クィディッチのゴールは小さい。
クアッフルがちょうど通れるくらいの大きさしかないのだ。
その為あまり角度をつけすぎると、クアッフルをゴールに入れる事が出来なくなってしまう。故にチェイサーはシュートする時、ほぼ真正面からシュートしなければならない。
このままでは、キーパーがゴールの前に立っているだけで、必ずセーブ出来てしまう。
そこで三つ、ゴールが用意されているのだ。
必然的に、どのゴールを狙ってくるのか、どのゴールを守ってくるのか。それを読み合うのが、キーパーとチェイサーの駆け引きになる。
キーパーは相手の視線や仕草から思考を探り、狙うゴールを割り当てる。
チェイサーは逆に、己の狙いを悟らせない様、全力を尽くす。
要は騙し合いだ。
しかし、しかしもしも、騙し合いの場で相手の思考が読めたとしたら?
それは即ち、最高のキーパーではないだろうか。
「ショーン。右をお守りください」
「了解っと」
ショーンから見ると、相手のチェイサーは左を狙っている様だったが、少しの疑いも挟まず、右を守る。数秒後には、ショーンの手にクアッフルが収まっていた。
いや、最初は真面目に頑張っていたのだ。
ゴドリックから学んだ「相手の目線の見方」だとか、
サラザールから学んだ「相手の思考の読み方」だとか、
ロウェナから学んだ「戦術」だとかを駆使して、真面目に頑張っていた。
しかし……それももう限界だった。
相手のチェイサーが乗っているファイア・ボルトが速すぎるのだ。とてもじゃないが、マトモに相手をしていられない。そこで思いついたのが、コレ。
ヘルガに相手の思考を読んでもらって、それ通りに守る。
卑怯だとは思う。
相手がプロを目指してずっと練習して来た相手で、その上国際試合にも使われている様な箒に乗っているとしても、偉大なる創設者の力を借りる事は、卑怯に他ならない。
そう頭では分かっている。分かっているのだが……。
――勝ちたい。
どうしても、勝ちたい。
勝ちたいという気持ちが、後から後から溢れてくる。
二つ返事で協力してくれたセドリックが、頑張ってくれている。
いつも余裕たっぷりなチョウが、汗を流して必死にクラムに食らいついている。
いつもジョークばかり言うフレッドとジョージが、懸命に戦っている。
悪友のジニーも必死だし、アンジェリーナはもちろん、宿敵スリザリンのモンタギューでさえ勝利の為に最高の力を振り絞っている。
そして、ハリーも……。
盛り上がればいい。
もしかしたら、勝てるかもしれない。
そんな気持ちは、とうに消えていた。
勝ちたい。
今はただ、その一心のみ。
卑怯だとかなんだとか、そんな事はどうでもいい。使えるモノは使う。それだけだ。
ハリーの為に始めたこの試合。
最初はどうかと思ったが……やって良かった。
ショーンはふと、ハリーの方を見た。
「……ありがとう、ショーン」
「えっ?」
何故かハリーもショーンの方を見ており、更には礼まで言っていた。
意味不明だ。
と思った瞬間、ハリーがこっちに向かって突撃して来た。
意味不明だ。
と思った瞬間、クラムがこっちに向かって突撃して来た。
意味不明だ。
「スニッチ! 下、下!」
「ショーン、早く行け!」
ゴドリックとサラザールの言葉を聞いて、慌てて下を見る。
そこには、キラキラと光るスニッチがあった。
ついにウチのシーカーは、スニッチを見つけたのだ!
勝った! オールスター戦完!
……とはならなかった。目の前で、ハリーがクラムに追い抜かれたのだ。
負け……このままでは、負けてしまう。
次の瞬間、体が勝手に動いていた。
箒から飛び降り、スニッチの元へ。
そして落ちて来た箒を掴み、握り締める。
“カコーン”。
クリーンヒットした感覚が、手を伝わった。
スニッチは吸い込まれるように、ハリーの口の中へと入っていった。
勝った、今度こそ勝った!
「キーパーがゴールから離れてどうすんのよ、このバカァ! 点取られ放題じゃない!」
「……あ」
気がついた時にはもう遅い。
スコアボードには、150対160と表示されていた。
「し、しまったぁぁぁああああ!!!」
「おいバカ、ショーン! 箒から手を離すな!」
「落ちてます、貴方落ちてますよ!」
ショーンはつい野球の時の癖で、バットがわりに使った箒を、ほっぽり投げていた。
箒も慌ててこっちに戻って来ているが、もう遅い。あの箒は、打つのは抜群だが、速度には難ありだ。
死にはしないだろうが……両足骨折。最悪、腰までやるかもな。
ショーンが覚悟を決めたその時――
「おっと。ダイジョーブですか?」
こっちに猛突進していたクラムが、ショーンを空中でキャッチした。
「貴方は、とても勇敢でした。ヴァレヴァレは、勇敢な者には、敬意を払います」
そう言って、いつも無表情なクラムは、ニッコリ笑った。
ショーンも笑った。
そして地上では、鬼の形相をしたジニーが待っていた。
◇◇◇◇◇
必要の部屋に、オールスター戦に出場した選手達と、その親しい友人が集まっていた。
所謂、祝賀会というやつである。
「みんな、グラスは持った?」
「いえー!」
「声が小さい! お前ら、グラスは持ったかァ!?」
「いえーーー!!!」
「それじゃあ乾杯! 今日は私のおごり! 飲め飲め!」
チョウの音頭で、みんながグラスをぶつけ合った。
必要の部屋は、グラスや机は用意出来ても、飲み物や食べ物は用意出来ない。
そこで『漏れ鍋』でバイトをしているチョウに頼んで、様々な飲み物を用意してもらったのだ。バタービール、ワイン、ウィスキー、蜂蜜酒、ポリジュース薬、シャンパン、なんでも揃ってる。
では、食べ物はというと……。
「オムレツちょうだい。チーズとベーコンと、マッシュルームのやつね」
「はいただいま!」
ジニーの注文通りに、オムレツを作る。
料理の方は、ハグリッドから分けてもらった素材で、ショーンが作っていた。
今回の試合、MVPがクラムなら、逆MVPはショーンだ。そこでショーンがコックをする事になったのである。ケータリングしても良かったのだが、金銭面と、時間の都合でそれは却下された。
代わりといっては何だが、ショーンだけ参加費ゼロになっている。
「私ステーキ。ミディアムね」
「はいただいま!」
「パスタちょうだい。ペペロンチーノがいいな」
「はいただいま!」
「ピザまだ?」
「はいただいま!」
「僕は――」
「コリン、てめえは自分で作れ。それか靴でも食ってろ」
「!?」
必要の部屋がドデカイキッチンを出してくれたが、それでも手は二つしかない。魔法で作れればいいのだが、残念ながら、それはまだショーンには出来なかった。
「ショーン、魚が! 魚が歩いて逃げてます!」
「不味いぞ、ショーン! 塩が後二分で爆破する!」
「伏せろ! カブがツルを伸ばしてきた!」
「うーん……そうですね、もうひとアクセント加えましょうか。オリーブはどこです?」
上からロウェナ、サラザール、ゴドリック、ヘルガ。
幽霊達がアドバイスしてくれていたが、それでもなお忙しい。
ふと向こうの方を見ると、ハリーとロナルドさんが肩を組んで踊っていた。どうやらいつの間にか、仲直り出来ていたようだ。
違う方を見れば、クラムとハーマイオニーが楽しそうに話し込んでいる。
……みんな楽しそうだ。いかん、涙が……。
「ショーン」
「お、ルーナ。どうした、混ざらなくていいのか?」
「うん。そんな事より――」
まさか、手伝ってくれるのだろうか。
ショーンは淡い期待を描いた。
「そろそろデザートが食べたいなって」
「うん、お前はそういう奴だよな。分かってた」
淡い期待は、本当に淡かった。
「ティラミスとかケーキは無理だぞ、時間がかかるから。作れるのはデザートピザか、クレープくらいだな」
「デザートピザがいいな」
「オッケー」
ピザ生地を広げて、その上にバターを塗り、クリームチーズとブルーベリーを山ほど乗せて、砂糖を振りかけてから、竃に入れる。これで五分ほど焼けば完成だ。
「ショーンは、何か食べたの?」
「……そういえば、まだ何も食べてないな。この会が終わったら、後片付けでもしながら、ゆっくり食べるよ」
今は少なくとも、何かを食べている余裕はなかった。
両手とも、大忙しだ。
ルーナはデザートピザを持って、ジニー達が座っているテーブルに向かった。するとあっという間に食べ終わってしまったようで、更に二つ、追加オーダーが入った。
さらに忙しくなる中、一人の意外な人物が、手伝いに来てくれた。
「……あの、何か手伝いましょうか?」
「クラムさん……いや、ビッキー!」
「その呼び方はやめてください」
「はい」
そう――何を隠そう――本日の主役ビクトール・クラムその人である。
ただ、クラムは恐ろしく不器用だった。パスタを茹でるという、失敗しようがない作業でさえ、とてつもない大失敗をした。彼はまさに『炎の雷』。それは厨房でも変わらない。そして厨房に火はともかく、雷も炎もいらなかった。
「クラム、今ハッキリした。君の戦場はキッチンではなく、クィディッチのコートだ」
「はい。ごめんなさい……」
クラムは巨大な体を小さく丸めて、トボトボ歩いて行った。申し訳ない気持ちはあるが、それをフォロー出来るほどの余裕は、今はなかった。
代わり番こで、今度はハーマイオニーが来た。
「ご注文は?」
「そうね……時間かしら」
「オーケー」
時間、時間ね。
難しいオーダーだ。とりあえず時計の形をしたオムレツを作ってみるか。
「多分、貴方はとてつもない勘違いをしてるわ」
「何だ、卵は苦手か?」
「そうじゃなくて! ちょっとお話ししましょう、って意味で言ったのよ」
「ああ、そういう事か。じゃあちょっと待っててくれ。このパスタとピザとグラタンを仕上げれば、とりあえず今来てるオーダーは捌けるから。ああ――揚げ物もあったか」
「……はぁ。もういいわよ。ちょっと詰めて。私も手伝うから」
「いや、いや。気を遣わなくていいって。これはこれで結構楽しいから」
「でも……」
「分かった。じゃあ少しウェイトレスをやって貰おうか。ホラ、これを向こうのテーブルに持って行ってくれ」
ハーマイオニーに料理を押し付けて、クラムがいるテーブルに送り返した。彼女はちょっと不満げだったが、結局向こうに行った。
「いいんですか、ショーン」
「ロウェナ、お前は何も分かってないな。ハーマイオニーに口を開かせたら、次の言葉はこうだ。屋敷しもべ妖精って不当な扱いを受けてると思わない? 今の貴方なら、それが良く分かると思うの」
「貴方がそう言うのでしたら、私は何も言いませんが……」
そう言いつつも、本心はもちろん違う。
ハーマイオニーと話すよりも、今は少し一人になりたかった。もっと言えば、料理を作る事に没頭していたかった。
今回の試合の敗因は、自分にある。
ショーンは責任を感じていた。もちろん他の人間はそう言わないだろうし、思ってもないだろう。そう分かってはいるのだが、心の中でどうしても引っかかるのだ。
もし今会話に参加しても、盛り下げてしまうだろう。食欲もわかない。だから今はこうして、何も考えずに作業していたい。多分チョウはそれが分かっていたから、この役を自分に託したのではないだろうか?
ふとチョウを見ると、ウィンクを返された。
まったく、何年かかっても彼女には勝てそうにない。
◇◇◇◇◇
「来なさい、ショーン!」
「よっしゃオラァ!」
――とか思ったが、結局湿っぽい感じは1時間も持たなかった。
楽しそうにはしゃぐ面々を見ていたら、自然と混ざりたくなってしまった。年頃の男の子の心は、変わりやすいのだ。
ショーンがそういう気分になると、すぐにチョウがやって来て、テーブルの方へと引っ張って行ってくれた。みんなも待ってましたと言わんばかりに出迎えてくれる。
今はジニーと「爆発スナップ」をひたすら全力で投げ合うという、謎の遊びをしていた。
「ギャァ! 眉毛が、右の眉毛が燃えた! 代わりにあんたの右眉毛を寄越しなさい!」
「寄越せるか!」
「そうね。でも私だけ燃えてると癪だから、やっぱりあんたのも焼くわ!」
「させるか! 必殺コリンバリア!」
「ウワァー! 僕の両眉がぁー! ルーナ、助けてー!」
「うん。今眉毛書いてあげるね。メイクは得意なんだ」
「そういう事じゃなくって!」
「よし、そろそろ集合写真を撮りましょうか」
「こんな眉毛で!?」
「? コリン、貴方はカメラマンだから写りの心配はしなくていいわよ」
「チクショウ! ここに来てカメラマンキャラがあだになりやがった! ハイ、チーズ!」
また別のテーブルでは、
「誰かクラムと賭け腕相撲やらないか?」
「早い者勝ちだぜ!」
「フレッド、ジョージ。君達バカかい? そんな負けが見えてる勝負、誰もやるわけないだろう」
「セドリック、そうは言いつつも?」
「もちろんやるさ! ホラ、五ガリオンだ!」
「そうこなくっちゃ! 流石セドリックだ!」
「よーい、スタート!」
「ぬわぁー!」
「うわぁ……やべえ、クラムの力やべえ。あのセドリックが瞬殺された。生きてるか、これ……」
「まさか腕相撲で死人が出るとはな。恐ろしいぜ、兄弟……」
「君達、私のボーイフレンドに何をしてるのかな?」
「あ、いや、チョウ、これは……」
また別のテーブルでは、
「ロン、ハリー。仲直り出来て良かったわね」
「うん」
「それで、私に何か言う事があるわよね?」
「あー、ご迷惑をおかけしました」
「ありがとう、ハーマイオニー」
「よろしい。それじゃあ、この話は終わりにして、飲みましょうか!」
「……しばらく話さない間に、君随分性格変わったなぁ」
様々な祝賀会が開かれていた。
次の日、後片付け役のショーンが酔い潰れた事で阿鼻叫喚になったのは、また別の話。
話が進まなくてすみません!
次からはちゃんとダンス・パーティー編に入るから許して!
【オリキャラ紹介】
・ショーナルド
命名 ショーン
相棒と言いながらも、実はショーンのものではなく、未だ学校の備品。
飛ぶことはあまり得意ではないが、何かを叩く――特にショーンのひたい――はとても得意。
ショーンの卒業祝いにプレゼント出来ないかと、マクゴナガル先生がダンブルドア校長とフーチ先生にこっそり交渉している。
・戦績
対ショーン・ハーツ 勝ち
対トム・リドル 勝ち
対ビクトール・クラム 勝ち