戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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32話 久遠と蘭丸の過去話 壱

「いえ、鬼です」

 

 眞琴の言葉に息を飲む一同。

 

「鬼が……この小谷に、ですか?」

 

 蘭丸が代表して眞琴に尋ねる。

 

「正確には賤ヶ岳付近なんですけど、ここ最近、民に被害が出ていまして。……尾張や美濃には、鬼は現れてないんですか?」

 

 眞琴の問いかけに蘭丸が久遠に視線を向ける。

 

「時折、夜に姿を現すという報告は受けている。その都度壬月や麦穂が出張り、成敗するのだが……どういう訳か、死体が残らんのでな。検分もできんのだ」

 

 久遠の言葉に眞琴は頷く。

 

「なるほど。我らの領内と全く同じですね。夜、農民たちを襲い、人肉を喰らう、そしていずこかへ消えていく。うちでも、赤尾と磯野の二人が領内を警備中に、何匹か成敗したのですが、一向に減る様子がないんです」

「ふむ?尾張では一度成敗した後は、一月ほど出なくなると聞くが」

「そうなんですか?うーん……じゃあ、江北に湧いてる奴らは何なんだろう……?」

 

 久遠と眞琴の会話を聞いて蘭丸が何かを考える。

 

「どうされました、蘭丸さま?」

「詩乃。……鬼がどのように現れてどのように行動するかはまだ分からない。そうですよね?」

「はい。エーリカさんの話でもそのようですね」

「……眞琴さま。鬼がよく出現する場所、などはありますか?」

「場所、ですか。……そうですね、ここ最近は北と南に集中してるかなぁ。北は賤ヶ岳付近、南は佐和山辺りに頻繁に出現しているって報告がありますね。多分、観音寺辺りから流れてきてるんじゃないかなぁ?」

「と、言うことは」

 

 蘭丸が視線を詩乃に向ける。

 

「はい。京方面から流れてきている可能性が高い、というところでしょうか」

「どういうことです?」

 

 詩乃の言葉に眞琴が首を傾げる。

 

「眞琴さま、小谷の近辺に鬼は出ていますか?」

「出現頻度はそれほどでもありませんが、時々、出てきますね。最近は群れとなって出現することも多くて、正直、対処に困ってるんです」

「群れ、ですか」

 

 蘭丸の頭を稲葉山での戦いが過ぎる。

 

「……鬼が知恵を付けてきている……?母さまと姉さまもそういえば……」

 

 蘭丸が一人ブツブツと考え出したその瞬間だった。

 

「お茶持って来たよー!」

「お茶菓子もありますよー!」

「餅菓子、練り菓子なんでもござれ!あ、久遠さまのために金平糖なんかも用意しましたー!」

 

 市とひよ子と転子が元気良く部屋に入ってくる。金平糖と聞いた久遠の目が輝く。

 

「……!!でかした!」

「もう、久遠ったら。喜びすぎじゃない?」

「う、うるさい。好物なのだから仕方ないだろう」

 

 呆れたような結菜の言葉に口を尖らせるように言いながら、久遠は出された金平糖を口に放り込んだ。そして、少し頬を緩ませる。

 

「へへー、たくさん食べてね、お姉ちゃん。それと……異人さんのお口に合うかなー?」

 

 

 茶菓子に舌鼓を打ちつつ暫しの休息をはさんだ後。

 

「そういえば、まこっちゃん。何のお話してたのー?」

「ああ。お姉さまに鬼のことを相談していたんだよ」

「鬼って、今、うちの領内で好き勝手やってる?」

「そう。その鬼だよ。尾張や美濃ではどうなってるのかって気になってね」

「ふーん。……あの鬼、多分、京から来てると思うよ」

 

 市の言葉に一瞬全員が沈黙する。

 

「……ふむ。その根拠はどのような?」

「小谷は南部、佐和山は西部のほうが被害が酷いし、六角の領内でも頻繁に鬼が出てるって、市のお庭番の娘たちが教えてくれたもん」

 

 詩乃の質問にさらっと答える市。

 

「な……なんでそれを僕に言ってくれないのー!」

「えへへ、まだ確証が無かったしぃ~。まこっちゃんにはちゃんと分かってから伝えたかったの」

「そ、それは嬉しいけどぉ。でも、そういうことは今度からちゃんと相談してね?」

「はーい!」

 

 市と眞琴の会話を聞いて蘭丸が久遠に耳打ちする。

 

「久遠さま、眞琴さま方にも事情を説明したほうがよろしいのでは?」

「ふむ?」

「話を聞いていると……どうしても、深く、静かに侵攻されている、そんな気がするのです。私の思い過ごしならいいのですが……」

「……いや、我もお蘭と同じ考えだ」

 

 そう蘭丸に久遠は言うと市と眞琴に向き直る。

 

「眞琴。市。エーリカと、そして公方と話した事どもについて、言っておきたいことがある。……鬼のことだ」

 

 

 エーリカの口から語られた鬼の事柄。実際に蘭丸たちが会った鬼の軍勢の襲撃などについての話。それらの話が終わった後、場を沈黙が包んだ。

 

「この日の本に迫っている危機を、理解してもらえたと思うが……」

「し、しかしお姉さま。エーリカの言を疑う訳ではございませんが、果たして本当のことなのでしょうか?」

「真偽のほどは我にも分からん。だが金柑の言葉、鬼の動きを合わせて見れば、無関係というにはあまりにも出来すぎておるのではないか?」

「それは……うん、そうですね。確かにお姉さまの言うとおりかもしれません」

 

 もろもろの会話が終わり、互いに協力態勢を整えるということで話は纏まり、眞琴は家中の調整に、市は泊まる部屋の準備に向かう。

 

「久遠さま、これで京までの大きな障害といえば……六角氏でしょうか?」

「恐らくはそうなるな」

「後は……美濃の後背である武田、ですか?」

「であるな。……先手を打っておるから大丈夫だとは思うが、な」

 

 久遠の言葉に蘭丸は軽く頷くと隣で少し眠そうにしている詩乃に顔を向ける。

 

「詩乃、大丈夫ですか?」

「は、はい。ただ少し、目を閉じたい気分なだけです」

 

 若干うつらうつらし始めている詩乃に苦笑いを浮かべつつ蘭丸が優しくなにやら話している。

 

「ふふ、久遠。ちょっと羨ましい?」

「……ふん。そんなことは無いわ」

「そう?」

 

 

「あ、あの、久遠さま、結菜さま?ど、どうして……」

「ふふ、小谷式だそうよ?」

「……だ、そうだ。市は言い出したら聞かんからな」

 

 蘭丸、久遠、結菜の三人は市に押し込まれるように風呂へと入れられていた。

 

「照れてる蘭ちゃんもやっぱり可愛いわねぇ」

「結菜さま、お戯れを……」

「ほら、髪洗ってあげるからこっち来なさいな」

 

 手招きする結菜に従い結菜の前にちょこんと座る。

 

「そういえば、蘭ちゃんどうして髪伸ばしてるんだっけ」

「あ、はい。あの……私が久遠さまにお仕えしはじめたときに綺麗な髪だとほめて頂いて……」

「その前からお蘭は髪を伸ばしておったぞ。まぁ恐らくは各務だろう?」

「はい。春香さんも、髪を切るのは勿体無いと言ってくださっていましたので」

「そうなんだ。……はい、終わり」

「ありがとうございます、結菜さま」

 

 そういって微笑む蘭丸を見て何故か頬を染める結菜。

 

「……蘭ちゃんって時々すっごい不意打ちしてくるわよね」

「分かるぞ、結菜」

「えぇ!?」

 

 驚く蘭丸と、笑う久遠と結菜。いつもの光景がここにある。

 

「でも、久遠って今は小姓として傍に置いているのって蘭ちゃんだけよね?」

「うむ。お蘭以外必要はない」

「でも、蘭ちゃんの負担が大きくなるでしょ?」

「結菜さま、お蘭は大丈夫です」

「ふふ、我のお蘭であるからな。……まぁ、お蘭を重用しているのは色々理由はあるが……」

 

 

 それは、まだ蘭丸が久遠に仕えはじめて幾ばくかのときが経ったばかりの頃の話。その頃の久遠の周囲には数人の小姓が控えていた。母から離されてまだそこまでの日が経っていないこともあって、周囲と馴染めていない様子のある蘭丸であったが、久遠にその才覚の片鱗を見せることもあった。

 

 ある日の昼下がり。

 

「ふむ……」

 

 仕事が一段落し、少し余裕が出来たとき傍に控えている小姓たちを見る。小姓たちの視線が集まったとき、久遠は口を開いた。

 

「どうだ、貴様ら。我の刀の鍔の部分に模様がいくつあるか当てられたら、褒美として太刀やろう」

 

 久遠の言葉を聴いて色めき立つ小姓たち。まだ若い者も多く、主君である久遠から立ちを下賜されるなどまだまだ夢のまた夢。名のある武将であってもそう簡単に久遠から直接など大きな手柄を挙げなければ受け取れるものではないからそれも仕方の無いことだろう。小姓たちはそれぞれ思い思いの数を述べていく。その中に正解がないのを少し不満に思いながらも全員の言葉を聴いていく。だが、その中で一人だけ声をあげないものがいた。

 

「……どうしたのだ、お蘭。貴様は言わんのか?褒美は欲しくないのか?」

 

 面白くない、という表情の久遠にまだ少しおどおどした様子の残る蘭丸が口を開く。

 

「……そ、そういうわけではありません!ですが、あの……」

 

 周囲のほかの小姓たちを見て口を噤む。

 

「よい。言って見よ」

「は、はいっ!く、久遠さまに御付しているときに用を足されると離れるときにお渡し頂いた際に数えたことがありまして、私は答えを知っています。あの、ですから……」

「……ほぅ。答えを言うてみよ」

 

 蘭丸の口から出たのは正解であり、満足そうに頷く。

 

「ふふ、正解だ。……しかしお蘭よ、どうして知っておることを我に話した?言わねば太刀をそのまま下賜してやったものを」

「久遠さまや皆様を騙すようなことは出来ません。……あ、あの……く、久遠さま?」

 

 下を向き肩を震わせる久遠に蘭丸や小姓たちが恐る恐る様子を伺う。

 

「くくくっ……はっはっはっ!!」

 

 突然大笑いを始めた久遠に全員が驚く。

 

「いやいや、お蘭。貴様は変わった奴だな。……お蘭!」

「は、はいっ!」

「この太刀を与える」

 

 久遠が佩いていた太刀をそのまま差し出す。

 

「く、久遠さまっ!?」

「よい!我の決定だ。誰にも有無を言わせん」

 

 おずおずと太刀を受け取る蘭丸。

 

「壬月と麦穂を呼べ!!」

 

 

「何用でしょうか、殿」

 

 突然の呼び出しに応じ二人が来る。

 

「うむ。貴様らにも伝えておかねばと思ってな。お蘭!」

「は、はいっ!!」

「あら、確か……桐琴どののところの?」

「あぁ。お蘭……森成利という。これからこ奴を我の筆頭小姓として育成することに決めた」

「……相変わらず突然ですな。で、今いる小姓たちの中では最も若く小姓として仕え始めたばかりでしょう。他の小姓たちを納得させられるのですか?」

「ふん、好きに言わせておけ。すぐにでも我の判断が正しかったと分かる」

「ですが、殿。それでは彼女が……」

「お蘭」

「は、はい!」

 

 久遠の傍で小さくなっていた蘭丸が久遠の声に反応し慌てて顔を上げる。

 

「よいか、今日から我の小姓として本格的な勉強を二人から学べ。行く行くは我の右腕として活躍してもらう。しかと励めよ」

「はい!」

 

 蘭丸の返事に満足して頷く久遠。

 

「よい返事だ。任せるぞ、壬月、麦穂」

「「はっ」」

 

 久遠が部屋から退室した後に残された三人。

 

「あー、成利、だったか」

「はいっ!えっと、通称は蘭丸と申します」

「そうか。私は……」

「存じ上げております。柴田勝家さま、丹羽長秀さまですよね?」

「うむ。通称は壬月と言う。好きに呼べ」

「私は麦穂と申します。……ふふ、蘭丸ちゃん?」

「は、はい。壬月さま、麦穂さま、ですね」

「しかし、殿があのようなことを仰るとはなぁ」

「そうですね。でも、これはいい機会かもしれません」

 

 二人が蘭丸を見る。

 

「……殿の直感を信じてみるとするか」

 

 ため息混じりに呟く壬月。その判断が正解だったことを知るのは遠い未来の話ではなかった。

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