ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第9話 5人目の創設者

 ショーンは厨房で、ヘルガが料理するところを見ていた。

 見たところ普通だ。

 昔ヘルガから教わったレシピとなにも変わらない。

 なのに美味い。

 自分が作る物より格段に。

 この違いはなんだろうか……

 考えたが、よく分からなかった。ヘルガだから、としか言いようがない。

 諦めてヘルガと二人でお茶をすることにした。

 作り置きですが――と持ってきたスコーンもショーンが作るものより美味しく、なんだか理不尽にさえ思えてきた。

 

 外ではロウェナとサラザールが決闘している様で、先程から聞いたこともない凄まじい轟音が響いてくる。

 窓から見れば二人の闘いぶりが分かるかもしれないが、価値観が壊れそうでやめた。

 

「ん、音が止んだな。二人ともくたばっちまったか?」

「こら! 冗談でもそんなことを言ってはいけませんよ」

「ごめんなさいお母さん」

「わたくしはまだそんな年齢ではありません!」

 

 ショーンは肩をすくめた。

 その後扉が開き、ロウェナとサラザールが泥だらけで入ってくる。

 二人を見るとヘルガは杖を振り、汚れを落とした。ティーポットを浮かして紅茶も淹れている。

 やっぱりお母さんじゃないか、とショーンは思った。

 

「お帰りなさい。温かい紅茶を淹れたので、お二人もどうぞ」

「ふっ。勝利の一杯というやつだな」

「何を言ってるんですか。私が圧勝したでしょう」

「まあまあ。二人とも勝った、でいいではないですか」

「二人とも負けた、でもいいぞ」

 

 ロウェナとサラザールが睨んできた。

 二人の手には、まだ杖が握られている。

 ショーンも臨戦態勢を取ったが、この家の中で争うことは許しません、というヘルガの一声で三人とも杖を引っ込めた。

 

「さあさあ。みんなで仲良くしましょうね」

「幼稚園児か、私達は」

「誰かさんの頭の中はまだ幼稚園児なようですけど」

「たしかに。誰かさんの頭は幼稚園児並みだな」

「ははははは。そうだな。たしかに幼稚園児並みだ」

 

 サラザールとロウェナとショーン、三人はお互いを見ながらほがらかに笑った。

 そんな三人にちょっと呆れながら、ヘルガがそれぞれに紅茶とお菓子を配る。

 先ほどまでとは一変して、四人はゆっくり紅茶を飲んだ。

 

「――で、本当のところ、二人して何話してきたんだ」

 

 ピタリと、笑い声が消えた。

 一瞬鋭い空気が流れた後――サラザールが緩やかに話し始めた。

 

「何を言っている。ちょっと身の程を知らない小娘を懲らしめて来ただけだ」

「俺に嘘は通用しない。お前たち三人が俺に内緒でなんかやってんのは分かってんだよ」

 

 またも空気が凍った。

 少しの間沈黙が流れたが、舌打ちした後、サラザールが口を開いた。

 

「貴様には『呪い』がかけられている。『呪い』の場所が奥底過ぎて他の人間では気がつかぬかもしれぬが、私達からすれば一目瞭然だ。

 その『呪い』、闇の魔術に詳しい私ですら初めて見る。そして私が知るどの『呪い』より強力だ。

 本来であれば、貴様は生きているどころか、周囲全てを二度と生命の誕生しない死の土地に変えていてもおかしくはないのだぞ」

「なるほど。サラザールがここに来たのは偶然ではなく、ロウェナが呼んだわけか。自分でも分からない『呪い』を、専門家であるあいつに診てもらおうって思ったわけだ」

 

 あの時ロウェナが飛ばしたもう一羽のカラスは、サラザールへ向けたモノだったらしい。

 

「ヘルガのとこに連れて来たのも、心を――俺の過去を読んで原因を特定しようとしたからだろ。違うか?」

「いいえ、何も違いません。全て君の言う通りです。もっとも何かしらの要因で、ヘルガでさえ君の心を読めなかったようですが」

 

 最初に出会ったときと同じくらい、いやそれ以上に冷たい声でロウェナが告げた。

 サラザールもバツが悪そうに顔を逸らしているし、

 ヘルガも困り顔だ。

 

「あー……なんか勘違いしてるみたいだけど、別に怒ってるわけじゃない。考え事をしていたせいで口調が荒くなっちゃっただけで、むしろ逆なんだ。俺の『呪い』を、解く手助けをしてもらいたい」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンの読みでは、なんらかの要因で自身にかけられた『呪い』を封印するために、創設者四人が自分に憑いているのだと推測している。

 『呪い』を解いてしまうと創設者達がいなくなってしまう可能性もあるが――サラザールの言う通りだとすれば、この『呪い』はかなり危険なものだ。

 いざという時のために解ける方法を探しておくことは、決して無駄にはならない。

 

 ただ分からないのは、どうして1000年も先の人間であるショーンの『呪い』を封じるために過去の人間である創設者達が出てきたのか。

 そもそも何故マグル生まれでなんの変哲もない自分にそこまで強力な『呪い』がかかってしまったのか。

 それから創設者が5人いたとするなら、どうしてその5人目はショーンに見えなくて、しかもその存在が後世にまったく伝えられていないのか。

 この辺りが不明な点だ。

 

 ただ一つ、この時代に来たことで分かったことが一つある。

 それはこの『呪い』をかけた人物だ。

 サラザールでも知らない『呪い』、それを掛けたのは――さっきロウェナが言っていた闇の陣営にいるという『ゴドリックより強い者』なのではないだろうか。

 

「その可能性は高いな。そもそも闇の魔術とは、闇の生き物が使う魔術を人間が使えるようにしたものだ。ならば必然、私より闇の生き物の方がよりその分野に詳しい」

「それで、なんて名前なんだ。向こうの親玉は」

「私達も知りません。名前があるのかどうかさえ。なにせ敵同士ですから。ただ私達はアレをこう呼んでいます。闇の勢力の王、つまり『闇の帝王』と」

 

 ヴォルデモートと同じ称号――いや、ヴォルデモートが参考にしたと考えるべきだろうか。

 あいつはホグワーツ創設者達を尊敬していたらしい。それならこの時代についての本を読み込んでるだろうし、その過程で『闇の帝王』を知ったとしても不思議ではない。

 そしてヴォルデモートが『闇の帝王』を知っていたのなら、『闇の帝王』の『呪い』を知っているのも自然なことだし、ショーンを見てその『呪い』だと分かったのも当然のことだ。

 問題はその『闇の帝王』の『呪い』が何故、自分に掛かっているのか。

 

「他の者にも意見を聞けたら良いのですが……」

 

 他の者というと、ゴドリックと例のもう一人の創設者だろうか。

 ロウェナにアイコンタクトで説明を求める。

 

「この戦争で指揮を執っているのは五人。

 内三人はここにいる私達です。

 もう一人はゴドリック・グリフィンドール。下半身に忠実な男で女遊びばかりしていますが、勘と戦闘センスは他の追随を許しません。

 それから――私は運などという不確実なものは信じていませんが――かなりの豪運を持っていると言われていますね」

 

 これはショーンの知識通りだ。

 というか知っている通りすぎる。過去も未来もあの男はクズらしい。

 問題はもう一人だ。

 

「もう一人の名は――」

 

 その名前を聞いて、ショーンは今までにないほど衝撃を受けた。

 もう一人の創設者の名前。

 

 ――ウィリアム・ハーツ。

 

 と、言うらしい。

 ハーツという姓名は、そこまで珍しいものじゃない。

 だけどこんな偶然あるだろうか?

 どうしても考えてしまう。

 ウィリアム・ハーツ。

 そいつはもしかしたら……自分の先祖なのではないか、と。

 

「魔法使いとしてはそれほど優秀ではないですが、愛嬌があり他の者達に慕われています。私達は人間性にやや欠陥があるので、彼にはよく橋渡し役になってもらっていますね」

 

 ロウェナの言葉を聞いた瞬間、全てがつながった気がした。

 

 ウィリアム・ハーツ――つまり自分の先祖はこの後の戦いで『呪い』を掛けられ、それが隔世遺伝のような形で自分に降りかかった。

 創設者達はそれを予見しており、対抗呪文を前もって掛けておいた。

 ウィリアムの名前が後世に伝わらなかったのは、誰かが下手にちょっかいをかけて『呪い』が暴走するのを防ぐため……

 全て仮説だし、まだまだ分からない所は多いが、大まかにはこんな感じだろうか。

 

 解けてしまった。

 こんな簡単に、長年の疑問が解けてしまった。

 いや、これで本当に合っているのだろうか。

 まだ何かが間違っている気がする。

 何かを見落としているような気が……

 いやでもこれは、テスト後に絶対合ってる答えを書いたのに間違ってると思い込んでいるハーマイオニーみたいなもののような気もする。

 

 考えても分からない。

 

「それから一応、私の婚約者でもあります」

 

 またも驚かされた。

 もしウィリアムが自分の祖先なら、ロウェナと超遠縁であるが、親戚ということになる。

 

「てことは二人は、恋人ってことか?」

「違います。レイブンクロー家とハーツ家は共に名門の家系。特に今は戦争中ですから、強い遺伝子を残すのも重要な役割のひとつ。

 なので恋仲ではありませんが、将来的に子供を残すために、婚約してるのです。

 それに私個人としても、強い興味があるので」

「セ◯クスに?」

「違います!」

 

 ちょっとジョークを言ったら、思いのほか強く言われて少し驚いた。

 

「私は愛が知りたいのです。

 愛――それ故に強くもなり、それ故に弱くもなる。小さな家庭にさえあるのに、時には国を滅ぼすほどのものともなる。私はそれを知りたい。

 子供は愛の結晶と言うではありませんか。子供を持てば、私でも愛を知れるかもしれない。だから結婚したいと考えました」

 

 叡智を求めるレイブンクローらしい理由だ。

 しかしなるほど。未来のロウェナがああなったのは、子供ができたからだったのか……

 実際に見たわけじゃないから、たしかとは言えないが。

 み、見てみたい。

 この時代にとどまって、このキツめのロウェナがああなっていく過程を、じっくりみてたい。ショーンはそう思った。

 

 いやとにかく、今は『呪い』の話だ。

 これを解く方法を調べなければならない。

 さっきからどうしても、話の間にジョークを挟んでしまう。

 

「サラザール、呪いってのは術者を倒せば解呪されるもんなのか?」

「そうでないものとそうなるものがあるが、解呪されないものの方が圧倒的に多い」

 

 『闇の帝王』を倒せば良いのかとも思ったが、そうではないらしい。

 いやそもそも自分の時代に『闇の帝王』は生きてないのだから、当たり前と言えば当たり前か。

 自分の命を捧げて呪いを、という話もよく聞く。

 

「『呪い』というのは錠前のようなものだ。それごと壊すことも出来なくはないが、それより鍵で開ける――つまり反対呪文で無効化した方が遥かに早く効率が良い」

「サラザール」

「ん?」

「お前例え話がうまいな」

「そ、そうか? こほん。小僧、存外に見る目があるではないか」

 

 サラザールがまた赤面した。

 もうホント、やめてほしい。

 

「話を戻すけど、反対呪文はないのか?」

「うむ。これほどの『呪い』を解く呪文はない。新たに開発しなければなるまい。が、今の技術では難しいな」

「となると、壊すしかないか」

「それもかなり難しい。先ほどの錠前の喩えで言うなら、その錠前は頑丈すぎる。可能性があるとすれば……」

 

 サラザールがロウェナの方を会釈した。

 

「そこの女は、常人離れした魔力量を有している。なんでもありの戦闘で言えばゴドリックのやつが上だろうが、単純に魔法使いとしては我々の中で頭ひとつ飛び抜けているだろうな」

「あなたが素直に私を褒めるなんて……

 今日私は死ぬのですか?」

「きっとかなり珍しい死に方をするぞ。隕石が頭に偶然降ってくるとか、地割れに巻き込まれるとか」

「貴様らなぁ……」

「サラザール、あなたいつのまにかそんな素直な子に。わたくしは嬉しいです……」

「何故貴様は泣いてるんだ!」

 

 よよよ、と泣くヘルガ。

 それをみてわたわたとするサラザール。

 ヘルガはサラザールにだけ見えない角度で、舌を出してウィンクした。

 

「それで話を戻しますけれど、その『呪い』が私に壊せるか、という話ですが、不可能です。私の魔力全てを使えば出来ないでもないかもしれませんが、杖か君の体、どちらかが先に壊れてしまう」

「使えねえな」

「使えますよ、私は!」

 

 その返しはどうなんだろう。

 

「ゴドリックとウィリアムをここに呼んで、意見を聞くことは出来ないのか?」

 

 ゴドリックには超人的な直感があるし、

 ウィリアムはもしかしたら自分の祖先かもしれない人物だ。

 会っておいて損はないだろう。

 というかショーンが個人的に会いたい。

 

「二人とも難しいですね。ゴドリックは特定の住処を持たず、女性の家をフラフラと渡り歩いているので、足取りが掴めません」

 

 今更もうその程度のことでは驚かない自分がいた。

 

「ウィリアムですが、こちらはそもそもブリテンにいません。『闇の帝王』を倒すために、情報収集の旅に出ている最中です」

「そうか。それなら――」

 

 その先を言おうとしたが、言えなかった。

 肺の中の空気が全部出たからだ。

 何故?

 ヘルガに押し倒されたから。

 なんでヘルガは、俺を押し倒している?

 それにヘルガの家が壊されて――

 

 ショーンの思考は、そこで途絶えた。

 あまりにも強い衝撃を受けたせいで、意識が一瞬飛んでしまったのだ。

 

「ヘルガ、防護呪文を張れ!」

 

 意識が戻ると、目の前でサラザールが叫んでいた。

 サラザールだけではない。ヘルガとロウェナも、ショーンを取り囲むように立っている。

 防御陣を築く四人の周囲を、大型の黒い犬が這い回っていた。

 

 むかし創設者達に教えられて、ショーンはその生き物を知っていた。

 ――死霊犬(グリム)だ。

 さっきの衝撃は、こいつらがヘルガの家を襲って来た時のもの、か?

 朦朧とする意識の中で、ショーンはなんとか推理を組み立てた。

 それと同時に、昔ロウェナから聞いた、死霊犬(グリム)の知識を引っ張りだす。

 

 『現代で死霊犬(グリム)は、観ると24時間以内に死ぬ魔法生物だと伝えられていますが、それは大きな間違いです。

 恐らく長い歴史の中で、事実がほんの少しずつ間違って伝えられていったのでしょう。まあそれも仕方のないことで、本物の死霊犬(グリム)は私達が絶滅させたので、今の魔法使い達が死霊犬(グリム)だと思っているのは、ちょっと魔法力を持った普通の犬なんです。

 なので現代の魔法使い達では、事実を確かめようがありません』

 

 たしか大事なのはこの後だ。

 

『正しくは死霊犬(グリム)を観ると二十四時間以内に死ぬのではなく、二十四時間以内に死霊犬(グリム)に殺される、です』

 

 魔法使いは普通の人間よりはるかに強い力を持っているが、身体能力は人間のそれだ。

 死霊犬(グリム)は非常に高い運動能力を持っている。

 並の人間では戦うどころか、存在に気がつく前に死ぬだろう。

 また当然死霊犬(グリム)は普通の犬よりも格段に鼻がよく、イギリス全土くらいなら特定の人物を追うくらいわけない。

 普通の魔法使いでは絶対に、死霊犬(グリム)に勝つことはできない。

 

 今回はロウェナが前もって張っていた『敵感知呪文』に引っかかったためなんとか初撃を回避できたが、逆に言えばそれで精一杯。

 ちなみにロウェナの『敵感知呪文』の範囲は1キロ弱。つまり死霊犬(グリム)はその程度の距離なら、一瞬で詰められるということになる。

 

 こんな情報、思い出さなきゃよかったなぁ。

 ショーンは自分の墓を掘って、神への懺悔を済ませながらそう思った。

 

 とはいえショーンの近くにいるのはいくら若いといっても後の創設者達。

 そう簡単にやられるわけがない。

 

「悪霊の火よ、我に囁きたまへ」

 

 サラザールの杖から、大蛇の形をした火が出てきた。

 それも一匹ではない。

 六匹もの大蛇が、サラザールの前に揃った。

 一匹、一匹が昔見た『秘密の部屋』のバジリスクと同じかそれ以上に大きい。

 

「やれ」

 

 サラザールの命令と同時に、炎の大蛇が死霊犬(グリム)に襲いかかる。

 防護呪文の内側にいるおかげで熱風こそ飛んでこないが、大地の水が蒸発しヒビ割れ、空気中の水分が一瞬で消し飛ぶあの熱量。死霊犬(グリム)と言えど触れればただでは済まない。

 しかし大蛇の動きは遅くはないが、目視できる程度だ。死霊犬(グリム)から見れば止まって見えるくらいだろう。

 

死霊犬(グリム)の『時』を遅くしました。これなら逃げられない」

 

 火を避けようとした死霊犬(グリム)達の動きが途端に鈍くなる。

 そこに悪霊の火による絶対的な攻撃。

 これではひとたまりもない。

 なんとか火をかいくぐってこちらを攻撃してくる死霊犬(グリム)もいるが、ヘルガの防護魔法はビクともしなかった。正に完璧な布陣だ。

 

「おい、あそこ! 死霊犬(グリム)がどっか走ってくぞ!」

 

 ショーンの視線の先、動物的な本能で負けを悟ったのか、走り去ろうとする死霊犬(グリム)の姿があった。

 遅くなった時の中とは言え、それでも速い。

 いかにロウェナといえど、呪文の範囲にも限界はあるだろう。

 ここから走って逃げられたら、人里の方へ行くかもしれない。

 そうなったら不味いことくらい、ショーンにだって分かる。

 

 なんとかしなければ――そう思い、咄嗟に杖を引き抜いた。

 だがショーンが呪文を飛ばすより速く、死霊犬(グリム)はロウェナの呪文の範囲外に出てしまった。元の速さを取り戻した死霊犬(グリム)は、一瞬でショーンの視界から消え失せた。

 

「サラザール!」

「いや、追わなくていい。あれを見ろ」

 

 死霊犬(グリム)が走りだした先に、青年が立っていた。

 青年はローブのポケットに手を入れて、眠そうにあくびまでしている。

 普通なら助けに行ったり、危ないと叫ぶところだが、四人は何もしなかった。

 

「おっと危ない」

 

 青年が何もない空間に向けて、脚を蹴りだした。

 吹き飛ぶ死霊犬(グリム)のクビ。

 彼は正確に、あれほどの速度を持つ死霊犬(グリム)の動きを捉えたのだ。

 

(あ、ありえねえ……)

 

 今度は青年の手がブレた。

 掴みかかろうとした死霊犬(グリム)の牙を掴んだのだろうか――青年の手には死霊犬(グリム)の牙が、頭ごと握られていた。

 死霊犬(グリム)は押したり引いたりなんとか引き離そうとしているが、ビクともしない。

 青年はそのまま片手で死霊犬(グリム)を持ち上げ、ぶん投げた。

 

「きゃうん!」

 

 投げられた死霊犬(グリム)は別の死霊犬(グリム)に当たり、二匹とも動かなくなった。

 

 その後も青年は素手のまま、あっという間に死霊犬(グリム)を殺し尽くしてしまった。

 返り血の一滴もついていないし、

 汗ひとつかいていない。

 こいつは本当に人間だろうか。

 

 この青年――ゴドリック・グリフィンドールは。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 死霊犬(グリム)に襲われたものの、ゴドリックがあっという間に片付けてしまった。

 やっぱりどう考えても、こいつより強い奴など存在しない。

 ショーンはそう思った。

 

「あ、君だね。やっと見つけたよ」

 

 ゴドリックはショーンと目が合うと、笑いながら近寄ってきた。

 この時代ではまだ面識がないはずだが……

 

「ちょっと頼まれてね。君のガールフレンドから伝言だよ」

「ハーマイオニーが来てるのか!?」

「いや、ヴァネッサって子が来てたよ」

「だれだよ!」

「ははは。ちょっとしたジョークさ」

 

 ゴドリックはこれ以上ないキメ顔でウィンクした。

 ショーンが恋に恋する乙女だったら心臓が初恋を知らせる高鳴りをして原因不明の胸の痛みに苦しんだりしたかもしれないが、実際には怒りしかこみ上げて来なかった。

 

「まあ彼女、もう帰っちゃったけどね。一週間って制限付きだったみたいでさ。ほんの二日前に帰っちゃったんだ。で、僕が伝言を頼まれて、やっと君を見つけたってわけさ」

 

 そこまで言ったところで、この先をヘルガとサラザールに聞かれると良くないと思ったのか、ロウェナがゴドリックとショーンを離れたところに連れて行った。

 二人が見えなくなってから、ゴドリックは説明を始めた。

 1000年前に行ってしまったショーンを連れ戻すために、ダンブルドアの力を借りて、ハーマイオニーが一週間という限られた時間だけこの時代に来たこと。

 偶然ゴドリックと出会い、彼が面倒を見たこと。

 しかし彼女が来たのは一週間と二日前で、ショーンとすれ違いになってしまったこと。

 そしてハーマイオニーはこの時代を去る時、伝言を残していったこと。

 

「ハーマイオニーちゃんはね、君にただこう一言伝えてって」

 

 『もう一度、もう一度だけでもいいから会いたい。』

 その言葉だけを残して、ハーマイオニーが現代に戻ったこと……

 それをゴドリックの口から聞いた。

 ショーンは少し黙ってから、ちょっと目元を拭いて、話し始めた。

 

「先ずはゴドリック、お前にお礼を言いたい。この物騒な時代で、あいつを守ってくれてありがとう」

「うん、どういたしまして。君が女の子なら対価をもらうところだけど、僕は男同士の友情には誠実だ」

 

 とびっきりの笑顔で、ゴドリックがウィンクした。

 なんていい奴なんだろう。

 ショーンは友情の証として、手を差し出した。

 ゴドリックは微笑みながら「女の子以外とは手は繋がないよ、気持ち悪いな」と言った。

 死んでほしかった。

 

「どうするんですか、君は」

 

 そう問いかけたロウェナの顔が泣きそうだったのは、見間違いだろうか。

 まあそれも無理はない。

 側から見れば、ショーンはたった一人、だれも知らない土地に飛ばされた少年なのだから。

 

「俺は――」

 

 ――この時代に留まりたい。

 

 そういう気持ちがどこかにあった。

 

 ショーンに取り憑く幽霊達は、ショーンにしか見えない。

 幽霊達と一緒に、他の奴らと話せたらな。そう思ったことは少なくない。

 

 現代に戻れば孤児院の面倒を見なくちゃいけないし、働いてお金も稼がなくちゃいけない。それを苦痛に思ったことはないけど、ちょっと疲れたな、と思ったことは何度もあった。

 だけどここにいれば人目を気にせず創設者達と話せるし、人の面倒を見ないで自由に生きれる。

 

 普通の子供として生きることは、昔からのちょっとした憧れだ。

 

 戦争中かもしれないけど、こいつらと一緒なら怖くない。いやむしろ、自分が手助けしてやれる瞬間だってくるかもしれない。

 もし俺がいたおかげで未来が変わって、創設者達の未来が少しでも良くなるなら、一生をかける価値は充分にあると思う。

 

 それに楽しそうだ。

 いや、絶対に楽しい。

 みんなで馬鹿やりながら、一緒に戦って。

 勝った時はそれゃあもうどんちゃん騒ぎで、

 逆に負けた時はみんなでだれが一番足手まといだったか押し付け合いだ。

 ああそれに、自分の祖先かもしれないウィリアムにだって会ってないし、このロウェナが子育てに四苦八苦するところも見てみたい。

 

 ゴドリックと好みの女の子の話をして、

 ロウェナと一緒に本を読んで、

 サラザールとチェスをして、

 ヘルガに料理を教わって。

 そんな風に生活するのも悪くない。

 

 ――この時代に留まりたい。

 

 そんな気持ちが、どこかにあった。

 だけど今、やっと分かった。

 

「俺は現代に帰るよ。

 やっぱり俺の居場所はここじゃなくて、向こうだから」

「そう、ですか……」

 

 現代で待ってくれている人がいる。

 もしショーンが何かして未来が変わってしまったら、現代の友人達が居なくなってしまうかもしれない。

 未来を変えるのは、その時代を生きる人間にだけ許される。

 

「ですが君を帰す手段が、その、この時代にはないのです」

「はっ。んなもん現代にもねえよ。1000年タイムスリップなんて、普通に考えれば無理だろ」

 

 ショーンは悪い笑みを浮かべながら、自分の頭を人差し指で突いた。

 

「ただし俺以外の人間なら、だ。俺がちょっと頭をひねれば、1000年タイムスリップするなんざわけねえ」







活動報告にボツになったゴドリックとハーマイオニーの会話を載せておきました。
よければ読んでやって下さい。

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