ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第6話 その味は鉄

 試合開始の合図を受けて、空に浮かび上がる。

 一瞬、箒に頭を叩かれるのでは? という考えが浮かんだが、箒はしっかりと空中でショーンの体重を支えていた。

 普段いがみ合っている者が味方になると、途端に頼もしく感じる事があるというが、この箒は正にそれだった。なんとも言えない安心感を与えてくれる。

 

 思えば、この箒とも長い付き合いだ。この試合が終わったら、何か名前をつけてやるのもいいかもしれない。

 そうだな、ロナルド――ショーン――ショーナルド。

 ショーナルドという名前はどうだろうか? ジョークばかり言う子に育ちそうだ。

 

「ショーン!」

「おお、我が義妹よ」

「はぁ!?」

 

 ジニーがありったけの侮辱の目を向けながら、ショーンにクアッフルを投げた。

 おっと、集中しないと。

 ショーンはクアッフルをキャッチしながら、ピッチを見渡した。

 

 ダームストラングの選手達は、少々面食らっているようだった。

 最初にボールを持った選手が、後ろにボールを送る事は、フットボールでもよくある事だ。むしろ定石と言ってもいい。それでも流石に、キーパーまで戻すと言うのは、ほとんどない。

 

 彼らにとって予想外だった事は、それだけではなかった。

 ホグワーツ側のコートには――ジニーとショーンを除いて――ホグワーツ側の選手が、すっかりいなくなっていたのだ。

 ダームストラングの選手達は――もちろん、観客もだが――ホグワーツ側の選手達を、私服姿のルーナを見るような目で見ていた。

 

 しかし流石によく訓練されているようで、ダームストラングの選手達は直ぐに気を取り直して、ショーン目掛けて飛んで来た。そのうち何人かは、ホグワーツ側の作戦を見抜いてさえいるようだった。

 

「ジニー」

「はいはいっと」

 

 右上(・・)を見ながら、左下(・・)にパスを出す。

 ダームストラングの選手達は右上のパスコースを塞いだが、それは無意味だった。

 ジニーだけが左下で、しっかりとショーンのパスを待ち構えている。

 

 ダームストラングの選手達は急いでジニーの方へと向かっていったが、それもまた無意味だった。

 ジニーはクアッフルに手も触れず、即座に箒の柄の部分でクアッフルをショーンに打ち返していたのだ。

 

 ショーンは突如、豪速で飛んでくるクアッフルを当たり前のようにキャッチした。

 そしてそのまま、急上昇していく。

 慌てて目で追ってしまったダームストラングの選手達は、ショーンの後ろでサンサンと輝く太陽を見て、目をやられてしまう。

 その間に、いつの間にかショーンの下に待機していたジニーに、クアッフルを投げた。またしてもパス成功だ。

 

「行くぞ、ゴールまで一直線だ!」

「作戦バラしてんじゃないわよ!」

 

 ショーンとジニーの会話を聞いたダームストラングの選手達は、慌てて自陣のコートまで戻って行く。

 しかし、ショーンとジニーは、一歩も動いていない――箒に乗っているのに「一歩」という表現はおかしいが――とにかく、その場にとどまっていた。

 

 ここまでくると、ダームストラングの選手達は、流石にホグワーツ側の作戦に気づいた。

 そう――何を隠そう――ホグワーツ・オールスターチームは最初から、点を稼ぐ事を諦めていたのだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ホグワーツ・オールスターチーム、それから候補生たちは、一つの教室に集められていた。

 黒板の前には、ハーマイオニーが立っている。

 彼女は赤い眼鏡をかけ、髪の毛を後ろで纏めて、それから教鞭を持っていた。どうやら彼女は、形から入るタイプらしい。

 

「えー、これからホグワーツ・オールスターチームの作戦会議を始めたいと思います。何か質問がある方は、挙手をしてから発言してください」

「一体いつからハーマイオニーはマクゴナガル先生になったんだ?」

 

 ハリーがそう言うと、ハーマイオニーはチョークを浮かべて、スニッチのような速さで飛ばした。

 ハリーはチョークがトラウマになった。

 

「今回の試合は、普段ホグワーツで行われている試合とは、大きく異なる部分があります。それがなんだか分かりますか? はい、ショーン」

「えっ、挙手制じゃないの? あー、えっと……ハーマイオニー、今日の髪型オシャレだな」

 

 ショーンはチョークがトラウマになった。

 

「普段のクィディッチ・トーナメントでは、勝ち点を上げる為に、出来るだけ多く点を取った状態でスニッチを獲得し、試合を終わらせます。これはナショナルリーグでも同様です。ところが、今回の試合は一回限り。つまり、」

「つまりサッサとスニッチを取ればいいんだ!」

「挙手を!」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 しかし興奮したハリーの耳には、届いていない様だった。

 

「ですが、そのくらい相手も気がついてるはずです。恐らくクラム選手はその気になれば、五分とかからずにスニッチを捕まえられるでしょう」

「僕だってやろうと思えば出来る」

「そうでしょうとも。そうでなくては困るわ」

 

 ハーマイオニーの発言に、みんな首を傾けた。それを見て、ハーマイオニーは楽しそうに笑った。

 ハーマイオニーが重度の教えたがりである事を、ショーンは見抜いていた。しかし彼女の元にチョークがある限り、ショーンはそれを言うことはないだろう。

 

「我々は、点を取る事をしません。三人いるチェイサーの内二人――セドリックとチョウ――には、ずっとクラムをマークしてもらいます。更にそこに、フレッドとジョージを加えた四人がかりで、徹底的に妨害してもらいます。そして150点の差がつく前に、」

「僕がスニッチを取る!」

「挙手を!」

「ああ――うん――挙手ね」

 

 ハリーが挙手の事を少しも考えてないことは、誰の目から見ても明らかだった。頭の中はクラム一色だ。

 

 しかし……チェイサーを一人だけにするとは、思い切った事をしたものだ。

 クィディッチには、スニッチニップというルールがある。シーカー以外の者は、スニッチを手で触ったり掴んだりしてはならない、というルールだ。つまりセドリックとチョウは、スニッチが目の前にあっても、何もする事が出来ない。あくまで、ただクラムの妨害をするだけ。

 

 人数の少ないクィディッチという競技で、四人もの選手を点に関わらせないというのは、正気の沙汰ではない。

 

「それで、ゴールキーパーのショーンと――それからもう一人のチェイサーの――二人でクアッフルを回し続けてもらいます。150点差をつけられない様に。そうなると――必然的に――もう一人のチェイサーは技量よりも、ショーンと息が合うかどうかで決めます」

「ハーマイオニー、その作戦には、決定的な穴があるわ」

 

 ジニーが手をあげながら、重々しく言った。

 

「ショーンと息が合う奴なんて、この世界のどこを探してもいないわ」

「ジニー。貴女は挙手をしたとしても、発言は許しません」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 

 その後、面々は『必要の部屋』に向かった。最後のチェイサーを決めるテストを、今からしようと言うのだ。とは言っても、候補生は片手で数えられる程度しかいない。

 

 先ずスリザリン生は「他の寮の奴ら――特にハリー・ポッター――となんて一緒にプレーできるか」と――チョウに気があるスリザリンチームキャプテンのグラハム・モンタギュー以外――参加してくれなかったし、レイブンクロー生はそもそもクィディッチがあまり好きではなかった。

 

 結局集まったのはほとんどがグリフィンドール生とハッフルパフ生だが……ジニーとアンジェリーナを超える選手がこの中にいるとは、到底思えなかった。

 それでも一応、テストをやらないわけにはいかない。もしかしたら、逸材が眠っているのかもしれないのだ。

 

 中央で行われているチェイサー選抜テスト。

 その一方で、コートの端の方では、既にスタメン入りを果たした選手達が練習していた。

 

 シーカーであるハリーを、セドリックとチョウがひたすら妨害しながら飛び、ハリーはそれを躱しながらスニッチを追いかけている。

 二人にマークされてるだけでも辛いのに、更に時折、ビーターであるジョージとフレッドの妨害が入るのだ。

 それを見事にさばいているハリーは、やはり天才的なシーカーだとショーンは思った。尤も、チョウと身体が触れ合うたびに飛びあがらなければ、だが。

 

 テストをして見て改めて感じた事だが、アンジェリーナは素晴らしい選手だし、ジニーもショーンとのチームプレーという観点から見れば悪くない。モンタギューもチームワークには若干の疑問があるが、冴えたプレイをしていた。

 盛り上がればそれでいいと思っていたが、案外本当に勝てるかもしれない。ショーンはそんな事を、のんきに考えていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「タイム!」

 

 一応のキャプテンであるショーンが、タイムをかける。

 選手達は地上に舞い戻り、ハーマイオニーの元に集結した。

 

「選手交代だ。ジニー、アンジェリーナ」

「分かったわ」

「オーケー」

 

 ダームストラングの選手達は、早くもジニーとショーンのトリックプレーに慣れ始めていた

 現に、ポツポツと点が入り始めている。

 

 トリックプレーのジニー。

 正統派のアンジェリーナ。

 ラフプレイのモンタギュー。

 この三人を使い回す事で、相手に『慣れさせないこと』それが重要なのだ。

 もちろん、これも今回一回限りというルールだからこそ出来る作戦である。

 その作戦は、今のところ上手く言っていた。問題は……。

 

「ごめんなさい、限界に近いわ……」

「実を言うと、僕もだ」

 

 クラムをマークしている、チョウとセドリックの方だった。

 二人は汗をびっしょりとかき、まさに満身創痍という風だった。援護のフレッドとジョージにしても、三人が速すぎて、追いつけていない。

 

「ハリー」

「うん、分かってる」

 

 ハリーも良いプレーをしていた。

 しかし相手のビーターが予想外にうまく、自由にさせてもらえない。

 

 みんな作戦通りに、良いプレーをしている。

 ――それでも、それでもなお引き離されていく。

 単純に実力の差。

 両者の間には、大きな隔たりがあった。

 

「ん、そろそろ試合再開だ」

「うへぇ。世界で一番短い十分間だった」

「違いない」

 

 軽口を叩きながらも、地面を蹴って空に上がっていく。

 観客達は熱狂を持って、選手達を迎えた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ……試合は、一瞬のまばたきも許されない程の速さで進んでいった。

 

 ジニーのトリックプレーも、アンジェリーナの実力も、モンタギューのラフプレーも瞬く間に通用しなくなった。

 今ではもう、パスは通らないし、クアッフルをキープしようとしても、あっという間に掠め取られてしまう。

 現に、もう130対0だ。

 

 セドリックとチョウの方はもっと悪い。

 クラムは速い。世界最速の箒ファイヤボルトの力を、恐らく誰よりも見事に引き出しているだろう。またフィジカルも申し分なく、その姿はまさに炎の雷といったところか。

 そんなクラムに、セドリックとチョウはスピード、パワー、テクニック、コンビネーション、あらゆるものを総動員して、なんとか食らいついている。だがそれももう限界だ。

 恐らくあと五分も経たないうちに、セドリックとチョウは飛べなくなるだろう。

 

 フレッドとジョージも奮闘してはいるが、焼け石に水。いや溶岩に水と言った方がいいかもしれない。とにかく、上手くいってない事だけは確かだ。

 

 

 そんな惨状にあって――ハリー・ポッターは笑顔を浮かべた。

 

 

 やろうと思っている事ができない。

 敗北が迫り、焦燥感にかられる。

 そう、久しく忘れていた感覚だ。

 

 初めてクィディッチの試合に出た時。チェイサー達は目で追えないほど速く感じた。相手も強大に見えたし、練習で習った事は、そのほとんどが上手くいかなかった。

 しかしハリーには、才能があった。

 直ぐに試合に慣れ、あっという間にスター選手になった。

 気がつけば、ハリーと対等に戦えるのは、セドリックだけになっていた。だがそれも、個人の話で、チーム全体としては、グリフィンドールとハッフルパフには大きな隔たりがあった。

 

 それに比べて、この試合はどうだろう。

 昔と同じだ。

 チェイサーは速く、相手は強大で、やろうと思った事は何一つ上手くいかない。

 懐かしい。

 そう、懐かしい。

 このチーム一丸となって、強大な相手と戦うこの感覚。

 背後から迫り来る対戦相手の息遣い。

 全てが懐かしい。

 

 改めて思う。

 ああ、やっぱりクィディッチは面白い、と。

 ハリー・ポッターは、クィディッチが大好きだ、と。

 

「また止めたァ! まるで後ろに目があるかのようなプレイング! 急に動きが良くなりました、ショーン・ハーツ!」

 

 リー・ジョーダンの実況に、観客達が湧いた。

 ショーンはここにきて、何度もスーパー・セーブを決めていた。まるで本当に、背中に目があるかのような動きだ。

 

 そういえば、この試合は彼がセッティングしたものらしい。

 ハーマイオニーがこっそり教えてくれた。

 ハリーの為に、この試合を組んだのだと。

 学校中が敵視しているハリーの為に、ダームストラング校と交渉し、先生方に許可を取り、選手を集めてくれたのだと。

 

「……ありがとう、ショーン」

 

 気がつけば、ハリーはショーンの方を向いて礼を言っていた。

 そして……ショーンのやや下、そこに、スニッチを見つけた。

 

「――――ッ!」

 

 瞬間、ハリーの中の血が大爆発した。

 これまでに溜めていた力を、一気に解き放つ!

 スニッチまで、後20メートルッ!

 その20メートルを全力で駆け抜けるッ!

 

 ハリーが風になったその時……ハリーの横を、何かが猛烈なスピードで走り抜けて行った。

 

「クラム!」

 

 ビクトール・クラムだ。

 彼は見た事もない速度で、ハリーを追い抜いて行った。

 

(全力じゃなかった……全力じゃなかったんだ! 僕たちを油断させる為に、今まで手を抜いてたんだ!)

 

 ハリーが気がついた時には、もう遅い。

 そもそも、箒の性能に圧倒的な差があるのだ。

 一度抜かれてしまっては、もう二度と追いつかない。それどころか、差は広がるばかりだ。

 セドリックとチョウも慌てて追いかけるが、その速度はハリーよりも遅い。

 誰もが、負けを悟った。

 しかし……、

 

「……えっ?」

 

 スニッチの真横に、ショーンがいた。

 偶然に?

 違う。

 クラムを妨害する為に?

 違う。

 では何のために?

 彼が何をしようとしているかは、その姿を一目見れば分かった。

 

 クィディッチには、スニッチニップというルールがある。シーカー以外の者は、スニッチを手で触ったり掴んだりしてはならない、というルールだ。

 では手でなければどうだろうか?

 例えばそう……箒で打つとか。

 

 ショーンは箒に跨っていなかった。代わりに箒を、まるでバットの様に構えている。

 あの箒は、ファイヤボルトとは比べ物にならないほど鈍く、またボロい箒だ。しかし、何かを叩く事に関しては、誰にも負けない。

 

 “カコーン”とスニッチを叩く音がした。

 猛スピードでスニッチに向かっていたクラムは、同じく猛スピードで迫ってくるスニッチに反応出来ない。

 スニッチは、クラムの背後にいたハリーの口の中に、吸い込まれていった。

 口の中に広がる鉄の味……本当に、懐かしい……。

 でもこれで、これで勝ち! 勝った!

 ハリーはそう思いながら、スコアボードを見た。

 

「……ん?」

 

 ――150対160。

 そこにはそう書かれていた。

 

「キーパーがゴールから離れてどうすんのよ、このバカァ! 点取られ放題じゃない!」

 

 ジニーの声が、虚しくピッチに響いた。













次回からダンス・パーティー編。
ショーンの相手とか、今後の展開を予想出来たら神。

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