戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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47話 戦の後

あはれとは 汝も見るらむ 我が民を 思ふ心は 今もかわらず」

 

 この世ではない何処か。以前に蘭丸と詩乃がとらわれた空間に声が響く。

 

「家臣さえも抑えられず、何が将軍か……」

 

 口から毀れたのは一葉に対する侮蔑の言葉。

 

「……当世は嘆かわしいことばかりなりけり」

 

 その声に応えるように周囲を鬼の唸り声が響き渡る。

 

「だからこそ。当世を整理せんとな……」

 

 ざわざわと蠢く影。鬼の姿はまだ現世において、誰一人みたことのない姿の者ばかりである。鬼の首魁もまた、力をつけ始めている。

 

 

 鬼の襲撃の修繕がまだ完全に済んではいない二条館で、対峙しているのは久々に再開した師弟……蘭丸と信綱である。二人の間に流れる空気は澄んだものでありながら、緊迫感のようなものを感じる。見守っているのは久遠、一葉をはじめ武に覚えのある者たちばかりである。実際に信綱と立合いをしたことがあるのは一葉だけであるが、その空気から最強の剣豪と呼ばれているのが伊達ではないということを感じていた。

 ぐっ、と力強く踏み込んだ蘭丸が信綱の懐へと飛び込み、鋭い一撃を放つ。それを正面から刀で受けた信綱は満足そうに頷く。

 

「ふふ、しっかりと鍛錬は続けていたようだな」

「はい。信綱さまからの教えもしっかりと」

「そうか。……一葉!よく見ておけ。お前に足りない力を蘭丸は持っているからな!」

 

 信綱が刀を振るうと蘭丸が大きく吹き飛ぶ。ふわりと音を立てずに着地した蘭丸に息をつく間も与えずに追撃を加える。剛の一撃をいなし、返す刃で的確に急所を狙っていく蘭丸。

 

「むぅ……」

「いやはや、話には聞いておりましたが……それがしや一葉さまよりも特定の領域であれば強いのではありませぬか?」

「あれほどの域に達したいなしの技術は滅多に目に出来ぬのは事実」

 

 真剣な表情で戦いを見る一葉に自慢げな久遠。

 

「ふふ、流石はお蘭であるな」

「……久遠よ、一応余の良夫でもあるのだが」

 

 

「さて、蘭丸。私の教えた奥義、覚えているか?」

「……」

 

 空気の変わった信綱に蘭丸が更に警戒を高める。

 

「私の剣は一葉と同じく剛の剣ではある。だが……新陰流の極意は違う」

 

 周囲と溶け込むように自然体となっていく信綱。ぶらりと垂れ下げられた腕。

 

「あれは……宮本武蔵……?」

 

 剣丞がぼそりと呟いたのは記憶にある剣豪の名前。

 

「いくぞ、蘭丸。これを耐え切れば皆伝をやろう」

 

 ふっ、と息を吐き出した蘭丸が目を閉じ、次の瞬間には紅に染まった瞳が見開かれる。

 

「「新陰流奥義」」

 

 信綱と蘭丸の声が重なる。

 

「「(まろばし)」」

 

 動く信綱と受ける蘭丸。

 

「……ふっ、強くなったが」

「くっ……」

「まだ気負いすぎだ。言っただろう、心の構えをなくせと。全く、お前は賢すぎる」

 

 汗ひとつかいていない信綱がそう言う。膝をついた蘭丸は最後の一撃だけでぼろぼろになってしまっていた。

 

「お蘭!無事か!?」

「く、久遠さま!……申し訳ありません。負けてしまいました」

「あの剣豪、上泉信綱相手にこれほどの戦いが出来たのだ。誰も文句は言わぬ。我が言わせぬ!」

「……ふむ」

 

 そんな久遠と蘭丸を見て目を細める信綱。一葉に近づくと耳打ちする。

 

「……あの二人、少し危険だな」

「危険、だと?」

「互いが互いを想いあっている、それは良いことだろう。だが……あの二人は、特に蘭丸は極度なまでに久遠に依存しているように見える」

「……それは否定できぬな。久遠もまた、そうであるようだが」

 

 

「そういえば、双葉も蘭ちゃんの嫁になるんだっけ?」

「はい。不束者ではありますが」

「余の妹は蘭丸に一目惚れしておったからな。まぁ、あのような見た目であったから受け入れやすかったのもあるのだろうがな」

「お、お姉さまっ!」

「そうだよなぁ。俺も蘭ちゃんと初めて会ったとき普通に女の子と思ったし」

「しかし、余にとっても良夫となったのだから……ふむ、主様とでも呼んだほうがいいか?」

「……蘭ちゃん困りそうだな」

 

 苦笑いで一葉の言葉に剣丞が返す。

 

「どうかされましたか?」

「あ、蘭ちゃん。いや、双葉も蘭ちゃんの嫁になるんだよなぁって話してたんだよ」

「そ、そうですね」

「蘭丸さまはお嫌……ですか?」

「嫌などでは!……双葉さま、不束者ではありますが……」

「あはは、蘭ちゃん。さっき双葉も同じことを言ってたよ」

「ふふ、意外と似た者夫婦なのかもしれぬな」

「お、お姉さまも剣丞さまもおやめください!」

 

 恥ずかしそうに頬を染めて止める双葉。

 

「それと……双葉は蘭丸さまの妻となるのですから、呼び捨てでお願いします」

「双葉さ……双葉、でよろしいですか?」

「はいっ!」

 

 ぱぁっと花が咲いたような笑顔の双葉に微笑みかける蘭丸。

 

「私も、今の状況がしっかりと受け止められているわけではありません。ですから、双葉……も、もう少し待ってくださいね」

「はい。双葉はいつまでも旦那さまをお待ちします」

「旦那さま……は、はい。慣れるまで大変そうです……」

「はは、蘭ちゃんも固く考えないでいいんじゃない?」

「……剣丞さま、突然このような状況になったときに同じことを……剣丞さまなら大丈夫そうな気がしますね」

「……それ、褒めてるよね?」

 

 

 数日後、既に城壁の普請がはじめられているのを見た蘭丸が剣丞、詩乃、幽と共に状況の確認に向かっていた。

 

「素晴らしい手腕ですね」

「本当に。城壁の普請、お疲れ様です」

「あ、成利さま!それに剣丞さま、幽さん、詩乃どのも!」

 

 蘭丸たちに気付いた官兵衛が微笑んで駆け寄ってくる。

 

「お邪魔でしたか?」

「いえっ!そんなことはありません!」

「ふふ、城壁の普請をこんなに急いで行うのは……」

「また鬼が来る可能性もありますし……」

 

 官兵衛の言葉に頷く蘭丸。剣丞も納得したようにうんうんと頷いている。

 

「……はて」

「どうしたの、幽?」

「いえ。このような普請……それがしにはとんと覚えが」

 

 首を傾げる幽。

 

「一葉の指示じゃないの?」

「……おや。剣丞どのは公方さまがこのような些事に心を砕かれる方だと思っていらっしゃると?」

「……」

「ふふ、違いそうですね」

「流石は蘭丸どの。公方さまの旦那さまですなぁ」

「しかし、幽どののご指示でもないと?」

 

 詩乃も首をかしげながら訊ねる。

 

「そうなのです。二条でこの手の指示をするとすればそれがしだけなのですが、はて、いつその指示をしたかなと。はてさて……。それがしまで耄碌したとなれば、いよいよ幕府もおしまいですかな……?」

「……なるほど」

 

 何かの答えに行き着いた詩乃がちらりと官兵衛に視線をめぐらせる。

 

「す、すみませんっ!」

 

 頭を下げる官兵衛。

 

「え、何で官兵衛ちゃんが頭を下げるの?」

「ふふ、私もなんとなく分かりました」

 

 首を傾げる剣丞と詩乃の反応で気付いたらしい蘭丸。

 

「私、播州では縄張りや普請の指示もしていまして……こういった壊れた壁は、見ていてどうしても我慢できなかったんです……」

「播州の小寺官兵衛は築城の名手と聞き及んではいましたが……やはり無断で」

「……すみません」

 

 詩乃の言葉にしゅんとうなだれる官兵衛。

 

「……困りますなぁ。このようなことを断りなく行って二条に請求を回されても、それを払う金子などどこにも……」

「あ、修繕の費用は全て小寺家から……」

 

 官兵衛の言葉を聞くやいなや。

 

「さすが小寺殿。これだけ見事な城壁に修繕して頂けるなら、当方からは何も申すことなどございません。ぜひぜひ、宜しくお願いいたします」

「手のひらくっるくるだな」

「ない袖は振れませぬが、袖におぜぜを入れてくださるというなら、喜んで振らせて頂きますぞ。おぜぜ分は」

 

 あっけらかんと言い切る幽にあきれた表情の剣丞。

 

「ですが、勝手に……というのはあまりよろしくはありませんでしたね」

「はい……。皆さんお忙しそうでしたので、まず出来ることからと……申し訳ありません」

「構いませぬ。いつ鬼が攻めてくるかも分からぬ以上、補強や修繕は早いに越したことはありませんからな。修繕費がそちら持ちというならばなおさらです。はっはっは!」

「ふふ、なら私から言うことはありませんね」

「それで、何か御用でしたか?」

 

 官兵衛が訊ねる。

 

「あぁ、そうでした。先日は応援に来てくださってありがとうございました。このところ色々とあって直接お礼を言えていませんでしたから」

「いえ……私こそ、勝手に押しかけてしまってご迷惑をお掛けしました」

「とんでもない。我が主は多忙にて顔を出すこと叶いませぬが、主に代わって幕府からも礼を言わせて頂きますぞ」

 

 幽も蘭丸に続いて礼を述べる。

 

「公方さまや成利さまのお役に立てたなら、何よりです。それと……」

「どうされました?」

「私の通称は、雫と申します。お嫌でなければ、雫とお呼び捨てくださいませ」

「ふふ、それでは雫。私の通称は蘭丸と申します。同じく呼び捨ててくださって構いませんよ?」

「えぇっ!?そ、それは恐れ多いです!」

「蘭ちゃんって、自分は敬称取らないのに人には取らせようとするよね」

「……剣丞さま?」

「ごめん」

 

 

「雫も鬼の討伐に協力したい……ですか」

「それは……ふむ」

 

 蘭丸と詩乃がなにやら考え込むのを見て剣丞は首を傾げる。

 

「何か問題があるの?」

「……それが、播州小寺家の総意であるかどうか……ですね」

 

 問題点は家中の総意でない場合、天下にも情勢にも興味のない小寺の家が何かしらの理由で心変わりをしたときに雫が家から孤立する可能性があるのだ。場合によっては奉公構などの厳しい処断が下される可能性も否定できない。

 

「……ですが……雫の才は蘭丸さまにとって必ず役に立つでしょうから欲しいですね」

「詩乃……。欲しいというのは同意ですが中々に困難ですね」

 

 真剣に考える蘭丸と詩乃。

 

「ら、蘭丸さま……そんな……欲しいだなんて……」

「え?……あ、い、いえ。そういう意味ではなく、詩乃と共に私の智となってもらいたい、という意味ですよ」

「ひゃ、ひゃい……っ!……そう、ですよね……」

「いやはや、流石は蕩し御免状を貰うだけのことはありますなぁ」

「……蘭丸さまにはその気がないというのが中々に……」

「ちょ、ちょっと詩乃?」

「心中お察しいたしますぞ、詩乃どの。これからは公方さまや双葉さまも大変ですな……」

「あ、あの、幽さんもそういうことを話している場合じゃなくてですね」

 

 慌てる蘭丸に笑う剣丞。

 

「はは、でもさ蘭ちゃん。欲しいなら頼んでみたらいいんじゃないかな?」

「頼む、ですか?」

「剣丞さまはお気づきになられたのですね」

 

 感心したように詩乃がいう。

 

「うん、ついさっきだけどね。蘭ちゃん、今の自分の立場を考えたら分かるんじゃないかな?」

「立場……まさか。……幕府から小寺家に依頼を出す……ということですか?」

 

 

 最終的には蘭丸が一葉に頼んだところ、次の日の朝一番で早馬で使いを出すことになった。交渉になることもなく、雫は蘭丸隊へと加わることになった。

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