ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第20話 進路相談

 ホグワーツでは5学年になると、O.W.Lを終えたこともあってか、進路相談を受ける。ショーンも今日マクゴナガル教授の部屋に呼ばれていた。身だしなみに乱れがないか確認してからノックする。マクゴナガル教授はまるで、服のシワが人を殺すとでも言うかの様に思っているのだ。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 ショーンは礼儀正しく席に着いた。

 

「姿勢を崩して構いませんよ。言葉遣いも丁寧でなくて結構。あなたの場合、その方が意見を出しやすいでしょう」

「オーケー、ミネルバ。今日のディナーは何処へ行く?」

「私のフィアンセになれとは言ってません」

 

 肩を組もうとしたショーンを、マクゴナガル教授は魔法で遠ざけた。

 もちろん、ショーンはとびっきりの濡れた子犬の様な顔をした。その結果、どうやらマクゴナガル教授はあまり犬が好きではないらしいということが分かった。

 

「それでは進路相談を始めます」

「副校長の地位に甘んじるだけでなく、もっと上を目指してもらいたいですね」

「私のではありません。あなたのですよ、ミスター・ハーツ」

「おっと、そっちでしたか」

「紛れもなくそっちです」

 

 ミネルバはぴしゃりと言った。

 

「厳しいようですが、最初にはっきり申し上げておきます。あなたの成績から言って選択肢はかなり限られますよ」

 

 ショーンの成績表を出しながら厳しい声で告げる。

 実技はともかく、筆記テストの方ではショーンのフクロウは蛇よりも低空飛行していた。仲間内ではルーナが一位で、コリンが続き、ジニーがいて、最後にショーンだ。

 しかしマクゴナガル教授は、すぐに険しい顔を緩めた。

 

「……と普通なら言うのですが、あなたの場合はあてになりませんね」

「と言いますと?」

「各方面からあなたへのスカウトが届いています。ええ、本当に各方面からです。特に『魔女の権利団体』から熱心なスカウトが来ていることは私の教師人生で最も不可思議なことのひとつです。一体どこで接点を持ったのです?」

「あー……それは生贄に呼ばれてるだけですね。週に3回は奴らから『生贄になれ』って内容の吠えメールが届きますよ。ダンブルドア校長が守ってくれなかったら、俺は今ここにいないかもしれない」

「本当に何をしたのですか、あなたは」

「ゴブレット一杯分の爽やかな風をプレゼントしました」

「なるほど。よく分からないというのが分かりました。まったく、この閉ざされた寮生活の中で一体どうやってこれほどの問題を持ってくるのか、検討もつきません」

「僕もです」

「そうでしょうね」

 

 マクゴナガル教授はひとつ咳払いした。

 

「こほん、まあいいでしょう。今から順にあなたを勧誘している企業や団体、研究所を読み上げます。気になるものがあれば遠慮なく聞きなさい」

「マクゴナガル教授の初恋はいつですか?」

「そういう“気になる”ではありません」

 

 マクゴナガル教授はぴしゃりと言った。

 

「まず、ダイアゴン横丁にあるいくつかのパブから『シフト表』が届いています。驚くことに、スカウトですらありません」

「シャッフルして別々の店に送り返してやりましょう」

 

 ミネルバはリストを読み上げた。

 

「これもまた謎ですが、アズカバンから『頼むから来てくれ! お前ほど吸魂鬼を手懐けられる奴はいない!』と懇願されていますね」

「プライベートで行くんで仕事にはしたくないです」

「どの様なプライベートかはこのさい不問にいたします」

 

 

 

「ルーマニアのドラゴン・キーパーからもお誘いが来ていますよ。チャーリーの推薦のようですね。これは男の子なら嬉しいのでは?」

「俺の近くにはジニーがいるんですよ? ドラゴンの世話をするのなんて、ジニーの隣でカスタネットを演奏するよりずっと簡単です」

「私としては、スネイプ先生の部屋前で毎朝トランペットを吹く方が勇敢だと思いますが」

 

 

 

「魔法ゲーム・スポーツ部のルード・バグマンが熱烈なオファーを送って来ています。本来あなたの成績であれば入部出来ませんが、ルードは規則を変えてでも入れると断言していますよ」

「ルード・バグマン……ああ、トライ・ウィザード・トーナメントの時の」

「そのルードです」

「まあ、考えておきます」

 

 

 

「魔法神秘部からも来ていますが、これはやめて置いたほうがいいでしょう。部員というより、検体としてあなたを欲しがっているようです」

「それは本当になんで?」

「私の長い経験から申し上げれば、神秘部については考えるだけ無駄です」

 

 

 

「お次はクィディッチのプロチームからのスカウトです」

「なんでそんなとこから?」

「どうやらご友人のクラムがあなたをチームに招きたがっているようです。

 それから、レイブンクローとの試合を“偶然にも”プロチームのスカウトをしている私の友人が見ていました。あなたとチョウになら1000ガリオン払っても惜しくないと言っていましたよ」

「そりゃあ間違い無く偶然ですね」

「私見を述べさせてもらえれば、是非入団するべきです。というかしなさい。しろ。はやく」

「先生。先生、座って。どうどう」

「おっと。少し熱くなっていたようですね」

「少し?」

「紛れもなく」

 

 ミネルバは凛とした声で言った。

 自分は少しも間違ったことはしていない、とでも言いたげだ。

 

「後は『妖女シスターズ』からお誘いが来ています。一緒にツアーをしよう、と」

「それはありですね。仕事というか、プライベートで行くことになりそうっすけど」

「音楽は素晴らしいものです。見聞を広げるよい機会でしょう」

 

 

 

「それと、えー……実はダンブルドア校長からホグワーツで勤めないか、というお達しが来ています。

 もし望むのなら、ハグリッドの後継者かフィルチの同僚、あるいは飛行訓練の教師として就任することが出来るでしょう」

「ホグワーツに?」

 

 ここに来て初めてショーンは興味が湧いた。

 

「ええ。ダンブルドア校長曰く『今の魔法界には笑いが必要じゃ。ホグワーツを明るくするのに彼ほど適任はおらんじゃろう』とのことです」

 

 頭の中であのお茶目な老人がウィンクした。

 なにを考えているかは分からないが、ホグワーツで働くというのは悪いことではない。ここは楽しい。それに、ホグワーツの職員になれば、セブルスから「ハーツ先生」と呼ばれるかもしれない。それは気分がいいだろう。教員同士の交流会などがあれば、もしかすると、隣同士で一緒にお酒が飲める可能性だってある。正直に言って、とても魅力的だ。

 

「でも、お断りします」

「ほお。……なぜですか?」

「はい。もう進路は決めてますので」

「それを早く言いなさい。私ももう歳ですから、小さい字のリストを読むのは大変でした。それで、あなたの希望する就職先はなんです?」

「作家になろうと思います」

「……作家? あなた、字が書けたのですか?」

 

 普段ショーンが提出してるレポートを、マクゴナガル教授はちゃんと読んでいるのだろうか。

 

「作家というより、体験記なんですけどね。ほら、僕ってマグル産まれじゃないですか。だから魔法を使って、マグルじゃ行けない所に行こうと思うんです。マグマの中で泳いだり、深海を散歩したり、北極で昼寝をしたり、空気の薄い山頂でサッカーしたりしてみたり……とか。それからまあ、フラーとクラムに会うついでに世界中に隠されてる魔法学校を暴くっていうのも考えてます。そこで面白いものを見つけたら文字に書いて、他の人にも教えようかと」

「……なるほど。実にあなたらしい進路です」

 

 マクゴナガル教授は大理石の様な顔をくずした。

 

「私としては、あなたに残ってもらいたいと考えていました。ホグワーツで働くか、あるいはホグズミード村でイベントでも運営したらよいと思っていたのです。ですが、ええ、愚かでした。ミスター・ハーツ、あなたは一箇所に縛られる様な生徒ではありませんでしたね。五年間もこの学校にいるのは、もしかしたら奇跡かもしれません」

 

 なんだか、えらく大きい話になっている気がする。

 マクゴナガル教授はショーンが考えていた三倍くらい感心していた。

 

「あなたと出会ってもう五年になりますか」

「どうしたんですか、急に」

「年寄りというのは急に思い出話がしたくなるものです。少し付き合いなさい」

「はい」

「私があなたに初めて会ったとき、どう感じたと思いますか?」

「目の前に男の子がいると感じたと思います」

「それは当たり前です。もっと内面的なことです」

「ええ? うーん、まあ、ハンサムで礼儀正しくて利発そうな男の子だと思ったんじゃないですか。たぶん」

不承不承(ふしょうぶしょう)ながらにとてつもなく高い自己評価を言いますが、実はそう外れてもいません。そのときはたしかにそう思いました。また、孤児院の院長からも似たようなことを言われました」

 

 それはそうだろう、とショーンは思った。そう思われるように意図していたのだから。

 

「ですが同時に、こうも思いました。それがこの子の本当の姿なのかと。ホグワーツに相応しい――ここでは魔法族という意味です――子供が、果たして周りの人からこんなにも穏やかに見られるものなのか。私には判断がつかなかったのです」

「マグル生まれの魔法使いが虐待される話は、少なくないみたいですね」

「その通りです。中には自らの魔法力に蓋をしてしまう子もいます。そういった子どもは……場合によっては命を落とすこともあります。残念ながら。ですからそうならないように、私は細心の注意を払って、子供を迎えに行くように心がけていました」

 

 それは、とでもマクゴナガル教授らしい話だった。真面目で、どこまでも真っ直ぐなのが、授業が厳しくともマクゴナガル教授が生徒に人気な理由なのだ。少なくともショーンは、マクゴナガル教授のそういうところが好きだった。

 

「だからこそ、あなたの進路は素晴らしいと思うのですよ、ミスター・ハーツ。あなたがかつての殻を壊して世に羽ばたくことが。全てを隠していたあなたが、自分の体験を世間に知らせるのが。私はとても素晴らしいと感じるのです」

「……」

「失敗を恐れず前に進みなさい。そして何かどうしようもないときはここに戻って来ればいいのです。ホグワーツでは、求める者にはそれが与えられる。ここはあなたの第二の故郷であることを、私の目が黒いうちは保証しましょう」

 

 マクゴナガル教授は、かつて聞いたこともないくらい優しい声色でそう言った。

 

「しかし、一体いつ旅から帰ってくるのか。そこだけが不安です」

「?」

「私の寿命の問題ですよ。あなたが書いた本ならぜひ読みたい。それも、誰よりも早く。私がそう思うのは不思議なことですか?」

 

 マクゴナガル教授はほんの少しだけ恥ずかしそうな顔をした。きっと今、自分はすごくいやらしい顔をしているだろう。ショーンはそんな気がした。

 

「これで進路相談は終わりです。卒業まで後二年と少しですが、夢のために努力を怠らないように」

「もちろん」

 

 最後に握手をして、ショーンが立ち去ろうとした。

 それを慌てて止める。

 

「ひとつだけ約束です。

 旅に出る前に、1日だけ予定をおあけなさい」

「いいですけど……なぜ?」

「寝ぼけているのですか? 先程あなたが仰ったのでしょう。ディナーに行こうと」

「おっと。そうでした。これは女性に恥をかかせてしまいましたね」

 

 ショーンは恭しく一礼した。

 早足で立ち去る。きっとマクゴナガル教授がそうであるように、ショーンも少しむず痒かったのだ。それにショーンには、今からやらなければならないことがあった。それはもちろん、いいレストランを探すことだ。


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