梅を新たに蘭丸隊に加えた一行は、梅と先日仲間に加わった小波の歓迎会を行った。鍋をその場で食べるということをしたことが無かった梅やエーリカ、そして自分が草であるのにこのような場にいるのは……と場を辞そうとする小波などある意味賑やかな場は過ぎ、片付けに入る、そんな時だった。
障子を蹴破り突入してくる影。咄嗟に剣丞は刀に手を伸ばすが、蘭丸は気付いていたのか特に動じることもなく片付けを続行していた。
「おーい、お蘭ー!剣丞ー!鬼ぶっ殺しに行こうぜー!」
「ひゃあっ!?」
小夜叉の登場に驚きを隠しきれないひよ子が悲鳴を上げる。驚きではなく小夜叉という個人に対してなのかもしれないが。
「こ、小夜叉……!?」
「姉さま、宜しければ雑炊なら少々ありますけれど食べられます?」
「おう、貰うぜー!」
自然な流れで小夜叉に雑炊を振舞っている蘭丸。
「……え、えっと。鬼が出たの?」
「むぐむぐ……おう。偵察に出してたウチの若い衆が見つけたんだよ」
蘭丸に出された雑炊を掻き込みながらの小夜叉の説明に、蘭丸以外の一同は言葉を失っていた。
「やはり居たのですね」
「それはもしかして、城の北側ですか?」
「や、違うけど、どうかしたのか?」
詩乃の質問に不思議そうな顔をしながら答える小夜叉。詩乃の質問で眞琴たちのいる北近江から入ってきたというわけではないことに少し安堵する。
「いえ、大丈夫です姉さま。それで、敵の規模は?」
「この城の西の方と、南よりにもう一隊。むぐむぐ……西の方は十匹ちょいで、南側は数匹ってとこらしい」
「蘭丸どの、でしたら私たちは……」
エーリカが蘭丸に何か言いかけるのを微笑んで頷くと。
「姉さま、私たちは南側ということで宜しいですか?」
「えっ?」
蘭丸の言葉に驚いたような表情を見せるエーリカ。
「ああ。雑魚はいちいち回るのめんどくせーから、剣丞とかの経験積ませるのに使っていいぜ」
「あの……すみません」
「なんだ?この変な髪のヤツ」
「エーリカと言って、久遠さまの客将ですよ」
簡単に自己紹介を互いにした後。
「あなた方の隊はどれだけの戦力があるのですか?」
「?オレと母の二人だけど?」
「たった二人で、十体以上もの鬼を……!?蘭丸どの、剣丞どの。でしたら数に優れる我々が敵の数が多い方を……」
エーリカの言葉に蘭丸は困ったような表情を、そのほかの者は慌てた態度を見せる。
「エ、エーリカさんっ!?」
「あの……それ以上は言わない方が……!」
ひよ子と転子が恐る恐るといった感じで言う。
「……剣丞」
小夜叉が蘭丸ではなく、剣丞を睨み付ける。
「あぁ、分かってるよ。……エーリカ。森家の二人は日の本きっての鬼退治の達人で、一人でも俺や蘭ちゃん……うーん、俺の十倍は戦える人達だから」
「剣丞どのの十倍……!?」
「……剣丞」
更に不機嫌になった小夜叉に次は剣丞も焦る。
「別に小夜叉たちが暴れるのを止めたりしないってば。主力はそっちに任せるから」
「ンなの当たり前だろうが。それより、オレや母がお前のたった十倍たぁどういう了見だ!?」
「……じゃあ百倍でも千倍でもいいから」
「……初めっからそう言やいいんだよ。むぐむぐ」
「あ、あの……小夜叉ちゃん、おかわりは?」
小夜叉が怒った理由に苦笑いを浮かべながら転子が尋ねる。
「あんまり食べ過ぎると動けなくなるからな。雑炊うまかったぞ。ごちそうさん!」
「あ……おそまつさまでした」
「じゃ、オレ達は先に行くぜ。場所はウチの若い衆に案内させるから、ちょっと待ってろ」
「了解。その間に支度を……」
「剣丞さま、支度は終わりましたよ?」
先ほどまで片づけをしていたはずの蘭丸が剣丞の具足を持って現れる。
「い、いつの間に……」
「……おい、剣丞。もしかしてオレの妹にいつもそんなことさせてんのか?」
「ちょ、誤解だって!?」
最終的に鬼の討伐に向かうのは蘭丸、剣丞、エーリカの既に鬼との戦闘を経験した者たちと、鞠と小波、そして梅という布陣になった。場所に案内してくれた森衆の若手から近くの状況などを聞く。
「あまり時間は掛けないほうが良さそうですね。いつ鬼が動き近くの村へと襲撃するか分かりませんから」
「うん、だね」
蘭丸と剣丞が確認している間に目視できる距離まで近づいた鬼を見て。
「あれが……」
「まるで百鬼夜行なの……」
初めて鬼を目にする梅と鞠が小さな声で言う。
「なら、今のうちに片付けちゃおう。……もう一度、作戦を確認するよ」
剣丞が一度蘭丸に視線を向ける。蘭丸は視線を受けて静かに頷く。それを確認した剣丞が口を開く。
「鞠、小波、梅は鬼と戦うのは初めてだよね?」
「でも、あんな奴らなんかに負けないの!」
「けど、敵の動きや習性を覚えるに越したことはないだろ?戦うのは俺と蘭ちゃんとエーリカを中心にして、今日は鬼との戦い方を身につけることに専念して」
「……鞠は剣丞と蘭丸の護衛なの」
「差し出がましいようですが、自分もです」
剣丞の言葉に不満をもらす二人に蘭丸が口を開く。
「だからこそですよ。今夜のうちに鬼との戦い方をしっかりと身に付けてもらえれば、京の先で今よりもっと楽に私や剣丞さま、久遠さまを守ることもできると思います。……いいですね?」
「……分かったの」
「承知いたしました」
渋々といった感じではありながらも二人とも頷く。
「梅もいいね?」
「分かっています。……どうしてわたくしだけ改めて聞くんですの?」
「……それはその」
しまったという表情の剣丞にエーリカが助け舟を出す。
「剣丞どのは梅さんが実際に戦うところを見るのは初めてですし、心配していらっしゃるのですよ」
「うん。……気を付けてね?」
「そのような心配は無用。皆様にもわたくしの実力がどれほどのものか、見せて差し上げますわ!」
そんな会話を聞きながら、蘭丸も一番危惧しているのは梅であった。エーリカの言うとおりどれほどの腕なのかが分からないというのが一つ。そしてその性格も一つ。恐らくある程度の腕はあるだろうと蘭丸は見ているが、それでも鞠ほどの腕はないだろう。
話が終わり、鬼へと接近していく一同。本隊から少し離れたところに居る二匹の鬼から攻撃を、と剣丞が指示を出す。蘭丸は最終防衛線として全体の補助に回る予定であったのだが。
「雑魚の二匹はお任せしますわ!わたくしは本隊を叩きます!でええええいっ!」
剣丞の指示を聞くまでもなく梅が鬼の本隊へと突撃をかける。慌てたのは指示を出していた剣丞だ。
「ああもうっ!エーリカ、後ろを頼む!……って!」
剣丞の横を疾風の如く駆け抜けたのは蘭丸だ。かなり後方に居たはずなのだがちらりと剣丞に視線を飛ばすとそのまま梅の後を追い本隊へと接近する。
「……鞠と小波はエーリカを助けて、絶対に敵に背中を見せないように!」
「剣丞どのは!」
「梅と蘭ちゃんの援護に向かう!」
「でええいっ!」
梅の裂帛の気合と共に振り下ろされた刃の一撃で崩れ落ちるのは、梅より遥かに大きな異形。
「あら……思ったよりも簡単な相手ですのね。この程度の相手なら……やはりわたくし一人で十分ですわ!」
そう言って次の鬼へと飛び掛る梅。
「はああああっ!」
先ほどと同じように気合の声を上げながら振り下ろされた刃は、鬼によって軽々と受け止められる。
「え……?」
驚きに声を上げるのも間に合わない。丸太のように巨大な腕が横薙ぎにぶうんと空を裂き。その先にあった細い身体を巻き込んで、速度を緩めぬままに振りぬかれる。
「ぐ……が、はっ!?」
打撃の威力だけではない。地面に叩きつけられたときの大きな痛みと、そこから転がった先、止まるまでに幾度となく打ち付けられた連続の痛み。全身を揺さぶる一打に、肺の奥底まで空気を全て吐き出されたようで、呼吸もままならない。
「は……ぁ……」
そんな梅に掛かるのは、月光を背にした巨大な影だ。大きい。それは、これほどに大きな相手だったのか。先程倒した鬼達よりも、幾分か大きいだけではなかったのか。
「ひっ……」
爛々と輝く瞳に見据えられ、漏れるのは言葉どころか歯が震えてぶつかり合うかちかちという音だけだ。恐怖に身体が震える梅は、鬼は人の女を攫うことがあるという話を思い出す。そして、どうするのだったか。
「いや……」
限界を超えた恐怖は、梅から言葉を奪う。
「いやいやいやっ!」
口から止めどなく溢れる拒絶を示す言霊。そんなものに耳を貸す鬼ではない。巨大な手は速度を緩めることなく、梅の甲冑に伸ばされ。
「いやぁ……っ!」
恐怖に目を瞑った梅。
「私の仲間に手を出さないで貰いましょうかっ!」
梅の悲鳴をかき消すように凛とした声が響き渡る。そして、梅のそれより遥かに鋭い斬撃の音。そして、怪物の断末魔と巨大な身体が崩れ落ちる轟音だった。
「あ……」
涙に揺れる梅の視界に映るのは、鬼と比べて……いや、他の男性と比べても遥かに小さな背中。だが、今の梅にとってはとても大きな背中と、月光を反射して眩く輝く刃と流れるような黒髪であった。
「少し遅れました」
「梅っ!大丈夫かっ!?」
遅ればせながら到着した剣丞も合流して蘭丸の隣に立つ。その刃は淡く青く輝いていた。
「梅さん、立てますか?」
「あ、あの……わ、わた……わたくし……」
優しくも鋭い言葉に、先程の動揺が収まっていない梅は言葉を続けられない。ちらと剣丞に視線を送った後、蘭丸は刀を鞘に戻すと梅の前にしゃがみ込み、両手でぱしんと梅の量頬を掴む。
「……ひゃっ!?」
「大丈夫です。ここは私と剣丞さまが守ります。ですから立ってください」
まだ、梅の視線が蘭丸からずれているのに気付く。ちらと背後を見ると、鬼たちが距離をつめてきているところだった。
「大丈夫です」
その蘭丸の言葉と同時に剣丞の一撃が鬼を両断する。
「大丈夫です。梅は私が守りますから」
「は……はいっ!」
しっかりと蘭丸の目を見て言った梅の声には、今までのように怯えだけのそれじゃなく今までと同じ、強い意志の混じったものだった。少し梅に微笑みかけた蘭丸が立ち上がり剣丞のほうへと振り返るのとほぼ同時に稲妻の如き一撃が目の前を駆け抜ける。
「大丈夫ですか、蘭丸どの、剣丞どの!」
「エーリカか、助かった!……って、鞠と小波は?」
「あの二人なら大丈夫です。鬼との戦い方を完璧にマスターして、今はお二人で」
「もう!?」
驚く剣丞。蘭丸は納得しているようだったが。
「梅、まだ戦えますね?」
「は、はいっ!」
「でしたら、ここからは四人で戦いましょう。梅は私と剣丞さま、エーリカさんを見ながら、鬼との戦い方をしっかり身に付けてください」
「あ……」
まだどこかぼんやりとしたままの梅を蘭丸は立ち上がらせて、服についた埃をぽんぽんと払う。
「先程のように絶対に一人で突っ込まないこと。いいですね?」
「……分かりましたわ、蘭丸……さま」
鬼を討伐した後、城へと戻ったのだが。
「あ、見えてきたよ!おーい!おーい、蘭丸さーんっ!」
「あ、ひよ、待ってよーっ!ほら、詩乃ちゃんも行こう!」
「ええ。ひよ、単騎駆けはしないと約束したではありませんか!」
わいわいと三人が帰って来た蘭丸たちを迎えようと駆けていたのだが。
「蘭丸さーん!お帰りなさ……」
「皆さんご無事で……」
「……」
唖然とした三人の反応に苦笑いの蘭丸たち。
「ええっと……先程連絡したとおり、みんな無事ですよ」
「それは何よりですけど……」
何か言いたそうな転子。
「ただいま帰りましたわ!」
逆に満面の笑みで蘭丸の脇にぴったりと馬を寄せ、腕組みも辞さない様子でにこにこと微笑んでいるのは誰であろう梅であった。
新介、小平太は忘れているわけではありません。
お城の警備に借り出されているという(可哀想な)理由があって登場してなかったりします。