ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第11話 余所行きの姿

 頭の中でシミュレーションをする。

 普通に戦うのはもちろん。初手からの奇襲、生徒の前では使えない強力な闇の呪文、ペアの実力――あらゆる可能性を勘定に入れてもゴドリック・グリフィンドールに勝てるビジョンが見えない。

 というか、そもそも速すぎる。

 あの方が本気になれば、開始の合図があった瞬間、こちらが呪文を唱えるよりもずっと前に杖ごと腕を切り落とせるだろう。

 

「強すぎるじゃろう!」

「落ち着けアルバス」

 

 くわっ! と目を見開いて迫るアルバスを、ゲラートは鬱陶しそうに離した。

 ついでに頭も叩いてやる。痛そうに頭をさすったアルバスだが、しかし一応の落ち着きは取り戻したらしい。

 

「私も貴様もいい歳だ。今更あがいたところで成長もない。受け入れろ」

「しかしのぅ、ゲラート。校長であるわしが何も出来ずに敗北、というのは不味かろう。あの方が本物のゴドリック様ならなおさらじゃ。情けない後輩だと思われてしまう」

「実際情けないのだから仕方ないな。というかなぜここの連中はグリフィンドールの登場を受け入れてるんだ。頭がおかしいのか」

「ややの」

「はっ! 貴様の生徒なだけある」

「いや、わしのせいじゃないんじゃが……まあいいか」

 

 ショーンとジニーのことを説明するのは凄まじく難しかったので、アルバスは早々に諦めた。

 

 第一回戦。

 レイブンクローの上級生を早々に倒したダンブルドアは、決勝でぶつかるであろうゴドリックへの対策をゲラートと二人で考えていた。

 結果はあまり芳しくない。

 とにかく、ゴドリックは強すぎる。

 

「しかし、流石はゴドリック様じゃ。あの英雄としての立ち振る舞い、なんともかっこいい。清廉潔白な騎士というのは本当だったようじゃな」

「英雄譚、なんてものは捏造のオンパレードだと思っていたがな。奴に関しては本当だったと認めざるを得まい」

 

 アルバスの言葉にゲラートは素直にうなづく。捻くれ屋の彼にしては珍しいが、それも頷けるというものだ。

 ルーナ・ラブグッドを真摯に守る姿、敵であるはずのハリーとジニーの成長を促すような戦い方、彼が現れてから立ち去るまでの全ての行為が彼の高潔さを示していた。

 まさに魔法使いの鑑。

 この歳だというのに、つい憧れてしまう。

 

「ゴドリック様とラブグッドさんの次の対戦相手はスネイプ先生とザビニ君じゃな」

「ほう。あの陰気なもさ髪か。あいつは中々に強いぞ。ペアの使い方もいい」

「うむ! 自慢の教員じゃ」

 

 先程、スネイプは自分のペアであるスリザリンの上級生の実力を上手く引き出して、自分はほぼ何もせずに勝利した。

 ハリーとジニーが悪いとは言わないが、あの二人は参考にならな過ぎる。魔法使いとどう戦うのか観察するという点ではスネイプは適役だ。

 

「……むぅ? 今度はゴドリック様ではないようじゃな」

 

 出て来たのはルーナと、さっきとは別の男。

 健康なゴドリックとは正反対の真っ白な肌に、全てにうんざりしてそうな灰色の瞳。その一方で身に纏う服や装飾品は一流のアンティーク品だ。

 数巡したアルバスは彼の正体に行き着いた。

 

「サラザール様……」

 

 ホグワーツ四強の一人サラザール・スリザリン。

 肖像画で見た彼の姿そのままがそこにいた。

 

「今度はスリザリンかよ!? 純血の原点じゃねえか!」

「オーラあるわねえ……」

「あれ? これってもしかしなくてもすごくない?」

「たしか――」

 

 アルバスの推測を聞いてざわめいていた生徒達の口が一斉に止んだ。

 試合が始まるから、というわけではなく、単純に――サラザールが『沈黙呪文』を唱えたのだ。ダンブルドアも含めたホグワーツ中の人間が、否、動物やゴーストに至るまであらゆる生き物の口が閉ざされた。

 

「騒がしいのは好まんな」

「そう? 私は好きだな。盛り上がってる方が楽しいもん」

 

 ルーナとサラザールを除いて。

 

「それならそうしよう」

 

 サラザールが指を鳴らすと『沈黙呪文』が解けた。

 しかし、話し出す者はいない。

 みんな彼の圧倒的なオーラに呑まれていた。

 

「(『ニワトコの杖』での防御も平然と貫かれてもうた……)」

 

 誰より衝撃を隠せないのはアルバスだった。

 今世紀最高の魔法使いと評される自分と、最強の杖。二つが合わさってるのに初級的な『沈黙呪文』ひとつ破れないとは思いもしなかった。

 

「座るといい」

 

 見事な肘掛け椅子を二つ出したサラザールはルーナに座るよう促した。

 自分も座ると、足を組み、肘をついた。あまつさえ丸テーブルを出してワインを嗜む始末だ。今から決闘する人間とはとてもじゃないが思えない。

 

「ラブグッド、ひとつどうだ」

「もらおうかな」

「ああ。注いでやろう」

 

 魔法でやればいいものを、サラザールはわざわざ自分の手でワインをグラスに注いだ。

 スリザリン生は驚愕している。純血主義の原点とも言える彼が、ルーナのような貴い血筋でない者にここまでの敬意を払うとは思わなかったからだ。彼についての文献をほとんど読破しているアルバスにしても、少なくない驚きがあった。

 

「どうした? 始めないのか。決闘をするのだろう」

 

 そう言ったサラザールは、しかし立ち上がらない。それどころかグラスを傾けるばかりで杖さえ取ろうとしなかった。

 アルバスは、そしてスネイプはそこにわずかな希望を見出す。

 彼が本当にサラザール・スリザリンならその力は底知れない。しかし所詮は人だ。魔法が当たりさえすれば、ゴドリックのようにデタラメな存在でない限り倒せる。

 そんな希望と共に試合が始まり、

 

 ――一瞬だった。

 

 結果から言えば……試合開始と同時にサラザールから放たれた『武装解除』は、スネイプに(まばた)きすることさえ許さず杖を取り上げた。呪文の軌跡はおろか、杖を取り出したタイミングさえ見えないほどの速度で。

 確かに、同じ人間かもしれない。

 しかし魔法戦士としての“格”が違い過ぎる。

 スネイプにとって不幸だったのは対戦相手がサラザール・スリザリンだったことだ。

 最短、最小、最高効率で。

 サラザールはそう心掛けている。ゴドリックのように遊ばない。

 

「(勝てるやもしれん……)」

 

 あまりのことに唖然とする生徒達を他所に、アルバスだけはそう感じていた。

 ゴドリックは生き物としての“格”が違った。しかし他の創設者はまだ魔法使いの範囲にいる。加えてこれまでの傾向から、後の二回戦はレイブンクローとハッフルパフが出てくる可能性が高い。この二人は他の創設者に比べて、魔法戦士としての逸話はそう多くはない。もちろん、魔法使いとして圧倒的な力量を持っていることには間違いないが……。

 最初の二回戦で負けるのはまずい、そう判断して最強の二人を序盤に置いたのではないか?

 アルバスはそう予想する。

 

 それに、弱点も見えてきた。

 ひとつ目はペアだ。

 創設者達は明らかにルーナを気遣っている。まるで彼女にちょっとでも傷がついたら、後で誰かに死ぬほど叱られるかのような……そんなわけないのだが、長年の教師としての勘がそう言っている。

 とにかく、創設者達はルーナを戦わせたがらない。必然的に二体一の構図になる。これは大きなアドバンテージだ。スネイプやミネルバと戦えば絶対に勝てる自信があるが、二人同時となるとアルバスでも厳しい。魔法使いの戦いは、一度攻撃が当たってしまうと致命傷になるからだ。一人と二人では警戒する物の数が違い過ぎる。

 

 そしてもう一つは、情報。

 相手は過去の偉人だ。いくらでも文献が残っており、考察も多くされている。一方で相手はこちらのことを何も知らない。これは大きなアドバンテージだ。例えばハッフルパフが相手なら、『開心術』の名手である一方、攻撃魔法を使えないことから、遠距離からの攻撃呪文で倒せる。

 もちろん実際はそう上手くいかないだろうが、望みは十分にあるだろう。

 

 続く第三回戦、出てきたのはハッフルパフだった。

 生徒達は彼女のネームバリューや美しさに騒いでいたが、ダンブルドアとゲラートだけは油断なく試合を観戦していた。

 他の人間は“創設者が何をしてくれるか”にすっかり興味がいっている。しかしこの二人だけは、本気で彼らに勝つ気なのだ。

 

 ハッフルパフの対戦相手はフリットウィック教授だ。

 普段は優しい彼だが、魔法戦士として、という意味なら職員の中で誰より上だ。事実ミネルバとチョウのコンビに勝利して、ここまで勝ち上がってきた。

 しかしまたもや、勝敗は一瞬で決まってしまった。

 フリットウィックが自分から杖を差し出してしまったのだ。彼が諦めたとかそういう話ではなく、ハッフルパフの『開心術』から逃れられなかったのだ。

 

 これを見てアルバスは、自分の予想が正しかったことを確信する。

 やはり文献は正しい、ハッフルパフは攻撃呪文を使えない。グリフィンドールは清廉潔白で、サラザールは傲慢だった。レイブンクローの文献だけが間違っている、とは考えづらい。

 そしてロウェナ・レイブンクローの文献には、大体こんな感じのことが書かれていた。

 

『彼女は四強の中で最も研究者として素晴らしかったが、魔法戦士としては他の者に劣る』

 

 この文献も合っているなら、チャンスはある。

 

「しかしアルバス、そうはいってもだ。相手はやはりあの四強だ。自分の弱点くらい補っているだろう」

「うむ。それに関しては心配あるまい。レイブンクロー様は『姿くらまし』で動きの遅さを補っておったそうじゃ。ここではわし以外『姿くらまし』は使えん」

「だが、ここを作った本人だぞ。『姿くらまし』ができるかもしれない」

「たしかに錠前を作ったのはあの方じゃ。ただし、鍵は代ごとに変わる」

「なるほどな」

 

 『姿くらまし』封印の魔法は校長が変わるごとに、いわば『パスワード』が変更される。この『パスワード』を知らない限り、いかに創設者だろうと『姿くらまし』はできない。

 

「試合開始と同時に、わしが『姿くらまし』で背後に回る。お主と挟み撃ちの形になるの」

「そこで互いに、最強の呪文で攻撃するというわけか」

「話が早くて助かる。それにもうひとつ、保険をかけておいた」

 

 アルバスが見せたのは、ローブの下に着ているジャケットだ。

 一見ただの服だが、ゲラートはすぐに正体を見破った。

 

「不死鳥を変身呪文で服にしたのか」

「その通り。どんな攻撃が当たろうと一回は防いでくれる」

 

 アルバスは悪戯が成功した子供のように笑った。

 ゲラートもつられて悪童のように笑う。

 

 創設者を倒す。

 そんな最高の名誉が、晩年にして得られるかもしれない。

 二人は童心に返ってワクワクしていた。

 

「さあおまたせいたしました! 決勝戦です!!!」

 

 実況が雄叫びをあげる。

 最高潮に盛り上がる生徒達の中を縫って、二人はステージに躍り出た。

 

「まずはダンブルドア校長&ご友人のペア!

 今世紀最高の魔法使いの名は伊達じゃない! ペアに一度も杖を振らせることなく、なんと一人でここまで勝ち上がってきました!

 ペアの方はご友人ということですが、実力は未だ未知数! はたしてどのくらい強いのでしょうか! 最終試合にしてそのベールが剥がれるか!?」

 

 アルバスはほがらかに笑って生徒達の歓声に応えた。

 同時に、隣でぶすっとしてるゲラートの脇を小突く。

 

「(ほれ、もっと笑顔をみせぬか! スマイル、スマイル!)」

「(黙れ。長い投獄生活で表情筋が死んだのだ。我慢しろ)」

 

 ゲラートが小突き返してくる。

 完全に仲良しだった。

 

「続きましてルーナ・ラブグッド&ロウェナ・レイブンクローペア!

 なぜか創設者をペアに連れてきたぶっ飛び少女! 彼らとの繋がりが非常に気になるところです!

 ペアは叡智を司る――――えっと、あーー……」

 

 いきなり実況が止まった。

 しかし疑問に持つ者はいない。全員、同じように息をのんでいた。

 現れた彼女は、例えて言うなら『氷』だった。他の創設者は人間味があった。しかし彼女は違う、世界の何にもまるで興味がない。一目見ただけでそれがわかるほど冷たい顔をしていた。

 しかしそれが故に、神秘的とも言える美しさがある。ピクリとも動かない表情はまるで彫刻のようだ。

 

 冷徹にして、叡智。

 これがロウェナ・レイブンクロー。

 

 まるで存在自体が魔法のようだ。

 

「続きを」

 

 彼女の一言で、みんな自分が生きていることを思い出した。

 実況が再開されるが、たどたどしい。もちろん誰も責めないが。

 

「え、えっと、それでは! それではです! 決勝戦を始めます! 両ペア、伝統に則ってお辞儀をして下さい!」

 

 ロウェナが動き出す。

 あっ、動くんだ……当たり前のことだが、不思議だった。

 両者がお辞儀を終えて向かい合う。

 実況がカウントダウンを始めた。

 

「3! 2! ……」

 

 緊張が高まる。

 はたして今世紀最高の魔法使いと創設者、どちらが強いのか。

 それが今日決まる。

 

「1! スタート!」

 

 ダンブルドアが『姿くらまし』する。ゲラートは杖を振り『悪霊の火』を放つ――前に。

 『時』が止まった。

 ロウェナ・レイブンクローが持つ魔法のひとつ『時間』の操作である。

 ロウェナは止まった『時』の中を歩き、二人から杖を取り上げた。

 勝利条件は満たした、これで終わりだ。

 

 そして『時』は動き出す。

 

「なっ!?」

 

 ダンブルドアとゲラートは驚愕した。

 いつのまにか杖がなくなっていたのだ。魔法を受けた記憶も、タイミングもなかったのに。

 そんな二人を無視して、ロウェナは生徒達に語りかけた。

 

「聴きなさい、ホグワーツの子らよ」

 

 声量は大きくないが、誰も話す人間がいないため全員の耳に入ってきた。

 

「私達が何故、今になって蘇ったか分かりますか?

 それは――この子のために他なりません」

 

 ロウェナはルーナを指し示した。

 

「この中に下らない、ホグワーツの子として恥ずべきことをした者がいます。

 覚えておきなさい。

 ホグワーツでは弱者には必ず手が差し伸べられる。次に同じことをした者には、私達が誅罰を下すと知りなさい」

 

 それはつまり、今世紀最高の魔法使いでさえ勝てない者が敵としてやってくるということ。

 

「わかりましたね?」

 

 ブンブン! と生徒達は必死に頭を縦に振った。

 

「それでは失礼いたします」

 

 言ったと同時に、ロウェナ・レイブンクローの姿はかき消えた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「私かっこよすぎーー! 来年度のレイブンクロー寮は繁盛まちがいなしですね、これは! いやあ、他の寮に誰も入らなかったらすいません! あっ、ショーンも今からかっこかわいい私の寮にはいります?」

 

 ロウェナははしゃいでいた。

 あほだった。

 

「……あれ? つっこみがないなーー……なんて。ちょっとさ、寂しいかも?」

「黙れあほ女。ショーンは今、めっちゃ疲れてる」

「あっとそうでした!? ご、ごめんなさい」

 

 『必要の部屋』でショーンはベッドに突っ伏していた。

 霊体の状態で幽霊達が魔法を使えば大丈夫なのだが、ショーンの身体で魔法を使うと全部ショーンの負担になる。

 ゴドリックが馬鹿みたいにはしゃいだせいで筋肉痛も酷い。

 つまり、めっちゃ疲れてるのである。

 

「ゴドリック、それにロウェナ! 貴様らのせいだぞ。無駄に飛んだり跳ねたり、大魔法を使ったり!」

「いやあ、楽しくなっちゃってねー」

「反省してます……」

 

 ゴドリックはやっちゃったなーという顔、

 ロウェナはショボーンという顔をしていた。

 

「まったく、私やヘルガのようにスマートにやれないのか」

 

 実を言うと、サラザールは試合の前かなり緊張していた。

 あまり派手に魔法を使うと、ショーンに凄まじい負担がかかってしまう。一方であまりケチるとルーナが危険だ。いい塩梅で試合が出来るか、かなり考えていた。

 そこであえて傲慢な態度を見せ、逆に相手の油断を誘ったのだ。作戦通りスネイプは勝てると信じて前のめりになっていたので、そこを突いた。

 

「お疲れですねショーン。わたくしが膝枕をして差し上げましょう」

「あー! ずるいですヘルガ! そこ私の位置ですから! はいどいてー、すぐどいてー」

 

 ヘルガを強引に押し退けて、ロウェナはショーンに膝枕をした。

 普段ならショーンにぶっ飛ばされるところだが、疲れてるせいでパンチどころか嫌味の一つも飛んでこない。ロウェナはホクホク顔だった。

 

「それではわたくしはマッサージをしましょうか」

「ああっ!? その手がありましたか!」

 

 そっちの方が密着できる部分が多い。

 しかしこの、ショーンの頭の重さを感じられるのは膝枕だけ……。あまりにも難しい二択だった。

 

「いや、いい。それより……行くわ………」

 

 もそっとショーンが立ち上がる。

 普段の機敏な動きからは想像もつかないほど遅い。

 

 向かった先はレイブンクローの寮だった。

 他の生徒は試合会場でパーティーの続きをしてるはずなので、中には誰もいないはずだ。

 しかしショーンの読みでは、いるはずなのだ。

 

「問題。朝には脚が二本――」

「うっせえ!」

「ええっ!?」

 

 レイブンクロー寮に入るためには、錠前が出すクイズに答えなければならない。

 めんどくさいので、ショーンは扉を蹴り開けた。

 自信作だったらしく、ロウェナがびっくりしている。

 

「こ、これ直りますかね……」

 

 震える手で錠前を直そうとしている。

 それを無視して、ショーンは寮の奥に進んで行った。

 ……居た。

 創設者にあそこまで脅されれば、あの場からすぐに逃げ出そうとするだろうと思っていたが。

 

「お前か?」

 

 背格好から見て上級生だろうか。

 女子生徒が一人、青い顔をして座っていた。

 

「な、なによ? ていうかここ、レイブンクロー寮よ。グリフィンドールのあんたが……」

「お前かって聞いてんだろ。黙って答えろよ」

「ひぃっ!」

 

 女子生徒は悲鳴をあげて縮こまった。

 知っているのだろう、ショーンがどういう人間か。その上でルーナにちょっかいを出しているのだ。

 

「え、ええそうよ。私よ!」

 

 ここまで来ると隠すのは無理だったのか、女子生徒は語り出した。

 彼女の母親は研究者で、同じく研究者であったルーナの母親――パンドラといつも比べられていたらしい。

 それなりに優秀だったそうだが、独創的な研究をするパンドラの方が評価されていた。またパンドラはプレゼン能力も高く、学会の権威者にも気に入られていたそうだ。

 パンドラに勝つために、段々と闇の魔術にまで手を伸ばし始めた彼女の母親は、ついに闇祓いに捕まってしまった。初犯ということもあり幸い刑期は短かったそうだが、吸魂鬼に当てられておかしくなってしまったのだという。

 

 復讐を誓った彼女だったが、パンドラは研究の最中に事故で死んでしまった。

 目的を失ったところでやってきたのが娘のルーナだった、というわけだ。

 

「最初は簡単だったわ。あの子は変だもの。私がなにもしなくてもみんなが嫌がらせをしてくれた」

「……」

「でも、あんた達とつるみだしてから! 誰も手出し出来なくなった!

 それまで友達なんか一人もいやしなかったのに、よりにもよってあんた達なのよ! レイブンクロー寮は日陰者で、グリフィンドールの奴らとはそんなに関わらない。チョウみたいに特別な人だけ! それをあのラブグッドが!」

 

 ショーンは黙って話を聞いていた。

 

「だから自分でやったのよ。やり方は他の人達が見せてくれたし、同じようにやればラブグッドは他の人の仕業だと思うから、あんた達に報復される心配もない!」

「それで?」

「それで? 他に言うことなんか何もないわ。殴るなら殴ればいいじゃない!」

「このクズがァ!」

「ぶぎゃあ――!」

 

 本気でぶん殴った。

 まさか殴られるとは思わなかったのか、なんの抵抗もなく吹き飛ばされていった。

 いや例え備えていたとしても、ショーンのパンチを防ぐことは難しいだろう。

 

「ひ、ひっ!」

 

 這って逃げようとする女の襟を掴んで持ち上げる。

 

「何逃げようとしてんだ? 殴りたきゃ殴ればいいんだろ?」

「ほ、ほれは!」

 

 上手く喋れていない、どうやら歯が折れたらしい。

 

「お前の母親は無理でもな、俺はアズカバンでも生きていける。別にお前を殺してもいいんだぜ」

「――!? ん、んんん!」

 

 何を言ってるのか分からないが、どうでもいい。

 ショーンはとどめの一発を叩き込もうとした。

 

「ストップ。それ以上はほんとに死んじゃうよ」

 

 ゴドリックに腕を掴まれた。

 

「君はそれでもいいと言うかもしれないけど、残されたルーナちゃんは悲しむと思うよ。もしかしたら自分のせいだって思うかもね」

「……」

「それに、これはその子とルーナちゃんの問題だ。君が出張ってくるのは、母親への恨みを娘にぶつけるその子と変わらないのじゃないのかな」

「ちっ」

 

 ショーンは舌打ちをして、女を掴んでいた手を離した。

 地面に落ちた彼女は這って逃げようとしている。

 

 立ちはだかったのは、ルーナだった。

 

「……来てたのか」

「うん」

「そいつだぜ。恨みがあんならぶつけとけ。何があっても俺がもみ消してやる」

「大丈夫だよ」

 

 ルーナは彼女の目線まで屈んだ。

 

「大丈夫? ショーンのパンチは痛いよね。治してあげる」

 

 杖を2、3回振ってルーナはあっと言う間に傷を治してしまった。

 同世代の中で一番魔法使いとして優秀なのは、もしかしたらルーナかもしれない。

 

「いいのかよ」

「いいんだよ。いじめられたのは悲しいけど、お母さんを恨んでるんだったら私が受け止めないといけないって思うもん」

「なんでだ? お前のお母さんとお前は別の人間だろ」

「そうだけど、違うよ。

 私はお母さんからいっぱい色んな物をもらった。しわしわ角スノーカックのこととかニフラーのこととか。お父さんが好きなアップルパイの、とっても美味しい焼き方も!

 でもね、いいモノだけもらっておいて悪いモノは捨てちゃうのは無理なんだよ。お母さんはセロリが嫌いだったんだ。私もセロリが嫌い。セロリが可哀想だけど、これもお母さんからもらったものなの」

 

 なんとなく、ルーナが何を言いたいのか理解できてきた。

 

「今回のことだってそうだよ。ショーンは私に、秘密をほんの少しだけ教えてくれた。それはとっても名誉なことで、嬉しいことだって思うよ。でもね、私は秘密を守るためにジニーとコリンに嘘をつかなきゃいけないかもしれないでしょ。ほら、いいモノと悪いモノがいっしょ」

「何を言いたいかは、まあ、わかったよ。俺は納得出来ないけどな」

 

 いいモノは受け止めて、悪いモノは潰せばいい。あるいはいいモノに変えればいいのだ。

 ショーンはそう考える。

 母親への恨みでいじめられたら、素直に叩きのめせばいい。

 しかし“良いも悪いもありのままで受け止める”ことは、ルーナがルーナたる所以なのかもしれない。少なくともそうでなくては、固定概念に縛られて、ルーニーなルーナはいなかった。

 

「だとしても、こいつのやり方は違うだろ。研究で見返すとか、もっと方法はあるだろう」

「それはショーンが出来る人だから言えるんだよ。大体の人はショーンみたいに出来ないよ。私は分かるな、卑屈になっちゃう気持ちも」

「俺にだって出来ないことはあるし、卑屈にもなるぞ」

 

 過去のトラウマはほとんど解消した。

 しかし、両親とのことだけがどうしても踏み出せない。いいモノも悪いモノも何もかも、全てシャットアウトしている。

 ……踏み出すとき、なのかもしれない。

 少なくともショーンの両親は生きているのだから。もしそれで悪いことになったら、他の楽しいことで潰せばいいのだ。

 

「それじゃあ、俺は行くぜ」

「うん。私はこの人ともう少し話すよ。だって数少ないお母さんを知ってる人だもん!」

 確かに。

 母親を恨んでるのも見方を変えればそういう風に捉えられる、か。

 

「だけどな、ルーナ。次からは嫌なことがあったら言えよ。いや、やっぱり言わなくてもいい。お前が嫌だと思うことがあったら俺が消してやる」

「あ、ありがとう。その……嬉しい、よ」

 

 それだけ言うと、ショーンは後ろを向いて歩き出した。

 

「や、やっと直りました……。流石天才の私です。あっ、ショーン! 用事は終わりましたか? 次出るときはちゃあんとクイズを解いてから出てくださいね」

「わかったよ」

 

 ショーンは扉を蹴り開けた。

 

「ええっ!? ちょっと前の会話は!? ――ってショーン、大丈夫ですか!」

 

 そしてレイブンクロー寮から出た瞬間、前のめりに倒れた。

 疲労困憊、全身筋肉痛で歩いた挙句に全力で殴ってしまった。いやある意味、疲れてたからルーナが治せる程度で済んでいたのだ。ラッキーだったと言えるかもしれない。

 ともかく、流石にもう限界である。

 

「運んどいてくれ」

 

 それだけ言うと、ショーンは気絶した。







【オマケ・ショーンとジニーが絶対にやってはいけないことリスト】
第181条 大砲にありったけのクソ爆弾を詰めることは「最高にクールな出来事の一つ」ではありません。
第182条 ホグワーツの名前を語った場合、いかなる申請も魔法省に送ってはいけません。
      ※2つの例外が作られました。ただし、それ以外は禁止です。
第183条 あなた方が毎年恒例教職員の年越しパーティーに招待されることはもうありません。例え十分な反省が認められたとしてもです。
第184条 『例のあの人』は冴えた朝食として処女の生き血を飲みません。
第185条 確かに『例のあの人』の食生活をホグワーツは把握していません。処女の生き血を飲んでいる可能性が全くないとは言えないでしょう。しかしそれは、あなた方が「次に死喰い人に狙われそうな人リストを作ろうとした」という言い分を正当化することにはならず、つまり、処女の女子生徒を調べたようとすることは禁止するということです。
第186条 就職活動にあたって、このリストを履歴書として使ってはならない。
第187条 あなた方がセブルスに対しても(※誰に対しても、に変更します)、媚薬を投与してはならない。どんな理由があろうと、絶対にです。
第188条 確かにホグワーツでは言論の自由が認められています。しかし「死喰い人が来た!」と叫びながら学校内を走りまってはいけません。ただし、本当に死喰い人が来た場合を除きます。
第189条 
第190条 第189条についてはこちらのミスでした。取り消します。しかしあなた方は、生活態度を改めなければいけません。
第191条 ホグワーツの壁に穴を開けてとしても「ザッハトルテ風 〜さわやかな風を感じて〜」にはなりません。
第192条 いかなる生き物・静物・幽霊に対しても「どうして空は青いんだと思う?」から始まるポエムを語ってはならない。
第193条 生徒の制服を赤色のズボンと赤と白のボーダー・シャツにしてはならない。我々ホグワーツは「ウォーリーを探せ!」の会場になる気はありません。
第194条 「ホグワーツ魔法魔術学校」です。「不気味な変質者とその子供達の学校」ではありません。
第195条 魔法動物学のレポートに関して「動物がいた」よりはまともな文を考える必要があります。
第196条 スネイプ教授の口臭に関して「サイコゾンビ・非常に使い込まれた生殖器・真珠湾の浜辺・打ち上げられた魚・最高の英国料理・熱狂的なクソ爆弾・第三次世界大戦の引き金・ハグリッドのケツ・暴力的な出来事・平和への反逆・死、戦争、飢餓、そして終焉・吸魂鬼のだし汁・鏡がないときに鼻の位置を感じられる・死の秘宝・トロールの靴下のサンプル」と言ってはならない。
第197条 魔法薬学の授業中に隣の生徒に対して「混ぜてみる?」と提案してはならない。
第198条 ホグワーツの教育方針が「沢山の生魚・ヤシガニを投げてみる・狂おしいほどの同性愛」であることを主張してはいけません。例えどれだけ論理的で筋が通っていたとしてもです。
第199条 「浣腸人狼ゲーム」なる遊びをしてはならない。
第200条 みんなが唖然としていることの意味は「気は確か!?」であり「見惚れるほど素晴らしい」ではありません。

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