ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第4話 吸魂鬼のキス

 ――─時は少しだけ巻き戻る。

 ショーンがホグワーツへと向かう、三日ほど前……ちょうど、シリウス達の脱獄が知れ渡った時のことだ。

 

 ハリーは偶然にも、シリウス・ブラックが自分の両親の仇であることと、ベラトリックス・レストレンジがネビルの両親の仇である事を知ってしまった。

 また同じタイミングで、フレッドとジョージがハリーに忍びの地図を渡してしまう。二人は、ハリーが復讐の為にシリウスを探しているなどとは、夢にも思わなかったのだ。むしろその逆で、もしシリウスやベラトリックスがホグワーツに忍び込んだとしても、忍びの地図さえあればハリーは逃げれるだろうと思っての事だった。

 

 そしてそれから三日後……毎日の様に忍びの地図を睨んでいたハリーは、ついにシリウス・ブラックの名を見つけてしまう。

 早速ハリーはシリウスを倒しに行こうとしたが、ふと思いとどまった。頭の中をよぎるのは、去年対峙したトム・リドル。

 自分一人の力で、はたして彼は倒せただろうか?

 きっと無理だっただろう。

 教師の力と偶然のお陰だ。自分の力なんて、ほんの後押しに過ぎなかった。

 それなら、今回もそれを頼ればいい。ハリーは闇の魔術に対する防衛術の教師である、リーマス・ルーピンを頼った。彼はこれまでの闇の魔術に対する防衛術の先生と違って頼りになったし、個人的にも仲良くしてくれた。

 

 忍びの地図を見たリーマスは、驚きの声を上げた。

 それはシリウス・ブラックがホグワーツに侵入していたから……ではない。むしろそのすぐ近くにいるピーター・ペティグリューを見てのことだった。

 ――リーマスは聡明だった。

 あれだけジェームズと仲が良く、心の強かったシリウスがどうして裏切ったのか?

 残ったのはたった指一本、地図に記されたピーター・ペティグリューの名前、バーテミウス・クラウチの横暴な裁判……カチリカチリと、今まで自分の中に渦巻いた“ズレ”が正しい形へと姿を変えていく。

 シリウスは初めから裏切っていない。そう、裏切り者はピーター・ペティグリューだったのだ!

 直ぐに答えに行き着いたリーマスは、ハリーと共に駆け出した。

 その時、彼は決定的な過ちを犯してしまう。

 ピーター・ペティグリューとシリウス・ブラック、それからベラトリックス・レストレンジの名が記載された忍びの地図を、机の上に置いたままにしてしまったのだ……。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ―――同時刻。

 シリウスはピーター・ペティグリューと再会していた。

 ベラトリックスを追ってここまで来たが……嬉しい誤算だった。何の因果か、ピーターもまたホグワーツに来ていたのだ。

 シリウスはアズカバンで幸福な記憶のほとんどを吸い取られてしまっていたが、ピーターの臭いだけは忘れていなかった。ジェームズとリリーが生き返りでもしない限り、彼はその臭いを永遠に忘れないだろう。

 

「ピーター!」

「や、やあシリウス。つ、杖を降ろしておくれよ……仕方なかったんだ! 分かるだろう? 例のあの人の恐ろしさが……」

 

 ピーターは身を震わせた。

 同時に、シリウスも体を震わせる。

 尤もピーターのそれは恐れから、シリウスのは怒りからくるものだが。

 

「いいや、分からない! 我々なら死を選んだ!」

「なら、今死んでもらおうか」

「――!?」

 

 シリウスは背中から強い衝撃を受け、吹き飛んだ。

 地面に倒れ臥すシリウスの元へ、ベラトリックスが甲高い笑い声を上げながら近寄って来る。

 

「あ〜あ、いい様だねシリウス・ブラック」

「ベラトリックス!」

 

 罠だったのだ。

 シリウスは必ず自分を追ってホグワーツへやって来る。そう読んだベラトリックスは、怨敵であるピーターを餌に使い、シリウスの油断を誘った。

 結果は見ての通り。

 ベラトリックスの読み通り、シリウスはブラック家の末裔である前に、どこまでもグリフィンドール生だった。

 

「ふん。殺したくて殺したくて堪らなかったよ。ただ、あの時はあの子がいたからね」

「あの子……ショーンの事か! どうしてお前はあいつにこだわる?」

 

 シリウスはそれがずっと疑問だった。

 ベラトリックス・レストレンジは残虐性という一点だけを見れば、闇の帝王以上の人物である。それがショーンの前では薄れ、殺したくて堪らない相手である筈のシリウスとさえ話をした。

 いや、疑問はそれだけではない。

 そもそも、闇の帝王に完全に心を蝕まれていたクィレルが自我を持ったのも、吸魂鬼が大人しくなったのも、全てショーンが来てからの話だ。

 彼らだけではない。

 普通なら、シリウスももっと弱っていたはずだった。それこそ、鉄格子の隙間よりも痩せ細るほどに。しかし、それがどうして……。

 

「尊い血から……ブラック家から距離を置くからさ。だからあの子の本質に気がつかない! あの子は――」

 

 言い終わる前に、突如ベラトリックスは杖をふるった。

 次の瞬間、何もない空間から閃光が飛んで来る。それはベラトリックスの杖から出た魔法とぶつかり合い、相殺された。

 ――学生時代に、呆れ果てるほど見た光景だ。

 シリウスは素早く犬に変わり、ベラトリックスの腕を一噛みしてから、そちらの方に駆け出した。

 

「ジェームズ!」

「僕、ハリーだよ」

「ああ、すまん。昔の癖でつい……。しかしその透明マントをよく使いこなしてるところを見ると、顔だけでなく、中身まで随分お父さんに似てるようだ。ただ目だけは――」

「お母さんに似てる?」

 

 シリウスは大きく目を見開いてから、ゆっくりと微笑んだ。

 釣られてハリーも笑った。

 初対面のはずなのに、ハリーはもうすっかりとシリウスの事が好きになっていた。長い間一緒にイタズラをしてきた悪友のようでもあるし……もし父親がいたら、こんな感じなのかな、とも思った。

 

「シリウス、すまなかった……」

「リーマス! 我が友よ、会いたかった」

 

 二人はがっしりと抱き合った。

 

「長い間、パッドフット、君が裏切り者だと思っていた」

「ムーニー、私もあの時、お前がそうだと思っていたさ。これでおあいこだ」

 

 そして二人は、杖をベラトリックスとピーターの方へと向けた。

 

「一緒に殺ろう」

「ああ、勿論だ」

「僕も――」

「ハリー、君は下がってるんだ。いいね?」

 

 ルーピンが毅然とした態度で言った。ハリーは「でも……」と言葉を繋ごうとしたが、それは出来なかった。

 ベラトリックスが呪いを放ったのだ。

 黒い靄の様なものが、ハリー達目掛けて飛んで来た。靄が通った後の植物は、まるでダドリーが夏休みの自由研究で育てたアサガオの様になった。

 ルーピンが透明の盾でそれを防ぎ、直ぐさまシリウスが反撃する。

 ピーターはずんぐりとした見た目からは想像もつかないような身のこなしでそれを避け、シリウスの足元目掛けて呪文を走らせた。

 地面が唸り、沼のようになってハリーの足を飲み込んでいく。

 シリウスが杖をタクトの様に振るうと、地面は固まり、逆にベラトリックスに向かって隆起した。しかしベラトリックスの杖の一振りで、地面が割れる。

 ――とてもじゃないが、割って入る隙なんてない。

 ハリーは唇を噛み締めながら、戦いの行く末を見守った。

 その時だ、今まで無言呪文ばかりだったベラトリックスが、大声で呪文を唱えた。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 眩いほどの緑の閃光が、ベラトリックスの杖から迸った。

 その瞬間――呪文の進行方向先に、何故かショーンが現れた!

 ショーンはその呪文に直撃し、バーン! という音を立てて吹き飛んだ。

 

「ショーン!」

 

 ハリーは慌てて駆け寄った。

 この一年、彼にどれだけお世話になったか分からない。さっきの呪文が何かハリーは知らなかったが、少なくともハリーが知ってるどの呪いよりも強力な呪いだろう。

 もしかしたら、死んでしまうかもしれない……!

 そんなハリーの心配を他所に、ショーンはあっけなく起きあがった。

 

「……こんな強烈な歓迎は、去年俺が孤児院に帰った時妹にされたアレ以来だ。アズカバンの歓迎だってもう少し優しかったぞ」

「馬鹿な、あり得ない……」

 

 ピーターが喘ぐ様な声を出した。

 ――アバダ・ケダブラ。

 死の呪文。それを受けて生き残った者は、魔法界の長い歴史の中でも一人しかいない。それを受けて平然としている、などということは……。

 

「ふん。ゴミもゴミなりに役に立ったみたいだね」

 

 ベラトリックスの言葉を聞いて、ピーターはやっと納得した。

 死の呪文は初めからショーンに当たっていなかったのだ。どうやら、ショーンをここまで連れてきた、老いた屋敷しもべ妖精に当たったらしい。

 死の呪文は強烈無比な呪いだが、対象は一人だけだ。余波で吹き飛んだとしても、直撃していないのなら死は訪れない。

 

「クリーチャー……」

 

 ショーンが呟いた。

 ドビーと良く似ている生き物が、ショーンの近くに横たわっていた。彼が、ショーンの身代わりになったのだろう。

 ショーンはピクリとも動かなくなった彼を、呆然と見つめていた。

 

「大丈夫だよ、マダム・ポンフリーならきっと――」

「ハリー」

 

 慰めの言葉を掛けようとしたが、ルーピンが肩を掴んで止めた。

 ……なんとなく、ハリーにも分かっていた。あの屋敷しもべ妖精は、あちら側にいってしまったのだろう。

 

「こいつとは、長い付き合いじゃなかった。

 ……ただ、ご飯をご馳走してくれたんだ。物凄くお腹が空いている時にご飯をくれる奴ってのは、時に十年来の友人に勝る」

 

 その経験はハリーにもあった。一週間絶食の罰をダーズリー一家に課せられた時、どうしてかこっそり飴玉をくれたペチュニアに恋しそうになった。罰を課してるのもペチュニアだと思い出して、すんでの所で思いとどまったが。

 

「――リーマス? リーマス!」

 

 シリウスが叫び声を上げた。

 そちらを見ると……月明かりに照らされていたルーピンが、恐ろしい唸り声を上げながら、何かに変身していた。

 顔や体が大きくなり、背中の比率が上がり、長い牙と爪が生えてきている。そこにいるのはハリーの知るリーマス・ルーピンではなかった。

 狼人間だ!

 どうしてスネイプがあれ程厳しく狼人間について学ばせようとしたのか、ハリーは今やっと分かった。

 

 シリウスは何とかルーピンをなだめようとしていたが、ベラトリックスとピーターに邪魔されていた。

 彼等はどうしてかショーンを気にしていたので、強い呪いを撃てないでいる様だったが、それでも一対二だ。シリウスは汗をびっしょり掻きながら杖を振っていた。

 やがて完全に狼人間になったルーピンが――こっちに向かって駆け出してきた!

 

「エクスペリアームス!」

 

 ハリーは呪文を放ったが、いとも容易く撃ち落とされてしまう。

 魔法生物の皮膚は硬く、呪文は通り辛い。一般に効果的とされているのは……思い出せない! どうして僕はスネイプの宿題をちゃんとやっておかなかったんだ!

 ハリーはやけくそになって、杖を腰にしまってファイティングポーズをとった。

 しかし――なんと――狼人間はハリーの横を通り過ぎていった。見向きすらしなかった。そして――驚くべきことに――ショーンに向かって一直線に走って行ったのだ!

 ショーンはすんでの所で横に飛んで避けた。それでも狼人間は諦めようとしなかった。体勢を立て直し、再びショーンに飛びつく!

 

「おいウスノロ犬! こっちだ!」

 

 ハリーが叫んだ。

 狼人間は見向きもしない。まるで何かに取り憑かれた様に、ショーンを狙っていた。

 ――当たる!

 ハリーはそう思った。クィディッチでスニッチを掴む時の様に、時間がゆっくり流れた。狼人間の鋭い牙が、ショーンの喉元にかぶりつこうとしているのが見える。だけど、どうする事も出来ない。

 

「きゃいん!」

 

 一瞬のことだった。

 突如目にも留まらぬ速さで動いたショーンは、膝を狼人間の顎に当て、舌を思いっきり噛ませた。そのまま裏蹴りを後頭部へ。狼人間は甲高い声を上げながら二、三歩後ろに下がった。

 

「ハリー。君は彼を手伝って上げてくれ。僕はこっちを済ませるから」

 

 それだけ言うと、ショーンは森の中へと駆けて行った。

 彼の足は驚くほど早く、あっという間に姿が見えなくなってしまった。そのすぐ後を狼人間がついていく。とてもじゃないが、あの二人のスピードについて行けそうにない。

 追いかけたい、追いかけたいけど……今出来る最善を尽くそう。

 ハリーは杖を構え、ピーター・ペテグリュー目掛けて呪文を放った。

 

「エクスペリアームス!」

 

 完全な不意打ちだった。

 ピーターの腕に呪文が当たり、彼の杖は茂みの中へと吹き飛んで行った。

 

「いいぞジェームズ!」

 

 シリウスが嬉しそうな声を上げた。

 今度はベラトリックスに呪文を撃とうとしたが、ベラトリックスから放たれた反撃の一撃で、ハリーは完全にノックアウトされてしまった。意識だけは残っているが、呪文はおろか、立ち上がることも出来そうにない。

 ――シリウスとベラトリックスの一騎打ちが始まる。

 そして決着はすぐに着いた。

 一対二で戦っていたシリウスは息切れを起こし、直ぐに負けてしまったのである。

 

「あははは! クルーシオ!」

 

 ベラトリックスの歓喜の声と、シリウスの絶叫がこだました。

 ハリーは何とか止めようとしたが……体が上手く動かない! 這いずる事さえ困難だった。泥にまみれながらシリウスの元へ行こうとするが、少しも進まない!

 

「シリウス!」

 

 そう叫ぼうとしたが「コヒュ」と空気が漏れる音しかしなかった。そうしている間にも、シリウスは呪いをかけられ、身体中を蹴られていた。

 散々シリウスを痛ぶったベラトリックスは、とうとうシリウスにトドメを刺そうとした。あの屋敷しもべ妖精を殺した、恐ろしい呪文を撃とうとしたのだ。

 しかし――その時だった――ハリーが夢にも思わなかったことが起きたのである。

 

「ベラトリックス・レストレンジ!」

 

 茂みから誰かが出来て、ベラトリックスを押し倒したのだ!

 拷問に夢中になっていたベラトリックスは、無防備にタックルを受けた。拷問狂である事、それが彼女の唯一の弱点だった。

 月明かりに照らされたその姿は……ネビルだ。ネビル・ロングボトムだ! 手には、あの忍びの地図が握られている。

 

「父さんと母さんの仇!」

 

 ネビルはベラトリックスの喉元に杖を突き立てた。

 ベラトリックスの杖は、タックルされた時の衝撃で遠くに飛んでいた。シリウスを痛ぶった事で息が切れていた彼女には、反撃の手が残っていない。

 ――ネビルは、ずっとこの時を待っていた。ベラトリックスが脱獄した事を知り、ハリーを狙ってこの学校に来ると知った日から、この時を待っていた。

 そして偶然にも今日、宿題で分からなかった所を聞きにルーピンの研究室を訪ね、忍びの地図を発見し……今に至ったのだ。

 

「呪文は知ってる! お前が、父さんと母さんに使った呪文だ!」

 

 狂気じみた顔でネビルが叫ぶと、ベラトリックスは恐怖に顔を引きつらせた。

 彼女ほどあの呪文に詳しい人間はいない。

 故に、その恐ろしさが身に染みているのだろう。

 

「そうか、君はロングボトム家の……。それなら君には、そいつをそうする権利がある」

 

 シリウスがそう言った。

 ネビルは少しシリウスを見た後――彼からすればシリウスは少し前まで犯罪者だった――二、三度深呼吸をし、ベラトリックスを見た。

 

「シリウス!」

 

 ネビルがその呪文を唱える前に、ハリーが叫んだ。指で上を指している。

 ――吸魂鬼だ。

 大量の吸魂鬼が、ハリー達を取り囲んでいた。

 先ずシリウスが倒れた。ハリーに出会い、リーマスとの誤解が解けた事で、これまで自分を支えていた執念が無くなっていたのだ。

 次に、最大級のトラウマを抱えるハリーが倒れた。

 そして――ネビルは、人生で最も辛い記憶、両親との記憶を思い出していた。

 赤ん坊の自分を抱えながら、にこやかに笑う写真の中の二人。

 その横で、虚ろな目をしてベッドに横たわる二人。

 それはネビルにとって辛い過去だったが……辛いだけではなかった。

 クシャクシャになったガムの包み紙を受け取るたび、どうしようもなく辛い気持ちになりながら、両親の暖かさを感じていた。

 それは決して幸福な記憶ではない。

 だが、それだけではなかったのだ――

 

 

 ネビルはベラトリックスの喉元から杖を降ろした。

 そして、彼女を吸魂鬼に引き渡した。

 見た者は目を背けずにはいられないという、吸魂鬼のキス。

 しかしネビル・ロングボトムは、一度も目を背けず、それを見届けた。

 

 

 ――ベラトリックス・レストレンジ、死亡。


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