堺でのエーリカとの出会い。その出会いを通じて蘭丸たちは会合衆、南蛮商人との繋がりを持つことに成功し、久遠は満足げであった。久遠だけでなく結菜もご機嫌なのだが、その理由はまた別の機会に話すこととする。
堺を訪れて五日。久遠たちが出立の日取りとなった。
「久遠さま、おはようございます」
「うむ。よい朝であるな」
薄らと外が明るみ始める時間帯。尾張にいる頃から久遠の朝は比較的早く、それに合わせるように蘭丸や結菜の朝も早いものとなっていた。
「本日中に出立し、京を目指す……でよろしいですね?」
「あぁ。本来の目的のひとつでもあるからな。……それにエーリカのこともある」
「……久遠さま、久遠さまが認めた者とはいえ、異邦人などとあまり深くかかわることは危険かと思われます。ご注意ください」
「……ふむ。お蘭が我にそのような忠告をしてきたのは剣丞以外では初めてであるな」
「剣丞は怪しかったからね。まぁ、私は今でもすこーし見張ってるんだけど」
結菜の言葉に久遠が苦笑いを浮かべる。
「そ、それはさておき。お蘭、我の安全を第一に考えてくれるその気持ちはありがたい。が、時には毒をも食らわねばこの戦国の世を生き残ることはできまい。違うか?」
「……はい。仰るとおりです」
「それにエーリカは結菜の従姉妹にも当たるのであろう?ならば信頼に足ると判断しても大丈夫なのではないか?」
「まぁ、そうねぇ。槇おばさんのことは聞いていたし、私も剣丞のときほど危険視はしてないわ」
久遠と結菜の言葉に蘭丸が口を噤む。実際に蘭丸が感じた危機感や恐怖心が一体何から生まれたものなのか、自身でもわかっていなかったからだ。そこまで深い会話をしたわけではないが、エーリカという個人に対して蘭丸も悪い印象を持っているわけではないのだ。
「……すみません。蘭の考えすぎかもしれません」
「気にするな。お蘭が我のことを心配してくれているのは百も承知だ」
優しく微笑むと軽く頭を撫でる久遠。
「ホント、蘭ちゃんは久遠が大好きよねぇ」
「はいっ!蘭は久遠さまや母さまのように立派になることが目標です!」
「はははっ!それは面白い、励めよお蘭」
そんな朝の会話をしながらも互いの髪を梳いたりしている。まったりとした時間は過ぎ、まもなく堺を発つ頃となる。
「蘭丸さん!こちらは準備万端ですぅ~!」
「えっと、久遠さまからのご指示のあったとおり鉄砲と玉薬も荷に追加してます」
「ありがとう。詩乃、また少し強行軍になるかもしれませんが大丈夫です?」
「はい。お気遣いはありがたいのですが、私とて武士の端くれ。この程度で根はあげません」
詩乃の言葉に蘭丸は優しく微笑む。
「無理は駄目ですよ?詩乃は私の智なのですから。……そろそろ馬を……」
そこまで言った頃ににわかに周囲が喧騒に包まれる。
「……何かあったんでしょうか?」
蘭丸に寄ってきた転子がいう。
「どうでしょうか。……状況としてはその可能性は大いにありますが」
「少し確認してきます!」
「あ、ひよ!私も一緒にいくよ!」
ひよ子と転子が率先して駆け出していく。
「すばやいな。やはりお蘭に預けて正解だったようだな」
「いえ、ひよもころも、そして詩乃もとてもいい子たちです。時代の流れや時期などによってはひよは久遠さまの意志を継いでいく存在となったかもしれませんね」
「あのひよがか?……ふふ、お蘭は面白いことをいう」
「ひよはいい子だけど久遠とは似ても似つかないわよねぇ」
「蘭丸さまはひよのことを高く評価しているのですね」
「私は詩乃のことも高く評価してますよ?」
「ならば、お蘭。自分の部下の評価をしてみろ」
ニヤリと笑って久遠がそう言う。
「評価、ですか?……そうですね。ひよ子は武の面での活躍は正直期待できないでしょう。武士として……ではなく将として、人としての力が強いと思います。実際に蘭丸隊の皆からは慕われているようですし」
「へぇ、ちゃんと見てるのね。流石は蘭ちゃん」
「次に転子ですが、一見秀でた部分が見え辛いところがあります。ですがすべての部分をしっかりと見てみると彼女ほど平均的にこなすことができる人は少ないと思います」
「ほぉ……ではお蘭の後継者に向いているかもしれんな」
「そうですね。少し自分に対しての自信が不足しているように見えますのでその部分を援護していこうと考えています」
そしてチラリと視線を詩乃へと向ける。
「詩乃も聞きます?」
「お嫌でなければ」
「ふふ、詩乃は私の、いえ織田の智として申し分ない力を持っていると。まぁ、体力面はゆっくり鍛えていきましょう。……久遠さまが天下をとるためにもっとも重要な力は間違いなく詩乃です」
蘭丸の言葉を聞いて詩乃が目を見開く。
「ほぅ……お蘭にそこまで言わせるか。詩乃よ、やはり我のために働かんか?」
「勿論です。間接的にではありますが、久遠さまの為に動いているつもりですが?」
「ふふふ、なかなかに強敵じゃない、久遠」
いつもどおりの詩乃の切り替えしに苦笑いの久遠。面白そうに笑う結菜。
「新介は私の部隊では少ない武闘派ですからね。詩乃をこちらへ引き込んだのも新介と小平太の動きがなければ難しかったでしょう」
「あのお二人は優しすぎますが、まぁ二人が共にいるのであれば一人前ではないでしょうか」
「ははは、詩乃の評価は厳し目のようだな。……それで、剣丞は?」
「……剣丞さまは、この時代を織田が進んでいく中で最も重要な存在なのではないかと。民にとって天というのは唯一無二のものであり、阿弥陀如来の化身とも噂されていると聞きます。場合によっては剣丞さまを頂点とした国家作りなども考えられたかと」
「考えられた、ということは今は違うということか?」
久遠が試すような視線を蘭丸に向ける。
「はい。恐らくですが……私ところが渡した文の内容はわかりませんが、あれによってその可能性は低くなったのではないかと考えております」
「……そこまで読まれておるか」
「私はある程度の予想は立っておりますが……今はまだ口を開くべきときではないと」
「そうしてくれると助かる」
「久遠さまぁー!蘭丸さーん!」
「ひよ、落ち着いて。状況は分かったのですか?」
「はい!どうやら堺の門の外に鬼の軍勢が押し寄せているようです!」
蘭丸たちが門へと近づいていったところ、堺へ訪れた際に対応してくれた矢吉という男が周囲に指示を飛ばしているところだった。
「矢吉どの、でしたね。どうされました?」
「ん、おう姉ちゃんたちか!すまんが後にしてくれるか?今は門の外に見たこともない化けもんが仰山現れおってな。手間取っとるんや」
「ふむ、それで門は大丈夫なのか?」
「堺の門は頑丈さかい、そうそう簡単には破られん。せやけど相手がよう分からん存在やからなぁ」
「……久遠さま」
「うむ。……会合衆への恩売りにはちょうどよいかも知れんな」
久遠と蘭丸はこそこそと話すと蘭丸が矢吉の前に進み出る。
「よろしければ私たちにも協力させていただけませんか?」
「姉ちゃんたちがか!?流石に危ない……」
そこまで言ったところで矢吉の首元に蘭丸の太刀が触れていた。
「ご無礼をお許しください。腕前を確認していただくにはこれが最も手っ取り早いかと思いまして」
「……やるやないか。えぇやろ」
「矢吉の兄貴!?」
近くにいた矢吉の部下らしき男が驚く。
「うるせぇ!何かあったらこの矢吉が面倒見るって約束も交わしとるんや!その上で手伝ってもらえるってんなら責任は俺が全部取る!」
「見ていてすがすがしいほどの堺人ですね。……蘭丸さま」
そっと近づいてきた詩乃に頷くと蘭丸が矢吉に声をかける。
「部隊の指示ですが、一部でもかまいませんのでこちらの詩乃に任せていただけませんか?彼女は長田の中でも随一の策士。私の右腕です」
「ほぉ、こんな嬢ちゃんがなぁ。まぁええやろ、それじゃ見せてもらうで」
門から出た蘭丸の目前にいる鬼の数は百といったところだろうか。見たところ統制の取れた動きではないが、明らかに何かを目的として堺に来たような印象を受ける。
「エーリカさんとの合流前に片付けてしまいたいところですが……」
蘭丸がそう呟くと同時に周囲でばらばらに戦っていた男たちに動きが現れる。
「流石は詩乃。早速、防御陣形を組みましたか」
堺という堅城がある上での戦いだ。怪我人をすぐに収容し疲れたものは下がらせ死亡率を下げる策を講じたのろう。明らかに動きの質が変わった。
「それでは詩乃だけに任せず私も動くとしましょうか」
すらりと太刀を抜き放ち、鬼の群れへと切り込んでいく。その動きはまるで舞を舞うかの如く緩やかなものではあるものの、周囲の鬼たちが一瞬で崩れ落ちていく。その動きに防衛に徹している男たちをも魅了する。
「ふむ、詩乃に任せておけばやはり安泰、か」
「いえ、蘭丸さまがお一人でかなりの数をお相手してくださっていますから。ひとつの戦略を戦術で凌駕されてしまうと私としては非常に困るのですが。……それに蘭丸さまにあまり危険な場所へ向かっていってほしくはありませんので」
久遠の言葉に詩乃が答える。
「我もその気持ちは分かるがな。だが、戦うこともまたお蘭の意志だ。我が止めるわけにもいかん」
「詩乃ちゃーん!言われたとおり門の外に柵を立てたよー!」
「兵の皆さんにもそこで槍での攻撃をお願いしてるよ!」
「ひよ、ころ、ありがとうございます。これである程度の被害は食い止められると思いますが……」
鬼と人の動きを見ていた詩乃が若干の思案をする。
「……鬼の動きが、おかしい?……まさか」
「まさか、鬼の狙いは私……ですか?」
鬼を切り捨てながら蘭丸が呟く。剣丞の持つ刀が鬼を引き寄せる力があるというのは既に知っているが、今現状での鬼の動きは明らかに蘭丸を狙ってのものに感じる。
「戦っている場所というだけではなさそうですが……」
チラと視線を門の上方に向ける。詩乃と視線を交わし蘭丸は静かに頷く。
「詩乃であれば分かってくれるでしょう。さぁ、はじめましょうか」
鬼の攻撃をひらりと避けながら戦場の位置を少しずつ移動させていく蘭丸。堺の門からは既にかなりの距離が離されていた。
「狙いは私で間違いなさそうですね。理由は分かりませんが」
鬼の視線はすべてが蘭丸に向けられている。そのときだった。鬼の後方から鬨の声が響き渡る。
「さぁ、蹂躙の時間です」
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