ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第15話 最後のクィディッチ 後編

 吠え猿。

 見たことはないがそういう名前の猿がいるらしい。

 きっとこんな奴らだろう、と競技場を埋め尽くすグリフィンドール生とスリザリン生を見てショーンは思った。

 

 今日の試合はグリフィンドールVSスリザリンである。

 因縁のライバル同士だ。

 おまけにこの勝敗次第で今年の優勝寮が決まる。

 観客の盛り上がりは最高潮と言っていい。

 

「どうせ私達が勝つってのに、煩いもんねえ」

 

 ゴリラ。

 否、ジニー。

 まあそういう類のナニカであることは確かだ。

 立てた箒の柄に頭を乗っけたジニーは、試合前だというのに気怠そうにピッチを見ていた。

 相手には世界最高の選手が監督についていて、世界最高の箒もある。しかしそんなことは瑣末なこと、私が負けるわけがない。

 

「(……とか思ってんのかねー)」

 

 だとしたらそれは大きな間違いだ。

 今日の試合は死闘になるだろう。

 それこそレイブンクロー戦よりも、ある意味ではキツイ試合になるかもしれない。

 

「集合!」

 

 手を叩いて集合を告げる。

 デメルザがファイアボルト並みの速度で駆けつけて来た。キラキラした瞳で見つめてくる。まるで今からショーンが、神のお告げを言うとでも思ってるようだ。

 他のメンバーはフィルチの散歩くらい遅い。

 

「今から重大発表がある」

「何よ? ソ連崩壊?」

「ちげえよバカ。実はな――今日は俺じゃなく、このデメルザ・ロビンスが司令塔をやる」

「はあ?」

 

 選手達の目が一斉にデメルザに向けられた。

 

「作戦はデメルザに一任する。個々人の動きもだ。デメルザの指示以外で動くことは禁止する」

「ちょっとあんたねえ、好き勝手言ってんじゃないわよ! スリザリンなんて雑魚連中にはもちろん負けないわ。そんでもねえ、完璧に勝つ、手は抜かない、そうでしょうが」

「黙れ。俺の決定に異議は挟ませない」

「あんたがキャプテンになったとは初耳だわ。ねえ、ハリー!」

 

 問われたハリーは、深く目を瞑って考えた。

 本音を言えば、もちろんショーンが司令塔をやるべきだと思う。だけどきっと、これは何か意味があることなのだろう。

 勝負においてショーンはジョークは言わない。

 だから、結論はこうだ。

 

「……僕はチェイサー関連のことはショーンに一任してる」

「まあ、ハリーが言うならいいわ」

 

 ジニーは素直に頷いた。

 ハリーに文句がないなら、彼女にもないのだ。

 

「じゃあ、行こう!」

 

 ハリーの号令と共に廊下を歩き出す。

 先頭を歩くのはもちろんハリーだ。その右隣をジニーが連れ添っている。ショーンの左隣にはデメルザ、右側にはケイティがいた。最後尾ではビーターの二人が鼻を鳴らしている。

 一行はスモークを抜けて、ピッチに出た。

 

「おーおー。本当に人数分ファイア・ボルトそろえてるよ。ハグリッドの小屋何個分だろうな」

「一生分は買えんでしょ。しっかし気にくわないわね。睨んでんじゃねーわよ」

 

 向こう側ではスリザリン・チームが親の仇を見るような目で睨んでる。

 せっかくなのでショーンは渾身の変顔をして、ついでにロウェナのヘナチョコダンスも踊ってやった。

 

「んで、スターティングメンバーはどうすんの?」

「はい。最初は私とケイティ先輩、ショーン先輩で行こうと思います」

「はあ? 私は休み?」

「私ではちょっと、ジニー先輩は上手く扱えないかなって」

「まあ、いいけど。私が出る前に負けんじゃないわよ」

「もちろんです。ケイティ先輩、たぶん、相手は速さを生かした戦術で来ると思います。なのでケイティ先輩はスピードを生かして上手く立ち回って下さい」

「りょーかい」

「ショーン先輩は私のアシストを。ジニー先輩がいない分、いつもより多めにオフェンスをお願いすると思います」

「はいよ」

 

 グリフィンドール・チームはいつも出たとこ勝負。司令塔の指示には従うけど他はお任せで、という感じなので試合前にこうして打ち合わせすることは新鮮だ。

 

「実況は私シェーマス・フィネガンが務めます!

 解説役は前回マグゴナガル先生が放送禁止用語を連発したため降板になり、チョウ・チャン選手にお願いすることになりました!」

「みんなよろしくねー」

「よろしくお願いします! 試合開始直前ですが、何か言いたいことはありますか?」

「そうだね。やっぱり注目はスリザリン・チームでしょ。コノリー選手の育成のおかげで個人のレベルアップはもちろん、新しい戦術もあるだろうね。そこをグリフィンドール・チームがどうやって対応するかが鍵になるかな」

「なるほど! どういった対応策があると思いますか?」

「それを私がいったら贔屓になっちゃうから言えないかな。解説はフェアじゃないとね」

「ありがとうございます!

 解説はフェア!

 実況を任せられて一年! そんなことを感じたことは一度もありませんでした!」

「マグゴナガル先生は熱い人だからね。まあでもひとつ言うなら、グリフィンドール・チームは個性的な分、対応力は弱いから、司令塔がどれだけ頑張れるかって言うところはあるよね」

「グリフィンドール・チームの司令塔というとショーン選手ですね! 今大会一番の注目株です! 今日もその手腕が発揮されるのでしょうか!?」

「どうかなぁ」

 

 どうやらマグゴナガル教授は解説をクビになったようだ。解説というよりは暴動だったので仕方ないことかもしれない。この間のグリフィンドール対ハッフルパフでは特に酷かった。

 教員席を見ると、マグゴナガル教授がハグリッドの屁を嗅いだ人と同じくらいしかめっ面をして座っていた。隣では緊張した面持ちのダンブルドア校長が震えながら座っている。右手に持っている杖は命綱だ。

 

 斜め下の方ではスラグホーン教授とコノニー選手が談笑していた。

 余裕たっぷりという風だ。

 指導者として、やることはやったのだろう。

 

「お互いの選手は握手を!」

 

 恒例通り、お互いの選手は雑巾の水を絞るように握手した。

 スリザリンの選手はスターティングメンバーにジニーがいないことに心底安堵していた。

 

「それではコイントスをします」

 

 コインは表だった。

 グリフィンドールの攻撃からスタートだ。

 

 ショーンは飛び上がってデメルザの左後ろに着いた。

 いつもは真ん中なので少し新鮮だ。

 少し緊張しているようだったので後ろから叩いてやった。デメルザはうっかり箒から落っこちそうになった。

 

「試合開始!」

 

 審判が告げた。

 

「(流石に速いな)」

 

 スリザリン・チームは一瞬でデメルザとの距離を詰めた。

 体感的には普通の箒の三倍くらい速い。

 しかし流石に投げたクアッフルの方が速く、デメルザのパスはしっかりとショーンの元まで届いた。

 

「おっと」

 

 ディフェンスに来たスリザリンの選手をかわす。

 続いてもう一人突っ込んできた。

 これも危なげなくかわす。

 すると今度は別の選手が止めに入って来た……。

 

「――あん?」

 

 最初にかわした選手が目の前にいた(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 もちろんショーンは止まっていたわけじゃない。ちゃんと前に進んでいる。いつもよりスピードをあげてたくらいだ。

 なるほど、これが箒の差か。

 相手の方が三倍速いということは、相手が九人いることと同義。

 

「ケイティ!」

「はいよ!」

 

 ケイティにパスを出す。

 さっきまでショーンをマークしていた選手達が、もうケイティのマークについていた。

 あっという間に三人に囲まれている。

 一人二人抜いても、すぐに追いつかれてしまい――クアッフルを奪われた。

 慌ててカバーに入る。

 

「(追いつけねえ!)」

 

 逆にこっちは、一度抜かれてしまうと絶対に追いつかない。

 キーパーのロナルドさんはまだエンジンがかかりきってない。一〇点入れられてしまった。

 

「見たかハーツ」

 

 たった今点を入れたザビニが近づいてきた。

 

「これが俺たちの力だ。卑怯なんて言うなよ……いや、やっぱり言ってもいい。なんて言われようが、勝つのは俺たちだからな!」

 

 ザビニの周りに他の選手――ウルクハートとベイジーが集まってきた。

 ビーターのクラップとゴイルも腕を組んで睨んでいる。

 

「ホグワーツの主役はお前じゃない! 今日からは俺たちだ!」

 

 スリザリン側の観客席から割れんばかりの声が上がった。

 ……おそらくはこの機会をずっと待っていたのだろう。

 ショーンを負かす機会を。

 

「ああそうだ、主役は俺じゃない。だけどな、お前でもない。今日の主役はデメルザだ」

「ロビンズぅ? あんな雑魚に何が――いや、お前が言うくらいだ。何かあるんだろうさ。クラップ、ゴイル! あいつの手足をへし折ってやれ!」

「おう!」

 

 やべえ。

 ショーンはそう思った。

 なんとなく言い返したらデメルザが標的になってしまった。まああの二人は威力はあるが正確なビーターじゃない。今のデメルザならかわせるだろう。

 

「い、意外な結果になりましたね! まさかスリザリンが先制点をもぎ取るとは!

「そうだね。スリザリンすごい! いやあ、よくやったよ」

「おお! 解説席からスリザリンを褒める声が上がったのは、私が知る限り初めてであります! チョウ選手、今のプレーの解説をお願いします」

「はいはい。今のプレーでスリザリン側の狙いはなんとなく見えてきたよ」

「なんと!? たったワンプレイで、ですか!」

「前例があるおかげでね。今のは『オーストラリア型81面フォーメーション』だよ」

「お、オーストラリア……?」

 

 チョウの解説を聞いて、教員席――コノリーは感心していた。

 

「へえ。わかる人がいるとはね」

「ほっほう。彼女は実に優秀だからね。自慢の生徒の一人だよ。いやはや、勉学面も素晴らしいがね。彼女の進路が今から楽しみだ」

 

 スラグホーン教授が嬉しそうに話すのをみて、コノリーは彼女がよほど優秀な生徒なのだろうと見当をつけた。

 そしてチョウの解説を聞いて、その予感が正しかったことを確信する。

 

「1956年。クィディッチ・ワールドカップで、毎年初戦敗退だったオーストラリア代表が、優勝候補のひとつだったベルギー代表を破ってベストエイト進出を果たした。

 その時に用いられた戦法だよ」

「というと、どんな?」

「先ず、クィディッチのコートを上から見る。そうすると長方形に見えるでしょ?」

「見えますね!」

「そこに線を引くんだ。縦横2本ずつ。そうすると9等分できる。昔はこのマス目を“箱”って呼んでね、番号を振ってたんだ。後はまあ、箱ごとに役割を決めて完成だ」

「うーん、あんまりイメージできないですね」

「例えばねえ……3番の箱にクアッフルを持った選手がいたら、別の選手は2番の箱でパスを待つ、って感じかな」

「なるほど!」

 

 チョウは魔法の線で空中にコートを描いた。

 そこに線を書き込んでいく。

 

「当時のオーストラリア代表はね、線を8本引いたんだ。それで81等分」

「だから81面なんですね! ですがそんなにコートを分けて、どんなメリットがあるのでしょうか!」

「いい質問だね。答えは簡単で、かけられる選手の数だよ」

「選手の数?」

「そう。オーストラリア代表の強みは『箒の性能』だった。箒の開発にかけては、当時は世界一とまで言われてたんだ。だけどせっかくの性能を生かす戦術がなかったんだね。

 そこであの戦術を作った。箒の性能を生かすためにね。

 今、31番の箱で競り合ってる。だから自分は30番の箱で待ち受ける。こういう風にすることで、余計な思考をする手間を減らして、スピード勝負に持ち込んだんだよ」

「ははあ……クィディッチの歴史も奥が深いですね! この戦術の一番の利点はなんでしょう?」

「うん。例えばね、相手の選手を“五回に一回しか止められない”とするでしょ」

「はい」

「81面に分けて全部を上手く使い切れれば、81回のチャンスがあるんだ。だから絶対に止められる」

「な、なるほど! いやそれはすごい! 無敵な戦術に思えます! チョウ選手ならどうやって打ち破りますか!?」

「私なりに答えはあるけど、それを言ったらヒントになっちゃうからね。デメルザちゃんの手腕に期待かな」

 

 チョウは選手たちを見た。

 先頭に立つデメルザがクアッフルを受け取り、次のプレーを始める準備をしている。頭の中ではこの状況を打開しようと、いくつも戦術を考えているはずだ。

 

「(たぶんショーンくんはもう、答えに行き着いてる。まあデメルザちゃんには教えないだろうけど……がんばってね、デメルザちゃん)」

 

 試合が再開する。

 マークに来た選手をデメルザが抜いた。そしてサイドを登るケイティにパス、ここまではいい。

 しかしまたしてもケイティは三人に囲まれてしまった。

 だが今回はそれを読んで、ショーンがカバーに来ていた。ケイティからショーンへクアッフルが渡り、そのままデメルザの元に返ってくる。

 

「――ぐっ!」

 

 さっきまであっちにいたのに!

 もう目の前に!

 

「よかったぜ。足手まといがいて」

 

 他の人間には聞こえないよう小声でザビニはそう告げた。

 デメルザの手からクアッフルが叩かれる。

 無茶苦茶な軌道で飛んで行ったクアッフルだが、ファイア・ボルトの速度ならキャッチできる。

 スリザリン・チームはピッチを駆け上がり、またしても得点した。

 

 これで〇対二〇。

 それだけでは終わらず〇対三〇、〇対四〇――点差は離れ〇対七〇まで来てしまった。

 

「デメルザ」

 

 ショーンからクアッフルを受け取る。

 今日、8回目の攻撃。

 グリフィンドールが攻撃する時は、いつもみんなワクワクしていた。ショーンやジニーのような花形選手がクアッフルを持つだけで観客は沸いたものだ。

 だけど今はどうだろう。

 グリフィンドールの観客席は静まり返ってしまった。

 反対にスリザリンからは大歓声だ。デメルザを応援する声さえ聞こえる――もちろん、皮肉だろう。

 

 チョウ・チャンから教わったことはほとんど活かせてない。

 相手がこんな特殊な戦術を使ってくるなんて、思いもしなかった。

 目の前にいる先輩ならどうするのだろう……?

 きっとデメルザが思いもよらない方法で、簡単に打開してしまうんだろう。

 

「(先輩も、チョウさんも。すごい選手だ。二人からせっかく教わったのに、私は……)」

 

 デメルザは消えていなくなりたくなった。

 『例のあの人』が攻め込んできて、こんな試合なくなればいいのに、とさえ思った。

 

「なあデメルザ、ひとつ、いいことを教えてやろう」

「……」

「クィディッチの花形はシーカーだって言う人が多い。だけど俺はそうは思わない。シーカーはどれだけ頑張っても一五〇点しか取れないからだ。俺たちチェイサーはどうだ? 何万点でも取れるんだぜ」

 

 ショーンはデメルザの背中を叩いた。

 デメルザは箒からうっかり落ちてしまいそうになった。

 

 ――そして、閃いた。

 

 チョウの解説通りなら、相手は横と縦にしか線を引いてない。

 それなら下と上は?

 同じ箱の上下で戦い続けたら相手はどうする?

 

 もしも何の用意をしてないとしたら……。

 そしてデメルザには用意があった。

 チョウは上下を使ったプレーも教えてくれたのだ。

 

「(もしかしたらあの人は、こうなることも見越して!)」

 

 実況席のチョウを見ると、彼女は微笑んだ。

 すごい人だ。

 心の底からそう思う。

 これ以上あの人の顔に泥を塗ることはできない。

 

「(それに、先輩。この人はグリフィンドールの象徴だ。もし私のせいで今負けたら、この人がこの先どんな楽しいことをしても“スリザリンには負けたけど……”なんて思われかねない。スネイプ先生にもいたずらしづらくなっちゃう! そしたらきっと心の底から笑えない。そんなことになっちゃいけない!)」

 

 デメルザは両頬を叩いた。

 覚悟と、戦術を決めたのだ。

 

「箒のスピードじゃどうせ敵わない!」

「そうだ! お前らは負けるんだよ!」

「違う! だから私たちは“ゆっくり速く”動く!」

「はあ?」

 

 スリザリンの先輩はぽかんとしている。

 何言ってんだこいつ、という顔だ。

 しかしショーンとチョウだけは笑っていた。

 

「それだよそれ! まったくもう、もうちょっと速く気がついてよ! ハラハラしたじゃん! さっさとスリザリンをぺしゃんこにしちゃって! 私が教えたんだから、負けたら許さないよー!」

「あの、チョウ選手……?」

 

 デメルザが進み出す。

 早速ザビニがマークに来た。

 デメルザは急降下してかわす。

 

「……なっ!?」

 

 たしかに、人数の有利というのは大きなメリットだ。

 だが上下に動かれると連携がし辛く、その利点もほとんど意味をなさない。

 そしてデメルザは動かない。

 前に進まない以上、次の箱で待ち構えているウルクハートは“浮いた駒”だ。

 ちょうど最初の練習で、ショーンとチョウが見せた時のように。

 

「ケイティ先輩!」

 

 ケイティへパス。

 いくら相手の箒が速かろうと、最初に分かった通り、投げたクアッフルの方が速い。

 そして受け取ったケイティもやはり動かない。

 相手の選手はまたしても“浮いた駒”になる。その間にゆっくりとデメルザが進む。

 ひとつパスをして、ひとつ前へ。

 スピーディなクィディッチとは思えないほどゆっくりな動き。

 しかしこれこそが、デメルザがたどり着いた答えだった。

 

「くそっ!」

 

 こうなれば対等に戦える。

 そして対等なら、チョウに戦術を叩き込まれたデメルザの方が上だ。

 

「ゴーーーールッッッ! デメルザ選手、ゴールにクアッフルを叩き込みました! グリフィンドール初とくて――」

「やったぜ! さすがデメルザちゃん! その調子! 行け! 叩き潰せ!」

「落ち着いて下さい、チョウ選手! やっぱりこうなったよチクショウ! 解説はフェアだって言ったでしょう!?」

「そう言ったね」

「そうだチョウ選手。だから落ち着いて」

「あれは嘘だ」

「うわああああああああああ!」

 

 そしてやっぱり実況席は大混乱していた。

 いや、教員席も大混乱している。

 テンションが上がったマグゴナガル教授が、ダンブルドア校長のヒゲを燃やしていた。

 ダンブルドア校長はほがらかに笑って両手を挙げている。

 

「ナイスだデメルザ」

「はい!」

「次はディフェンスだけど、どうする?」

「ええっと、相手は速いです。一度抜かれたら追いつかない。なので最初から全力で下がって、キーパーと連携して守ろうと思います」

「正解だ」

「先輩、クィディッチに正解はないですよ。ただ不正解じゃないだけ、でしょう?」

「お前も言うようになったな」

 

 ショーンはデメルザの背中を叩いた。

 今度は落ちそうにならなかった。

 

「ただまあ、それだとちょっと遅いな。そろそろハリーがスニッチを取りそうだ。ジニーも待ちきれそうにない。交代してやってくれ」

「はい!」

 

 デメルザは素直に頷いた。

 選手ではあるが、結局デメルザもグリフィンドール・チームのファンなのだ。

 ショーン、ジニー、ケイティ。

 この三人の連携を観たくてたまらないのだ。

 どうやって『オーストラリア型81面フォーメーション』を破るのか、観たいのだ。

 

「やっと私の出番ってわけね。ウォームアップは済んでるわ!」

「うっし。そんじゃあ後一万点くらいとるか」

「そうね。反撃といきましょう!」

 

 ザビニと向き合う。

 中々苛立ってる顔だ。

 バカにしてたデメルザに出し抜かれて腹を立ててるらしい。

 

「……出てくるのが遅かったな。お前達はディフェンスは下手くそだ。止められっこない!」

 

 ここからは交互に点を取ることになる、と思っているのだろう。

 そうなればハリーの得点分で試合には勝つかもしれないが、チェイサー勝負には負けることになる。

 しかしそれは甘い考えだ。

 デメルザとショーンが同じ戦術を取るとは限らない。

 

「試合開始!」

「……は?」

 

 試合開始の合図とほぼ同時に、ショーンはザビニからクアッフルを奪い取った。

 

「箒が速くなっても、テクニックは変わんないだろ。一対一ならクアッフルを取るのはそんなに大変じゃない」

 

 ほかの選手がクアッフルを奪い返そうと突っ込んでくる。

 

「あと、81面だったか? 要は81回抜けばいいんだろ」

 

 一人抜く。

 次も抜く。

 その次も。

 “五回中四回しか抜けない選手”なら『オーストラリア型81面フォーメーション』は無敵だ。

 “八十一回中八十回しか抜けない選手”でも変わらない。

 ただし“八十一回やって八十一回抜ける選手”がいたなら……。

 

 ショーンはスリザリンのディフェンスを一人で抜き切った。

 

「ジニー」

「はいよ――っと!」

 

 ゴール前まで来たショーンからジニーにパスが渡る。

 ジニーのシュートにキーパーが追いつくが、パワーが足らない。クアッフルはキーパーごとゴールに叩き込まれた。

 

「ま、こういうことだな」

 

 1956年クィディッチ・ワールドカップ。

 ベルギー代表を破ったオーストラリア代表は次の試合で、前回大会優勝国のドイツ代表に敗北した。

 戦術も何もない“個の力”で負けたのだ。

 

 〇対七〇だった点差は七〇対七〇になり、気がつけば九〇対七〇に逆転していた。

 そしてあっさりハリーがスニッチを掴み、試合終了。

 ホグワーツ杯最後の試合は二四〇対七〇でグリフィンドールが勝った。

 同時に、グリフィンドールの優勝が決まった瞬間でもある。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 赤と金の紙吹雪が舞うピッチの中、ショーンは地面に降り立った。

 満面の笑みを浮かべた控えの選手が出迎えてくれた。

 観客席では赤い旗が綺麗にウェーブしている。

 

 それと同時にひとりの男が箒に乗って近づいて来た。

 チームメイトを他所に、ショーンは彼と向き合った。

 

「優勝おめでとう。いい試合だったよ」

「そりゃあどうも。あんたが育てたスリザリンの選手が思いの外ヘボかったからな」

「手厳しいね。だけどまだ終わりじゃない。僕がクライアントから受けた仕事は君を負けさせること。スリザリンを勝たせることじゃない」

 

 コノリーはショーンに歩み寄り、手を差し出した。

 

「僕と試合をしよう。まさか断らないだろう。こんなお祝いムードのなかでさ」

「へえ、最初からそれが狙いか」

「いやいや。代替案だよ。スリザリンのみんなが勝ってくれるのが一番だったけど、彼らじゃ難しかったみたいだ」

 

 彼のクライアント――つまりホグワーツ理事会。いやヴォルデモートの狙いは『純血に比べてマグル生まれは弱い』という意識を子供に植え付けることだと思っていた。

 しかし本当は違った。

 例えスリザリンに勝ったとしても、ショーンがコノリーに負ければ『結局大人には勝てない』と思うだろう。

 そうすればいつか闇の勢力と戦うことになった時、降伏する生徒は多いはずだ。

 なるほど、理には適ってる。

 

「受けよう」

「それでこそだ」

 

 結局のところ、勝てばいいのだ。

 誰とやっても負けるつもりはない。例えこんな風に逃げ道を潰さなくたって、ショーンは勝負を受けるつもりだった。

 

 万雷の拍手の中で、ショーンはコノリーと握手を交わした。


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