曇り空がホグワーツを覆うある日のお昼時、ショーンはひとり、ハグリッドの小屋に向かっていた。
騎士団の任務とやらでしばらくホグワーツにいなかったハグリッドだが、最近帰ってきたということで、飯を一緒に食べる約束をしたのだ。
小屋に近づくと話し声が聞こえてきた。先客がいるらしい。
「よーハグリッド、来たぜ」
「おお! 待っとったぞ。こっちこいや」
「ああ。それとこんばんは、ダンブルドア校長」
「こんばんはショーン」
先客――ダンブルドアはにっこり笑ってショーンを迎えた。
「今日はダンブルドア校長もご一緒で?」
「その通りじゃ。ハグリッドから騎士団の任務の報告を聞くついでに君との食事会はあるかと聞いたところ、なんと直近にあると言うからの。無理を言って同伴させてもらったのじゃ」
「ありがてえことですだ」
「礼を言うのはわしの方じゃよハグリッド。わしがこの日をどれだけ楽しみにしていたことか……騎士団の仕事をすっぽかしてもうた」
「マクゴナガル教授がカンカンでしょうね」
「怖いことを言うてくれるな。実はまだ、ミネルバには何も言うておらなんだ」
ダンブルドアはぶるっと体を震わせた。
釣られてショーンも震える。
怒ったマクゴナガル教授は怖い。ホグワーツ不変の定理である。
「今日の献立は何かな?」
「説明するより見たほうが速いでしょう。外へ行きますよ」
「早く行こう。俺はもう待てん」
三人は外に出て湖近くに腰かけた。
ショーンだけは立ち上がり、箒を使って湖の上を飛ぶ。
確かこの辺りにあったはずだ。あったあった。湖の上に浮かぶブイを引き揚げ、下にあった罠を引っ張り出す。
罠の中には貝が山盛りに入っていた。
「今日の献立は貝です」
「ほう」
「地味だと思います?」
「いやいや、ここからどう盛り上げてくれるのか。君の手腕に期待するばかりじゃよ」
「ショーン、はやく」
急かすハグリッド、彼には風情というものがない。しかしあんまりちんたらしているとダンブルドアを食べかねないので準備を進める。
「ガソリン焼きって調理法を知ってます?」
「ガソリン……確かマグルの燃料じゃったか」
「その通りです。着火すると燃えるんですけどね、それを貝が入ったドラム缶に注いでまとめて燃やすって調理法があるんすよ」
「今回はそれをやると?」
「流石に身体に悪いんでやりません。代わりにこれを使います」
取り出したのは、ダイアゴン横丁で買った酒だ。
アルコール度数136%という限界をちょっと超えてるこの酒は、一口飲めば人魚も火を吐くという一品である。買うときは『飲んで何かが起きても自己責任』と一筆したためなければならないくらいやばい。
ドラム缶の代わりに横に広いタイプのクッキー缶を使い、貝を敷き詰める。ここに貝がギリギリ浸かり切らないくらいこの酒を注いで準備完了だ。
「インセンディオ」
火炎呪文で着火すると、ぽうっと火が広がった。
荒々しくはない。ゆらゆらと揺らめくような火だ。アルコールが燃料のおかげが、時々青い火が上がって幻想的に見える。
本当は雲がない夜にでもしたかったが、生憎とハグリッドは忙しい。どうしても都合が合う日が今日しかなかったのだ。
「なんと、素晴らしいことじゃ。君は実に巧みに魔法を使う。これほど美しい火は、フォークスの転生以外では見たことがない」
「不死鳥と比べられるのは光栄です」
「いやはや。正直に言って、わしではこんな愉快なことは思いつかなんだ。つまり、君はわしより優れている。よって、敬語は使わんでよろしい」
「あー……わかった、ダンブルドア」
「うむ。それでは、よし。君の素晴らしい魔法に敬意を評して、わしからもささやかなプレゼントを用意しよう」
ダンブルドアは立ち上がり、杖を振るった。
「マジか」
すると雲が分散して、ショーン達がいる場所以外の雲が晴れた。ショーンから見た景色は、自分のところだけ暗くて、周りだけ朝日という、この世のものは思えない美しいものだった。
これは天候を操る、超の付く上級魔法だ。流石は今世紀最高の魔法使いと言ったところか。
「そーれ、どっこいしょ!」
もう一振りすると、今度は残っている雲に星座が輝いた。
「ついでにもういっちょ!」
最後に、金色の像が躍り出てきて楽器を弾きだした。
知らない曲だが、バイオリンの優雅な曲だ。いつかダンブルドアが「音楽とはどの魔法よりも優れた魔法じゃ」と言っていたのを、ショーンは思い出した。たしかにそうかもしれない。どんな魔法でも、ショーンをこんな気持ちにさせるのは難しい。
「これで少しは威厳がついたじゃろう」
茶目っ気たっぷりにダンブルドアはウィンクした。なんの魔法か、ウィンクと共に星が飛んでいる。
「私なら地球の自転ごと操って本当の夜空が作れますけどね」
ロウェナが何か言ってるがここは無視する。もちろん、彼女に対してショーンが関心を示すことはほとんどない。壁かと思ったらロウェナの胸でビックリした時くらいのものだ。
「流石はダンブルドア校長先生ですだ。生きている間にこんなものを見れて、俺はもう言葉もねえです」
「優れた魔法などない。優れたことに使う魔法があるだけ、というのがわしの持論じゃ。賢いだけの老人では精々本を書くこと位しか能がない。お礼を言うならこの賢いだけの老人ではなく、ショーンに言うべきじゃろう」
「おっと。今日は俺を褒める会じゃない。みんなで楽しくご飯を食べる会だ。もっと言えば、貝を捕まえる罠を作ったのはハグリッドだし」
「なんと。何故もっと早くに言わんのじゃ! 君にそんな才能があることをもっと早くに知れていれば、わしの人生は貝まみれになっていたと言うのに」
よく分からない褒め言葉だと思ったが、ハグリッドはいたく感動して涙と鼻水を垂らしていた。そろそろハンカチがひたひたになりそうだ。
「それじゃあ、そろそろ仕上げに行くぜ」
予め茹でておいたパスタとバジルソース、付け合わせのキノコをクッキー缶の中に放り込む。後は塩で味を整えながら、トング代わりの杖で混ぜれば完成だ。
やっぱり魔法使いは便利だとショーンは思った。杖は何にでも使える。
「完成だ。『キノコと貝のパスタ 〜アルコール度数136%添え〜』だ」
「奇抜なネーミングセンスじゃが、うむ、実に面白い」
「ショーン、俺は大盛りで頼む」
もうめんどくさいので、自分とダンブルドアの分だけよそって、後の残りはクッキー缶ごとハグリッドにあげた。
ハグリッドは半分巨人だとは思えないほどのスピードで、直ぐにパスタを口にかっこんだ。ダンブルドアは何処から出したのか、ピンク色の前掛けを上品にかけている。
そしてショーンも、フォークでパスタをまいた。
一口、食べてみる。
美味い。
貝から出た自然の出汁と、特製のバジルソースがよくソースに絡んでる。少し濃い味だが、不思議と味があっさりしている。アルコールが飛んだ時にそういう風味が付いたんだろうか。とにかく、いくらでもいけそうだ。
「……」
「……」
「……」
しばらくの間、男三人で無言でパスタをすすった。
今がヴォルデモートと戦争中ということなど、誰もが忘れていた。そんなハゲいたっけか? 分霊箱? 食後のデザートかなんかか? という感じだ。
「はぁー、お腹いっぱいじゃ! いやいや、美味しいものを食べてる時だけ胃が膨らまないものか」
「ほんとそれ」
「ダンブルドア校長先生なら、魔法でどうにか出来るじゃねえですか?」
「うーむ、今度ニコラスとゲラートを集めて研究してみよう」
もうそのメンツでヴォルデモート倒しにいけよ。
「よし! 腹ごなしの散歩がてらに、禁断の森に行こうかの!」
「最高! 流石はダンブルドア校長だぜ! いよ、今世紀最高の魔法使い!」
「そうだぞショーン! ダンブルドア校長先生は偉大な方だ!」
「創設者の方々にはボロ負けしたがの!」
「「HAHAHAHA!!!」」
「そうと決まれば話は早い。二人とも、乗るのじゃ!」
ダンブルドアはケンタウロスの形をした黄金の像を三体作り出した。高位の死喰い人を蹴散らし、ヴォルデモートさえ恐れる像達である。禁断の森くらいなら余裕だろう。
「ハグリッド、案内せえ!」
「任せてくだせえ! 何の為に森番になっちょったと思いますか。この日のためでさあ!」
もう、おかしなテンションになっていた。
きっとアルコールが飛び切ってなかったのだろう。しかし三人とも、そんなことはどうでもよかった。この愉快なメンバー――否、最高の“ダチ”さえいればよかったのだ。
「禁断の森へ行くぞ! 今日から俺たちが森の支配者だ!」
ショーンの号令を合図に、三人は森へ突撃した。
森を駆け抜け、あらゆる生物にちょっかいをかけ、その辺に生えてる木の実を食べては痙攣して、笑った。
そして森から帰ると、鬼の顔をしたマクゴナガル教授が待ち受けていた。ぶっちぎりで校則違反だった。ダンブルドアは「ホグワーツでは姿くらましが出来ぬ。じゃが、わしだけは特別なんじゃよ」と言って姿くらましした。ちくしょう。何が“ダチ”だ。ちくしょう。変なヒゲしやがって。ヴォルデモートに分けてやれ。ちくしょう。
一通り――というか十通りくらい――マクゴナガル教授は説教すると、ホグワーツ決戦用の魔法を使い、ダンブルドア校長を捕獲して説教した。