ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第12話 静かな墓場

 セドリックのアナグマと、ヴォルデモートのバジリスク。

 悪霊の火で出来た二匹の獣がぶつかり合う。

 

 きっとわざとだろう。

 ヴォルデモートは魔法を調整して、セドリックと同じくらいの火にしていた。

 それなのに、両者の間には明確な違いが現れている。

 

 セドリックが攻めようと一歩踏み込めば、ヴォルデモートは一歩下がり、攻めさせない。

 セドリックが距離を取ろうと一歩下がれば、ヴォルデモートは一歩踏み込め、距離を取らせない。

 セドリックが何をしても有効打にならず、逆にヴォルデモートが一手動くたびにどんどんセドリックは追い詰められていった。

 

 たまにセドリックがほんの少しだけ有利になる時があるが、結局後になって、それが悪手になってくる。

 技量や経験もあるだろうが……狡猾。

 そう、狡猾だ。

 相手の嫌な事を察知し、戦略を立てるのが異常なほどに上手い。

 

「くっ……!」

 

 ついにセドリックには、何もできる事がなくなった。

 攻撃が来る。

 そう分かっているのに、防ぐ手立てがない。

 両の手は塞がれ、足はもつれている。

 詰みだ。

 遂にバジリスクの牙が、アナグマの喉元に食らいついた。

 

 ただの一撃で、あれほど轟々と燃え盛っていたアナグマは呻き声を上げて倒れた。

 ハリーにはよく分からなかったが、恐らくさっきの僅かな攻防の間に、セドリックはかなり消耗させられたのだろう。そういう攻め方(・・・)を誘導させられていたのだ。

 セドリックは肩で息をしながら、片膝をついた。滝のように汗をかき、髪がひたいに張り付いている。

 

「はあ、はあ……くっ、まだだ――」

「そう無理をするな。悪霊の火は取り扱いが難しい。その状態でもう一度使えば、自らを焼く事になる」

 

 片やヴォルデモートの方は、たった今シャワーでも浴びたばかりのような、まるで疲労感がない様子だ。

 

 セドリックが終われば、次はハリー達だ。

 三人は杖を構えた。

 勝てないだろう……、そうハリーは悟っていた。セドリックに勝てないハリーで、彼を圧倒するヴォルデモートをどう倒すというのだ。

 それでも、戦わないわけにはいかない。

 しかし予想に反し、ヴォルデモートはまるでマッチについた火を消すように杖を振り、悪霊の火を消した。

 

「先ずはお前の傷を治そう。クラウチよ、近くに寄れ」

 

 クラウチはその言葉を聞くと、神託を受けた狂信者のような顔をした。

 ヴォルデモートが彼の頭を杖で叩くと、クラウチの傷はすっかりと癒えた。

 

「有難き幸せです、我が君」

「良い。部下の労をねぎらうのもまた、主たる俺様の役目だ。そしてゆくが良い、我が忠臣よ。お前の役目を果たせ」

「はっ!」

 

 クラウチは深々と頭を下げると、何処かへ姿くらましした。

 

「待たせたな。それでは話し合いをするとしよう。疑問に思っているだろう? 何故俺様が復活しているのか、何故お前達をここに招待したのか……など。その疑問に全て答えよう」

 

 ヴォルデモートは杖を振り、椅子と机、それからお菓子と紅茶を出した。

 

「どうした座らないのか?

 ……ああ、そうか。警戒しているのか。先ほども言った通り、俺様にお前達を害する気はないのだがな」

 

 ヴォルデモート卿はそう言いながら、人数分の紅茶を淹れた。風に乗って、良い匂いがこっちまで漂って来る。ここが墓場だという事を忘れてしまいそうになるほど、良い匂いだ。

 

「早く席につけ。冷めてしまうぞ。それにお茶請けに、お前達の好物を用意した。人の好きな物を当てるのは、俺様の得意とする所なのだ」

 

 テーブルの上には、ササミを甘く煮たものとチーズを乗せたクラッカー、糖蜜パイ、それからジンジャークッキーが並べられていた。

 他の食べ物は知らないが、糖蜜パイは確かにハリーの好物だ。

 

「……分かりました。貴方の話を聞きましょう」

「フラー!?」

 

 信じられない事に、フラーが席に着いた。

 

「この人が私達を殺そうと思ったなら、すぐにでも殺せるわ。それをしないということは、“私達に用がある”という部分は本当なのでしょう。あくまでその部分だけは、だけどね。それに、私チーズが大好物なのよ」

「聡明だな、麗しき乙女よ」

 

 ヴォルデモートは非常に満足そうに言った。

 フラーは席に着いた後、ハリー達を手招きした。

 クラムは少し考えた後、その場に跪くセドリックを抱えて、席に着かせた。魔力を大きく失った場合、休息や食事――特に甘い物――が有効的とされている。その事を鑑みたのだろう。

 

 三人の後は、当然ハリーだ。

 目の前にいるのは両親の仇……そう頭では分かっているのに、どうしても心からの憎しみは湧いてこない。両親のことをあまり知らないからか、はたまたヴォルデモートがこちらに殺意や憎しみをぶつけてこないからだろうか。頭はまだズキズキと痛むが、逆に言ってしまえばそれだけだ。

 

 結局ハリーは、席に着いた。

 

「話の前に――セドリック・ディゴリー。お前の不調を正すとしよう」

 

 ヴォルデモートはまた杖を振った。

 次の瞬間、セドリックの呼吸は落ち着き、更には汗まで消えた。しかもご丁寧に、服まで整えられたようだ。

 

「さて。それでは疑問に答えるとしよう。

 俺様が復活したのは、今から約半年前のことだ。ハリーは知っていようが、俺様は生きていた。尤も全盛期の力はカケラもなく、霞のような存在であったが……生きてはいた。

 復活するのには闇の魔術を使った。必要なのは俺様の肉親の骨やしもべの肉――他にも様々な闇の品があるが、一番必要だったのはハリー・ポッターお前の血だ」

「僕の血? でも、僕はそんな物、お前に与えてない!」

「いや、与えていたのだ。お前は知らないだろうが、血を抜き取る魔法は無数にある。しかしダンブルドアが常に目を光らせ、それを許さなかった。

 転機は半年前だ。俺様は幸運にもお前に近しい人物を手元に置く事が出来た。ダンブルドアが警戒していなければお前から血を掠め取るなど、造作もない」

 

 ヴォルデモートは小瓶を一つ取り出した。

 中には赤い液体が並々と入っている。

 

「復活した俺様は考えた。

 何故俺様はお前に敗北したのか?

 答えを得たのは、お前と俺様の日記との戦いの顛末を、ピーターから聞いた時だ。若い頃の俺様の魔法がことごとく逸れたときいて、ピンと来た。お前の母親は俺様に殺される前に、お前に究極の護りの魔法を授けたのだと。それがある限り、俺様はお前に手出しが出来ん。故に――俺様は諦めたのだ」

 

 そう言うとヴォルデモートはまた杖を振った。

 ヴォルデモートの姿は若い頃の姿――トム・リドルの姿へと戻っていた。

 

「俺様は不老だ。そしてやろうと思えば、いくらでも人に好かれる事ができる。そして俺様の部下には、魔法界に強い影響を及ぼす事が出来る純血が数多くいる」

「まさか……」

「賢しいな、セドリック・ディゴリー。

 そうだ、俺様は次期魔法省大臣となる。今代で世界を征服するのは諦めた。しかし、次世代はどうだ? 俺様に逆らう者が寿命で死んだ後ならば、征服は容易い。

 教育によってマグルへの嫌悪感を擦り込み、その上でマグルを殺す法案を合法的に通す。非難する者は表れようが、しかし俺様は正規の手段に則ってことを成す。誰も咎めることは出来ない。何せ罪を犯していないのだから」

「でも、お前は数多くの罪を既に犯している!」

「そうだ。ヴォルデモート卿はそうだとも。しかしトム・リドルはどうだ?」

 

 絶句した。

 確かにそうだ。

 闇の象徴はヴォルデモート卿であって、トム・リドルではない。

 トム・リドルがヴォルデモート卿である事を知っている人物など、それこそほんの一握りしかいないのだ。

 

 ここに来てハリーは、ようやく何故ヴォルデモートが殺意や悪意を向けてこないのかを理解した。

 既に決着がついているのだ。

 ハリーは負け、ヴォルデモートが勝った。

 既に敗北している者に対して、殺意を向ける事は必要はない。

 

「もちろん、お前達は息子や娘に対して「トム・リドルを信用するな」と言うだろう。しかし実際に俺様が悪事を成しているところを見た事がないお前達の子は、俺様を強く警戒出来るか? いいや、不可能だ。子供というのは、親の言葉よりも、自分で見聞きしたものを信じる。

 加えて実際の俺様が善政を敷けば、子は俺様ではなく、むしろお前達に猜疑心を募らせるだろう」

 

 一年生の時。

 ハリーはダンブルドアの忠告を聞かず、賢者の石が隠されている部屋に行った。

 二年生の時も、いくつも校則を破った。

 ハリー自身が、ヴォルデモートの言葉の生きた証人だ。

 

 ヴォルデモートの言葉には自信と、確かな裏付けがあった。

 彼がそうしようと思えば、いくらでも「多くの人間が満足する世界」を作れるだろう。だが……。

 

「お前の言う人間には、マグルの人達が入っていない!」

「その通りだ、セドリック・ディゴリー。逆に聞こう、何故入れる必要がある?」

「……人間として破綻してる」

「またしても、その通りだ。そして再び聞こう、何故正常でなくてはならない」

 

 その時、バーテミウス・クラウチが姿表しで戻って来た。

 彼はヴォルデモートにかしずき、こう言った。

 

「我が君、ダンブルドアの殺害に成功しました」

 

 ……え?

 その場にいた誰もが――ヴォルデモートを除いて――嘘だと思った。

 いや、嘘だと思おうとした。そんな事はないと、信じたかった。

 

「またマクシーム、カルカロフ両名の殺害も滞りなくすみました」

「良くやった、クラウチよ。お前には後で褒美を出さねばなるまいな」

「嘘だ……嘘だ! ダンブルドア先生は、お前よりもずっと強いんだ! お前なんかに、殺されるわけがない!」

「ああ、そうだ。奴は俺様の上を行っているだろう。しかしな、ポッター。アルバス・ダンブルドアの弱点は魔法使いとしての部分ではなく、その心なのだ。

 奴は愛の信奉者だ。だが愛を授けた事もなければ、授けられた事もない。お前達は知らぬだろうが、肉親からは疎まれ、親友とは決別したのだ。

 人は自分に無いものを求める。

 奴は愛を知らないが故に、それを信奉するのだ。

 だが憧れは眼を曇らせる」

 

 そこまで言われてハリーは、気がついた。気がついてしまった。

 

「そうだ、ハリー・ポッター。俺様はお前達を人質として扱ったのだ。

 奴は俺様を倒すのは自分ではなく、ハリー・ポッターとリリー・ポッターの愛だと信じたかったのだ」

 

 ――故に奴は死んだ。

 

「本当に俺様を滅ぼしたいのなら、賢者の石を使い永遠の命を得る事で俺様と同じ土俵に立ち、ハリー・ポッター(大英雄)自ら(指導者)の手で擁立し、対抗馬にすべきだったのだ。

 しかしあやつは「過去に永遠の命を得ようとして親友と決別したから」などと言うくだらない理由で、それを捨てた。

 おかげで俺様は最大の壁を難なく取り壊し、更には奴のみが知りえた俺様の不老の秘密までもを隠す事が出来た。

 感謝しよう、四人の競技者達よ。お前達が好奇心に負け、のんきにお茶を飲んでいたおかげで、俺様は世界を総べるのだ」

 

 ヴォルデモートは笑った。

 見た者を虜にするような、ゾッとするほど優しい笑みを浮かべた。

 

「ふざけるな!」

 

 ――最初に動いたのは、クラムだった。

 目にも止まらない速度で、ヴォルデモートに向かって拳を振り抜いた。

 対して、ヴォルデモートの動きは緩やかだった。拳を見てから動き出し、顔に届く前に進行上に手を添え、簡単に軌道をそらす。そしてその後手首を捻り上げ、その場で倒した。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 首筋に杖を当てて、呪文を唱える。

 クラムの体は一瞬ビクリと震えた後、完全に動かなくなった。

 

悪霊の火(Fiendfyre)!」

 

 次に動いたのはセドリックだ。

 瞬時に悪霊の火を出す。

 自分とハリー、フラーを守るように動かしながら、先ずは隙を見て――

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 ヴォルデモートの呪文は轟々と燃える悪霊の火の、針の穴のように細い間を縫ってセドリックに直撃した。

 セドリックの体が吹き飛び、地面に倒れる。

 

「共に優秀な魔法使いであった……。彼らの子は将来、俺様に多大な貢献をした事だろう。故に、俺様は哀れもう。有望な若者の死を」

 

 ヴォルデモートは涙を流した。

 たった今、自分で殺した二人の人間の死を悲しんで。

 

「……ハリー・ポッター。私が時間を稼ぎます、お逃げなさい」

「いやだ! フラー、一緒に戦おう」

「いいえ、二人で戦っても一人で戦っても、そう変わらないでしょう。だから、貴方は逃げ延びなさい。ダンブルドア亡き今……光の象徴となれるのは貴方しかいないのよ。クラムとセドリックと……それから私の死を無駄にしてはいけないの。だから今は逃げて。逃げて、生き延びなさい。さあ早く!」

 

 フラーが杖を振ると、ハリーの体は浮かび上がり、優勝トロフィーに向けて飛んで行った。

 

「いやだ、待って! フラー!」

「――妹のガブリエルに伝えて下さい。愛していた、と」

 

 フラーは振り向き、ヴォルデモートと向き合った。

 

「フラァァァアアア!」

 

 ハリーは一人優勝トロフィーをつかみ、転移した。

 

「……随分簡単に逃がしてくれるのね」

「先も言ったであろう。俺様に敵対の意思はない。降りかかる火の粉を払うだけだ」

「あら、私も逃げれば良かったわ」

「そう言いながらも、俺様を殺そうと油断なく隙を伺っているな。そう言った狡猾さは嫌いではないぞ」

「……女の子に開心術を使うなんて、嫌われるわよ」

「開心術ではない。仕草や癖から心を読むなど、俺様には造作もない事。故にダンブルドアは秘密主義者になったのだ」

「そう。それなら、私が今から言うことも分かるのかしら?」

「さぁ、どうだろうな。試しに言ってみるが良い。答え合わせをしてやろう」

「――くたばれ、クソ野郎」

 

 二、三度光が上がった。

 その後何かがぶつかる音がした後、墓場は再び静寂を取り戻した。


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