久遠の屋敷で一晩を過ごした蘭丸は、城へと上がり剣丞を迎えに来ていた。
「剣丞さま、失礼します」
剣丞が泊まっている部屋へと声をかけて入る蘭丸。その目の前にはぐーすかと眠りこける剣丞がいた。
「……はぁ。剣丞さま、剣丞さま?」
軽く身体を揺すって声をかける蘭丸。うーなどと声を上げながらも剣丞が起きる気配はない。
「困りましたね。……うわっ!?」
ぐいっと腕を引かれ、布団の上にぽすんと倒れこむ蘭丸。
「ちょ、ちょっと剣丞さま!?」
「ぐー……」
「ね、寝てる……。起きてください、剣丞さま!このような場所、他の方に見られたら……って、力意外と強いっ!」
「蘭ちゃん、剣丞は起きたのかしら……!?」
「ゆ、結菜さま」
部屋を覗き込んだ結菜が固まる。それはそうだろう、目の前に広がる光景。剣丞に腕をつかまれ、布団に引き込まれるようになっている蘭丸。少し暴れたからだろうか、服にも若干の乱れがある。指をさした状態でわなわなと震える結菜。
「結菜さま、これは……」
「ん……?あれ、蘭ちゃん?って、うわっ!?ご、ごめ……」
「何やってるのよ、アンター!!!!」
結菜の怒号が城に響き渡った。
「ご、ごめん、蘭ちゃん!」
「いえ、私も不用意に近づいてしまいました」
「ホントにもう!蘭ちゃん、気をつけないと駄目よ?男は野獣なんだから!」
「あはは……ごめんなさい」
平身低頭といった様子の剣丞を見て蘭丸がくすりと笑う。
「気をつけてくださいね?部隊は女の子ばかりなんですから」
「はい、気をつけます」
「あ、蘭ちゃん。私は先に帰るわね?」
「はい、結菜さまありがとうございました!」
「剣丞さま、これより織田家家臣団の面々とお会いすることになります。皆様とてもお優しい方々ですが、剣丞さまをはじめから認めるといったことにはならないと思われます」
「そうだよねぇ。俺も逆の立場なら怪しむからなぁ」
頭を掻きながらいう剣丞に蘭丸が微笑みかける。
「ですが、先ほどもいいましたが皆様とてもお優しい方々ですのでしっかりと『力を示すことが出来れば』認めてくださいますよ」
「……へ?」
蘭丸の手によって開かれた評定の間。そこには剣丞が見知った顔も、知らない顔も合わせているが、そのほとんどはあまり好意的ではない視線であった。
「……頑張ってくださいね」
剣丞にだけ聞こえる小さな声で蘭丸は言うと、久遠の後ろのほうで静かに座る。
「どうした剣丞。そんなところに突っ立っておらず、こちらに来い」
久遠が剣丞を自分の隣辺りをぽんぽんと叩きながら呼ぶ。
「失礼します」
剣丞は少し困ったような反応だったが、無視するわけにもいかず久遠に言われるがままにその場所に座る。
「皆の者。こやつが先ほど話したお蘭……蘭丸の部隊の副隊長をやってもらう予定の新田剣丞だ。存分に引き回してやってくれ」
久遠の紹介に不満そうな雰囲気が場を包む。
「ほれ、貴様も何か言わんか」
「あ、えー……新田剣丞です。天から落ちてきて久遠に保護されました。何の因果か蘭ちゃ……蘭丸さんの部隊で副隊長をすることが決まりましたので、今後ともよろ……」
剣丞がそこまで言ったところで、ダン!と大きな音を立て一人の少女が立ち上がる。
「ふざけるなぁーっ!!」
赤い髪の少女は不満を隠すことなく剣丞を睨みつける。
「殿が認めてもボクは認めないぞ!!」
「控えよ、和奏。御前であるぞ」
壬月が静かに和奏と呼ばれた少女を諌める。
「でも壬月さま!いきなり出てきたこんな奴が、なんで蘭丸の部隊に!」
「……その件については後にしろ」
「まぁ、確かに佐々殿の意見も分かりますよー。雛も同じ意見ですしー」
和奏の言葉に同意するように雛と名乗る少女も立ち上がる。
「佐々殿、滝川殿の意見に犬子……こほん、前田又左衛門も同意見だよ!」
続けてもう一人の少女、犬子も立ち上がった。
「犬子ちゃん、無理して言葉遣いを直さなくていいですからね?」
やさしく麦穂が犬子に言う。えへへーと笑う犬子に場が一瞬和む。
「というわけで、我ら三若は反対の立場ってことでー」
「さっすが、二人は分かってるな!で、蘭丸はどうなんだよ!」
「……私、ですか?」
場の全ての視線が次は蘭丸に向けられる。
「……この場では私に発言権はありませんので」
「我が許す。お蘭」
久遠の言葉に一度頭を下げると蘭丸は口を開く。
「僭越ながら、私は久遠さまに仕える小姓として。そして側近として剣丞さまをお傍に置くことは反対致しました。ですが、それが私の部隊であれば私自身が直接見定めることも出来る。また、剣丞さまからは悪意を感じませんので他家へと渡るくらいであれば、自分の傍に置いておくほうが久遠さまのためになると判断致しました」
蘭丸の言葉にほう、と間に納得のため息のようなものが連鎖する。
「で、でも!それじゃ蘭丸が危ないじゃんか!」
「そうだそうだー。雛たちと遊べなくなるしー」
「うー!犬子も嫌ですー!」
「……というのが家中の意見ですが」
最後に三若が反対したのを聞いて壬月が久遠に言う。
「ふむ、まぁそうなるだろうとは思っていたが。……おい、和奏。どうすればこやつを認める?」
「ボクより強ければ認めてやります!」
「え、結局それなの、和奏ぁ~?」
「まぁ、和奏だし」
いつもそうなのだろうか、和奏の言葉に犬子と雛が苦笑いを浮かべる。
「強ければ、か。ならば簡単だな。剣丞、和奏と立ち合え」
……結果として、織田家の主戦力にあたる五人と戦った剣丞。麦穂との戦いは勝ちといっていいのかどうかはわからないが、それでも圧倒的に不利な状況下で剣丞はやれるだけのことをやった……と、蘭丸は評価している。壬月の一撃によって瞬殺されてしまったが、あの一撃で致命傷を避けるように動けたのは素晴らしい。
「新田剣丞。田楽狭間に降り立った天人……か。私が思っているよりも立派な方、なのかな?」
「あ、あのぉ……」
部屋の襖の向こう側からこちらを伺うように声が聞こえてくる。
「?どうしました。入っていいですよ」
「し、失礼します!」
そういって入ってきたのは橙色の髪をした元気そうな少女。
「あの私!木下藤吉郎ひよ子秀吉と言います!お殿様より成利さまと剣丞さまのお世話を命じられました!今後ともよろしくお願いします!」
元気に挨拶をするひよ子に笑顔を返す。
「はい、こちらこそ。私のことはご存知のようですが、改めて。森成利。通称は蘭丸です。お蘭や蘭と呼ばれることが多いです。えっと、ひよ子……」
「いえいえ!成利さまは私の主になるので、ひよと呼び捨てになさってください!」
「なら、ひよ。私のことも通称で呼んでもらえませんか?」
「えぇ!?お、恐れ多いですよぉ!」
両手を前に出してぶんぶんと振る。その仕草が可愛らしく、蘭丸はくすくすと笑う。
「私が言っているんですからいいんです」
「え、えっと……ら、蘭丸……さん?」
「ふふ、それでお願いします。実はここだけの話」
蘭丸がちょっと真剣な表情でひよに向き合う。
「ここだけの話……?」
ゴクリと唾を飲み込むひよ子。
「私、成利って呼ばれなれてなくて、たまに呼ばれても気付かないときがあるんです」
まじめな顔でそんなことを言う蘭丸に一瞬驚き、数度目を瞬かせたひよ子は我慢できずに噴出してしまう。
「そ、そんなことありませんよ~!」
「うん、ひよはその笑顔のほうがいいですよ」
「あ、あの、タイミングが悪いみたいだけど、おはよう……で、いいのかな?」
剣丞が気まずそうに起き上がりながら二人に声をかける。そこから再度、互いの自己紹介を行う。
「さて、ほかにも紹介しなくてはいけない人がいますが、また後で合流する予定ですのでそのときでいいでしょう。ひよには剣丞さまのお世話もお願いすることになると思いますが、大丈夫ですか?」
「はいっ!剣丞さまの力に慣れるよう全力を尽くします!」
拳を握り締めながら言うひよ子に蘭丸は頷く。
「明日、再び登城して部隊としてのこれからの行動についてのお下知をいただきます。その前に剣丞さまやひよ、他の二人と私は時々になると思いますが……私たちの隊の長屋に向かいましょう」
「えっ!?もう長屋とかあるんですか!?」
ひよ子が本気で驚いて蘭丸にたずねる。
「えぇ。久遠さまが私の部隊を作るとお決めになった際に壬月さまや麦穂さまが協力して作っていただいたとお聞きしてます」
「長屋……って、もう家建てたってこと!?」
剣丞も驚いているようだが、蘭丸は特に驚いた様子もない。
「そうですね。場所も私の屋敷から近いですし……あら、どうしました?」
「ら、蘭丸さんって凄いんですね……お屋敷って御自身のなんですよね?」
「はい。まぁ、あまり使ってないんですけどね」
基本的には城に詰めているか、森の屋敷に帰っているか、最近では久遠の屋敷も多いこともあり、あまり自分の屋敷を使うことはない。久遠の命で近くを警邏や屋敷の維持をするために住み込みの女中などはいるのだが。
三人が歩いて少し経った頃、ばたばたと旗がはためく音が聞こえてくる。見えてきた旗には森の鶴丸……森家の旗印だ。
「あ!蘭丸さまだ!おい、新介!蘭丸さまが来たぞ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい小平太!!ら、蘭丸さまっ!!」
三人の姿を見て駆け寄ってくる二人の少女。元は久遠の馬廻り……親衛隊のような立場だったのだが、先日の今川義元を討ち果たした功を称え与えられた褒賞として蘭丸の隊に加わった服部小平太と毛利新介だ。
「小平太に新介。長屋の掃除などまかせっきりですみません」
「いえっ!蘭丸さまの為とあらばこの毛利新介、どれほどでも!」
目をきらきらと輝かせながら言う新介にやさしく微笑み、後ろで唖然としている剣丞とひよ子に視線を向ける。
「中に入りましょう。剣丞さまとひよにも二人を紹介します」
自己紹介を再び終えて後。
「でも……本当に綺麗にしてくれてありがとう。大変だったでしょう?」
「先ほども言いましたが、蘭丸さまのためならっ!」
「新介、私のことは別に様付けしなくても……」
「はは、蘭ちゃんに心酔してるみたいだね」
剣丞が苦笑いで言うと小平太が耳元で。
「そうなんだよ、ボクたちが今川殿を討った後で助けてもらって以来ずっとあんな感じで」
「森の戦姫、ね。言い得て妙といった感じかな?」
剣丞が蘭丸の戦いを見たことはない。だが、多くの『姉』たちと同じような雰囲気を持つ蘭丸は、きっと同じように強いのだろうとそう考えていた。
「剣丞さまはこの部隊にとって、いつかは肝となる存在だと私は思っています。私が久遠さまのお傍に仕えることが多い以上、部隊運営は剣丞さまを中心に行っていただくことになります」
「が、頑張るよ」
「それを三人で支えてください。勿論、私も出来る限りの協力はしますが限界はありますから」
「「「はいっ!!」」」
三人の声に蘭丸は頷く。
「私たちの部隊は森の鶴丸紋を掲げます。それに加え、剣丞さま……新田の家紋である大中黒紋を持つことになります。いずれはこの家紋が日の本に大きな意味を持つものと知らしめることこそが、私たちの使命……ひよ、新介、小平太。そして剣丞さま。私に力を貸してください」
三つ指をついて、丁寧に頭を下げる蘭丸。
「勿論、俺たちに出来ることは全力でやらせてもらうよ!……でも、そんな頭の下げ方だと、まるで嫁に行くみたいだ」
冗談めかして剣丞が笑いながら言う。
「ちょ、剣丞さま!?な、なんてこと言うんですか!!」
新介が怒ったように言うが、蘭丸は不思議そうに剣丞を見ている。
「え、何か俺、間違ったこと言った?」
「……私は、お嫁には行きませんよ?」
「あはは、もののたとえだって。まだ結婚する年齢じゃ……」
「いえ、そういうことではなく……」
次の言葉に場にいた全員が固まる。
「だって、私、男ですから」
三つ指をつく、には複数個の意味があったりします。
武士の礼にもいつでも刀を抜ける状態での三つ指があったり(小指、薬指、親指)。
嫁入り前の娘がやるイメージの奴があったり(親指、人差し指、中指)。
実は軽い礼の意味合いのものがあったり(人差し指、中指、薬指)。
同じ礼でも色々な種類があるのは面白いですよね!