ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第4章 ショーン・ハーツと不死鳥の記者団
プロローグ


 朝。

 ショーンは中々目を覚まさなかった。

 朝に弱いのはいつもの事なのだが……今日は少し事情が違う。

 

 自らの学費、そして妹の学費。幽霊たち以外の誰にも言ってないが、孤児院にも少なくない額を振り込んでいる。

 ホグワーツにいる間も内職系のバイトをしているが、それではやはり稼ぎが少なく、夏の間はその遅れを取り戻す為にかなりの時間働いていた。

 なんだかんだ言ってもショーンの年齢はまだ十五、長期間の労働はこたえる。

 元々朝に弱いこともあって、最近はお昼を過ぎても目覚めない事が多いのだ。

 

「本当はもう少し寝かせてあげたいのですが……そろそろ時間ですね」

 

 ショーンの頭を撫でながら、ロウェナが呟いた。

 夜中、いつも働いているパブだけではない。この夏はバイトを増やし、お昼どきにも別の場所で働いていた。なのでそろそろ支度を始めないといけないのだが……

 

「待て、ロウェナ」

「はい? なんでしょう、サラザール」

「何故お前が起こす」

「いや、何故って……だって起こす時間じゃないですか。ショーンが遅刻してもいいんですか?」

「無論、それは良くない。高貴な者は常に時間に余裕を持って行動するべきだ」

「それじゃあ早く起こしましょうよ」

「待て。もう一度言う、待て」

「一体なんなんですか、さっきから」

「最初に言っただろう。何故お前が起こす」

「?」

 

 まるで意味が分からない。

 ロウェナはそういう顔をした。

 

「いやいや、いつも起こしている私が起こすのが筋といいますか、いつもの事でしょう」

「嘆かわしい。いつからお前は安定を求めるようになった」

「いやいやいや、私達だいぶ安定した生活送ってますから。なんならむしろかけがえのない日常に重きを置いてますから。ていうか、毎回起こす度に新しい事してたら疲れるでしょう」

「毎回は、な。私が思うに、今こそ転換期だと感じるのだ。だから今日は貴様ではない、別の者がショーンを起こす」

「はっはーん。分かっちゃいましたよ、サラザール。貴方、ショーンを起こしたいんでしょう!」

「違う! 私はただ……あれだ、寝起きにお前の顔を見たら、ショーンが自殺するのではないかと心配でだな」

「照れ隠しに信じられない程の暴言を吐かれた!?」

「それは一理あるね。僕だったら、寝起きに隕石が降って来た方がまだマシだ」

「天災と比べられる顔って、どんな顔なんですか、一体。ハッ! まさか天才と天災をかけて――」

「ロウェナ」

「はい」

「それ以上はいけない」

「はい」

 

 サラザールとロウェナ、ゴドリックが戯れている間に、ヘルガがこっそりと近づき、ショーンを起こそうとした。それに済んでの所で気がついたロウェナが、肩を掴んで止める。

 

「流れ無視ですか、貴女は!」

「いえ、本当にそろそろ起きないと不味い時間ですので」

「だから、私が起こすと言ってるじゃないですか!

 いいですか、先ずは私が優しく声をかけます。セリフはこうです。私のショーン……こんなになるまで働いて。貴方は私の誇りです。ここで私は涙を流します。その後、こう続くのです。ですが、そろそろ貴方を起こさなくてはなりません。本当はこんなにも頑張っている貴方にこんな事したくはないのですが――うぅ、本当にちょっと泣けて来ました。最近涙もろくていけません。歳ですかね?」

「アホか」

 

 サラザールがバッサリ切った。

 まあ確かに、一千歳を超えている人間が「歳ですかね?」は自覚が遅いにも程があるだろうが。

 

「アホとはなんですか、アホとは。昨日夜中にこっそりショーンを起こす練習をしていた人間に言われたくはありませんよ」

「貴様――何故知っている」

「えっ?」

「ん?」

「えっと、今当てずっぽうで言ったのですが。……もしかして本当に?」

「ぐっ。私としたことが……」

「やーい! やーい! マヌケでやんのぉ!」

 

 小学生並みの煽りを言いながら、ロウェナは奇妙なダンスを踊った。運動神経が皆無なロウェナの踊りは、ハッキリ言って低レベルなのだが、それがかえって腹立たしさを感じさせると評判の踊りである。

 

「おい。朝から随分とご機嫌だな、ロウェナ」

 

 ガシッ、と。そんなロウェナの後頭部を、誰かが掴んだ。

 奇妙なダンスポーズのまま、ピタリとロウェナの動きが止まる。首筋にはダラダラと汗をかいていた。

 

「お、おはようございます、ショーン」

「おはようロウェナ」

 

 ショーンはにこりと笑った。

 ロウェナも笑った。

 ゴドリックもヘルガもサラザールも笑った。

 きっとスネイプだって笑っただろう。

 

「爽やかな朝だな」

「ええ、本当に。一つ歌でも歌いたくなりますね」

「はっはっはっは。それはいいな」

「あははは。我ながら名案だと思います」

「ロウェナ」

「はい」

「何か言いたいことは?」

「許してくれ、とは言いません。ただ一つ――」

 

 ロウェナは頭を下げながら言った。

 

「出来るだけ痛くしないで下さい!」

「却下」

 

 朝は騒がないようにしよう。

 ショーンのお仕置きを見て、幽霊達はそう強く誓った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 チーズがたっぷりと入ったオムレツ、完璧に裏ごしされたポタージュ、焦げなど一つもないパン。そして最後にお手製のフルーツ・ケーキと香り深い紅茶。

 ショーンはヘルガが作った完璧な朝食を食べていた。

 あの最高とも言えるホグワーツの料理レシピを作ったのはヘルガだ。つまりヘルガがいれば、ホグワーツの料理をいつでも再現出来るという事になる。一家に一人ヘルガ・ハッフルパフ。今ならついでに心も読んでくれる。

 料理を食べている間、後ろでゴドリックが髪を整えてくれていた。

 その横でサラザールが今日ショーンが着る服を一生懸命選んでいたが、ショーンがサラザール・チョイスを着る事はないだろう。サラザールの服の趣味は、あまり良いとは言えない。というより、最悪だ。

 ロウェナは隅っこの方に転がっている。動く気配はないようだ。

 

「あー、働きに行きたくねえ」

 

 フルーツ・ケーキを噛み締めながら、ショーンが呟いた。

 夜のパブは、ショーンにとってそう苦ではない。ショーンには魔法薬学の才能はないが、幸い接客業の才能はあったようだ。お客さんと話す機会が多いので、働いているという気がしない。

 それに比べて昼の仕事――フローリシュ・アンド・ブロッツでの仕事は、苦痛でしかなかった。

 本とは無縁のショーンが何故本屋なんかで働いているのか……事の経緯はこうである。

 

 夏休みが始まって以降、ショーンとハーマイオニーは毎日マグル式の電話で話していた。

 ある時ハーマイオニーが「夏休みなんですから、何処かへ遊びに行きましょうよ」と言った。ショーンとしては遊びに行くのは大歓迎だったが、財布の方はちょっと大歓迎とはいかなかった。むしろ籠城戦の構えと言っていい。

 その事を遠回しに伝えると、ハーマイオニーは「じゃあ私も一緒に働きます」と言った。

 悪い話ではない。

 パブの方ではチョウと一緒に働いているが、友人と働くのは思いの外楽しい体験だった。

 

 こうして一緒に働く事が決まったのだが、ハーマイオニーもパブで、という風にはならなかった。

 魔法使いのパブには、沢山の危険がある。

 例えば豆のスープとかフィッシュ・アンド・チップスとかチキンサラダとか。調理中、何度死にかけたか分からない。

 他にも、袖口に杖を隠しておき、こっそりと魅了の呪文をかけるなどの、悪質なナンパの手口などがある。幽霊達の協力もありチョウ一人ならショーンが守れるが、二人となるとちょっと怪しい。

 そこでハーマイオニーの提案で本屋で働く事になったのだが、これがショーンの人生最大の失敗だった。

 

 書庫の整理や品出しはまだいい。

 面白くない事には違いないが、それでもまあ許せる。

 問題はお客さんに話しかけられた時だ。

 

「カエルの卵と魔女の長爪に関しての本を探してるんですが、何かありませんかえ?」

 

 もう何を言ってるのか、2ミリも分からない。

 それに大量の在庫抱えとなったギルデロイ・ロックハート・シリーズと毎日目を合わせなくてはならないのも苦痛だ。百人のロックハートが同時にウィンクしてくるのは、正に圧巻。もちろん悪い意味で。

 それでも完璧な記憶力を持つロウェナがいるのでなんとかなっているが、慣れてくると逆にそのロウェナが問題になった。

 蘊蓄(うんちく)が酷い。

 魔導書一冊につき、平均して三時間以上の解説がある。特に魔導書にミスなんか見つけた日には、ロウェナ・レイブンクローの大講演会の始まりだ。きっとその道の人にとっては物凄く為になる公演なのだろうが、ショーンにとってはハエの羽ばたきと変わらなかった。

 

「やあハーマイオニー」

 

 待ち合わせの場所に行くと、既にハーマイオニーがいた。

 待ち合わせの時間には、ギリギリ遅刻していない。きっかり時間通りだ。

 

「おはようショーン。貴方大丈夫? 顔色が悪そうというか、だいぶ元気がなさそうだけど」

「ショーンさんは朝に弱いと、わたくしめは聞き及んでおります」

「誰に聞き及んだのよ。貴方の事でしょ」

「ハーマイオニー・グレンジャーはショーンさんにもう少し気を使うべきと、そう聞き及んでおります」

「だから誰によ」

「ここで告白しますが、ショーンさんはとても眠いと聞き及んでおります」

「聞き及ばなくても、見れば分かるわよ。ちょっと大丈夫? これから働くんですからね。ほら、しっかりして」

「ハーマイオニー様は鬼でございます。そう聞き及んでおります」

「誰よ、そんな嘘の情報を流したのは」

「ショーンさんでございます」

「貴方の個人的な感想じゃない!」

 

 ハーマイオニーはショーンの背をピシャリと叩いた。

 

「ハーマイオニー様は鬼でございます! ハーマイオニー様は鬼でございます!」

「ショーン」

「はい」

「そのキャラウザいからやめて」

「よぉーっし! 今日も元気に働いちゃうぞ! 頑張ろうね、ハーマイオニー!」

「唐突な『昔から仲の良い元気系幼馴染みキャラ』はなんなのよ。ウザいからそのキャラやめてって、別のキャラにしてって意味じゃないんですからね」

「あ、あはは。また私、一人で突っ走っちゃったかな……」

「よくあるシリアスシーンを再現しないで」

「そ、そのだな。お、おでは、ハーム・オウン・ニニーが喜ぶとおもて」

「えーっと、今度は『舌ったらずだけど心は綺麗なキャラ』かしら」

「キャハハハハ! 楽しませてくれよ、ハーマイオニーちゃあん!」

「はい、はい。次は『戦闘狂系キャラ』ね。もう、すっかり元気じゃない。心配して損したわ」

「心配してくれてたとは、初耳だな」

「いつだって心配してるわよ。貴方の頭の方を、ね」

「ハーマイオニー様は鬼でございます。そう聞き及んでおります!」

「初期のキャラに戻らない。ふふ。もう、馬鹿ね」

 

 ハーマイオニーが笑いながらショーンのおでこを突っつくと、ショーンは両手を上げて肩をすくめた。

 その後二人で特に話をするでもなく、黙って歩く。

 ショーンからすればジニー達、ハーマイオニーからすればハリー達と歩いている時はいつもうるさいのだが、二人でいる時はこうして黙って歩いている時がままあった。

 

「着いたわよ」

「着いちまったな」

 

 ショーンが悲壮感たっぷりに言った。

 それを聞いて「あんまりネガティブな事を言わない!」とハーマイオニーはショーンを叱ろうとした。しかしショーンの顔を見て――もっと言えばやる気に満ち溢れたショーンの顔を見て、その言葉を呑み込んだ。

 そう、そうなのだ。何だかんだ言っても、働くのならそれ相応の敬意を払う。彼はそういう人間だ。

 なんだかその事が無性に嬉しくて、ハーマイオニーは笑った。

 

「よし、やりますか」

 

 ショーンが伸びをしながら言った。

 

「今日は確か、品出しからよ」

「うげえ! じゃあ俺が運ぶから、君は指示してくれ。本のリストを見てると、頭が痛くなってくる」

「それでいいの? 私だって、女の子の中だったら結構力持ちよ」

「だろうな。あんなにペンを握ってる子、他にはいない」

「貴方はちょっと握らな過ぎよ。あっ、そうだわ! ペンと言えば、夏休みの宿題は終わったの?」

「あー……君シャンプー変えた?」

「変えてません。これが終わったら、みっちり宿題をやりますからね」

「僕この後もバイトなんだけど……」

「じゃあその後です!」

 

 ハーマイオニーはピシャリと言った。












今回はやばい。
何がやばいって、めちゃくちゃ難産だったんですよ。
なんとですね、ボツになった文字数が驚異の『9549文字』でございます(ちなみに完成系は4888文字)。
バイト風景をがっつり書いたり、いきなりホグワーツ特急の中からスタートしたり、不死鳥の騎士団の会議風景を書いたり、新一年生の視点からショーン達を書いてみたり……本当に試行錯誤の繰り返しでした。章タイトルもまったく決まりませんでしたし。

そんな感じで不穏なスタートを切った『不死鳥の騎士団編』ですが、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。

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