戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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35話 忍び寄る魔

 鬼を殲滅した後、エーリカが鬼を調べているところへ蘭丸が歩み寄る。

 

「何か分かりましたか?」

「……そうですね。この鬼はやはり朝倉家の足軽のようです。……見てください」

 

 エーリカが鬼の死骸を指差すうちに、その死骸は鬼から人の姿へと戻っていった。

 

「殺された後に鬼にされてしまったのか。それとも何らかの呪術により鬼にされてしまったか……」

 

 目を見開き、苦悶に満ちた表情で死んでいる足軽の姿を見た蘭丸は静かに傍にしゃがむとその目をそっと閉じる。それとほぼ同時に黒い靄のようになって、鬼となった足軽の姿は消え去る。

 

「……」

 

 静かに黙祷する蘭丸に久遠が近付く。

 

「鬼は死ねば消え失せる、か。一体、何を暗示しているというのだろうな」

「久遠さま、まだ危険です。お下がりください」

「良い。お蘭が守ってくれるのだろう?」

「勿論です!……ですが」

「それならば安心だ。……皆、大儀であった」

 

 

 それから、越前の抑えと情報収集を眞琴を中心に行うことになり、ひよ子、転子、エーリカの三人は観音寺城の情報収集後に家中の調整のために動くことになった。

 

 

「詩乃、今後の私たちの動きをどうすべきと考えますか?」

「そうですね……基本方針は久遠さまの御意志に沿った上で動くことになるでしょう。ひよところとエーリカ殿が観音寺の情報収集に向かってますが……剣丞さまにも指示を出されているのですよね?」

「えぇ。ですから、情報の精度を上げる意味合いであるとひよたちには伝えています」

 

 蘭丸の言葉に頷く詩乃。

 

「でしたら大丈夫ですね。……蘭丸さま、部隊についてですがどのような方向性で作り上げていく予定なのかなどは久遠さまにお伺いしてますか?」

「そうですね。……これはまだ私と久遠さまの間だけですので内緒にしておいて貰いたいのですが……何れは部隊を剣丞さまに完全にお任せする形になると思います」

「それは……私たちも、ということですか?」

「まだ話し合いの最中ですが……詩乃には私についていて貰う予定ですが、嫌ですか?」

 

 くすりと笑いながら蘭丸が悪戯っぽく尋ねる。

 

「……ずるいです、蘭丸さま」

「ふふ」

 

 そんな会話をしながら城の周囲を調べて回っている蘭丸と詩乃であったが、蘭丸が異様な気配に気付くことで流れが変わる。

 

「詩乃、私から離れないように」

「は、はい」

 

 目の前の空間が歪むようにして現れた靄の中から鬼が現れる。それは昨晩戦った鬼よりもさらに一回りは大きいものだった。

 

「あ、あの大きさは……」

「私も初めて見ます。母さまや姉さまからも聞いてないのでもしかすると」

「新種……!!」

 

 詩乃を背中に庇いながら鬼との距離を測る。鬼はまるで蘭丸たちを観察するように無言で立ち尽くしている。

 

「……攻撃してこない?」

「そ、そうですね」

 

 動いてこない鬼に対して蘭丸がじりじりと距離をつめていく。それでも鬼は観察するような素振りを止めはしない。

 

「分かりませんが……一気に仕留めます」

 

 ぐんと加速し蘭丸が鬼に肉薄する。そのまま上段から袈裟斬りを放つ。

 

「な……っ!?」

 

 鬼はその一撃を腕で受け止める。驚く蘭丸をその腕でそのまま吹き飛ばす。

 

「蘭丸さま!」

「大丈夫です!……ですが、この鬼……まるで鉄のような固さですね」

「~♪」

 

 鬼が何かを口ずさむ。それが何といっているのかは聞こえないが歌声にも聞こえる。

 

「……倭……歌?」

「やはり……鬼が知識を持ちつつあるというのは間違いなさそうですね」

 

 蘭丸が再度刀を構える。

 

「詩乃、殺気にあてられないように気をつけてください。これを逃がすと厄介なことになりそうです」

「はいっ!」

 

 ふぅっと息を吐くと目を閉じる。深く息を吐き終わると同時に目を開く。その目は市との模擬戦中に見せた森家の目。闘争本能を滾らせた、鬼のようなその目に鬼が一瞬唸り声を上げる。

 

「久遠さまの日の本を乱す獣よ。あなたたちの居場所はこの世界にはありません。消えなさい」

 

 鉄のような身体を持つのならば鉄を斬ればいい。

 

「参ります」

 

 鬼へと歩み寄っていく蘭丸。先ほどと同じように刀を上段から振り下ろす。鬼も同じように腕で受けるが。

 

「グアアア!?」

 

 まるで豆腐を切ったかのようにすっと斬れる。その蘭丸の一撃には力が大きく乗っているようには見えなかった。

 

「終わりです」

 

 鬼を切り上げ胴を真っ二つにする。ずんと振動を響かせながら崩れ落ちる鬼。鬼の死骸はそのまま黒い靄になって消えていく。

 

「……人に戻らなかった、ということは」

「純正の鬼、といったところでしょうか。……大丈夫ですか、蘭丸さま」

 

 そう言って懐から手ぬぐいを取り出すと蘭丸の顔を優しく拭く。

 

「詩乃、ありがとうございます」

「いえ……私に出来ることはこれくらいですので……」

 

 そこまで言ったところで蘭丸と詩乃の周囲を闇が包み込む。

 

「これは……!?」

「わ、分かりません!ですが、これは……」

 

 無意識にだろうか、蘭丸の袖を掴んだ詩乃の身体が震えている。それに気付いた蘭丸はそっと詩乃の手をとる。

 

「大丈夫です。私が貴女を守りますから」

「蘭丸さま……」

『よい主従愛であるな。朕も感動したぞ、森成利、竹中重治』

 

 姿かたちは見えない。だが何処からともなく声が聞こえてくる。

 

「この声は……!?」

『貴様らのその力、朕の為に揮っては見ぬか?』

「貴方が何者なのか分からない状況でそのようなことを決められるとお思いですか?それに私の命も忠誠も久遠さまのものです」

 

 声に対して蘭丸がはっきりと言い切る。

 

『ほぅ、それは残念であるな。竹中重治、貴様はどうだ』

「……私の命も才も、全て蘭丸さまに捧げました。他の何者にもそれを捧げるつもりはありません」

『本当に良い主従だ。……しかし、朕に逆らうというのはお勧めしない。この闇の中で朽ち果てていきたいのであれば話は別だが』

 

 その声に眉をひそめる蘭丸。周囲をそれとなく確認する。

 

『無駄だぞ。朕の創ったこの場所に抜け道など存在しない』

 

 そんな声を忌々しく思いながらも再度周囲を見る。

 

『どうだ、今ならばまだ朕に従う許可を出してやっても良いぞ』

「遠慮します。鬼と同じく訳分からずな存在に従う気などありません」

『鬼が訳分からずと。……人と言うのも同じであろう?貴様らが勝手に自らを上位者と勘違いしているだけの話だ』

「そうかもしれませんね。……だからといって、従う理由にはなりません。そして」

 

 刀を抜き何もない虚空に向かい構える。

 

「私が求めるのは久遠さまの天下。訳分からずの貴方に用はありません」

『そうか、大事な者一つか二つ程度ならば新たな世界に残してやろうと思ったのだがな』

「無用です。……私は欲張りなんです。大事なものが一つや二つではすみませんから」

『ならば、絶望の中で』

 

 ずず……と、闇が蠢く。……が、何かが現れそうな気配が止まる。

 

『……ちっ、忌々しい。これ以上の介入が出来ぬか。……また尋ねに来るとしよう、森成利、竹中重治』

 

 周囲の闇が蒸発するように掻き消える。二人は元いた場所に立っていた。

 

「今のは……夢、というわけはないですよね」

「……恐らくは。私と蘭丸さまが同時に同じ夢を見たとは考えにくいと思います」

「では……先ほどの声は……」

「鬼の首魁、もしくはそれに類する何か……いえ、可能性の話ですが」

「そうですね。……詩乃」

「分かっております。これは私たちの胸の中で、ということですね」

「えぇ。久遠さまへお伝えするのも時期を見て私が行います。……少し、嫌な予感がするので」

 

 

 場所は変わって京。一葉の元に一人の女性が訪れていた。

 

「おぉ、一葉。久しいな」

「お元気そうでなによりだが……余にそのような口を利くのはそなたくらいだぞ?」

「はっはっはっ!何故私が弟子に畏まらなければならんのだ。私よりも強くなったら敬語を使ってやろう」

 

 互いに言葉は厳しいが表情には笑顔が浮かんでいる。

 

「あー、ですが、出来れば一葉さまと対等の態度をされるのは直していただきたいのですが……」

「幽はそのようなことを言うのか。私は堅苦しいのは好まんのだ」

「それは同意するしかないな」

「一葉さままで……やれやれ、どうして剣の道に生きる方はこのようになるのでしょう」

 

 ため息をつく幽を気にした風もなく、女性は出された茶を飲む。

 

「む、このようないい茶を私に出す必要はないといったと思うが」

「そう言うわけにはいきませぬよ。腐っても公方さまの師のお一人なのですから」

「相変わらず辛辣な言葉だな。……で、どうだ一葉。久々に遊んでやろうか」

「……ふふ、久々に本気でやれそうだ」

 

 

「あら、幽?あれは……」

「えぇ、あの方が山から降りてこられたようで」

「後で私もご挨拶していいかしら」

「勿論でございますよ。……ですが、この場にいるのは危険かもしれませぬな」

「まさかお姉さま……」

「えぇ。本気を出されるか、と」

 

 二人を見た後、双葉は部屋へと帰っておくとその場を離れる。

 

「さて……私はまだ死にたくないのですがなぁ」

 

 

「来ぬのか、一葉よ」

「……知れたことを」

 

 構えた一葉が嫌そうな表情で女性を見る。隙が一切ないのだ。呼吸をする際に生じる動きも、瞬きの最中すらも打ち込めば返される未来しか見えない。互いに一歩も動かずに、だが確実に駆け引きは繰り広げられていた。一瞬が数刻にも感じられてしまうような濃密な殺気が互いを包む。一葉の額には汗が浮かぶがそれを拭うこともせずに目の前の女性を睨む。

 

「……ふむ、成長はしているようだな。だが打ち込まぬのなら」

 

 消えた。剣豪将軍と謳われる一葉の動体視力を持ってしても間違いなく姿が掻き消えたように感じる。咄嗟に一葉は本能に任せて刀を振るう。

 

「正解だ。野生の嗅覚も落ちてはいないな」

「そなたも……なっ!」

 

 一葉の刀を軽く受け止めていた女性を押し返すように突き放す。大きく後方へと飛んだ女性へと追撃するように一葉も動く。急所を的確に狙った一葉の刀を全て軽く受ける女性は納得したように頷く。

 

「しっかりと鍛錬は行っているようでよかった。私も少しは力を出せそうだな」

「知れたことをっ!」

 

 鋭い一葉の一撃は女性の身体へと触れる。だが、一葉の手に返ってきた感触は完全に空を切ったものだった。

 

「……今、触れたはずだろう?」

「はっはっはっ、一葉の刀は素直だからな。こんな技もあるというのを教えてやろうと思ってな」

「……相変わらず……規格外だなっ!」

 

 先ほどまでよりもさらに速さを増した剣戟。それに応じる女性の太刀筋は完全に一葉のものにあわせて動いている。

 

「身体も温まってきただろう?そろそろ来い」

「あれは一日にそうそう撃てるものではないんだが」

「構わんだろう。今日は私が守ってやるよ一葉」

「舐めたことを」

 

 そう言いながら一葉が刀を地面に突き立てる。

 

「……須弥山の周囲に四大州、その周囲に九山八海。上は色界、下は風鈴までを一世界。千で小千世界と、その千で中千世界と、その千で大千世界と……全てを包み、三千世界と称ず」

 

 一葉の声に応えるように数々の武具が浮かび上がる。

 

「余の知るところの刀剣よ。余の知らぬところの秋水よ。余の前の立ちはだかりし者をその存在を滅するまで徹底的に刻み尽くせっ!」

 

 空に浮かぶ全ての刀剣が女性に向けられる。

 

「行け、三千世界!!」

 

 その言葉と共に女性に刀剣が殺到する。降り注ぐ刀剣の波を避け、弾き、流し。

 

「はははっ!楽しいぞ、一葉ぁっ!」

 

 女性の声が響く。一葉は地面に刺していた刀を抜くと女性に向かい駆け出す。

 

「……流」

 

 刀剣の群れの全てを捌いた女性が呟く。一葉の刀が女性に触れる寸前。

 

(まろばし)

 

 一葉と女性が交差する。一瞬の沈黙の後、一葉が膝をつく。

 

「はっはっはっ!強くなったな、一葉」

「余はまだ勝てぬのか……」

 

 一葉は女性の差し出す手を取り立ち上がる。

 

「いやはや、一葉さま。師を殺すほどの攻めには驚きましたぞ」

「この程度で死ぬのなら余の師はしておらぬ」

「私から教えられることなどほとんどなかったがな。で、どうだ。少しは気分転換になったか?」

「勝てなければ微妙だな」

 

 そういいながらも一葉の表情は晴れ晴れとしたものになっていた。

 

 

「ほぅ、蘭丸と会ったのか」

「あぁ。まさか知っておるのか?」

「……それよりも私は一葉さまがあっさり久遠どのとのことを話してしまわれたことに驚きを隠せないのですが」

「こやつは大丈夫であろう。元々政治に興味はないし何処かに仕えるつもりもなかろう」

 

 一葉が言うと女性はまた笑う。

 

「その通りだがな。……ふふ、立派に成長しているようだな、蘭丸」

「唯の知り合い、といった感じではなさそうですね?」

 

 同席していた双葉が首をかしげながら尋ねる。

 

「あぁ。アレは私の弟子だよ」

「なっ!?」

 

 

 かつて、長野十六槍や上州一槍と謳われた武人が居た。当世随一の剣豪でもあり、数多くの者へと指南をし後の世の剣術に大きな影響を与えた人物。

 

 上泉信綱。

 

 一葉をも子供扱いする彼女こそが、蘭丸の師でもある新陰流の開祖である。




この世界では一葉よりも上位者です。
まぁ、史実でも一応師匠ですし……ね?

転『まろばし』というのは実際に新陰流の奥義の一つとして存在しているものです。
ちなみにですが、蘭丸が前話で使った新陰流の技名の合撃というものも『柳生新陰流』の技だったりします。

興味があるとこの辺りも調べてみると楽しいかもですね!
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