「蘭丸さん、ホントにいいんですか?」
「構いませんよ。それほど大きな案件でもありませんから、私と久遠さま、結菜さまで参ります。ゆっくり休んでください」
「うむ。あまり大人数で押しかけても、向こうが警戒するだろうしな」
朝、久遠と蘭丸からひよ子、転子、詩乃の三人は休みを言い渡された。
「堺の街中であれば安全でしょうから、楽しんできてください」
ニコリと微笑みながら言う蘭丸に頷く三人。そのまま立ち去る蘭丸たちを見送る。
「……行ってしまわれました」
「だねぇ」
「じゃ、私たちもせっかくだし、出ようか」
「そうですね……」
正直なところ、三人とも蘭丸と一緒にいたいという気持ちもあったのだが、仕事ということもありそういうわけにも行かなかった。それに、久遠と結菜にも蘭丸と一緒に居させてあげたいという彼女らなりの優しさでもあった。
「うわぁ……ホントに人がいっぱい!!」
「なんたって堺だよ!清洲や井之口とはワケが違うよ……」
「ですね……。人の流れも物の流れも銭の流れも。全てが想像していた以上です」
「ねぇねぇ!あっち、面白そうな物売ってるよ!」
そう一つの店を指差して駆け出すひよ子。
「あ、こら、ひよ!」
「ああ……待って下さい」
慌てて追いかけていく転子と、さらにそれを追いかける詩乃。二人が店に入るとほぼ同時に。
「まいどっ!」
「えぇっ!?ひよ、もう何か買っちゃったの!?」
「だってこれ、すごいんだよころちゃん!」
「何がすごいの」
「ほら、これ!」
「笛、ですか?」
そう言って自慢げにひよ子が取り出したのは、先端に何かの部品の付いた笛に似たものだった。
「そうだよ。これを吹くとね……」
ピィ、という甲高い音と共に先端に付いていた丸まった物が勢いよく伸び、息を吹き込むのをやめると、しゅるしゅると元のように丸まっていく。
「わっ!?えっ、ちょっと、何今の!?」
「南蛮渡来のからくり笛なんだって!」
「……」
驚く転子と何かに気付いたような素振りを見せる詩乃。
「隣になんだかすごく高くてきれいな笛もあったんだけど、こっちはちょっと安かったから……」
「ひよ、それは……ぼった」
「すごい……!ひよ、やらせて!」
詩乃の言葉をさえぎる様に転子がその笛に食いつく。
「いいよ!」
「……」
「おおおおお……なんだかよく分かんないけどすごい!すごく堺って感じがする!」
「でしょー!詩乃ちゃんもやる?」
「……いえ。さすがにそれはちょっと」
苦笑いの詩乃。
「よし、ひよ。次行ってみよう!次!」
「うん!詩乃ちゃんも!」
「ええ……はい、分かりました」
「な、南蛮のものって、良い値段するんだねぇ……」
一つの店を出てひよ子が軽く冷や汗を流しながら呟く。
「だねぇ。机と腰掛けだけであんな値段するなんて……」
「だから、私の趣味ではない、と言ったのですよ。こんなお金があったら、兵法書の一つでも揃えます」
詩乃が二人に言う。
「私だって、蘭丸隊の糧食や装備を調えたほうが……」
「……何で二人とも、お仕事の話になってるの」
詩乃の言葉に返す転子に苦笑いのひよ子が言う。
「まぁ、それは……」
「蘭丸さんに今日はゆっくり遊んできなさいって言われたんだから、今日はお役目の話はナシにして、ゆっくり遊ぼうよ!」
「そうだね。そうしよう!」
「……善処します」
「この辺りは武器が売ってるんだね」
「通りごとに特色がある、というのもいいものですね」
「脇差も良さそうなのが揃ってるなぁ……。備前に粟田口かぁ」
「確かにその辺りは尾張ではあまり見ませんね」
「いいなぁ。ほしいけど……」
「高いね……」
「うん……いいお値段するね……」
先程の南蛮の椅子ほどではないにせよ、どこから流れてきたとも知れぬ一振りでさえ、彼女たちがポンと出せる額ではない。
「でも、西の品もたくさん運ばれてくるんだね」
「清洲や美濃で見るのは、ほとんど美濃の品だしね」
「うわぁ!これ凄い!」
そんな中でひよが目を止めたのは、ひときわ見事な太刀だった。どこかから流れてきた物のようだが、やはり桁外れの値段が付いている。
「粟田口吉光ですか?……太刀も作っていたとは知りませんでした」
「太刀じゃ私たちには大きいから、磨いてもらわないとね」
「蘭丸さまは太刀の大きさでも使いこなされていますけれど。……やはり凄いお方ですね」
「いいなぁ。数打物じゃなくってこんなのを差したら、きっと強くなれるんだろうなぁ……」
「その前に、ひよはしっかり武術の鍛錬も積まないとね」
「そうですね。いかな名刀を持ったとしても、それに伴う腕がなければ無用の長物」
「うぅぅ……分かってるよぉ。二人とも意地悪ー!」
「でもいつかは大きな手柄を立てて、こういう立派な刀が持ちたいね……」
「だよねぇ……」
「……って、ころもひよも結局お仕事の話になっているではありませんか。今日は遊びに来たのでしょう?」
「あはは、結局みんな仕事のこと考えちゃうってことか……」
「……あ、そうだ!」
そこまで話したところで思い出したようにひよ子が声を上げる。
「どうしたの?」
「もうちょっと見ていっていい?」
「え、もしかして……さっきの太刀、買うの?」
「そんなお金ないよ……。そうじゃなくって」
ひよ子がそういい残して店の奥に姿を消して、少しの時間が過ぎた。
「ひよ、何を買いにいったんでしょう?」
「さあ?今更、武具を変えるとも思えないけど……」
「……ただいまー」
少し落ち込んだ様子でひよ子が店から出てくる。
「お帰りなさい。元気がないけど」
「うん。闘具を探しに行ったんだけど……」
「闘具?拳で戦うときのあれですか?」
「ひよ。いくら刀に自信がないからって……もっと上級者向けの武器なんか使ってどうするの?」
銃、弓、槍、刀。一般的に武器は相手との間合いが長く取れるほど有利といわれている。弓や槍は間合いの内側に入られると弱いという説もあるが、そもそもあいての間合いに飛び込んで戦うという選択肢自体、並の兵士には縁遠い物だ。
「それとも……首を取るのは怖いものの、殴るのは意外と平気とか……?」
「ち、違うよ!私じゃなくって、お土産にするの!」
恐る恐る確認する詩乃に慌ててひよ子が答える。
「なんだ、びっくりした」
「お土産というと……小谷のお市さまですか?」
「うん。京製のいいのがないかなって思ったんだけど……最近は京からの入荷が少なくなってるんだって」
「なら、京に行ったときにも探してみましょう」
「そうだね。そっちのほうが見つかりやすいかも」
「うん、そうしてみるよ。ありがとね、二人とも!」
人ごみによったのか、はたまた歩き回って疲れたのか、その両方か。詩乃の顔色が少し悪くなり始めているのに気付いたひよ子と転子は休憩として南蛮茶屋へと足を運ぶ。
「ごめんくだ……」
そこまで言ったひよ子がそのまま固まる。
「どうしたの、ひよ……」
そう言いかけたころも、半歩踏み込んだところで足を止めた。
「これは……」
詩乃たちの前に並ぶのは、椅子やテーブルなどの南蛮家具の数々だ。その椅子ひとつ、テーブル一つが幾らするのかは……先程三人ともしっかりと頭に叩き込まされたところだった。
「いらっしゃい。好きなところに座って頂戴」
三人を見た店員が愛想よくそう声を掛ける。
「す、好きなところって……え!?」
「ちょっところちゃん。これさっきものすごい値段が書いてあった……」
「座るだけでお金取られたりしませんか……?」
「……別に取りゃしないよ。ここを何の店だと思ってるんだい、あんた達」
呆れたように返す店員。
「だ、だって、あの机の上に置いてある布、なんかきらきらしてるよ!あれだけでも絶対ものすごいお値段するって!」
「ねえ、ここってもしお茶をこぼしたりしたら……」
「言わないで!そんなの想像したくない!」
「あの辺りでお茶を楽しんでいるのは、いわゆる豪商というかたがたでは……」
「お、お菓子の値段は……」
幸いとでも言うべきか。壁に並ぶ札に記された、南蛮菓子そのものの金額は……。
「良かった……。お菓子だけなら、そんなに高くない。……安くもないけど」
「南蛮菓子ですから、普通の茶屋より高いのは仕方ないかと」
「それはそうだけど……でも、ここで食べるのはいくらなんでも……」
「ごめん、詩乃ちゃん。ここはちょっと……落ち着かない」
「いえ……。私もこんな場所だと、余計気分が滅入りそうです」
「ん?アンタたち入らないの?それとも外で食べるの?」
「ふああ……。落ち着く……」
「落ち着くね。やっぱりこれだよね……」
「やっと座れました……」
運ばれてきた菓子と茶に手を伸ばしながら三人は呟く。
「南蛮のお茶なんですかね?これ」
「わかんない。でも美味しい……んだと思う」
「たぶん、明のお茶かと」
「へぇ……それより、このお菓子おいしいー!」
「確か……かすていら、だっけ?」
「うん。甘くて美味しい!久遠さまの金平糖も美味しかったけど、南蛮ってこんな美味しいものばっかりなのかな?」
「こんなお菓子を食べてるから、エーリカさんの髪ってあんなきれいな色になったのかな」
「私たちはご飯を食べても、年を取るまで白い髪にはなりませんよ」
そんな他愛もない話をしながら盛り上がる三人。
「ホントは、蘭丸さんと一緒に来たかったねー」
「しょうがないよ。蘭丸さんはお役目があるんだから」
「そうですよ。それに、久遠さまは正室殿……になられるんですから」
「じゃ、詩乃ちゃんはうらやましくないの?」
「それは……羨ましいですが、叶わぬ夢ですし」
「だよねぇ……。あーあ。蘭丸さんと一緒だったら、もっと楽しいんだろうなぁ」
「二人とも、蘭丸さまのことが好きなのですね」
「……うん」
「好きだよ。詩乃ちゃんは違う?」
「……想ってはいるのですがね。ですが、あのお方の目には久遠さましか映っておりませんから」
少し落ち込み気味に話し出す三人。
「でも正直、もうちょっと私たちを鎌ってほしいって思っちゃうよね」
「だよねぇ……。あ、でもころちゃんは二人で色んなところ行ってたじゃん!ずるい!」
「ちょ、今それ持ち出してくる!?で、でも、最近は忙しくてあまり一緒に遊んだりも出来ないよね」
「遊ぶ……」
「詩乃ちゃんは違うの?」
「私は……夜のお伴をさせていただきたいなと……」
「「……っ!?」」
「で、でも、奥様は久遠さまがいるし……」
「側室には、結菜さまもいるでしょ?いつも三人で寝てるみたいだし。……あ、それは前からって言ってたっけ」
「さすがに側室になりたい、などと贅沢は言いませんが、叶うならば愛妾くらいにはなれればなと……」
「お妾さん……!」
「そうか、その手があったんだ……」
そんな話をしていた三人であったが、おかわりなどもして勘定をすることにした。
「では、お勘定ですね。……おや」
「どうしたの、詩乃ちゃん?」
「すみません。お財布を、宿に忘れてきたようです」
「あらら」
「しょうがないなぁ。立て替えといてあげるから、後で返してよ?」
「助かります」
悪びれた様子もない詩乃に苦笑しながら、転子は懐に手を伸ばし……。
「……しまった」
「どうしたの、ころちゃん?」
「ゴメン。お金があったら絶対に使っちゃうと思って、今日は財布を持ってきてなかった」
「ったくもう……。しっかりしてよ、ころちゃん」
「ひよ、ゴメン!」
「仕方ないなぁ。じゃあ、ここは私が立て替えるから」
そういって懐に手を伸ばしたひよ子の手が止まった。
「どうしたのです?ひよ」
「……ない」
「は?だってさっき、あの変な笛買ってたじゃない!」
「それに、闘具も買いに入ったでしょう?」
「うん。そのときはあったはずなの。もしかして……」
「……すられた?」
「……かも」
「ちょっと待って下さい。だとすれば、私たちは……」
「誰もお金を持ってないって……こと?」
そんな瞬間に、お土産を準備した店員が来る。
「お待ちどお。……あれ、お勘定かい?」
「え、えと、その……お、おかわりくださいっ!」
「わ、わたしもっ!」
「……?はいはい。おかわりね。じゃ、お菓子の包みはここに置いとくからね」
「「「……」」」
店員が離れた瞬間、小声で転子がひよ子に声を掛ける。
「な、何でおかわりの注文なんかしちゃうの!ひよ!」
「だ、だってさっきのおじさん、顔怖かったんだもん!堺の人とも違う変なしゃべり方するし!」
「とはいえ、あの方に私たちがお金を持っていないことを知られてたら……」
顔を青くして口を閉ざす三人。
「そういえば風の噂で、南蛮人はこの国の女の子を神隠しに遭わせるとか……。神隠しに遭った女の子は、南蛮に送られて……」
「詩乃ちゃん、その話は今ちょっと……!」
「はーい。おかわりおまちどーう」
「あ、はい。あ、ありがとうございます……」
「「「……」」」
「何なの?アタシの顔に何か付いてる?」
「べべべ、別になんでもないです……」
再び立ち去った店員。既に三人は若干涙目になってたりする。
「うぅ、せめて、その場の勢いだけでも良いから蘭丸さまに操を捧げて死にたかったです……」
「私も、もっと蘭丸さんに甘えとくんだったよ……」
「「「蘭丸さーん(さまー)!」」」
「あら、どうかしました、ひよ、ころ、詩乃?」
「ら、蘭丸さんっ!?」
「ふふ、それでは、ころは財布を持ってきてなくて、詩乃は財布を忘れてて、ひよは財布をすられた、と」
転子から差し出されたカステラを口に運びながら蘭丸が確認する。
「……はい」
「面目次第もございません」
「蘭丸さぁん……」
「ふふふ、そんな目で見なくても大丈夫ですよ」
チラッと三人が食べたものとお土産、店内の札を確認して蘭丸が微笑む。
「このくらいであれば大丈夫ですよ」
「蘭丸さんっ!!」
「よろしければお茶もどうぞ」
詩乃が差し出すお茶を微笑んで飲む蘭丸。
「これは……明のお茶ですかね?」
「よかったら、これもどうぞ!」
「……ひ、ひよ、これは?」
「だってすごいじゃないですか!ピーって吹いたらしゅるるってなるんですよ!」
力説するひよ子に微笑んで。
「ですが蘭丸さまは、どうしてこのような所に?」
「そうですよ。久遠さまたちと南蛮商人に会いに行ったんじゃ?」
「そうなんですが、寸前のところで久遠さまに何か考えがあったらしく、私は少し時間を頂いて散歩していたんですよ」
「はい。お菓子のお代わり、おまち」
お菓子を持ってきた店員を見て蘭丸は三人の様子に少しだけ納得する。
「ありがとうございます。では、それでお勘定にしていただけますか?」
「はいはい。ええっと……これとこれとこれと……あと、席料と……」
「ら、蘭丸さん……!」
「ふふ、それでしたらこれでちょうど、ですね」
「……へい、まいど」
最後に店員の持ってきたお菓子を口に運ぶ。
「それでは、行きましょうか」
「ありがとうございます!」
「助かりました、蘭丸さま」
「一生付いていきます!」
「私も一生お伴します」
「ふふ、大げさですよ、三人とも。……あ、忘れるところでした。ひよ」
蘭丸が懐から小さな巾着袋を取り出す。
「あーっ!それ、私のお財布!」
「どうされたのですか、蘭丸さま」
「先程、スリを一人捕まえて役人に引き渡したときに見覚えのある巾着があったので。中に名前の書いてある紙切れも入っていたのでそれだけ預かってきたんです」
「蘭丸さーん!私も一生付いていきますーっ!」
「うふふ、久々に本気で笑ってしまったかもしれません」
クスクスと笑う蘭丸。一度宿に戻り、そのまま四人で堺を見物することになったのは、また別の話。
……あれ、なんかいつもより長いような。
気のせいですね。