戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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38話 出陣

 松平へと遣いとして行っていた転子が帰ってくると話があった日。蘭丸と壬月、麦穂の三人は松平勢の饗応役として門の傍で控えていた。

 

「そういえば、蘭丸。剣丞と桐琴たちが合流しているというのは間違いないのか?」

「はい。私も文で見て驚きましたが……剣丞さまは母さまと姉さまにも気に入られているようですね」

 

 クスクスと笑う蘭丸にため息をつく壬月。

 

「まぁ、お前がいいのならばいいのだが。……あ奴は蕩らしの才能があるのやもしれんな」

「そうですね。不思議な魅力をお持ちですからね」

「蘭ちゃん、殿からお伺いしたのだけれど部隊を剣丞どのに譲り渡す形になるというのは本当なのかしら?」

「はい。剣丞さまのある意味突拍子も無い発想というのを生かすには誰かの下ではなく上に立つべきだという、私と久遠さまの意見です」

「蘭ちゃんも剣丞どのの評価は高いみたいですね」

「はい、その為に詩乃たちにも助力を頂いて出来得る限りの補助はしてきたつもりです」

「……まぁ、殿とお前が言うのならばそうなのだろうな。っと、お着きのようだな」

 

 剣丞を先頭にこちらへと向かってくる一団が見える。

 

「よくぞおいで下さいました。織田家家老を務める、柴田権六壬月、葵さまのお迎えに参上仕りました」

 

 こういったときには、相手をどれだけ重視するかを表すために上位の家臣が代表して挨拶することになっている。蘭丸は葵たちの覚えもいいが、役職は小姓であるためこういった場合には基本的に口を開くことは無い。だが、剣丞の後ろで嬉しそうに手を振っている綾那と困ったように微笑んでいるしてくる歌夜に軽く会釈を返す。

 

「同じく家老、丹羽五郎左衛門尉麦穂。僭越ながら松平衆のご接待を仰せ仕りました。何事もお気軽にお申し付けくださいますよう」

「これはこれは……名高き鬼柴田に米五郎左どのが、私のような田舎者を出迎えてくださるなど恐悦至極。葵はなんと果報者か」

 

 感動した体で応えた葵が、ゆっくりと頭を下げる。ちらと視線を蘭丸に向けると葵は微笑んで蘭丸に向き直る。

 

「更に織田殿の懐刀である森成利殿まで来てくださるとは……此れ程に嬉しいことはありますまい」

「殿より、松平の方々は最も重要な隣人であり、友である。故に面識も御座います私にも葵さまの饗応役として働くようにとご命じになられました」

「相分かり申した。こちらこそよろしくお願いします。三河岡崎城主、松平次郎三郎葵。柴田、丹羽、森がお三方。何卒よしなに」

「「「はっ」」」

 

 深く三人が一礼した後。

 

「上総介は評定の際にご挨拶させて頂くとのこと。今宵はひとまず御宿に案内仕る」

「痛み入る。……綾那」

「はいです!」

「兵の差配は任せます。丹羽さまの言うことをちゃんと聞くのですよ」

「お任せなのです!」

「歌夜と悠季は、久遠さまとの評定の前に、私と共に森どののお話に同席を」

「はいっ!」

「御意に」

「では拙宅にご足労頂きましょう」

「よしなに」

 

 

「いやはや、信長公の側近中の側近である蘭丸どのが我らの饗応役とは驚きましたぞ」

「ふふ、本当はエーリカさん……最近、久遠さまの家臣に加わられた異人の方の予定だったのですが、私が立候補したのですよ」

 

 自らが淹れた茶を配りながら蘭丸は悠季に答える。

 

「私としては蘭丸でよかったと思っているのよ。ねぇ、歌夜」

「はい。蘭丸さんであれば安心ですから」

 

 変な警戒などは状況を抜きにしてもいらないという信頼の現われだろう。三人の前に座った蘭丸も微笑む。

 

「そんな蘭丸どのの部隊の副長どのは女子を拾っておられましたがな」

 

 悠季の突然の言葉に口に含んでいた茶を噴出しそうになるのをなんとか堪えた蘭丸が驚いたように歌夜を見る。苦笑いを浮かべているということは冗談というわけではないだろう。

 

「しかも、それが氏真公……鞠さまですからなぁ」

「……け、剣丞さま……一体何をしておられるのやら……」

「ふふ、そんなに驚く蘭丸を見たのは初めてね。それだけでも価値があったわ」

「し、しかし氏真どのが……いえ、詳しくは後ほど久遠さまにお伺いします」

「それがよろしいかと。剣丞さまが鞠さまからの文を預かられていましたので、久遠姉さまにお渡ししているでしょう」

 

 

 翌日。朝の鍛錬の後訪れた春香によって髪の手入れがいつものように行われた後、葵と悠季、綾那と歌夜を連れて大評定の場となる評定の間へと向かった。

 

「それでは、私は久遠さまの元へ参ります。後の案内はこちらの者が」

「はい。成利どの、ありがとうございました」

 

 葵たちと別れ、久遠の元へと向かった蘭丸。そこでは久遠が最終的な兵数、兵站などを確認しているところであった。

 

「久遠さま」

「おぉ、お蘭。葵たちの饗応、大儀であった」

「はっ。……それで、久遠さま。早馬の報せがあったようですが」

「あぁ、それか。それは……」

 

「皆も既に知っているであろうが、今朝早く、早馬が到着した。差出人は足利義輝。……公方だ。京を我が物顔で歩いていた三好・松永党のうち、特に松永党の動きが活発化してきているらしい」

「ふむ……それは我らの動きに感づいたということでしょうか?」

「詳細は分からんが、その可能性は高いだろう。……これに伴い、出陣を本日の午後に早めることとする」

 

 久遠の言葉への反応は様々であるが、既に準備はほとんど整っていたのだろう。

 

「よっしゃー!殿ぉ、ボクらはいつでもやれますからねー!」

 

 全員を代表して和奏が久遠へと発言する。

 

「うむ。期待しているぞ、三若」

「えへへー、期待しててください!」

「麦穂、やれるか?」

「何の障害もなく」

「松平衆はどうだ?」

「松平衆は久遠さまのお指図の下、命を捨てる所存。如何様にも御下知くださいませ」

「うむ。……」

 

 ちらと視線を蘭丸へと一瞬向ける。蘭丸は静かに頷きを返す。

 

「よし!」

 

 パンッと膝を叩いた久遠が立ち上がる。

 

「各々に命ずる!我らは正午に美濃を出立。関ヶ原を通って江南に入った後は軍をいくつかに分ける!」

 

 久遠の声に全員に緊張が走る。

 

「権六!」

「はっ!」

「佐々、前田の両名を寄騎につける。調略済みの江南の豪族どもと連携し、江南の小城を全て征圧しろ!江南を疾く席捲し、観音寺攻めに加われぃ!」

「御意!」

「五郎左!」

「はっ!」

「寄騎として滝川をつける。観音寺の後方、京に繋がる小城を全て落とし、洛中への道を確保しておけ!」

「御意!」

「我が率いる本体と、森、明智、松平の衆、そして蘭丸隊で観音寺を急襲し、一気呵成に六角を叩く!」

「「はっ!」」

「応!」

「共々の奮起を期待する!以上!解散!」

 

 言い終わった久遠の言葉にかぶせるように、評定に出ていた大身小身の武士たちが雄叫びを上げ、評定の間を駆け出していった。数人が久遠へ直接挨拶をして出て行き、久遠と蘭丸は二人になる。

 

「いよいよですね、久遠さま」

「うむ、ようやくだ。……時間を掛けた以上、一気呵成に京に向かう。お蘭の力、借り受けるぞ」

「勿論です。……六角氏を落とし、一葉さまと合流、その後越前攻め……その次の一手はどうされます?」

「御輿である一葉と合流したあと……少しな、思いついたことがある」

 

 その話は聞いていなかった蘭丸は少し驚き久遠を見る。何かを言おうとした久遠は口を噤み、じっと蘭丸の目を見つめる。

 

「……お蘭、お前は我の夫、だな?」

「え、あ、あの……」

「良いから答えてくれ、お蘭」

「……はい。私は久遠さまの夫、です。そうであっても、無くても。お蘭の過去も未来も、全ては久遠さまの物で御座います」

「本当か……?本心だと信じて良いのか?」

「はい。私の全ては久遠さまに捧げております」

 

 蘭丸をじっと見つめた久遠は頷く。

 

「……うむ。ならば心は決まった。そのときが来ればお蘭にも助力を頼むことになろう」

「はい。私に出来ることであれば」

「そうだ。お蘭にしか出来ないことだ」

「分かりました。そのときが来れば、ですね」

「うむ。……」

「ですが、まずは観音寺ですね。私も部隊の最終的な確認を行ってきます。久遠さまの出立のご準備は既に済んでおります」

「流石であるな」

 

 

「ひよ、ころ、詩乃、新介、小平太。準備は……ほとんど終わっているみたいですね」

「あ、蘭丸さん!えへへ~、もういつでも出発できますよ!」

「ふふ、ひよ、お疲れ様です。……詩乃、鉄砲隊の準備は?」

「完了しております。家中の各組から、比較的腕の立つ射手を回して貰いましたから。ただ……」

「ただ?」

「所詮、寄せ集めですから。隊としての連携がどれ程出来るのかは未知数です」

「ふむ……新介」

「はいっ!」

「鉄砲隊の面々の詳細な情報を」

「こちらに纏めてます!」

「流石ですね。……ふむ」

 

 ぱっと目を通した蘭丸は少し驚く。集められたものたちは家中でも名の知れたものもいたりするからだ。

 

「……この人員であれば、後は私たちの采配次第ですね。詩乃、任せます」

「御意」

「あ、蘭丸さん!この書類に署名をお願いしまーす!」

「ころ?……出陣の指図書、球菌の書類ですか。分かりました」

 

 転子に差し出された筆を受け取るとさらさらと書類に署名していく。

 

「……これでよし、と」

「ありがとうございます!長柄隊も準備完了してます。隊列ですが、前列に弓と鉄砲、その後ろに長柄。更にその後ろに本隊と騎馬、最後尾に小荷駄と工兵、って形で行こうと思います」

「それで問題ないでしょう。小平太、お願いしていた兵の準備はどうですか?」

「完璧です!こちらも各組から選りすぐられた若手たちで構成してます!こちらは早く集められたので連携も問題ない程度には鍛えてます!」

「それは、以前に仰られていた?」

「えぇ。鉄砲や工兵など後方支援などが主となっていますが、そういった者たちや詩乃のような智将を守る必要も生じるでしょう?まぁ、新介と小平太にその部隊は率いてもらう予定です」

「頑張ります!」

「えっへっへ~!任せてください!」

 

 そんな話をしてるときに剣丞が一人の少女を連れてきているのを見る。

 

「あら……剣丞さま、準備ありがとうございます」

「あはは……俺はあまり何も出来てないよ。それよりも……鞠」

「はいなの!鞠は、今川彦五郎氏真!通称は鞠なの!よろしくお願いするのー!」

 

 満面の笑みで自己紹介をした鞠に蘭丸は優しく微笑みかける。

 

「ご丁寧に挨拶ありがとうございます。私は森成利、通称は蘭丸と申します。よろしくお願いします、治部大輔さま」

「むー、鞠は鞠なの!蘭丸には鞠って呼んでほしいの!」

「蘭ちゃん、鞠は一応俺の護衛として隊に入ってもらったんだ。……ごめん、勝手に決めちゃって」

「いえ、構いませんよ。久遠さまとお話はされたのでしょう?……えっと、鞠さま」

「えっと、蘭丸がこの隊の隊長なら、蘭丸は鞠の隊長なの!だから、呼び捨てでいいの!」

「……分かりました。では鞠、剣丞さまにも護衛は必要だと思っていたのも事実なので、貴女にお任せして構いませんか?」

「勿論なの!」

 

 そんな話をしていると遠くから聞こえてくる陣貝の音。

 

「蘭丸さん、剣丞さま!陣貝ですよ~!」

「準備は整ったようですね。……それでは行きましょう。久遠さまの天下布武の為……蘭丸隊、出陣します!」

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