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堺に入り、大通りを歩いているのだが、通りの両端には比較的大きな商店が数多く並び、人足や町娘、商人たちがごった返していた。
「反物や材木、鎧刀に鉄砲。食料も豊富で、ホント、何でもござれですね、この町は」
転子が周囲を見渡しながら言う。
「ホントねぇ。尾張じゃあまり見ない食材もあるわ。あ、久遠、アレ安いわよ!」
「……結菜、まぁ構わんのだが今はまだ買わんぞ」
結菜がぐいぐいと久遠の腕を引きながら言う。呆れたような久遠の物言いに蘭丸が微笑む。
「ああ!あの髪飾り可愛い!あんな意匠の、清洲では見たことない!」
「あ、ホントだ。でもちょっと高い。……あ!あっちのも可愛くない?」
「うわー!すっごく可愛い!欲しいなぁ……」
「うーん、これは一日でお金が無くなっちゃいそうね」
「お二人とも、今は護衛の最中ということをお忘れなく」
楽しそうに話すひよ子と転子に詩乃がため息をつきながら伝える。
「ふふ、詩乃、構いませんよ。物見に来たと思われているほうが私たちとしては助かりますから。それにどのような理由があったとしても武士同士の争いは御法度ですから、この地は逆に比較的安全といえます」
「……蘭丸さまがそう仰るなら。まぁ、会合衆を敵に回しますから、会合衆が物を売らない、と決定すれば、小名ならばすぐに干上がってしまうでしょう」
「会合衆の力……というよりは銭の力が怖いということですね。私と詩乃でしっかりと二人を守ってあげましょうね」
「蘭丸さまのご意思ならば」
微かに笑った詩乃に蘭丸は頷く。
「久遠さま、まずはどうされますか?お先に宿に向かわれますか?」
「いや、さきに店々を回ったあとで湊に向かいたい」
「かしこまりました。では南蛮商人と繋がりを持つ……といったところでしょうか?」
「あぁ。鉄砲の調達量を増やしたい。それに玉薬は国内では安定供給ができんからな」
「それで……久遠さま、伝手などはあるのですか?」
蘭丸の質問に困ったような表情を浮かべる久遠。
「ない!……お蘭、何とかならんか」
「久遠ったら、蘭ちゃんに丸投げじゃない」
「我のお蘭であるからな!なんとかしてくれると信じておる」
「ご期待に沿える様、全力は尽くさせていただきますが……そうですね、詩乃。このあたりに天主教の宣教師がいる……などと聞いたことはありますか?」
「確か、寺院を構えていると風の噂で聞いたことがあります」
「成程。南蛮商人を紹介してもらう為にというわけであるな」
「ただ、恐らくは目立たないような形で建てられているでしょう。……ひよ、ころ!すみませんが聞き込みをお願いしていいですか?」
「「はいっ!!」」
「この十字の装飾がされたものが天主教の教会というものらしいです」
聞き込みの甲斐もあって、表通りから少し外れた場所にひっそりと佇む建物。
「どうやら、僧兵の報復を避けるためにこんな場所に建ててるらしいです」
転子が言う。
「このあたりというと……石山でしょうか?」
「坊主が圧力を掛けて喧嘩をふっかけるか。……さすがの会合衆も坊主には勝てんのだな」
「銭は力を持っていますが、それ以上に力を持つのは、死への恐怖、ということでしょう」
呆れたようにつぶやいた久遠に詩乃が答える。
「みんな、死ぬのは怖いですから。死んだあとだからこそ幸せになりたいんですよ」
そんな言葉を交わしながら小さな教会に足を踏み入れた。
そこに、彼女はいた。
この時代の日の本にはほとんど存在していない、小さなステンドグラスから光が差込、大きいというほどではない十字架を背後から照らしている。その十字架の下で、跪き、両手組み合わせて一心に祈っている少女がいた。
「っ!?」
ドクン、と蘭丸の心臓が一際大きく鼓動を打つ。ズキンと頭が痛み、見たこともない光景が頭を過ぎる。それは、炎に包まれた建物の中、崩れ落ちた自身と久遠の姿。そして……それを冷たい眼差しで見つめる、目の前の少女。
「……お蘭……お蘭!」
「っ!」
心配そうな表情で蘭丸の顔を覗き込んでいた久遠。
「大丈夫か、お蘭。顔色が悪いぞ?」
「だ、大丈夫、です」
軽く頭を振りながら久遠に答える。先ほど見えた光景は既に思い出すことはできない。妙な違和感を覚えながらも蘭丸は再び視線を目の前の少女へと向ける。背後に蘭丸たちがいることにまるで気づいていないかのように少女は動くことはない。日の光を浴びた髪はキラキラとオレンジに輝き、まるで金砂が反射しているような、荘厳であり、美しい雰囲気を見せていた。
ほかの天主教の信者だろうか、数人の男たちに別室に通された蘭丸たち。幾ばくかの時間が過ぎ、先ほどの少女が出迎えにきた。入ってきた少女を見るなり再び蘭丸を襲う恐怖にも似た感覚。咄嗟に刀へと手を伸ばす。
「お蘭!……どうしたというのだ、普段のお蘭らしくもない」
「大丈夫よ、蘭ちゃん」
久遠と結菜に止められた蘭丸は刀から手を離す。
「申し訳ございません。えっと……」
動揺を隠せていないが、蘭丸が少女に視線を向ける。
「皆様もお祈り……という訳ではないようですね」
少女の口から出てきたのは流暢な日本語であった。あまりに自然に紡がれたその言葉は蘭丸たちにとって大きな違和感であった。
「お祈りは残念ながら。……実はこの教会の司祭さまに用事があるのですが、いらっしゃいますか?」
「こちらの礼拝所の司祭さまは、今、お出かけでございます。私も司祭の身でありますので、御用は私がお聞き致しましょう。それにしても……ふふ」
軽く微笑む少女に蘭丸が首をかしげる。
「いえ、私が日本語を話したというのに、あまり驚かないのだな、と思って」
「正直、驚きました。まさかここまで自然に言葉を使うことができるとはさすがに思っていませんでしたので」
「無理もありません。こちらの司祭さまも日本語はまだまだ片言しか話せませんからね」
「そうなんですね。ですが貴女はとても流暢な日本語を使うのですね。誰かから習ったのです?」
「子供の頃から、母に教わっているのです。……なかなか上手なものでしょう?」
少女の言葉に蘭丸は素直にうなずく。はじめに見たときにあったなぞの恐怖感などはいつのまにやら消えうせていた。
「それでは、貴女の母上は日本の方、ということですか?」
「はい。父はポルトゥス・カレの武人。そして母は日本の名家出身だと聞いております」
「ポルトゥス・カレ……ポルトガル、でしたか?」
「これは失礼しました。仰るとおりポルトガルです」
「そして母上は……」
「日本の武士の出だ、と聞かされております」
ここまで蘭丸と少女の会話を静かに聞いていた久遠が口を開く。
「ふむ。武士で、名家出身ということだが……ご母堂の名は何と言う?」
「母の名は槇。家の名はわかりませんが、母の持ち物にはカンパニュラの花がたくさん描かれていたのを、よく覚えております」
「……お蘭、かんぱにゅらとは何だ」
「……私も知りませんね……。詩乃?」
「流石に異国のこととなると……。どのような形の花ですか?」
「こういう……」
言いながら、少女が宙に絵を描いて見せる。それを見て蘭丸と詩乃は目を合わせ。
「「桔梗紋」」
言葉を合わせてうなずきあう。
「桔梗紋と言えば美濃を治めた土岐氏とその一族の家紋が主となるでしょう。分家や枝分かれした家の数を考えると……桔梗紋を使っているのは数十軒程度。さすがにどこまでかは、今はわかりませんが、美濃の同朋でありましょう」
「ってことは、私とも親戚かも知れないってことね」
詩乃の言葉を聞いて結菜が言う。二人の言葉に少女が首をかしげる。
「貴女の母上の故郷が、詩乃と結菜さまのお二人と同じなので同郷人かもしれないという話です」
「おお、それは……。異邦に来て早速、母と縁のある方に出会うとは。この奇跡を神に感謝致します」
胸の前で小さく十字をきった少女が、姿勢を改めて向き直る。
「我が名はルイス・エーリカ・フロイス。母が与えてくれた日本式の名は、ジュウベエ・アケツと申します」
「あけつ……ふむ。なるほど。あなたのお母上は明智の方なのですね」
「アケチ?」
「はい。アケツではなくあけち。明るいに智恵と書いて明智と読みます。清和源氏土岐氏の支流で、明智庄の住人。美濃では名流の家ですね」
再び意味がわからず首をかしげるエーリカ。
「貴女の家がとても高名な家だということですよ」
「なるほど。母のファミリーネームは明智というのですか。……ふふっ。なんだか自分のルーツがこのような形で判明するのはとても嬉しいですね」
少しの会話の後、エーリカが日本へときた理由についての話となった。
「……とあるお方にお会いするため、この日の本を訪れたのです」
「とあるお方?」
エーリカの言葉に久遠が首をかしげる。
「母に聞いた、日本のサムライのトップに立つ、アシカガショーグンに会いに」
決意を秘めた強張った表情を浮かべるエーリカをじっと久遠は見つめる。少しの沈黙の後、軽くうなずくと。
「足利将軍に会いに来たのか。……ならば貴様、我と一緒に来い」
「え……あなたと、ですか?」
「うむ。我は五日後に堺を発って京に向かい、将軍に拝謁するつもりだ。我についてくれば、将軍に拝謁することも可能やもしれんぞ」
「そうですね。南蛮人のあなたが、将軍や畏き所に拝謁を賜うことはまず不可能でしょう。強いツテがあるのならば話は別ですが……」
「残念ながらそういったものは……」
「でしたら、私たちとともにきてください。久遠さまがお決めになられたのですから、私は問題ありません」
「……ですが、一方的にお世話になるだけというのも……」
「それなら、代わりにエーリカ殿の知り合いの南蛮人を紹介して頂きたいのですが、どうですか?」
「……わかりました。では私が乗ってきた船の船長をご紹介致しましょう」
「ねぇ、蘭ちゃん」
「どうかされましたか、結菜さま?」
話が終わり、一旦準備があるということで部屋をエーリカが出た後に結菜が蘭丸の袖を引きながら声をかける。
「エーリカさんって明智家なのよね?」
「そう仰っていましたね」
「で、ご母堂は槇、って?」
「はい。聞き間違いでなければそうかと」
「……槇おばさん、生きてたんだ」
ポツリとつぶやいた結菜の言葉に久遠と蘭丸の二人が驚きの顔を浮かべる。
「……おい、結菜。まさか!」
「うん、そのまさか。たぶんだけどエーリカさんは……」
一呼吸おいた後。
「私の従姉妹、ってことになるんじゃないかしら」
衝撃の事実を口にした。
濃姫(結菜)と光秀(エーリカ)が従兄妹同士かどうかは書物によって判断が違う見たいですね。
というのも濃姫の情報が少なすぎるのが原因だとか。
歴史は紐解けば紐解くほど面白いものですね!
次回もお楽しみに!