「あ、あの、一葉さま?それは一体どういうことでしょうか?」
「ふふっ……それは久遠に聞くのだな」
「久遠さまに、ですか?……分かりました、今は一旦置かせていただきます」
正直、状況がつかめず気になる話ではあるが今の状況下ではそのようなことに時間を割くことは出来ないと判断した蘭丸は意識を切り替える。
「蘭丸さま。敵、一里先に到達致しております」
小波が現れ、蘭丸に報告する。
「分かりました。ありがとう、小波」
「はっ……!」
「剣丞さま」
「あ、あぁ!とにかく!みんなは指図役の指示に従って、すぐに配置についてくれ!」
「応!」
剣丞の声に和するように、兵は大声をあげてそれぞれの部署に向かって走り出す。それを見た後、詩乃が蘭丸と剣丞へと近づいてくる。
「蘭丸さま、剣丞さま」
「はいよ。どうした?」
「こちらを。南については良いとして……他の方角についてはどのようにしましょうか?」
「がら空きにするのは不味いよなぁ。……どうしようか」
剣丞が顎に手を当て考える。
「どれだけ嘆いても寡勢は寡勢。南以外の門には物見役のみを配置し、鬼が来た段階で南より兵を割き維持に努めるしか方法はないと愚考しますが……」
詩乃が言いよどむ。
「……寡兵を更に分けることになる、ということですね」
「はい。兵法では下の下でしかありません……」
「鬼の階級によっては、部隊を分けての挟撃……というような作戦を実行する知能はないと思います。恐らくは大丈夫ではないかと」
「……朝倉の地に生まれたかもしれないという上級の鬼のような存在。あれが血によるもの、武によるもの……何かは分かりませんがそういった存在がいると厄介ですね」
「でも、今はこれ以外は打てる手がないのも事実だ。詩乃の提案通り、他の城門には物見だけを置いておこう」
「御意に。蘭丸さま……」
「大丈夫ですよ、詩乃。私は一葉さまをお守り……する必要があるかは分かりませんが前線に出ます。詩乃に全て任せます」
「ふふ、その信頼に全力で応えさせていただきますが……私に、いえ私たちにとっては蘭丸さまも大切な身であるということ、覚えておいてください」
詩乃の言葉に静かに頷く蘭丸。着々と進められていく最終準備。
そして、ついに鏑矢が上がる。
「……来ますね」
静かに瞑想をしていた蘭丸が立ち上がる。既に剣丞や他の面々も集まっており、蘭丸を待っているかのようであった。
「さぁ、正念場です。行きましょう」
「ふっ、それでは余も一刻の間、死力を振るうのみ」
「鞠の宗三左文字が火を噴くのー!」
「あぁ!」
蘭丸の声に力強く応える面々を見て頷き門へと向かう。そこでは既に鬼との攻防が始まっていた。
足軽隊によって鬼を牽制しつつ一匹ずつ確かに数を減らしていく。状況が悪くなり始めたところには弓隊による援護射撃で体勢を立て直すようにしていた。適宜転子からの指示や叱責も飛んでおり、現時点ではまだ危機的な状況ではなかった。
この戦いの肝でもある鉄砲隊も、梅の指示により塀を登ってくる鬼を撃ち落としていく。そんな中、蘭丸たちが近づいていることに気づいた転子が声を上げる。
「蘭丸さん!城門に取り付いた三好衆はおよそ千!戦況は五分五分です!」
転子からの報告を聞いて、蘭丸が眉をひそめる。
「千?三千がこちらに向かっているのでは……っ!」
蘭丸がはっとしたように鬼の群れの遥か先を見る。一葉や鞠も同じことに気づいたのだろうか、同じ方向を見る。
「この感じ……まさか……?」
「蘭丸さま?」
蘭丸たちの反応に首を傾げる詩乃に大丈夫と答える。
「戦の定石を、鬼も知っていると見て間違いないかと」
「となると、知能の高い鬼……上級の鬼がいる可能性が高いということですね」
「他の門は五人を物見に出して、鬼の姿が見えたら鏑矢を放つようになってるよ」
状況を確認した後に目の前をもう一度見る。
「……流石に一刻は」
「無理であろうな」
蘭丸の呟きに一葉が答える。それとほぼ同時だった。
「ひ、ひぃ!城壁が破られたぞぉ!」
その声の方向へと蘭丸たちは一気に駆け寄る。
「ここは私たちに任せてください。貴方は他の場所へ」
「は、はいっ!」
刀へと手を伸ばす蘭丸を制する一葉。
「蘭丸よ、まずは余に任せてもらおうか」
全くの気負いを見せることもなくまるで庭を散歩しているかのうような軽い調子で鬼へと近づいていく一葉。
「―――」
声どころか、刀を抜き放つ音すらも聞こえない無音の一閃。その一撃のもとに鬼を一刀両断に斬り捨てる。鬼もまるで何が起こったのかを理解する間もなく真っ二つとなって崩れ落ちた。
「グォォォ!!」
仲間を殺されたことに逆上したのだろうか、鬼が身の毛もよだつ咆哮をあげながら突進してくる。蘭丸が再び刀に手を伸ばそうとするが、それよりも早く動く小さな影。
「うにゃーーっ!」
可愛い掛け声とは裏腹に、火縄の弾丸のような速度で移動し突進してきていた鬼を鞠が一撃のもとに切り捨てた。
「な、なんだこの二人」
驚きを隠せず声に出したのは剣丞だ。少しは心得があり、こちらでも修練を積んでいるのだ、だからこそわかる凄さ。ちょっとやそっと腕が立つだけでは到達することのできない武の境地……壁を超えた力を目の当たりにしたのだから仕方のないことだろう。勿論、この程度の反応で済んだのは既に蘭丸や壬月といった猛者の戦いも目にしたことがあったからだろう。
とはいえ、鞠の腕が剣丞の想像を超えていたというのは事実だろう。一葉に匹敵するほどの腕を持っているとは思っても見なかった。
「え、ええと……もしかして俺の出る幕、ないんじゃないのか……?」
「ふふ、本当ならそう済んだほうがいいんでしょうけどね」
「えへへ~♪鞠、強いでしょー♪」
「うん、びっくりするぐらい……というかマジでびっくりしすぎて、開いた口が塞がらないぐらい凄いよ」
「むふー♪」
剣丞の反応に嬉しそうに鞠が笑顔になる。
「次が来ますね」
「鞠、自慢するのは後に回せ。次が来るぞ」
「分かったの一葉ちゃん!鞠、やってやるの!」
「さぁ、剣丞さま、私たちも行きましょう」
「あぁっ!」
一葉、鞠、蘭丸の刀が鬼を両断していく。その次に光を放つ刀を振るった剣丞だったが、三人に続いて一刀両断する。
「剣丞さま……腕をあげられましたね」
「剣丞すごいのーっ!」
「ほう、やるではないか」
三人の賞賛を耳に受けながらも、剣丞は驚いた様子で刀を見つめる。そんな剣丞に鬼が急接近し、その丸太のような腕を振りぬく。
「剣丞さまっ!!」
蘭丸が咄嗟に鬼との間に入り、刀で受けるがその膂力によって吹き飛ばされる。
「蘭丸っ!」
鬼たちが更に追撃をかけようとしたとき。
「蘭丸、危ないのっ!!」
蘭丸に対して声を上げた鞠の周囲に、煌く光と強い風が巻き起こる。
「
鞠の声と共に現れた光弾が、蘭丸を襲おうとしていた鬼に向かって光速とも思えるほどの速度で放たれる。その光弾が触れた瞬間、鬼の身体にぽっかりと穴が空きかろうじて原型を留めた身体が地面に横たわる。
「ふぅ~、危なかったのー」
「助かりました、鞠」
「どういたしましてなの!」
「しっかし……これはキリがないな」
四人で固まって破られた城壁の方を見ると、続々と鬼たちが侵入してきていた。十、二十と次々と増えていく鬼であったが、その視線は全て剣丞へと……いや、剣丞の刀へと向いていた。
「ふむ、どうやら剣丞が狙われているようだな」
「みんな剣丞のことを見てるの。……その光ってる刀のせいかもなの」
「分からない。だけどそれならそれで好都合だ。俺が狙われているのなら……」
「剣丞さま、それはなりません」
全てを言い切る前に蘭丸が剣丞の言葉を制する。
「でも今はそれしか!」
「剣丞さま、とても冷たい言い方かもしれませんが、貴方の利用価値は織田にとって非常に重要なものです。そういったことは私が……」
「阿呆」
剣丞を諌めていた蘭丸を更に一葉が諌めるような形になる。
「蘭丸よ。久遠の夫であり、余の良人となった、その意味をもそっと考えてみろ」
「……」
「すでに自らの立場も非常に重要なものになっているということだ。……だから己のことも考えよ」
そう言うと、一葉は鬼たちに向かって一歩踏み出しその場で刀を地面に突き刺した。
「余の思い人を守るために、余は全力を持って鬼を討つ。……見ていろ蘭丸。おぬしの妻が真の力を」
「一葉さ……っ!」
見る見る高まっていく一葉の闘気に蘭丸が息をのむ。
「下がってないと危ないの。一葉ちゃんは今から、足利のお家流を使おうとしてるんだよ」
「一葉さまの……足利のお家流」
「
まるで詩歌を詠むかのようにそう紡ぐ一葉。
「全てを称して三千大世界、通称・三千世界という。三千世界は果ても無く、この世にあるとも、しかしながらないとも言える。
そこまで言った一葉が鬼を鋭くにらみつける。
「見るも醜き鬼どもよ。足利将軍である余の力、存分に味わわせてやろう」
不敵な笑みを浮かべ、一葉がまるで舞のように宙に手を滑らせる。そこに現れたのは、数十……いや数百にも見える数多の刀であった。
「相手が相手だ。余のまだ知らぬ時より馳せ参じた、安綱、国綱とやら。両刀で存分に暴れてみせぃ」
そんな言葉を聴いてか、二振りの刀が一葉の傍へで舞う。
「足利の。余の夫の敵を殲滅せよ。……いけ」
短く発した一葉の命令を受けた刀が宙より鬼に襲い掛かる。先ほどまでよりも増えていた鬼は無数の刀によって一瞬にしてナマス斬りにされてしまう。
剣豪将軍、足利義輝。その力は本物であった。