戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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50話 金ヶ崎の退口

 翌日の早朝。陣を引き払い連合軍は目的地に向かって粛々と進軍していた。すでに松平衆とは別れ、敦賀城が見える距離にまで近づいていた。

 

「あれは……一体?」

 

 蘭丸がそう口にするのも仕方がないだろう。城攻めに備えて待機している蘭丸たちの目の前には、みすぼらしいまでに朽ち果てた敦賀城の姿だったからだ。

 

「貧乏であった頃の二条館よりも酷いのぉ」

「住居というものは、人の手が入らなくなった途端に朽ちてしまいますからな……諸行無常でござろう」

 

 一葉と幽がそう言う。

 

「城の外観よりも今、心配しなければならないことは、鬼の動きです」

 

 詩乃の言葉に蘭丸が頷く。

 

「そうですね。ここまで接近しても未だに迎撃にもでない。籠城という選択をするというのは少々違和感というよりも不気味さすら感じますね」

「では、何かの策を弄している……と考えるべきかと」

 

 雫の言葉に詩乃は頷く。

 

「上級の鬼や中級の鬼のように知能を持った者がいると仮定すればあり得ない話ではありませんね」

「うーん……小波!」

 

 剣丞が声を上げると音もなく小波が現れる。

 

「お傍に」

「周囲の様子はどう?伏兵とか潜んでいるかな」

「いえ。周囲一里四方、くまなく探っておりますが鬼の気配はございません。……それどころか、人の気配も動物の気配もないのです。……どういうことなのでしょう?」

「……最悪の事態も想定しておかなければならない、といったところでしょうか」

 

 そんな会話を交わしている途中で前方から太鼓の音と雄叫びが聞こえてくる。

 

「なっ……先鋒はもう仕掛けたのですかっ!?」

「早いぞ、壬月さん!」

 

 驚く詩乃と剣丞。

 

「状況が分からないのに、もう城攻めに入るなんて。壬月さまたち、焦っていらっしゃるのかな……」

「……いえ、これは……抵抗が薄すぎる。すでに決戦に備えて……?いえ、しかしこの場を完全に棄てる意味は……」

 

 蘭丸が一人呟く。それと同時に剣丞が桐琴と小夜叉を呼ぶように指示を出す。

 

「薄い迎撃に、すぐに落ちそうってぐらいに抵抗のない城門。……どう考えたって何かあるだろ、これは」

 

 剣丞の目が虚空を睨むようになる。

 

「……烏、雀!」

「……」

「はーい!なんですか公方さまー?」

 

 一葉の声にこたえて八咫烏隊の二人が返事をする。返事をしたのは厳密には一人だが。

 

「八咫烏隊、すぐに動けるようにしておけ。先ほどの秘密兵器を使うことになるやもしれん」

「了解でーーーっす♪」

「剣丞の勘、余も信じよう。……備えあれば憂い無しとも言うでな」

「ありがとう、一葉……」

「おーい、蘭丸くーん、剣丞くーん」

「雛……?城門攻略に参加していたはずでは?」

「城門のほうは和奏ちんと犬子の二人が張り切ってるから、特に問題ないよー。思ったより抵抗も少ないし、鬼だってそこまで強いとは感じないかなー?」

 

 やはり抵抗が少ないのか、そう蘭丸は再び思案する。

 

「それよりさ、そろそろ本格的に攻めるから、蘭丸隊にももっと前に出て欲しいんだってー」

「久遠さまが?」

「うん。エーリカさんの進言もあって、そのほうがいいだろうって判断したみたい」

「ですが、久遠さまの本陣がいきなり城門攻めに加わる予定はなかった筈」

「機を見るに敏って奴だよ。柴田・丹羽両隊の動きに対する鬼の動きの鈍さを見て、決定したみたい」

「久遠さまらしいといえばいいですが……」

 

 どうにも言い表せない違和感。それは剣丞も感じているようだ。

 

「おーい、来てやったぞー」

「全く。ワシらを呼びつけるとはいい度胸だ」

「ごめん二人とも。ちょっと確認しておきたいことがあるんだ」

「確認だと?」

「……二人は何も感じない?すべてがうまく行き過ぎてて気持ち悪いというか……」

 

 剣丞がそう桐琴と小夜叉に質問しているのを聞きながらも蘭丸の視線は前方の久遠がいるであろう場所へと向けられていた。人の動きを見て蘭丸が口を開く。

 

「……落ちましたね」

「えぇっ!?お城、もう落ちたんですか!?」

 

 驚くひよ子にこたえるように小波からも連絡が入る。

 

「二刻も経たないうちに落城って。……そんなの滅多にありませんよ?」

「一乗谷での決戦を選んだということですか。ふむ……」

「一乗谷はその名の通り、谷の間にあって守るに適した地形と聞き及んでおりますが……敦賀城を捨てた真意は一体どこにあるのでしょうか」

 

 軍師二人が考え込むのも仕方がないことだろう。それほど鬼の動きには違和感しかないのだ。

 

「ふむ……鬼の行動を見るに、孺子の言う通り何かあると見るのが妥当じゃろうな」

「ケダモンのクセに小癪なことしやがるなー。むかつくぜー……」

 

 桐琴と小夜叉もまた違和感を強く感じているようだ。

 

「蘭丸さま!剣丞さま!本陣より伝令!」

 

 そう言って母衣衆が駆け寄ってくる。

 

「承ります」

「敦賀城を掃討した後、松平衆と合流し一乗谷を目指すとのこと」

「ちょ、ちょっと待った!松平衆と合流ってどういうことだよっ!?」

「先ほど早馬にて、手筒山城の攻略が完了した旨、本陣に伝えられたのです」

「つまりは我々と同じようにほぼ無血開城……と。……剣丞さま」

「うん、わかってる。久遠のことは任せた」

「はい。詩乃、雫。部隊を剣丞さまと一緒に任せます。私は久遠さまのもとへ行きます」

「お任せを」

「はいっ!」

 

 

「久遠さま」

「お蘭か」

「久遠さま、此度の進軍少し歩みを遅めたほうがよいのでは?」

「……ならん。金柑が言うには満月になれば鬼はさらに力を増す。故に止まれん」

 

 久遠の目を見て蘭丸は少し考える。

 

「……わかりました。それでは、私は今より久遠さまの護衛につきます。部隊は剣丞さまにお任せします。……よろしいですか?」

「構わん。……お蘭」

 

 久遠の瞳の奥が揺れる。久遠も悩んでいるのだ。鬼に対する違和感は決して蘭丸たちだけが抱いているわけではない。

 

「大丈夫です、久遠さま。何かあれば私が久遠さまの道を切り拓きます」

 

 蘭丸を見てふっ、と一つ息を吐く。

 

「共に、だ。お蘭が拓く道は我も共に切り拓く。皆でいかねば意味がない」

「はい。……ですが、何やら嫌な予感がぬぐえないのも事実。できる限りの警戒はしましょう」

 

 

「荒加賀が裔、越の国に至るか……。寿永より失われたる器、三千世界よりきたれり。ジンギノサガを備えし者……我が大望を叶える切欠となれ……」

 

 不吉なそんな言葉は何処で紡がれたのか。今はまだ、知る由もない。

 

 

「へぇ……鬼が充ち満ちてやがるなー。……母ぁー。なかなか楽しそうな狩場じゃねーか」

「応よ、腕が鳴るのぉクソガキよぉ。……てめぇ、小便チビッてんじゃねーぞ?」

「はんっ!母こそなっ!」

 

 威嚇の唸りを上げる鬼の群れを前にいつもと全く変わらない様子で最前線に立つのは森一家。普段であればそんな二人を自慢気に見ている蘭丸は目つき鋭く何かを見通そうとしているようだ。

 

「ぬかすわ。……そろそろ始めっぞガキぃ!」

「応よぉ!」

 

 すっと桐琴が息を大きく吸い込む。

 

「森一家のクソ馬鹿どもーっ!人間捨てる覚悟は出来たかーっ!」

「うぉおおおおおおおーーーっ!」

「一乗谷の中ぁ、刈り取るのに手こずるほどの鬼どもが、手ぐすね引いて待っていやがる!」

「稲穂はいくらでもあんだ!収穫のときに喧嘩すんじゃねーぞてめぇら!」

「うぉおおおおおおおーーーっ!」

「よーし!気合十分だな、このケダモノどもが!いいかー、鬼どもは森一家で独占すんぞー!」

「鬼ども根こそぎ刈り尽くせーーーっ!」

「うぉおおおおおおおーーーっ!」

 

 桐琴と小夜叉の言葉に歓喜の声を上げる森一家。

 

「やれやれ……なんて煽動だ」

「よく言えば普段通り、ということでしょう」

 

 呆れたような壬月と苦笑いの麦穂が言葉を交わす。

 

「まぁ武功も期待通り、挙げてくれればいいのだが」

「織田家最狂の森一家ですもの。……きっと期待に応えてくれますよ」

「そう願おう。……では麦穂。戦機は逃すなよ?」

「うふふ、心得ております。……壬月さまこそ武運を」

「応よ」

 

 織田家、松平衆、浅井衆。次々と戦線へと参戦していく。それを久遠の傍でただ無言で見つめる蘭丸。

 

「先鋒、次鋒ほか、各陣営より鬨の声が上がりました。そろそろ戦端が開かれることでしょう」

「デアルカ。……」

 

 エーリカの報告に一言答えた久遠は目を閉じる。

 

「いよいよですね」

「そうだな。……金柑よ」

「はっ」

「貴様はこの戦いで何を望む?」

「え……」

 

 何かを見たような久遠の言葉にエーリカが少し言葉に迷う。

 

「……いや。由ないことを口にした。貴様は貴様の思う通りに動けばいい」

「……はっ」

「……久遠さま。剣丞さまの動きが少し気になります」

「剣丞の?……普通に後方にいるように見えるが……」

「それにずっと考えていたことがあります」

「言ってみよ」

 

 蘭丸は一呼吸置く。

 

「鬼の、いえ、鬼を操る者の目的です」

「ふむ」

「わけわからずの鬼を操り、暗躍している黒幕は何故鬼を操っているのでしょう?そして、一体何を為そうとしているのでしょうか。越前を鬼の国としてから次の行動までの空白の時間や、散発的に行っていた襲撃。……全て私たちが掌で遊ばれているのではと感じさせられるのです」

 

 そう言ったのとほぼ同時にドンと大きな音が響く。

 

「先鋒が一乗谷へ突入したようですね」

「であるな。周囲も小波が探っているのであろう?」

「はい。報告では周囲一里四方に敵影なしとのことです」

「……お蘭。お前であればどうする」

「私であれば兵を伏せておきます。……私でなくても知能があればそうするでしょう」

 

 背後にもいない。横からも来ない。前方の鬼は既に撃破できてしまいそうな状況。なのに何故かざわつく。ふと空を見上げる。鳥や動物の姿はなく。

 

「……動物の姿がない……?」

「どうした、お蘭」

 

 久遠の言葉にこたえるより先に何かに気づいたように一乗谷を見る。

 

「なんでしょう、この違和感……っ!!」

 

 ゾクリと背中を走る悪寒。蘭丸は咄嗟に刀を抜き放つと久遠の前へと立ちはだかる。

 

「お蘭!?」

「来ますっ!!」

 

 一体何人がこの状況をいち早く理解しただろうか。蘭丸の声と共に大地が大きく揺れ始める。

 

「くっ……!敵は……我々の足元です!地下から来ています!」

「なんだとっ!?」

 

 久遠の驚く声と同時に地面から這い出す鬼、鬼、鬼。咄嗟のことに反応しきれなかった兵たちが次々に鬼の攻撃によって地面に伏していく。久遠へと接近しようとしていた鬼は蘭丸の手によって次々と打ち取られていくが、それも一時しのぎに過ぎない。

 

「久遠さまっ!撤退を!」

「しかしっ!」

「申し上げますっ!!」

 

 そう言って駆け込んできたのは一葉の部下……足利衆の兵だ。

 

「許す!」

「公方さまより撤退経路をしたためた書をお預かりしております!」

「大儀!」

「久遠さま!」

「あぁ。……撤退だ。だが、少しでも仲間を助けて……」

 

 蘭丸がチラと蘭丸隊の方向を見る。明らかに鬼がそちらへと殺到しているのが見て取れた。

 

「離れて行っている……!?剣丞さま……!」

 

 以前に刀が光ったときのことを思い出す。鬼を引き付ける刀。おそらくは今回もその力を使って鬼を引き連れて行っているのだろう。久遠を守るために。

 

「どうか、ご無事で……!久遠さま、一葉さまの提案通りの道で撤退します。そこまでの道は私と残った馬廻で拓きます。途中で結菜さま、壬月さま、麦穂さま方と合流できるように手を打っておきます」

「わかった。……」

「久遠さま、今は前に進むしかありません。撤退もまた前に進む道の一つです」

「わかっている」

 

 明らかに手薄になりつつある戦場から久遠たちは逃げ落ちることになる。

 

 

 蘭丸隊や一葉、松平衆、そして森一家。多くの消息不明を出しながらの撤退だった。




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