ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第2章 ショーン・ハーツはアズカバンの囚人
プロローグ


 住めば都、という言葉がある。

 最近ショーンはこの言葉の意味を深く実感していた。

 ここに来るまではどれだけ恐ろしい場所なんだろう、と珍しく怖がっていたのだが、いざ来てみれば、なるほど快適とは言い辛いが、そう悪い場所でもなかった。

 同居人は毎時間「おはよう!」と声をかけてくれるし、管理人は目覚めのキスをしようと毎日来てくれる。12歳、思春期真っ只中のショーンは恥ずかしさからかキスを拒否していたが、受け入れるのも時間の問題かもしれない。

 右の隣人と左の隣人は、何の偶然か親戚同士の様で、世間は狭いなあと思った。問題は二人の仲が多少悪い事だが……まあ仲が良過ぎて自分の居場所がないよりはいい。

 

「おい、ショーン。生きてるか?」

「死んでるよ」

「そうか、元気そうで良かった。こないだ来た奴は、三日目の朝ポックリ逝ってしまったからな」

「知ってるさ。未だここに死体がある」

「あー、それは何というか……お気の毒だな」

 

 右の隣人とのちょっとした朝の会話を終えると、左の隣人がすかさず話しかけて来た。

 

「ショーーーン! 起きたのかぁい?」

「起きてるよ。さっきの会話、聞こえてただろ」

「はっ! 血を裏切った者との会話なんて聞こえないよ。それよりどぉだい、ここは慣れたかい? え?」

「今ちょうどその事を考えていたところだ。住めば都っていうけど、ホントだな」

「……へえ、そうかい。それは残念だねえ。やっとあんたの悲鳴が聞こえると思ったのに」

「俺の悲鳴が聞きたいなら、簡単なやり方があるぞ。実は俺はステーキが怖くてな。もし目の前に置かれたら、悲鳴を死ぬほど上げる」

「ああ〜。それなら、いい肉を知ってる。腐った犬の肉だ。ここを出たら、直ぐ出してあげるよ」

「おい、それはもしかして私のことを言ってるのか?」

「さあ、どうかな?」

「……覚悟しておけよ、ベラトリックス。ここを出たら、真っ先にお前に呪いをかけてやる」

「おーこわっ! でも、でも、でも! それは無理なはなしさ。私が先にあんたを殺すからねえ。シリウス・ブラック――血を裏切る者め!」

 

 愉快な同居人だ。

 この二人の命のやり取りは、見ていて飽きない。というか見ていないと、うっかり流れ弾に当たって死にそうだ。

 

 二人がいつものごとく言い争いをしていると、人間の看守が四人やって来た。そのうち三人は守護霊の呪文を唱えていて、最後の一人は手に持っていた新聞をシリウス、ショーン、ベラトリックスに手渡した。

 

「ありがとう」

「何、気にすんな。お前も未成年のうちからこんなところに入れられて、可哀想に……刑期は二年だったか」

「同情するなら、この死体を持ってってくれないか。鼻は詰まってるからいいんだけど、同居人のこいつが食べようとするんだ」

「おはよう!」

 

 同居人の、名前は……まあいい。とにかく同居人が朝のあいさつをした。というより、この男は朝のあいさつ以外の言葉を発しない。どういうわけかは知らないが。

 

「おはよう!」

「ああ、おはよう。それで、死体は……行っちゃったよ」

 

 看守の彼は、いつの間にか姿を消していた。

 嫌われちゃったかな。ショーンは一つため息をしてから、新聞を広げた。両隣からも新聞を開ける小気味良い音が聞こえてくる。この時間は邪魔をしない、三人の間では暗黙の了解が出来ていた。

 新聞には愛すべき級友である、ジニー・ウィーズリーが映っていた。宝くじを当てて、エジプトに行ったようだ。楽しそうに手を振っている。

 ショーンが暖かい気持ちになっていると、

 

「ふん。血を裏切る者め!」

 

 ベラトリックスが金切り声を上げた。実に台無しな気分だ。もし目の前の鉄格子が無かったのなら、ベラトリックスの所まで行ってぶん殴って、また刑期を伸ばしていただろう。

 

「おい、ベラトリックス! ジニーは俺の友達だし、ロナルドさんは俺が尊敬している人なんだ。あんまり悪くいうなよ」

「ロナルドぉ? はっ、この冴えないガキの事かい? 尊敬するならこんな奴じゃなくて、あのお方――闇の帝王にしておきな。あんたなら、闇の帝王にも気に入られるよ」

「ああ。去年闇の帝王に会った時、確かに勧誘されたな」

 

 ショーンは事実を言ったのだが、二人は「またいつものジョークか……」とそっぽを向いてしまった。日頃の行いが悪いせいだ、とショーンは思った。

 何せ、イギリス魔法界最悪とされる監獄に収容されているのだ。右を向けば殺人鬼、左を向けば闇の帝王の右腕。そして真ん中の自分。日頃の行いが良いとは言えないだろう。

 

 そう、ショーンは今現在、イギリス魔法界最後の監獄――アズカバンにいた。

 ちょっとした重犯罪をしてしまい、厳正なる裁判の結果、イギリス魔法界アズカバンに収容されてしまったのだ。

 住めば都。

 こんな夏休みもそう悪くない、ショーンはそう思った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンの朝は早い。というより、早くせざるを得ない。どういうわけかショーンは全くと言っていいほど“彼ら”の影響を受けないのだが、他の大多数の人はそうでもないようで、毎晩悪夢にうなされているのだ。流石にこうも悲鳴がうるさいと、心ゆくまで惰眠を貪るのは難しかった。

 

「おはよう!」

「ああ、おはよう。お前はいつも元気だな」

「おはよう! おはよう!」

 

 まったく、朝のあいさつに余念がない同居人である。

 ショーンはやれやれと頭を振ってから、朝の日課を始めた。

 

「シリウスー! ベラトリックスー! 朝だぞ、起きろ!!」

 

 二人の名前を叫びながら、牢屋の壁を蹴る。

 ベラトリックスにとって悲鳴は子守唄で、シリウスは慣れたらしい。故に二人は、ショーンが半強制的に起こされた後も、気持ち良さそうに眠っていた。

 早起きは三文の徳。

 せっかくこの素晴らしい早朝の恵みに預かっているのだ。愛すべき隣人に、少しでもこの恵みを分けて上げたい。ショーンは慈悲の一心で、大声を上げ、壁を蹴り続けた。

 

「ショーン。せっかくいい気持ちで寝てたのに……お前は本当に、良い奴だな」

「ありがとう」

「皮肉で言ったんだ」

「知ってるよ。俺も皮肉で言ったんだ」

 

 先ずシリウスが起きた。眠い目をこすりながら、ショーンに感謝の言葉を述べてくる。ショーンはニッコリ笑った。

 

「よし、次はベラトリックスだ。手伝えパッドフッド(犬の肉球)

「良いだろう、シニークス(皮肉屋)

 

 イタズラ人としての名前で呼び合い、袖捲りをする。ベラトリックスはシリウスにとって大嫌いな従姉妹であり、出来れば関わり合いたくないが、同胞に言われては仕方ない。

 仲間外れは許さない、それがアズカバンの掟である。あるいは死なばもろとも、ともいう。

 二人がありったけの騒音を出すと、ベラトリックスはゆっくり起き上がり、シリウスと同じく二人に感謝の言葉を述べた。ショーンとシリウスはニッコリ笑った。

 

 さて、二人を起こしたはいいが……起こしたからと言って、特にやることがあるわけではない。

 

「シリウス、ベラトリックス。暇だ」

 

 そこで先輩達に意見を伺うことにした。

 ベラトリックスは「死ねばあの世の裁判で忙しくなる」という素晴らしいアドバイスをした後、そっぽを向いてしまった。頼みの綱はシリウスのみである。

 

「なら、クロスワードでもやるか」

「少しジジ臭いが、そうさせて貰うよ」

「ジジ臭い? クロスワードはジジ臭いのか……」

 

 落ち込んでいるシリウスを尻目に、ショーンは新聞に載っていたクロスワードを始めた。

 日刊予言者新聞はマリー・レイントンというライターが書く強烈な批判記事――今回掲載されていたのは「ファッジのファックな政治」という記事だった――以外読むところが無かったのだが、新たに読むところが増えた。クロスワードを「読む」というかは、少し疑問だが。

 ショーンは魔法薬学と魔法史の才能には恵まれなかったが、少しばかりの機転はあったようで、順調にクロスワードを埋めていった。しかし、ショーンはマグル生まれのため、魔法界の常識を問われる部分には弱かった。

 

「誰でも知ってる、最も偉大な魔法使い、か……」

「それは僕だね」

「私だろう?」

「私ですよ。間違いありません」

 

 すかさず、幽霊達が名乗りを上げる。周りに人がいるので彼らと話せないショーンの代わりに、ヘルガが嗜めた。

 最初ショーンがここに来た時「もっと危機感を持て!」だのなんだのと言っていたが、結局彼らもいつも通りだった。

 

「なあ、最も偉大な魔法使いって誰だと思う?」

「ダンブルドアだろうな」

「いいや、ヴォルデモート卿に決まってるね」

「おはよう!」

 

 シリウスとベラトリックスがまた喧嘩を始めた。人を挟んで言い争うのは辞めてほしい。ショーンは他人に迷惑をかける奴が好きではなかった。

 しかし、最後のは論外として、実際のところ誰だろう。ダンブルドアもヴォルデートも、ここには当てはまらない気がする。

 

「あっ、ハリー・ポッターか」

 

 ショーンが答えを言うと同時に、二人の言い争いがピタリと止んだ。

 

「ハリー・ポッター! あいつをこの私が殺せたら、どれだけ名誉なことか!」

「辞めとけベラトリックス。また刑期が伸びるぞ」

「実はな、ショーン。私はあの子の後見人なんだ」

「ハリー・ポッターの後見人くらいで自慢するなよ。俺はロナルド・ウィーズリーさんの後輩だぞ」

「そうか、君はハリーの一つ下だったか……ハリーのこと、聞かせてくれないか」

 

 まさかコリンの「今日のハリー・ポッター情報」がここで役に立つことになるとは。ショーンは自分の知り得る限りのハリー・ポッターについての情報を、シリウスに聞かせた。勿論、冬休みの前にあった女子トイレでの大冒険も。

 

「そんな事があったのか……。しかし、闇の帝王の記憶を前にして、犠牲無く済んだ事は幸運だったな」

「犠牲無く? とんでもない! ロナルドさんの飼いネズミが犠牲になったよ。もう10年以上生きてる、ご長寿ネズミだったのに」

「――10年以上生きてるネズミだと?」

「ああ。妹のジニーがそう言ってた」

「まさか、いや、そんなはずは……そのネズミに、左手の人差し指はあったか?」

 

 そんな事、知るわけがない。友達の兄のペットのネズミの左手の人差し指なんて、一々覚えてるわけがなかった。しかし――

 

「確かになかったですね」

 

 ショーンには一人、絶対の記憶力を持つ幽霊が取り憑いていた。

 

「なかったよ。確かだ」

 

 それを聞いた瞬間、シリウスは大声で笑い出した。ついに狂ったか、ショーンはそう思った。友達の兄のペットのネズミの左手の人差し指が無かった事にこんなに笑うなんて、どう考えても普通ではない。

 

「決めたぞ、ショーン! 私はここから出る!」

「私は無罪だって言ってたのに、脱走だなんて、いよいよ大量殺人鬼じみて来たな」

「ジョークじゃない! 本気だ! 君も来るかね、ショーン――いや、シニークス!」

 

 ショーンは少し考えてから、光の速度で首を縦に振った。正直、ここの生活には飽き飽きしていた。

 住めば都?

 ナメクジ喰らえだ。

 

「よし、決まり――」

「待ちな!」

 

 シリウスの声を、ベラトリックスが遮った。

 

「私も連れて行きな」

「私がお前を連れて行くと思ってるのか!」

「連れて行かなかったら、次に看守が来た時脱走のことをバラすよ。それに、あんた達ここの構造を理解してるのかい? 行くあては?」

「ぐっ……」

 

 ベラトリックスの指摘は的を射ていた。

 

「その点、私はここの構造を熟知している。レストレンジ家の別荘はいくらでもあるんだ、衣食住にも困りやしない。ただ、ここから出る手段だけがない……。そう悪い話じゃないだろぅ?」

「しかし……」

「いいんじゃないか、シリウス。仲間は多い方がいい。そっちの方が愉快だからな」

「ピクニックじゃないんだぞ」

「おはよう!」

「ああ、お前を忘れてたな。一緒に来るか?」

「おはよう!」

 

 相変わらず「おはよう!」としか言わなかったが、頷いてるようにも見えた。

 

「はあ。分かった、良いだろう。ただしベラトリックス、お前が少しでも妙なことをしたら、直ぐにその喉元を噛みちぎるからな」

「パッドフッド。レディに向かって噛み付くとか言わない方がいいぞ」

「なんだい。あんた、私を女としてみてたのかい?」

「我が親愛なる従姉妹が、ふた回りほど違う男の子に色目を使うとはね、ショックだよ」

「あぁん?」

「やるのか?」

「おはよう!」

「おい、喧嘩するな」

「しかしな、ショーン。そこの女が……」

「聞いておくれよショーン。あいつが……」

「分かった、分かったから。娑婆に出たらいくらでも聞いてやる。だから今は、脱走のプランを四人で立てよう」

 

 ――こうして、四人のアズカバン脱走計画が始まったのである。












ショーンが唯一さん付けで呼ぶ男、ロナルドさん。



ここまで読んでくださってありがとうございます。
第1章のタイトルは全く思い浮かばなかったのですが、第2章のタイトルは直ぐに思い浮かびました。
ホグワーツを離れるどころか、アズカバンに収容される主人公は(多分)ショーンだけ! いや、まったく自慢になりませんが……
組み分け帽子「アズカバン!」が実現してしまったわけです。
まあそんなわけで、第2章はアズカバンよりお届けします。



【オマケ:ハリーと同世代だった時のショーンのハロウィン】

ショーン「ハーマイオニー!」
ハー子「私を慰めに来たの? でも、無駄よ。私ってホント最低の奴なんだわ……」
ショーン「本当は慰めに来たんだけど、今は別に言いたいことがある。
一つ、ハーマイオニーのいる女子トイレに入ったこと。
二つ、その事にかすかな悦びを覚えていること。
三つ、後ろにトロールが立ってること。
どれが一番ヤバいと思う?」
ハー子「私から言いたいことは、たった一つよ。二人とも出てって」

メンタルが強いショーンと、キツイ物言いのハー子は相性が良さそう。
なお、本編ではまだ一度も話した事がない模様。

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