ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第8話 黒歴史

 つま先から頭のてっぺんまで、ロウェナの目がショーンを舐めた。

 なにをそんなに警戒しているのだろう……と思ったが、冷静に思い返すと、自分は今、ただの下着泥棒だった。

 しかもただの下着泥棒ではない。

 1000年後からわざわざ来た下着泥棒だ。こんなスケールで下着を盗んだのは、きっとショーンが初めてだろう。男――否、漢としてわずかばかり格を上げたが、変態度もグンと跳ね上がった。

 警戒されて当然である。

 しかしロウェナは、それとは違った観点からショーンを見ていたらしい。

 

「君は――この時代の人間ではありませんね?」

「なんで分かった?」

「魔力の雰囲気です。この時代の物とは異なりますので」

 

 魔力の雰囲気と言われても、ショーンにはまったくピンとこなかった。

 そういえば昔にヘルガやダンブルドアが魔力の痕跡云々と言っていたが、それを感じたことは一度もない。

 世の中には湿気や天気に敏感な人間がいるというが、その類だろうか。

 

「隠すことでもないから言うが、1000年後から来た」

「1000年――それはまた随分と長旅でしたね。こんな時、普通は労うのでしょうか?」

「1000年後では、ポールダンスをして労うのが一般的だな」

「そうですか。後で屋敷しもべ妖精に手配させておきます」

「待て。今のは冗談だ」

 

 ショーンとてまだ若い男の子である。

 たまにはちょっとイケない妄想をすることだってある。自分の性癖がオーソドックスだと主張する気はサラサラない。

 だが屋敷しもべ妖精のポールダンスに興奮するほど、特殊な性癖を持ち合わせてはいなかった。

 

「それでは私はこの辺で」

「待て!」

「はい、待ちました」

「よーしいい子だ。俺はたった今、この時代に来たばかりだ。行きつけのカフェどころか、今日住む場所さえ決まってない」

「つまり?」

「養って」

「私に何のメリットもないので、却下します。それではまた」

「もうちょっと待って!」

「……なんですか、もう」

「どうして何のメリットもないと思う?」

「逆に聞きますが、貴方の面倒をみることによって生じる、私のメリットを教えて欲しいものです。今のところ、私が君に何かを与えるばかりで、私はなにも受け取っていません」

「夜寝る時、子守唄を歌ってやろう」

「それでは失礼します」

「今ならココアを淹れるサービス付きだぞ」

「そうですか。それは他の方に振舞ってあげて下さい」

「クッ、ヘルガならこれで釣れるのに……!」

 

 ショーンの言葉を聞いた瞬間、ロウェナの眉毛が――ほんの数ミリだが――ピクリと動いた。

 彼女は顎に手を当てて、何かを考えているようだ。

 やがて考えがまとまったのか、彼女は口を開いた。

 

「二つほど、尋ねたいことがあります」

「はいはい、なんでしょう」

「貴方は1000年後から来たと言っていましたが、何故私やヘルガを知っているのですか?」

 

 来たか、と思った。

 この問いに答えることは、非常に難しい。

 素直に答えるなら「自分に幽霊として憑いているから」だ。

 だがそんな風に答えるのは、正直言って、イギリスに料理目当てで旅行するくらい愚かなことだとショーンは思う。

 ショーンが知るロウェナは、過保護でぎゃあぎゃあ直ぐ叫ぶ、側から見たら行政が保護してあげないといけないタイプの人だ。そこへ来て目の前にいるロウェナは、ほとんど別人である。きっとこの後、彼女の価値観を壊す“何か”があるのだろう。その未来を消してしまうのは、あまり良い選択肢ではない。

 

 かと言って完全に嘘をついたとして、その嘘を破綻させないほど自分の頭を信用していない。

 ヘルガがいれば開心術でちょちょいと、サラザールがいれば完璧な嘘を考えてもらえるのに……

 ショーンはちょっと頭をひねってから、口を開いた。

 

「1000年後では、ロウェナ・レイブンクローとヘルガ・ハッフルパフはかなり有名人になってる。どんな風に有名なのかは、未来を変える可能性があるから言えない。

 まあ少なくとも「人類史上最も貧乳な魔女」として有名なわけじゃないから、安心してくれ」

 

 昔サラザールが言っていた。

 嘘をつく時は、真実を織り交ぜて語るのが良い、と。

 幽霊達の言葉はいつも受け流しているが、下ネタ、悪い話、料理についての話題の時だけは、何故だか耳が良くなる。

 

「嘘ですね」

「嘘じゃない。貧乳だったことはそこまで有名じゃない、俺を信じろ」

「そ、そこではありません!

 私たちが有名だから知った、という部分です」

 

 ロウェナはあっさり見破ってきた。

 そういえば、他の幽霊はともかく、サラザールの話は喋り方が気障ったらしくて全部聞き流していた気がする。彼は良き先生かもしれなかったが、ショーンはいい生徒ではなかった。

 

「先ほど君は、ヘルガのことをまるで知っている風な話し方をしました。本で知る偉人への態度ではない」

「書き手が良かったのさ。良い小説を読んだ時、登場人物がまるで友達のように感じることがあるだろ? まさにそれだ」

「私は小説は読まないので分かりませんが、そういった話を聞いたことはあります。とりあえず、君の話を信じておきましょう」

 

 表情一つ変えずに、ショーンは嘘をつき通した。

 ロウェナに嘘をつく――数少ない特技の一つだ。十何年も欠かさず磨いてきたこの技は、かなり洗練されていると自負している。最近では「逆立ちしながら食事すると健康に良い」という意味不明すぎる嘘を信じさせるまでになったくらいだ。

 その日の夜、ロウェナは泣きながら熱々のパスタを逆立ちして食べていた。

 まあもっとも1000年後のロウェナは、ショーンが何を言っても「へえ、そうなんですか! 流石は私のショーンです、物知りですね。やっぱりレイブンクロー寮が相応しいのでは?」と簡単に騙されたが。

 

「次の問いです。私は脳に異常があり、記憶を司る部分が人より多い代わりに、感情を司る部分が極端に少ない。

 本で道徳の勉強は一通りしましたが、やはり完全には理解できませんでした。私はもっと、ヘルガのように感情豊かな人間になりたい。

 君は先ほど「ヘルガなら……」と言いましたね。その言葉に嘘はありませんか?」

 

 真っ直ぐに、ロウェナはショーンを見つめた。

 それを受けて、ショーンはちょっと考えてから、肩をすくめた。

 

「俺の長所を知ってるか?」

「嘘をつかないことですか?」

「いや、料理が上手いところだ」

「え? なら何故、今こんな問いを……」

「つまりだ。俺が嘘つきかどうかはどうでもいいのさ。会話をもっと楽しめよ。すぐに答を出そうとするから、お前はそんななんだ」

「初対面の歳下に“そんな”呼ばわりされる覚えはありませんが、一理あります。ですが私は、会話をほとんどしたことがありません」

「今してるじゃないか」

「む」

 

 確かにそうだ。

 親友であるヘルガとでさえ、ここまで長く話したことはなかった。

 いや、あるにはあるのだが……ヘルガがいつも一方的に話しかけてくるだけで、ロウェナは相槌を打つだけだった。

 それがこの青年相手だとどうだろう。

 自分でも驚くほど、スルスルと言葉が出てくる。

 

「さっきの問いに俺が「イェス」と答えたら、きっと「ヘルガに倣って、私も君を助けることにしましょう」とか言ってたんだろう。でもさ、それって結局、教科書を読んで勉強してるのと変わらないんじゃないか」

「確かにそうかもしれません。ですが、私にどうしろと?」

「さっき言ったな。俺がお前に対して何ができるか、と。俺が教えてやるよ。感情とユーモアを。それに今なら、寝る前の子守唄とココア付きだ。どうする?」

「……いいでしょう。君を養ってあげます」

「子守唄とココアに釣られたか」

「そう思われるのは心外です」

 

 このとき、意外にもショーンは喜んでいた。

 これまで創設者から頼られたことは一度もない。

 今まで受けるばかりだった、多大な恩。それを少しでも返したいと、前から思っていた。もっとも恩を受けるのは、これから大分先の話なのだが。

 それに……ショーンもいい加減気になっていた。

 自分と創設者達の縁を。

 何故自分に憑き、そして自分にだけ見えるのか。

 ベラトリックスやヴォルデモートが言っていた「呪い」の意味。

 現代の創設者達が語らなかったことを、ここでなら直接見聞きできるかもしれない。

 

「さて、レッスンをやる前にロウェナ」

「はい、なんでしょう」

「腹が減った。飯にしてくれ」

「何故君は初対面の私に、そう図々しくいられるのですか。

 それと私は君より歳上なので、ロウェナではなく、レイブンクローさんと呼びなさい」

「ロウェナ、めし」

「……」

「……」

「……」

「ふええ。ろうぇなあ、おなかすいたよぉ〜」

「おぇ、気持ちわる」

「おい。感情がない設定どこいった。ふつうに気持ち悪がってるんじゃねえよ」

「なんと。君のおかげで感情が湧いてきました。具体的には喉の奥から、少し酸っぱめのやつが」

「うん、それは吐き気だな」

「見てください。君の上目遣いと赤ちゃん声のせいで手の震えが止まりません」

「そんなにか。俺の甘え方はそんなにか」

「失礼、嘔吐します」

「報告口調で言うな。ちょっとおもしれえじゃねえか。それに今吐いたら、全部前にいる俺の顔にかかるぞ」

「そうすれば君の顔を見なくて済む……? オェ」

「わざと吐こうとするなよ、汚ねえな! 喉に手を突っ込むんじゃないよ」

「私の今日の朝ごはんはセロリのスープでした。セロリはお好きですか?」

「かける気か。セロリを俺にかける気満々か」

「失礼、セロリが可哀想ですね」

「セロリ以下か、俺は」

「失礼な。セロリと君が人質に取られていたとして、どちらか一人しか助けられないとしたら、迷いつつも君を助けるくらいには大事に思ってますよ」

「そこは迷う余地ないだろ」

「生きなさい! 君のために犠牲になったセロリの分まで!」

「何のドラマ性もないわ!」

「ふぅ、やれやれ。そんなに声を荒げないで下さい。耳と目がやかましいです」

「誰のせいだ、誰の」

「…………」

「どうした、無言で杖を見つめて」

「いえ、あまりに不快でしたので目と耳を潰そうかと」

「うぉい! お前俺のこと嫌いすぎるだろ! ちょっとビックリしたわ!」

「礼節を欠いた人は嫌いです」

「……はあ。レイブンクローさん、お腹が空きました」

「はい、よろしい。それでは行きましょうか」

「何処へ?」

「決まってます。ここら辺でご飯を食べるといったら、ヘルガの店を置いて他はありません」

 

 そう言って杖を一振りし、ロウェナは大鴉と二羽のカラスを創り出した。

 ロウェナを先頭に、大鴉に乗り込む。

 二羽のカラスは何かロウェナから言葉を聞いた後、それぞれの方向に飛んで行った。

 片方は店の予約か何かだろうか。

 だとするともう一羽の方はなんだろう……ショーンは質問しようとしたが、大鴉が勢いよく飛び立ったせいで、結局聞けずじまいだった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンとロウェナを乗せた大鴉が、地面の上に降り立った。

 近くにある丘の上に、木造の小さな家が建っている。看板には手書きの文字で『ごはんやさん』と書かれていた。

 

「うおお……。流石ヘルガ。シンプルすぎるだろ、名前が」

「そこが彼女の良いところです」

「それには同意する」

 

 ヘルガの持つ独特の空気というか、素朴な包容力は人を穏やかにさせる力がある。昔ショーンが荒れていたときは、何度もお世話になったものだ。他の面々は包容力とはかけ離れているし、余計にそう感じるのかもしれない。特にゴドリックは、ショーンが知る限り最も父親に向いていないと思う。

 ショーンは大鴉の席から飛び降りた。

 長い飛行で固まった体をほぐす。

 十分なストレッチをしてからヘルガの店を目指そうとして、ふと違和感を覚えた。

 ロウェナが付いてきていないのだ。大鴉の上にまだ座っている。

 

「えっ、なに、行かないの?」

「ふと思い出したのですが、私は低所恐怖症でした」

「日常生活にえらく支障をきたしそうな恐怖症だな、おい。ていうかさっき普通に地面歩いてただろ。本当はなんだ」

「あの……あれです。君が歩いた大地に立ちたくないです」

「どんだけ俺のことが嫌いなんだよ! 同じ星に住んでるんだから、それくらい妥協しろ! いやもうそれも嘘だろ!」

 

 ショーンは大声を上げながら、大鴉に乗ったままのロウェナに詰め寄った。

 そして手を掴み、無理やり降ろそうとする。

 暴力反対とか、女性の権利を守ろうとか、そんな言葉が産まれるのはもっと先の話だ。つまり今ならやりたい放題。

 

「ちょ、やめ、やめて下さい! 身体中の血を抜き取りますよ!」

「こわっ!」

「あっ」

 

 物騒なことを言うものだから、ショーンは思わず手を離してしまった。

 引っ張られる力に対抗していたロウェナは当然、支えを失うことになる。

 

「ぷぎゃ」

 

 ロウェナは大鴉から落っこちた。

 顔面から。

 それはもう見事に。

 顔面から落ちたのである。

 

「…………」

「…………」

「さっ、行きましょうか」

 

 ローブについた土煙を払い、ロウェナは何事もなかったかのように歩き出した。

 

「いやいやいや、待て待て待て。今だいぶ間抜けな事件が起きたぞ。なんで何事もなかったかのように歩いてんだよ」

「はい?」

「おおう。あまりにも見事なすっとぼけ具合に、流石のショーンさんもびっくりですよ」

 

 そういえばだいぶ前に、こんな話を聞いたことがあった。

 ――ロウェナ・レイブンクローは運動音痴である。

 箒に乗って落っこったり、杖を振ろうとしてすっぽ抜けたり。そんなことがあったと、前にサラザールが言っていた。

 まさか……さっき大鴉から降りなかったのは、あの高さから降りれなかったから?

 いやまさか。だって大鴉だって言っても、胴体と陸は一メートルくらいしか離れてないんだぞ。流石に降りれるだろ、そのくらい。

 

 どてっ。

 そんな風に考えていると、目の前を歩いていたロウェナがすっ転んだ。

 よく見ると、脚が震えている。

 

(ちょ、ちょっと地面から足が離れてただけでバランス感覚が死んでやがる……! どれだけ運動音痴なんだ、こいつ!)

 

 ショーンは戦慄した。

 突如1000年前に飛ばされても平然としていたショーンが、ここに来て初めて戦慄していた。

 

「何を止まってるんですか。早く行きますよ」

 

 そして再び何事もなかったかのように立ち上がるロウェナ。

 彼女も大概である。

 ちょっとため息をついてから、ショーンはロウェナの後ろを歩き出した。

 

「はあ……。手でも繋いでてやろうか?」

「えっ、手フェチなんですか? ちょっと待っててください、手首を切り落とすので」

「違えよ! 転ばないようにだよ! 100善意からの提案だわ! そんで手首切り落としてまで繋ぎたくはねえよ!」

「転ぶ……? 誰がです?」

「うん、もういいわ。さっさと店に入ろうぜ」

 

 なんとかこうにかヘルガの店にたどり着いた――と言ってもただ歩いただけだが――二人は、店のドアを開いた。

 チリン、とドアベルが鳴る。

 すると奥の方からドタバタと音がなり、少女が出て来た。

 ショーンが知るよりもだいぶ幼い姿。ロウェナの場合は若いロウェナの方が大人びているまであるが、その姿はまさに少女のそれだった。

 

「まあ、ロウェナ。ごきげんよう。お久しぶりですね」

「はい、ヘルガ。何度も訪ねたいとは思っていたのですが……」

「いいんです。こんなご時世ですもの」

 

 そう言って彼女――ヘルガ・ハッフルパフは微笑んだ。

 

「それでえっと、あなたの隣にいる少年は誰かしら?

 あなたがお友達を連れてくるなんて初めてだから、わたくし気になってしまって。ロウェナのお友達なんですから、きっと素敵な男の子なのね。ご紹介してくださるかしら?」

「この少年と私の関係を端的に表すなら、被害者と加害者です」

「えっ?」

「この少年が私から下着を無理やり奪いました。その後色々あり、この子をしばらく養うことになったのです。今日ここには、この子がお腹が空いたというから寄らせてもらいました」

「あ、あの、ごめんなさい。何をおっしゃっているのか、まったく分からないのですけれど……

 わ、わたくしの理解力がないのかしら。ごめんなさいね、ロウェナ」

 

 ロウェナの説明に、ヘルガは目をくるくるさせていた。

 それも無理はない。

 今の説明を良いか悪いかで判断すれば、最悪だと思う。

 なのにロウェナは言うべきことは言い終えたと言わんばかりに、ヘルガを置いて席に着いた。

 

「いやいや。説明下手か。ヘルガ置いてかれてるから」

 

 前に言っていた通り、ロウェナは本当に口下手らしい。

 しょうがないと、ショーンはヘルガに説明し始めようとした。

 

「む、ん……」

 

 唇が接着されたみたいに開かない。

 ロウェナの方を見ると、机の下で杖を振っていた。

 なんだよ、という非難の意味を込めてロウェナを睨む。

 彼女は視線に気がつくと、人差し指を唇に当てて「喋らないように」というポーズをとった。

 

(おい)

(すみませんが、ここは黙ってて下さい。君の発言によっては、未来を変えてしまう可能性があります。私がなんとかしますから)

 

 そう言われては仕方ない。

 腑に落ちない点はあるが、黙っておくことにした。

 ヘルガに気がつかれる前に、アイコンタクト会議を切り上げる。

 

「とにかく彼は性犯罪者なのです」

「最低ですね」

 

 結果、ヘルガにまでジト目で睨まれることになった。

 当たり前である。

 やっぱりちょっと腑に落ちなかった。

 

「けれどロウェナが許したのなら、わたくしが口を出すことではありませんね」

 

 ヘルガはそう言って、にっこり微笑んだ。

 やはりどの時代でもヘルガは癒し。

 ショーンはそう思った。いや、もはや感じた。海を知らない少女が初めて海を見たときのような、極めて文学的な表現でしか表せない何かを、ショーンは感じたのだ。

 

「ええ。私は懐が広いので、懲役五百年で許すことにしたのです」

「それ全然許してないから」

 

 そしてどの時代でもロウェナはうざい。

 海を知らない少女が初めて見た海が、小麦色に肌を焼いた筋肉隆々な漢達で埋め尽くされていたときのような、強い不快感を感じさせる。

 

「それで、何をお食べになりますか?」

「俺はミートパイで」

「私は何か野菜系のものを」

「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 

 そう言ってヘルガは、奥の方へと歩いて行った。

 彼女一人でこの店を切り盛りしているのだろうか。席数は少ないとはいえ、大変そうだ。魔法でどうにかしているのだろうか。

 しかしもしかしたら、ヘルガのあの丁寧な口調は店員だった時の名残なのかもしれない。

 昔のヘルガを見て、ショーンはちょっとこそばゆい気持ちになった。

 

「なんです、そんな顔でヘルガを見つめて。性犯罪はほどほどにして下さいね」

「決めつけが速え! 本で見た偉人が歩いてるから、ちょっと感動しただけだよ」

 

 どうだか、と言わんばかりの目でロウェナが睨んで来る。

 一瞬こぶしを握りかけたが、やめた。

 さっきのあの様子を見る限り、ちょっと小突いただけでロウェナは死ぬかもしれないと思ったのだ。

 

「ところで君は、この時代についてどのくらい知ってますか?」

「あー、そうだな……」

 

 マグルの歴史では、それまで色々な勢力が争っていたイギリスがやっと纏まったと思ったら、他の土地の人間が攻めてきたところ。

 魔法使いの歴史では、ホグワーツ創設者を筆頭とした魔法使い達が闇の勢力と戦っている時代だったと記憶している。

 ハーマイオニーだったらもっと詳しく知っているのかもしれないが、残念ながらさほど勉強熱心ではないショーンではこのあたりが限界だ。

 

「簡単に説明しておきますが、私達は今戦争中です。状況は劣勢、というよりほとんどもう負けています」

「は?」

 

 創設者達の強さは誰よりも知っているつもりだ。

 特にゴドリックなんかは、負けるところが想像できない。

 なのにどうして……?

 

「たしかにゴドリックは強い。私が知る人間の中では一番でしょう。ですがそう、彼よりも強い者が向こうの陣営にいるのです」

「嘘だろ……」

「本当です。人類史はここで終わる――少なくともブリテン魔法界は滅ぶと、私も諦めていました。ですが『1000年後から私達を知る人間が来た』ということは、私達は勝つのでしょうね。その未来を、些細なことで揺らしたくはない」

 

 未来で勝つことが決まってるなら、ここは手を抜いていいや。

 そんな些細な思考の変化が、未来に多大な影響を及ぼしてしまう。

 ロウェナはそれを恐れたのだろう。

 

「しかし、そうですか。私達5人(・・)は勝つのですね……」

 

 思わず、と言った風にロウェナが安堵のため息をついた。

 なんてことのない、普通の独り言。

 しかしショーンには、どうしても聞き逃せない一言があった。

 

「5人? ちょっと待て、お前たち創設者はよに――」

「伏せろ!」

 

 突如男の叫び声が聞こえて来た。

 さっきその辺で転んでいた女性と同じ人物とは思えないほど素早く、ロウェナは机の下に滑り込み、ショーンの手を引いて自分の胸元に引き寄せた。

 杖を手に、あたりを油断なく警戒している。

 ショーンも杖を抜き、周りを見た。

 ロウェナは言っていた。

 今は戦争中である、と。

 そして劣勢だと。

 詳しい情勢は分からないが、ここも安全ではないのかもしれない。

 今踏み込んできたのが、さっきロウェナが言っていたゴドリックより強い“ナニカ”だとするなら――

 

「ふわーっはっはっはっ!

 馬鹿どもめ! 何を本当に伏せておる! 冗談に決まっているだろう!

 いやこの私が来たのだから、伏せて当然というところは大いにあるがな!」

 

 よく知ってる声だった。

 というかサラザールだった。

 凄く情けない気持ちになった。

 

「サラザール……」

「はっ! そこにいるのはロウェナではないか! なんだ貴様もいたのか。偶然にも私に会えたことを、存分に感謝するがよい」

「今日はあなた達以外のお客様もいらっしゃってますよ」

 

 奥から出てきたヘルガが、ショーンの方を会釈しながら言った。

 サラザールと目が合う。

 ピタリと彼の動きが止まった。

 せわしなく目が動き、ダラダラと汗をかきながら唇をヒクつかせている。

 

(こいつ内弁慶だ!)

 

 ショーンは一瞬でサラザールの内面を見抜いた。

 昔からなんとなくそんな気はしていたが、なにせ1000年後の創設者達はショーンにしか見えない。試す機会がなかったのだ。

 だが今日、ハッキリした。

 サラザールは内弁慶である。

 そんなショーンの内心を察してか、ロウェナがアイコンタクトを飛ばしてきた。

 

(気がつきましたか)

(そりゃあ気がつくだろ。さっきとの落差がヤバすぎる。見ろ、今なんてすごいキョロキョロしてるぞ。ちょっと前まで死ぬほど浮かれてたのに。もうなんか、悲しい……)

(良かったですね、サラザールは。あの性格が後世に伝わってなくて)

(ロウェナの貧乳と違ってな)

(そ、それは伝わってないと言ってたでしょう!)

 

 机の下でロウェナが脛を蹴ってきた。

 だがロウェナのノロマな蹴りに当たるショーンではない。ひょいと足を上げてかわした。

 ロウェナがニコッと笑った。

 ショーンも笑った。

 

(当たりなさい!)

(当てられないのが悪いんだ)

 

 両足を使って脛――どころか避けづらい太ももまで狙ったが、ショーンは全部器用に避けた。

 な、なんてすばしっこい奴!

 流石にゴドリックとまではいかないが、ロウェナが見た人間の中では二番目に速い。

 

「なにやってるの、二人とも。お料理ができたわ。それにサラザールも。そんな隅っこに座ってないで、ご一緒しましょう。わたくしもお昼休憩をとりますから」

「う、うむ」

 

 顔を赤らめながら移動してくるサラザール。

 肌が白いからか、赤面しているとよく分かる。まったく分かりたくないが。

 また無駄な知識が増えてしまったと、ショーンはちょっと気持ち悪くなった。

 

 簡単な自己紹介をしてから――ショーンにとっては今更もいいところだが――席に着き、ヘルガの音頭でいただきますの号令をした。

 ヘルガが持ってきたミートパイは、実にシンプルなものだ。

 ショーンが料理を習った相手は、誰あろうヘルガである。ある意味お袋の味、と言えるかもしれない。とはいえ生身のヘルガの料理を食べるのはこれが初めてだった。

 もしかしたら、1000年前に来て一番良いことかもしれない。

 何気ない幸運に感謝しながら、ひとくち口に入れた。

 

「こ、これは!」

 

 思わず立ち上がってしまった。

 周りが見てくるが関係ない。

 

「美味い!」

 

 今までヘルガから教わってきたことはなんだったのか――

 ヘルガに教わりながら作ったショーンの料理と、実際のヘルガが作った料理。レシピは同じはずなのに、どうしてこうまで違うのか!?

 今まで食べてきたどんな料理よりも、ヘルガがちょっとの間で作ったミートパイの方が美味しかった。

 気がつけばショーンは涙を流していた。

 

「大げさな奴だ」

「きっとヘルガに媚びてるんですよ」

 

 皮肉屋と嫌味な奴が何を言っても気にならない。

 パイを切り分けもせず、フォークでひっ掴んであっという間に平らげてしまった。

 

「ごちそうさん!」

「はい。いい食べっぷりでしたね。わたくしも見てて楽しいほどでしたわ。お代わりはお持ちしましょうか?」

「是非! いや、待ってくれ。調理するところを見せて欲しい。俺もその、なんだ。料理をやる方なんだ。参考にさせてくれ」

「うわっ。その顔で料理するとか……

 どう思います、サラザール」

「吸魂鬼が温かい家庭を築く様なものだな」

 

 一瞬こぶしを抜きかけたが、なんとか堪えた。

 

「ええ。構いませんよ。というより、こちらから提案したいくらいですわ。誰かとお料理するのは、とっても楽しいことですもの。ふふふ。

 他の方は、その辺少し疎くて……」

 

 ヘルガが悲しそうに目を伏せた。

 さっきまで騒いでいた外野が、バツの悪そうな顔をしている。

 どうやらこの時代でも、力関係は変わらないらしい。

 

「ふっ――」

 

 なんだかそのことが無性に嬉しくて、つい笑ってしまった。

 

「なんですか、今の「ふっ」って笑い方。サラザールといい、男の子は根暗なのがカッコイイとでも思ってるんですか」

「根暗筆頭の貴様にだけは言われたくない」

「はっ。根暗筆頭はあなたではないですか。この間本を読みながら一人で笑ってましたよね?」

「貴様、何故そのことを知っている!? いつ見ていた!」

「えっ、本当にしてたんですか」

「なに……?」

「…………」

「…………」

「杖を抜け、決闘だ」

「望むところですよ」

 

 そう言って二人は店を出て行った。

 

「わ、わたくし達は中でお料理をしましょうか」

「ああ」

「えっと、ああ見えてあのお二人は頭がいいんです。本当ですよ?」

「知ってるよ」

「ほ、本当ですからね!」

「だから、知ってるって」

 

 なんだかなあ、とショーンは思った。








【一方過去に来たハーマイオニー】
ゴドリック「それで、いつデートする?」
ハー子「しないわよ」
ゴドリック「約束したじゃないか」
ハー子「してないわよ!」
ゴドリック「いいや、たしかにしたね。君は僕とデートすると言った」
ハー子「言ってないわ! 何年何時何分何秒、地球が何かい回った時言ったのよ!」
モブA「こいつ地動説信者だ!」モブB「神を冒涜している! ひっ捕らえろ!」

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