ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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番外編 ゴドリックのドラゴン退治(ナンパ)

 その日の森は、何処か様子がおかしかった。

 静か過ぎるのだ。

 村娘のアヴィーは、直ぐにその原因に気がついた。

 

「動物がいない……」

 

 普段であれば聞こえてくるはずの、鳥の囀りや小動物の足音が少しもない。

 アヴィーは毎日森に入っているが、こんなことは初めてだった。

 不気味……。

 アヴィーはそう思ったが、生活の為には森に入って野草やキノコを摘まなければならない。

 不安に思いながらも、アヴィーは森に足を踏み入れた。

 

 何故生き物の気配がしないのか。

 アヴィーはその理由を知った。

 否。

 思い知らされた。

 突如アヴィーの目の前に、巨大なドラゴンが降り立ったのだ。

 

 ドラゴンは縄張り意識が強い生き物だ。

 なんであれ、縄張り意識に入った生き物には必ず襲いかかる。

 しかし逆に言えば、縄張りにさえ入らなければ絶対に襲いかかってくることはないのだ。

 そしてもちろん、アヴィーが歩くコースはドラゴンの縄張りからは外れている。

 

(それなのに、どうして……?)

 

 だがそんな疑問は、直ぐに強い恐怖にかき消された。

 あまりにも強大なドラゴンを目の前にして、死の恐怖がアヴィーの全身に回ったのだ。

 逃げなきゃ!

 アヴィーは走り出そうとしたが、次の瞬間ドラゴンが吼えた。

 身体が強張り、頭の中が真っ白になる。

 蛇に睨まれたカエルの様に、アヴィーはその場に立ち尽くしてしまった。

 だがそれも仕方のないことだろう。アヴィーはただの村娘なのだから。

 

 ドラゴンが巨大な前足を持ち上げた。

 それが振り下ろされれば、アヴィーの小さな身体が細切れになることは容易に想像できる。

 そしてアヴィーにドラゴンの攻撃を避ける手段がないことも、また容易に想像出来た。

 

 しかしそうはならなかった。

 誰かに抱えられたアヴィーの身体は宙を舞い上がり、瞬く間にドラゴンの攻撃圏から脱したのだ。

 

「大丈夫かい?」

 

 アヴィーを助けたのは、絶世の美男子だった。

 青年はアヴィーをお姫様抱っこして、山のてっぺんまで届こうかというほど飛び上がっていた。

 決して見ることの出来ない、遥か上空からの景色。

 そして夕焼けに照らされた美しい青年の顔。

 アヴィーはたった今、ドラゴンに襲われていることも忘れて見惚れてしまった。

 

「着地するよ。舌を噛まない様に気をつけてね、お姫様」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 次の瞬間、急降下が始まった。

 これだけ高く飛び上がったのだ。

 着地の衝撃も凄まじいものだろう、とアヴィーは身構えた。

 しかし予想に反し、青年は羽が落ちたような軽さで着地した。

 

 青年は着地の衝撃を、筋肉の操作で空中に逃がしたのだ。

 それも人一人抱えた状態で、である。

 もしこの場に武術に詳しい人間がいれば、彼の並外れた技量に涙を流したことだろう。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 青年はアヴィーを降ろすと、その場に片膝をついて顔を近づけた。

 その美しい顔に見惚れて、アヴィーは言葉が出てこなくなってしまった。それでもなんとか意思を示そうと、ブンブンと頭を縦に振る。

 と、その時。

 青年の背後の木が倒れ、ドラゴンが飛び出て来た。

 

 そうだった!

 ドラゴンに襲われていたんだわ!

 

 アヴィーはその事を思い出し、青年の後ろを指差した。

 しかし青年は緊張感のかけらもなく、アヴィーに優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫。心配しないで。これ以上君に、怖い思いをさせたりしない」

 

 青年は剣を抜き、ドラゴンに向かっていった。

 その後アヴィーは、神話の世界としか思えない光景を目にした。

 青年は勇敢に立ち向かい、ドラゴンを討ち倒したのだ。

 

 接戦だったか?

 奇跡が起きたのか?

 そう聞かれたら、アヴィーは迷わず首を横に振るだろう。

 なぜなら青年はたったの一振りでドラゴンの首を切り落としたのだ。

 

 青年は唖然とするアヴィーの元に戻り、跪いた。

 そして右手の甲に、優しいキスをした。

 

「僕の名前はゴドリック・グリフィンドール。君の名前は何かな、お姫様」

 

 ゴドリックは茶目っ気たっぷりにウィンクした。

 アヴィーはその瞬間、自分でもはっきり分かるほど、恋に落ちた。

 

 ドラゴンが何故縄張りを離れたのかとか。

 ゴドリックが来た方向にドラゴンの縄張りがあったとか。

 彼が助けに来たタイミングが良すぎたこととかは、また別の話である。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「そ、そんな馬鹿な……!」

 

 とある国の大臣は、目の前の光景が信じられなかった。

 何故かはわからないが、十頭ものドラゴンがこの国目掛けて飛んで来ているのだ。

 ドラゴンは縄張りから出ない筈である。

 そして群れを成す筈もない。

 またドラゴンは、一頭でも小国であれば滅ぼす程の力を持っている。それが十頭ともなれば、どんな国でも滅ぶだろう。

 そんな強力な力を持つドラゴンだからこそ、決して群れないのだ。

 しかし目の前では、ドラゴンが群れをなして、しかもこっちに向かってきている。

 あり得ないことが、あり得てはいけないことが起きてしまった。

 大臣は目の前の現実を、どうしても受けいれられなかった。

 

 故に、ドラゴン達が何かに怯える様な顔をしていることに彼が気がつかなかったとしても、それは無理からぬことだろう。

 

「落ち着きなさい、大臣」

「じ、女王陛下! しかし……」

「落ち着きなさい!」

 

 大臣を一喝したのは、この国の女王である。

 絶世の美女であり、また名君として知られるこの国の女王。彼女のカリスマは、大臣に一応の落ち着きを取り戻させた。

 

 余談であるが、女王は「国と結婚した」と宣言しており、つまりは未婚である。

 またガードが硬いことでも知られている。

 美しく、また有能な女王には他国からの国王や王子から婚姻の誘いが毎夜届くと言われているが、その全てを断っているそうだ。

 例え相手がどれだけハンサムで、高い地位にいようと。

 彼女を口説き落とすには、それこそ国の滅亡を救う様な、英雄的行為が必要だろう。

 

「大臣。この国の兵全てが立ち向かったとして、ドラゴンは何頭倒せる?」

「まさか、戦うおつもりで?」

「今は問答をする気はない。簡潔に、聞かれたことだけに答えよ」

「はっ! 恐らく、二頭が限界かと。どれだけの奇跡が起きようと、四頭は倒せますまい」

「ふむ……。篭城に専念すれば、どの程度時間を稼げる」

「一頭も倒さなくていい、という条件ですと、恐らく三時間程度かと。しかし我等の城壁は対人間用に作られてます故、空を飛ぶ相手では……」

「続きは言わんでいい。分かっている」

 

 女王は少し考えた後、宮廷魔術師を呼んだ。

 

「魔法で穴を掘るとして、三時間でどの程度掘れる」

「……城の大広間程度が限界かと」

「その程度か? 随分と小さいな」

「ただ掘るだけでは崩れてしまいます。柱を取り付け、耐久度を上げながらの作業になりますので。どうかご容赦のほどを」

 

 空を飛ぶ相手には土の中、と考えたが、そう都合良くはいかないようだ。

 次に女王が呼んだのは、騎士長だ。

 騎士長は女王が最も信頼する人間である。

 何故なら騎士長は、女王の実の妹なのだ。

 

 この国は元々、現女王の父に当たる人物が治めていた。

 しかし彼は悪王であり、国民を苦しめていた。

 それに憤慨した女王は叛逆し、国王を討伐。その後王座に就いた。

 騎士長は叛逆の時も女王の右腕として仕え、充分すぎる程の働きをしてくれた。

 大臣が「ドラゴンを二頭は倒せる」と言ったのも、彼女の存在が大きい。

 

「ドラゴンと戦って参れ」

 

 女王が騎士長に下したのは、事実上の死刑宣告だった。

 周りの人間にも、大きな動揺が走る。

 

「仰せのままに」

 

 しかし騎士長は、当たり前のように答えた。

 女王もまた、当然のように流す。

 二人の間には、死すら超越した絶対的な信頼関係があるのだ。

 

「大臣、国民を連れて逃げろ」

「し、しかし陛下。私がいなくては、軍の統率が」

「問題ない。私がここに残る」

「なっ! しかし!」

「安心しろ。かつて父に叛逆し、斬り伏せた私だ。戦さの心得はある」

「そういうことではありません! 貴女様がここに残られては、民は誰についていけば良いのです!」

「その為に貴様を遣わすのだ、大臣。私はこの国と結婚した身。夫が死ぬのなら、私もまた共にする。民草を頼んだぞ」

 

 その言葉は力強く、有無を言わさなかった。

 大臣は涙を堪えながら頭を下げ、女王の間を去った。

 

 彼ならば、国民達を無事逃がしてくれることだろう。

 後は戦うのみ。

 女王は騎士長と宮廷魔術師と共に作戦会議を始めた。

 

 

 

 結論から言おう。

 国は滅びた。

 いかに策を弄そうと、覆せない戦力というものがある。

 今回がそれだ。

 ドラゴンを三頭倒しただけでも、健闘したと言えるだろう。

 

 国民は無事、全員が逃げ出した。

 また何故かは分からないが、負傷こそしているものの死んだ兵士もいない。

 もうダメだ、という時に偶然、まるで生き物の様に床や城壁が盾になってくれたのだ。

 しかし動ける者もまたいなかった。

 

 とうとう最終ラインを突破されたのだろう。

 天井を突き破り、巨大なドラゴンが女王の間に降り立った。

 ああ、勝てるわけがなかった……。

 ドラゴンを直接目の当たりにした女王は、ごく自然に悟った。

 それくらい、人とドラゴンではあまりにも差があり過ぎる。

 

 この国で最も権力のある女王も、ドラゴンから見れば凡百の人間。

 道端の石でも蹴飛ばすように、ドラゴンは女王を軽く攻撃した。

 

「姉上ええええ!」

 

 騎士長が、ドラゴンと女王との間に割って入る。

 だが、だからなんだと言わんばかりに。

 ドラゴンの一撃は騎士長と女王を纏めて吹き飛ばした。

 女王があれほど信頼していた騎士長も、所詮は人。ドラゴンの爪が掠っただけで肩が裂け、剣はひしゃげた。

 しかし人間としては最高峰に位置するというだけあって、ドラゴンの攻撃を軽減させはしていた様だ。

 その証拠に、女王も騎士長も生きていた。

 

 しかしそれも、ほんの少し寿命を延ばしたに過ぎない。

 邪魔をされたのが気に食わなかったのか、ドラゴンは先ほどの攻撃より明らかに力を込めて、二人を攻撃した。

 絶体絶命の一撃。

 二人が死ぬどころか、城ごと破壊しかねない。

 二人は己の死を確信した。

 

 ――が、そうはならなかった。

 ドラゴンの目の前に、一人の男が立っていた。

 事実をありのまま告げるなら。

 彼は、摘んでいた。

 振り下ろされたドラゴンの腕、その先にある爪を。人差し指と親指でちょこんと摘んでいた。

 だが、だったそれだけでドラゴンの動きは止められていた。

 押しても引いても、ビクともしない。

 地面が抉られるほど踏ん張っているのに、青年を少しも動かすことが出来ないようだ。

 

 青年は振り返り、女王と騎士長を見た。

 

「間に合って良かった」

「そ、そなたは……」

「なに、ただの通りすがりですよ」

 

 青年は指先をちょいと上に上げた。

 その先にいるドラゴンの巨大な身体が、つられて持ち上がる。

 ドラゴンは怒り狂い、口から火を吐き出そうとした。

 だが予想に反し、ドラゴンの口からは空気が漏れただけだった。

 次の瞬間、ドラゴンの首と胴体が別れた。

 ――否。

 もっと前に、首は斬られていたのだろう。

 剣があまりにも速く、そしてあまりにも高い技量で斬られていた為に、誰も知覚する事が出来なかったのだ。

 二人はもちろん、斬られたドラゴンでさえ。

 

「女王陛下、僕から提案があります」

 

 ドラゴンの身体が、轟音を立てて地面に落ちる。

 しかし青年は気にした風もなく、女王に語りかけた。

 

「この国を襲っているドラゴン全て、僕が倒してもいい。代わりに、何か褒美をいただきたい」

「う、うむ。しかし先の攻撃で、宝庫は全て崩れてしまった。そなたに授けられる物など、何も残っては……」

 

 項垂れる女王の顎を、青年が持ち上がる。

 女王と青年は、超至近距離で見つめあった。

 青年は女王の顔へ更に近づき、耳元で囁いた。

 

「あるでしょう。僕の目の前に。最高の褒美が」

「あっ」

 

 一瞬で女王の顔が赤くなった。

 身体が火をつけたように熱い。

 

 青年は満足気な顔で立ち上がり、女王の間を後にしようとした。

 女王が、慌てて呼び止める。

 

「待て! そなたの名前は……!」

「僕はゴドリック・グリフィンドール。以後お見知り置きを、陛下」

 

 ゴドリックはウィンクすると、一瞬でその場からかき消えた。

 

 その後のことを、女王が見た通りに説明するとこうなる。

 ゴドリックが消えた瞬間、国を荒らし回っていた六頭のドラゴンの首が一斉に落ちた。

 そのまた一瞬後には、ゴドリックは再び王座に立っていた。

 

 その身と剣には、一切の返り血さえ付いてなかったという。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 それは、あまりに理不尽な出来事だった。

 

 生きていく上で、自分がまったく罪を犯していない、などという気はない。

 時には他の動物を殺したこともある。

 しかしそれは、自分が生きていく上で必要なことだったし、家族を守る為でもあった。

 少なくともここまでされる覚えは、ない。

 

 そいつはいきなりやって来た。

 襲撃者自体は、別段珍しいものじゃない。

 これまでも何度か襲われたことはある。

 特に子供ができてからは増えた。

 しかし負けたことは一度もない。

 いつも容易く、とは言わないが苦戦をした記憶はほとんどなかった。

 

 だが今日の襲撃者は、今までとはどこか様子が違った。

 先ず、気配がしなかった。

 足音も臭いもせず、気がついたら目の前に立っていた。

 

 次に、強さが分からなかった。

 戦い続けて幾日か。

 気がつけば敵の強さが、なんとなく分かるようになっていた。

 しかしそいつだけは、まったくと言っていいほど見当がつかなかった。

 

 不気味だ。

 正直に言って戦いたくはない。

 昔の自分なら、あるいは逃げていたかもしれない。

 しかし今は愛着のある家があって、後ろには最愛の家族がいる。

 

 先手必勝。

 そいつに襲いかかった。

 敵によっては、最初の攻撃で終わる時もある。

 そこで終わらずとも、怯みはした。

 しかし目の前のこいつはどうだ。

 避けるそぶりどころか、武器を取りさえしない。

 

(……あれ?)

 

 気がつくと、天地がひっくり返っていた。

 倒された、のだろうか。

 それにしてはおかしい。

 なんの衝撃もなかった。

 本当に気がついたら、ひっくり返っていた。

 

 そいつが顔に、足を置いた。

 屈辱的な行為だ。

 足を食いちぎってやろう。

 そう思い立ち上がろうとするも、ビクともしない。

 足一本置かれただけで、完全に動きを封じられた。

 こんなにも細い足なのに、まるで大樹が自分の上に根付いたかのようにさえ感じる。

 

「よっと」

「ガアアアアアアッッッ!」

 

 蹴りを受けた。

 平凡な速度。

 大して力のこもってなさそうな動き。

 それなのに、冗談みたいな痛さだった。

 自慢の牙が砕け散り、首の骨さえ軋んだ。

 一瞬頭が吹き飛んだと錯覚した程に、その一撃は理不尽だった。

 

 これは、こいつは。

 明らかにおかしい。

 過去の強敵達が比較にすらなってない。

 

 家や家族を守る?

 無理だ。

 死ぬ以外の未来が見えない。

 

 本能が回帰される。

 最も原始的な本能、生存欲。

 身体が逃げろと命じた。

 

 しかし、動けない。

 あいつが、あいつが尻尾を掴んでる。

 嫌だ、やめてくれ。

 離してくれ。

 

「そっちに逃げられると予定が狂うんだ。あっちに逃げてくれるかな。僕の言葉、分かる?」

 

 ああ、分かるとも。

 言う通りにする。

 

 そいつが指をさした方向へと、一目散に逃げた。

 空は人間が来ることの出来ない領域だ。

 しかし、安心は出来なかった。

 あいつは、常識じゃ測れない。

 

 空に駆け上がると、知ってる顔がいた。

 普段なら縄張り争いが始まるところだが、生憎そんな気力はなかった。

 

(ああ、お前もか)

 

 向こうもそれは同じらしい。

 死にそうな顔をしている。

 俺もそんな顔をしているのだろう。

 

 生まれて初めて、他の雄と肩を叩き合った。







なお、後世には英雄譚として語り継がれる模様。

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