルのブラザーは叩き出していたらしい。
☆
『そういやスバルよぉ、さっきの泉の話だが』
ビーストスイングの素振りに励むウォーロックがふとなにかに気づいたようで、それをそのまま隣で理科の勉強という名目で望遠鏡いじりをしているスバルに投げかける。
『ミソラって電波変換すると髪の毛が金色になるよな』
「っ!!た、たしかに!!」
「ちよっと二人とも!さっきっからやたら友達を金に変えたすぎでしょ!あとロックくんそれやかましい!」
『あなたはツッコんでる暇あったらお勉強よ』
「……はーい」
スバルとミソラは現在仲良く勉強中だ。といってもスバルの場合、常日頃の努力の甲斐あって成績に問題はない。理科に関してはキザマロどころかルナをも凌駕する優等生なのである。となるとミソラの勉強に合わせて教科書を開いているスバルは手持ち無沙汰となってしまうのだ。
『……でもまあ、クスッ』
ハープが間を置いて微笑する。それの意味するところを理解できなかったミソラがなんとなくバカにされたと勘違いしてひねくれる。
「なにハープ?私のことでなにか言いたいんなら聞こうじゃん」
『いやいや、なーんにもありませんですわよ』
「やっぱりっ!今ハープの中で私バカにされてるっ!」
「……なかなか進まないなぁ」
『まだ3ページしか進んでねえぜ……』
なんでも、ミソラの所属する学校の理科教師の出すテストは全科目中最も難しいらしく、前回、つまりミソラの34点答案の際の平均点は45点だとハープは説明する。であればミソラの成績も特に悪いとは思えないのだが。
『ポロロン、テストは70点満点で比較的難しく作られてたんだけどね。残りの30点が事前の自由研究で評価されたのよ』
「へぇ、面白そうだね」
『育田のセンコウと気が合いそうなヤロウだな』
『ワタシもこのやり方には肯定的なんだけどもね。自由研究のほうはよっぽどヘタなことしなきゃ満点くれるから真面目な生徒への救済措置にもなってるの』
「なんだ、じゃあミソラちゃんは64点になるね」
『……ならないのよ』
「へ?」
『……ミソラ、自由研究サボったのよ』
「ええっ!?」
「……」
『しかもね、散々先生に怒られときながら……』
前回の学期で痛い目を見たにもかかわらず次回のテストに向けた補填分の自由研究を、またもサボってしまったらしい。
『ポロロン、以前はこんなことなかったんだけどねぇ。メテオGの騒動で遊撃隊でのお仕事にかこつけて勉強がお留守になっちゃってねぇ、事件が解決したあとでもそれをずるずると引きずって……』
一度分からない箇所が出てきてしまうと以降の問題が流れるように分からなくなってしまう。そして分からない問題ほどやる気はなくなってしまうものだ。だからといってそのままそれを放置してしまうと成績は悲惨になる。そういった負のスパイラルにミソラは引っ掛かってしまったらしい。さらに、
『スバル君たちと遊びたいからって自由研究もおろそかにして……』
元々の仕事で忙しいミソラからすると数少ない時間を友達と遊ぶのではなく、自由研究に費やすなんて考えられないことなのかもしれない。しかし社会はそれを許してはくれない。義務教育とはいえあまりに悪い成績を取り続けてしまえば、最悪の場合学校側から歌手活動の停止を迫られる恐れが出てくる。となればミソラは次のテストで70点満点という実質周りと30点差離れた位置からスタートし、なおかつ100点満点における平均点を獲得しなければならない。
「ってことは、『テストの平均点+30点』が目標になる…………」
「…………」
『…………』
『…………』
この場にいる全員が、立ちはだかる壁の大きさに愕然とした。
流星シリーズが完結して随分と月日が流れましたが、未だに色褪せることなく私の心に焼きついている作品なので、なるべく暇を見つけて書き綴っていきたいと思います。よろしくお付き合いください。
後書き追記:疑う人の「た」、「多」じゃなくて「田」でした。気づかれた方はすごいです。