ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第16話 ショーンが負けた日

 大広間でハーマイオニーは人を待っていた。

 外では轟々と雨が降り注いでいる。つい昨日までは快晴が続いていたのに、天気というのはわからないものだ。

 ハーマイオニーの目の前にはボードが置いてある。ボードの上にはクィディッチのコースが完全に再現されていた。デフォルメされたグリフィンドール・チームとスリザリン・チーム+コノリーが空を飛んでいる。

 

「すごいね。自作したの?」

「チョウさん、こんばんは」

「うん、こんばんは」

「はい。自作したんです。あった方がいいと思って」

「そうだね。嬉しい気遣いだよ」

 

 ハーマイオニーが待っていたのはチョウ・チャンだった。

 一昨日あった試合の解説を頼んだのである。

 もちろんハーマイオニーは試合をしっかり見ていたし、出来る限り理解しようともした。それでもやっぱり、スポーツのことはあまり上手く理解出来なかったのだ。

 そこで専門家を呼んだのである。

 

「すごい試合だったね」

「はい。それは私でもわかりました。きっと、ショーンの試合の中でもベストマッチだったと思います」

「悔しいけど、私の時より良かったよ。それは間違いない」

「……はい」

「誇っていいよ。あんな試合を観れるのは、人生で一回あるかないかじゃないかな」

 

 チョウは少しだけ悔しそうな顔をした。

 ひとりの選手として、自分もプレイしたかったのだろう。

 

「それじゃあ早速解説を始めようか。いかにしてショーン君が負けたのか(・・・・・・・・・・)、のね」

 

 ボードの上で駒たちが動き出す。

 中央ではショーンの駒とコノリーの駒が睨み合っていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 コノリーとの試合は普通のクィディッチとは少しだけ違うルールで行われることになった。

 大小様々な変更点があるが、一番はやはり『シーカー抜き』という点だろう。

 今日の試合はチームとチームの戦いではなく、ショーンとコノリーの一騎打ちという側面が強い。だからこそシーカーという要因を抜いて、時間制での戦いになった。

 

「がんばってね、みんな」

「任せろ」

 

 珍しく出番のないハリーからの応援を受け取る。

 ショーンはお返しに、ハリーの肩をポンと叩いた。

 

「ハリー、私に特別のエールはないの?」

「えーっと……がんばってジニー。すごく応援してるよ」

「ありがとう! 元気が出たわ!」

 

 それでいいのか。

 ショーンはそう思った。なにしろ、今まで聞いた中で一番雑な激励だった。それなのにジニーは尻尾爆発スクリュートに噛まれたハグリッドよりも嬉しそうだ。

 

「それじゃあ、そろそろ行くか」

「あいよ! 待っててねハリー、勝って帰ってくるわ。そしたらいっぱい褒めて、頭を撫でて、顎をくすぐってちょうだい」

「あー、その、指が折れてるんだ」

「そうは見えないけど?」

「これから折れるんだ」

 

 トレローニー先生の占いによると、という情報をハリーはこっそり付け足していた。ショーンに言わせれば、トレローニーの占いを信じるという行為は、スネイプが恋人を作る努力をするよりも無駄な行為だ。

 しかしハリーの言葉は疑いなく信じるジニーは、今日も存分にその特技を発揮していた。

 

 箒に跨って宙に浮く。

 後ろからジニーとケイティが付いてくる。デメルザは控えだ。

 

「試合開始!」

 

 審判が叫んだ。

 いや、審判が叫ぶよりほんの少し前にスリザリン・チームが飛び出していた。お得意の反則プレイだ。

 とはいえ、このくらいで動揺するほどショーンも素人ではない。

 冷静にひとり目を交わして、二人目は手を差し込んでいなした。

 

「ジニー!」

 

 そして、ジニーへのパス。

 相手キーパーの顔が引きつった。

 ショーンが中盤を制し、ジニーがゴール前でパスを受けるといういつもの流れだ。

 

「どりゃあ!」

 

 ジニーから放たれたシュートは風を切りながら一直線で進んだ。そこには小細工は一切ない。力任せの一撃だ。だからこそ強い。

 

「ほいっと」

「……は?」

 

 決まる、と確信したシュート。

 それを後ろで控えていたコノリーがあっさりと止めた。

 力ではない、技術でだ。まるでバレーボールのレシーブのように、クアッフルを両手で弾き挙げたのだ。

 しかも身体を、箒ごと後ろに飛ばすことで完全に威力を殺してる。その証拠に、クアッフルは五メートルも飛ばなかった。そして重力に従って落ちてくるクアッフルをコノリーがキャッチして、攻守が入れ替わった。

 

「ジニー! ディフェンスだ!」

 

 想定外だったのだろう。

 クアッフルを持った敵が目の前にいるというのに、ジニーは完全に呆けていた。

 ショーンの叫びで我を取り戻したが、一瞬遅かった。タイミングが合わず、あっさりと抜かされてしまう。そして抜かれた以上、ファイア・ボルトに乗ったコノリーには追いつかない。

 

 ケイティもビーターを惹きつけるためにサイドに寄っている。

 中央にいるのはショーンしかない。

 

「あぁーっと! いきなりです! ジニー選手の理不尽シュートが止められたことに驚く暇もなくッ! 今大会で最も注目されるカード! ショーンVSコノリーッ! なんの前触れもなく、いきなり勃発! 果たしてどちらが勝つのか!?」

 

 突進してきたコノリーに対して、普段の前がかりな姿勢ではなく、やや後ろ寄りな半身で構える。

 スピード、というクィディッチで一番大切と言っても過言ではない要素で負けているが故の構えだ。

 そしてあっという間に距離が縮まり、対峙。

 その瞬間ショーンは――あるいは互いに――気がついた。

 

「(俺とまったく同じプレイスタイル!)」

 

 チョウやデメルザの様に理詰めでもなく、

 クラムの様にフィジカル重視でもない。

 心理戦に一番比重を置いたプレイスタイル。

 

 二人はまったく同じプレイスタイルの選手だった。

 それはつまり、読み合いが激化することを意味する。

 

「(右!)」

 

 コノリーの身体が右に動く。

 それを読み、ぴったりと同じタイミングでショーンも右へと動いた。

 

 ――これはフェイント! 左へのターンが来る!

 

 と、会場にいる一部の選手達は思った。

 しかし予想に反して、コノリーはまたも右へと箒の舵を切った。

 そして、ショーンも。

 

「流石に着いてくるね」

 

 そしてまた右。

 お互い姿勢が片方に寄りすぎて箒から落ちてしまいそうなほどに、右へと寄っていく。

 ゴクリ、と何処かで……あるいは会場中から生唾を飲む音がした。

 絶対に何処かでコナリーは左へターンする。

 タイミングを当たればショーンの勝ち、当てられなければ負けだ。

 

 極限の緊張感の中、コノリーが動く。

 ――右へと。

 

 ショーンは左に動いた。

 堪えきれなかった。

 

 ……のではない。

 

 フェイントだ。

 ディフェンスから仕掛けるフェイント。リスクを承知でオフェンスを釣る技。文句のない高等技術だ。

 

「ッ!」

 

 しかしコノリーは釣られない。

 一旦身を引く。

 相手が万全の体制で待ち構えてると判断してのプレイ。プロらしい、決着を急がないクレーバーなプレイ。

 

 反対にショーンは一歩前に出る。

 睨み合っての読み合いよりは、お互い動きながらの読み合いを好くショーンらしい一歩。

 プレイスタイルは同じでも、性格の違いがここで出た。

 

 ディフェンスであるショーンが進み、オフェンスであるコノリーが引く。

 普段はまず見れない光景だ。

 それだけに次の一手が予想し辛い。

 

「(このまま下がれば、後ろにいるジニーが合流できる。俺が有利だ。相手もそれを分かってる。どっかのタイミングで絶対に前に出る!)」

 

 問題はそれがいつか、ということ。

 それは……ショーンにも分からない。

 だから、止まった。

 

 両手を広げてパスを出させない、時間稼ぎに徹した構え。

 真っ向勝負を好むショーンではあるが、その気になればクレーバーにも徹する事ができるのだ。

 

「獲った!」

 

 追いついたジニーが後ろから襲いかかる。

 握力で勝るジニーはクアッフルを奪い取り――もう一度奪われた。

 器用に指を絡め取られ、クアッフルをこぼし、拾われた。

 

「シュートは上手だけど、他はそうでもないね。お嬢ちゃん」

「チッ!」

 

 痛いところを見抜かれた。

 ジニーが一人でクアッフルを奪い取ることは今までほぼなかった。大体はショーンとのコンビプレイである。

 それは単純に、下手だからだ。

 スーパー・エースとして攻撃に特化しているせいか、その他が甘い。

 

「こなクソが!」

「待てジニー!」

 

 激昂したジニーが突っ込んだ。

 これは、不味い。

 割って入られたせいでディフェンスがし難くなった。

 

「(狙いはこれか――!)」

 

 二対一になればこちらが有利、と思っていたが。見事にジニーの弱点を見抜かれた。

 

「いいや、違うよ」

「あ?」

 

 突如、目の前に壁が現れた。

 否。

 クアッフルだ。

 

「つ、くぅ!」

 

 慌てて止めようと進んだショーン。

 その顔面に、クアッフルが叩き込まれた。しかも右目に当たる形で。咄嗟に目を瞑ったものの、暫くは開けそうにない。

 普段ならキャッチ出来た。悪くても避けられただろうが、ジニーの身体を死角にされてしまった。

 

「(釣られたのは俺か!)」

 

 一流のプロの投球と、箒の速度。

 二つが合わさった一撃をもらったショーンは強烈な目眩に襲われた。箒から落ちなかったのは奇跡と言っていい。

 しかしだからといって止まらない。

 点を取られることは、ショーンの顔面が崩れることより重いのだ。

 

「(相手はどう動く! 思考を読め! いや、視覚以外の五感で感じろ!)」

 

 風を切る音、ジニーの声のする方向。

 全てをヒントに、コノリーの次の一手を予想して――

 

「か、ぐあああああああああっ!」

 

 またも、ショーンの顔面にクアッフルが叩き込まれた。

 集中していたせいか、今度はさっきよりも痛い。否、さっきと寸分違わず同じところに当てられたのだ。

 ショーンの右顔面には大きな青あざが出来ていた。

 

「手を使って相手を殴るのは反則だ。だけどクアッフルを相手に投げ込むのは反則じゃない。君も何度か使ってただろう?」

 

 痛みで動きが止まったショーンの横を……コノリーが悠々と横切る。

 目は見えなかったが、点を入れられた悟った。

 

「ちょっとあんた! 大丈夫なの!?」

「ああ、問題ない」

 

 手で右眼の辺りを覆うショーンを見て、流石のジニーも心配したようだ。

 このままでは不味い。

 痛みでプレイの質が落ちることはもちろん、周りの士気も下がりかねない。

 

「(……ヘルガ)」

「(はい、なんでございましょう)」

「(俺の痛覚を一部遮ってくれ )」

「(よろしいのですか? 痛覚が消えるということは、身体の緊急信号を止めるということですよ。後で後遺症を追うような怪我に発展するかもしれません)」

「(今負けるよりはマシだ)」

「(……言っても無駄なようですね。ですが痛覚は遮断しません。代わりに治して差し上げましょう)」

 

 ヘルガがそう言うと同時に、痛みが消え去った。

 完治したようだ。

 しかしどうやら、周りから見ると青あざがあるままに見えるらしい。流石だ。頼りになる女だ。ロウェナとは違う。

 

「(ありがとう)」

「(お気になさらず)」

 

 ヘルガのことだ。

 本当に気にしてないのだろう。

 この試合に勝ったら、食べ放題でも奢ろう、とショーンは思った。

 

「よし! 俺たちの攻撃だ! 気合い入れろ!」

「いきなり煩いわね。頭打ってバカになった?」

「そんならお前は産まれた時から頭打ってるな」

 

 審判からクアッフルを受け取る。

 先ほどまでとは違い、コノリーは後ろで待たず、いきなりショーンと対峙した。

 

「(大方さっきのプレイで分析は済んだ、ってとこか)」

 

 このままショーンが抜くか、パスするか。

 ショーンは――抜く方を選んだ。

 

「(負けっぱなしは性に合わん!)」

 

 特に、あんなラフプレイでやられたのだ。

 やり返さないと気が済まない。

 こう言うプライドや熱い気持ちは裏目に出ることもあるが、しかしショーンは大切にしている。

 経験上こういう時の方が、自分でも驚くようなプレイが出来ることが多いからだ。

 

「いくぜ!」

 

 真正面から突っ込む。

 そして相手とぶつかる一瞬前に、ショーンは箒の上に飛び乗った。まるでスケボーのように。

 考えがあるわけではない。

 ただ、身体がそうしろと言ったのだ。

 

「よっと!」

 

 そして更に、箒から跳ぶ。

 コノリーを上から飛び越えて行く。

 

「(始めてやってみたが、案外上手くいったな)」

 

 箒の上に着地。

 ショーンは前を向いた。

 

 そこにいたのはコノリーだ。

 

 抜いたはずのコノリーがそこにいた。

 つまり、読まれたのだ。

 ショーンのプレイを読んで、跳んだと同時に後ろに下がった。

 

「驚異的な身体能力だ。動体視力も並外れてる。さっきの目潰しも本当に眼を潰すつもりで投げたんだけど……まさか眼を瞑るとはね。反射神経もいい。僕の三倍くらいはスペックがありそうだ」

 

 左へフェイントを入れてから右へのターン――と同時に箒から落ちる。足首だけを引っ掛けて進む『ナマケモノぶら下がり飛行法』だ。

 

「きっと他のどのスポーツをやっても、僕は君に勝てないだろう」

 

 コノリーは箒の柄同士を引っ掛けて、強引にショーンを持ち上げた。

 無防備になったショーンからクアッフルが弾かれ、奪われる。

 

「でもそれでいい。僕はクィディッチだけ……クィディッチだけ勝てればそれでいいんだ」

 

 またひとつ、点を奪われた。

 

「(……認めよう)」

 

 目を瞑り、考える。

 読み合いでは負けた。悔しいが、相手の方が上だ。

 

「(なら、それ以外のところでやればいい)」

 

 集中だ。

 前の試合でチョウがやっていた、あの極限の集中状態。

 集中しろ。

 あれをやる。チョウに出来てショーンに出来ない道理はない。

 集中しろ。集中、集中、集中――――――……。

 

 目を開く。

 ピッチは消え、周りの音も聞こえない。

 目の前にはただコノリー一人がいた。

 

 前に出る。

 

 対応しようとコノリーも動く。

 その動きが前より鮮明に、ゆっくりに見えた。さっきはあれ程隙がないように見えたのに、今は抜ける気しかしない。

 軽く、右にフェイントを入れた。

 左右に振って、トドメに上に……。

 

 ――ショーンの手からクアッフルが叩かれた。

 

「驚いたよ、ゾーンに入れるんだね。だけどまあ、そのくらいの人はたくさん見たよ。ゾーンは一長一短、ワン・オン・ワンに強くなる分、集中のあまりパスの選択肢が狭い。パスを警戒しなくていいなら、楽勝だ」

 

 また一つ、グリフィンドールは失点した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「読み合い、技、経験、箒の性能――コノリーさんは全てにおいてショーン君の上だった。一つ一つを見るとちょっとの差かもしれないけど、全部を合わせると大きな差になるんだね」

 

 ボードの上のコノリーがまた一つ点を入れた。

 点差は〇対九〇にもなっている。

 シーカーの加点がない以上、この点差をひっくり返すのは至難の技だ。

 

「二人の格付けは済んだ。ジニーちゃんのシュートも通用しない。元々グリフィンドール・チームはオフェンスもディフェンスもショーン君を起点に置いてるからね……こうなるとお手上げだよ」

「はい。私も正直、覚悟しました。だからこそ、分からないんです」

「……」

 

 ここまで、ショーンは間違いなく負けていた。

 素人目から見てもショーンに打つ手はなさそうだったし、あるならもっと前から打っていたはずだ。

 だからこそ、分からない。

 

「教えて下さい。一体、ショーンは()()()()()()()()()?」


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