ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第10話 真のグリフィンドール生

 トム・リドルの行動は速かった。

 即座にバジリスクに『視覚不可呪文』と『消音呪文』をかける。まだまだトム・リドルの力は弱く、その為出来れば魔法を使いたくなかった――マクゴナガルとフリットウィックを自滅させたのもその為――が、そんな事を言ってる場合ではない。

 透明になり、音も立てなくなったバジリスク。例えその姿が見えずとも、目が合えば即死させる能力が健在であることは、実証済みだった。

 本来はダンブルドアを殺すために用意した策であり、何処にあの抜け目ない男の“目”があるか分からない以上、出来れば使いたくなかったが……今のトム・リドルには、ダンブルドアよりもショーン・ハーツの方が恐ろしかった。

 トム・リドルの鋭敏な感覚が告げていたのだ。

 自分は狩る側から、狩られる側になったのだ、と。

 

「おっと」

 

 突如、ショーンがその場で屈んだ。その数瞬後に、頭上をバジリスクの毒牙が通過する。

 馬鹿な、あり得ない! 探知魔法を使っているわけでもないのに!

 

「何をした、ショーン・ハーツ!」

 

 ショーンは答えない。

 代わりに、近くにあった石をトム・リドルに向かって蹴った。標的は――眼だ!

 石はトム・リドルの眼に向けて、真っ直ぐ飛んできた。先程のジョークばかり言っていた少年とは違う、こっちを本気で殺しにきている!

 

「つぅ!」

 

 咄嗟に頭を振り着地点をずらすが、完璧には避けきれず、額に石が当たってしまう。

 一瞬の隙。

 天才的シーカーであるハリーは、その隙を見逃さない。

 

「エヴァーテ・スタティム!」

 

 エヴァーテ・スタティム――宙を舞え。

 二年生でも使える簡単な呪文である。トム・リドルはその反対呪文を千は知っていたが、そのうちの一つも使えないまま無様に宙を舞った。

 しかし、やはり十二歳の少年が使う魔法。大したダメージにはならない。

 だが、心は別だった。

 偉大なるサラザール・スリザリンの血を引き、将来は偉大な闇の帝王となる自分が、たかが額に傷があるだけの二年生に土をつけられた!

 トム・リドルは直ぐに立ち上がり、できるだけ受けると痛い呪文をチョイスして放つ。残念ながら今の弱った状態では『許されざる呪文』は使えないが、トム・リドルは人を痛めつける呪文の知識に関しては誰にも負けなかった。

 

「フラグレート!」

 

 焼印をつける呪文。

 トム・リドルが放ったそれは素早く、そして威力もまた高いモノだった。

 しかしそれを受けてもなお、ハリーの肌は綺麗なままだ。

 

(いや、今のは僕も悪い……。流石に直線的過ぎた。原因は分からないが、ハリー・ポッターに僕の魔法が効かないのは事実。悔しいが、それは認めなければならない。バジリスクと相手を交代するか? いや、あるいは……)

 

 トム・リドルは考える。

 傾向と対策。この二つを着実にこなせば、超えられない壁はないことを、トム・リドルは知っていた。

 直線的魔法が通用しないのなら、搦め手を使うまで。冷静になって考えてみれば、例え魔法が通用しなくとも、歳が四つも上のこちらの方が身体的能力も上のはず。何も慌てることはない。

 

「フリペンド!」

 

 近場にあった石に向けて魔法を放つ。

 ショーンの様に、何メートルも離れた敵に向かって正確に石を蹴り上げるという芸当は出来ないが、魔法を使えば話は別だ。

 魔法を受けた石は、パンパンに膨らんだ風船が穴を開けられた時の様な勢いで、ハリー・ポッターの方に向かっていった。

 この間の試合以降、ウッドに嫌という程ブラッジャーを避ける訓練を受けさせられていたハリーは、訓練以上の動きを見せ、済んでの所で石を避けた。しかし頬に掠ってしまい、僅かに血が出てしまう。

 

「血が出たな……。ということは、今の攻撃は有効だったわけだ。なるほど、読めてきたよ」

 

 トム・リドルは愉悦の笑みを浮かべた。

 短期決戦で決めようと、直接魔法ばかり撃っていたのが悪かったのだ。攻略法さえ分かれば、後はどうとでもなる。

 杖を振り、近くにあった石を全て剣やナイフに変える。一つや二つではない……これが全て刺されば、ハリーの姿が見えなくなるほどの剣の山。

 

「オパグノ」

 

 全ての剣が、ハリーに向けて襲い掛かる。

 ハリーも諦めたわけではなかった。呪文を飛ばし、いくつかを弾き飛ばす。しかし、焼け石に水。ほとんど全てがハリーへと向かった。

 ――死。

 その恐怖が、実態を持って襲って来たようにすら感じた。

 だが、しかし。

 無数の剣は、ただの一つもハリーに擦り傷さえ負わせることができなかった。

 たった一振りの剣を持った男が、全てを叩き落としたのだ。

 地面に落ちた剣を踏みつけながら、ハリーとトムの間にショーンが立ち塞がった。

 

「馬鹿な、あり得ない……バジリスクはどうした? 未だ五分と経ってないんだぞ………」

 

 ショーンは答えない。

 ただ無言で、トム・リドルに向かって歩いて来る。

 トム・リドルは思いつく限りの呪いを放ったが、その悉くが剣の煌めきへと消えていった。

 あれほどの魔法が、全て。

 

「いいのか! 精神は僕でも、体はドラコ・マルフォイほんに――」

 

 その言葉は続かなかった。言い終わる前に、ショーンがトム・リドルの杖腕――右手を切り落としたからだ。

 薄暗い地下室に、絶叫がこだまする。

 しかし、ショーンは手を緩めない。

 更に一歩踏み込み、ドラコ・マルフォイの首を斬り落とそうと剣をふるう!

 銀の刃がマルフォイの首を一センチほど切った所で、ショーンは剣を止めた。

 殺すのを躊躇したから……ではない。中身――トム・リドルが首を斬りとばす寸前に、マルフォイの体から抜け出したからだ。

 ショーンは即座に反応し、追って斬りつけようとするが、トム・リドルは宙高く舞い上がり、剣が届かないところに避難した。

 

「はあ、はあ……流石はゴドリック・グリフィンドールの剣といった所か。まさか、中身の僕ごと斬り落とすとはね」

 

 宙を漂うトム・リドルの体には右腕がなく、また首から僅かに血を流していた。

 

「悔しいが、君達の勝ちだ。ククク……でも、それでいい。君達がここに来た時点で、僕の勝ちは決まっていた。あわよくばここで殺せればと思ったが……まあいい。試合には負けたが、勝負に勝つのは僕だ」

「どういう意味だ、トム・リドル!?」

 

 ハリーが叫んだが、トム・リドルはそれに答えず、そのまま飛んで秘密の部屋を後にした。その直後、扉が閉まる音。

 閉じ込められたのだ。

 ここに来た時点で、僕の勝ちは決まっていた――こういう意味だったんだ! ハリーは答えに行き着いたが、もう遅かった。

 

「ショーン、どうする? ショーン……? ショーン!」

 

 ショーンは剣を手にしたまま、その場に倒れ伏していた!

 慌てて駆け寄る。よかった、息はある! ただ、土砂降りの中でクィディッチの試合をした後みたいに、疲れ切っていた。

 

「ハリー・ポッター、良く聞いてくれ」

「聞く、聞くよ! でも、体が!」

「大丈夫、死にはしない。ただ僕の動きにこの体がついてこれず、筋肉が切れただけだ。まだ11歳だからね、無理もない。それより、だよ。彼を止めなきゃいけない」

 

 それはハリーにも分かっていたし、出来ればそうしたかった。しかし、戦い方も分からなければ、ここから出る方法もない。

 

「今の彼は恐らく、無敵に近い。ロウェナ程の技量があれば話は別かもしれないけど……普通は本体である“ナニカ”を壊さなければダメージを与えられない。でも抜け目ない彼のことだ、本体は厳重に隠されているだろう。時間をかければ見つけられるかもしれないけど、残念ながら時間はない」

「じゃあ、どうすればいい?」

「この剣を使ってくれ。これで霊体を斬りつければ、それで倒せる」

 

 ハリーは力強く頷き、剣を受け取ろうとした。

 しかし――何故か掴めない。いや、掴んだ端から零れ落ちてしまう。

 

「ショーン、剣が!」

「分かってる。ハリー、帽子を」

 

 ハリーはショーンが大広間でこの剣を抜いたという話を思い出し、直ぐに組み分け帽子を持って来た。中に手を入れ、剣を取り出そうとするが――中は空洞。何もなかった。

 当たり前だ。僕は勇敢でも何でもない、ただのハリーだ。真のグリフィンドール生足り得るはずが無い……。ハリーは無力な自分を呪った。

 

「そんな風に思う必要はない。僕が保証しよう。ハリー、君は勇敢だ。でも、それだけじゃあ足りない。本当の意味で剣は抜けないんだ」

 

 ショーンはハリーから組み分け帽子を受け取り、胸に抱えた。

 

「少し、昔話をしよう。昔僕は、信念と理想に満ち溢れていた」

「ショーン?」

 

 明らかに雰囲気がおかしいショーンに戸惑ったが、それ以上に何故か話を聞かなければならない、という気持ちになった。

 

「だけどね、世界は厳しかった。一人の親友か、大勢の新たな仲間か選ばなければならなかった。他の人には選べなかった。だから、僕が選んだ。

 ショーンの組み分けの時、彼がどの寮を選んでも必ず不和が起きた。だから、僕が卑怯な手段を使って引き入れた。

 まだ若い君達に、学友殺しの罪を背負わせるわけにはいかない。だから僕が殺そうとした。

 バジリスクは僕の親友の、大切な友達だった。でもホグワーツで人を殺してしまったし、多くの人を恐怖に陥れた。改心したからといって、犠牲者やその家族は許すと思うかい? 魔法省がそんな危険生物を生かしておく事を許可すると思うかい? 折角助けた友達が死ななければならないと知ったら、彼はどんな気持ちになる? だから、僕が殺した。

 ハリー、僕が思う騎士道とはね、つまりそういう事なんだ。

 君が勇敢に戦うときはどんな時だい? 友達を守る為? 誇りを守る為? なるほど、それもいいだろうね。それじゃあもし、友達を守るために誇りを捨てなければならなかったら? 僕は捨てたよ。それが僕の騎士道なんだ。

 “他とは違うグリフィンドール”と言うけれどね……“他”とは誰のことだと思う? ハッフルパフ? レイブンクロー? それともスリザリン? 随分と小さな“他”だとは思わないかい?」

 

 その言葉は、本来ハリーには意味が分からない言葉の筈だった。

 ショーンの組み分けの時――ショーンは君のことだろう?

 バジリスクが友達の親友? 一体誰のことを話しているんだ。

 そんなことを思うはずだ。しかしその言葉は、何故かハリーの心に響いた。

 

「ショーンは、無意識的にその意味を理解していた。何にも縛られることなく、自由に生きている。だから抜けた。今度は君の番だ。さぁ、教えてくれないか。君の思う騎士道とは何だと思う?」

 

 ハリーは答えなかった。

 その代わりに、組み分け帽子の中に手を入れ――煌めく銀の剣を抜いた。

 

「……合格だ。流石は僕の寮生」

「貴方は、もしかして……?」

「ホラ、迎えが来たみたいだ。ナンダカンダ言って、彼もショーンが好きみたいだね」

 

 どこからともなくやって来たのは、いつもショーンの額を叩きに来る、あの箒だった。

 

「君は箒の名手なんだろ? その腕前を見せてくれ。僕は――正確に言うと僕ではないけど――あの少年の腕をくっつけて、バジリスクの毒を解毒してあげなきゃならない」

 

 ただの少年は――真のグリフィンドール生は箒に乗り、秘密の部屋を飛び去って行った。

 ショーンとマルフォイの事が気にはなったが、それが彼の成すべき事だったからだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 その頃大広間で、セブルス・スネイプは死にかけていた。

 

 念の為という事で、ホグワーツの全生徒は大広間に避難していた。そこを突如現れたトム・リドルに襲われたのだ。

 彼が放つ呪文は強く、しかしこちらが放つ呪文は悉くすり抜けていった。その上、背後には大勢の生徒達。歴戦の猛者であるスネイプも、これでは流石に分が悪い。

 セブルスと同程度の技量を持つマクゴナガルとフリットウィックの助力は期待出来ない上に、他の先生達も生徒の避難で手一杯。

 セブルス・スネイプは、静かに死を覚悟した。

 

 しかし、そこに一人の少年が現れた。

 顔は埃まみれ、ローブは泥に汚れている。オマケに、乗ってる箒はボロボロ。煌めくようなトム・リドルと比べると、非常にお粗末だ。

 だが顔はどこまでも決意に満ち溢れ、手に持つ剣はどこまでも美しく輝いていた。

 そして何より――眼だ。

 セブルスがかつて愛したリリー・エバンズ。彼女とそっくりな眼だった。

 

「トム・リドル。君は僕が倒す」

「なるほど……その剣は確かに僕に効く。でも、出来ると思うかい? たかが二年生の君に! 僕はもう、君への対処法を知っているんだぞ」

「出来るか出来ないか、じゃない。やるんだ。それが成すべき事だから。だから、僕は君を倒すんだ」

 

 トム・リドルの背筋が凍った。

 地下室で対峙したショーン・ハーツ。彼と同じ雰囲気を、ハリー・ポッターから感じたからだ。

 

「……改めて名乗っておこうか。僕はトム・マールヴォロ・リドルであり、そして――」

 

 空中に文字が浮かび上がった。

 

 TOM MARVOLO RIDDLE

 

 もう一度杖を一振りすると、文字は並び方を変えた。

 

 I AM LORD VOLDEMORT

 

「――闇の帝王、ヴォルデモート卿なのだ」

「君の名前なんて関係ない。僕はただのハリーだ。“他”の誰でもない、ハリー・ポッターだよ」

 

 トム・リドルが呪文を唱え、ハリーは剣を振るう。

 二人が動いたのは同時だった。

 決着は直ぐに付いた。

 “他”の誰でもないハリーは、成すべきことをやり遂げたのだ。


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