私、片山美香は生まれたときから力が強かった。
私は大洗学園艦の病院でサラリーマンの父と専業主婦の母という何のへんてつもないごく普通の両親の間に生まれ、ごく普通に幼稚園、小中学校を卒業してきた。あまり勉強が得意だった訳ではない。どちらかといえば運動の好きな女の子だった。
最初に異変に気づいたのは幼稚園の時、何気なく掴んだオモチャをウッカリ壊してしまった事だろう。壊したといってもプラスチックの部分に少しヒビが入ったくらいだったのだが今思い返せばこの時異変に気ずいていればもう少し違った未来があったかも知れない。
小学校に入学する頃には私の身長は既に130センチを越え同い年の子達と比べても頭1個分以上離れていた。この頃から私の怪力にも一層拍車がかかっていく。カケッコをすれば男子を含めてもブッチギリの一番、持久走、シャトルラン、垂直飛び、腹筋、背筋どれをとっても学校に並ぶものはいなかった。特に握力については測定器を振り切り計測不能という前代未聞の事態におちいっていた。このころの私は皆の驚く顔が面白くてついつい張り切ってしまっていたんだろう。
事件が起きたのは中学に入学してからだった。身長は180センチを裕に越え男子生徒はおろか教職員を含めても私より大きな人はいなかった。
そんなある日、小学校からの同級生の野球部の男子と私が腕相撲をする事になった。切っ掛けは単純だった。彼は昔から体が大きく運動神経もよかった。ずっとエースで四番だった典型的な天才野球少年だ。中学入学当初から170センチを越えこれから更なる成長が見られるそんな将来有望な少年だったのだ。
方や私もこの身長に加え小学校の頃の体力測定の結果が広まり多くの部活から勧誘を受けていた。
そんな一年生男女のトップ同士どちらがスゴいか、というごく単純な好奇心から来る質問に私と彼は腕相撲という回答をしてしまった。
と言っても私自身はこの時は負ける気も、負けてあげる気も、ましてや負けるとは微塵もなかった。私は自分の力を自覚していたし手加減して軽く揉んでやろう、くらいに考えていた。
いざ手を組んでみると考えは確信に変わっていた。負けはない。相手に十分時間を与えその上でねじ伏せる、そんな横綱相撲をとろうとしていた。
同級生の掛け声とともに彼は持てる力を右手に込めて存分に力を発揮していた。なるほど確かに同じ年頃の子供としては頭1つ2つ抜けているのだろう。それでも尚私の手は微動だにしない。
10秒はたった位で私はもおいいと右手に力を込めて彼右手を押し返した。
「え…?」
彼の腕は鈍い音とともに曲がってはいけない向きへとまがっていた。
私は自分の力を何一つ理解などしていなかった。自分が思っていたより私の力は強すぎた。無自覚な悪意によって彼の腕は二度と野球をする事のできないものへと変えてしまった。
其からのことはよく覚えていない。ただその日から卒業まで私は一度も人に触れていない。
名前の由来はレーシングドライバーと片山とベンチプレスの世界記録保持者で理論上不可能と言われた500キロをあげたポール・タイニー・ミーカーからとっています。
継続のミカとは何の関係もありません。