ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第6章 ショーン・ハーツと死の秘宝
プロローグ


 

 

 

 それは、目覚めであった。

 

 

 

 ショーンが咆哮する。

 風圧が起こり、ゴドリックの髪がなびいた。

 そう、これは目覚めだ。

 

 ショーンの中には“5人目の創設者”がいる。

 普段は出てこない。他の創設者達が、何よりショーンが無意識に押し留めているからだ。

 それがショーンが絶望したことにより、心が闇に染まったことで出てきてしまったのだ。

 

「あ、あああ……ぃ、あ、あっ、あっ、…………」

 

 奇妙な呻き声を上げながら(たたず)むショーンを見て、まだ覚醒仕切っていないのだろう、とゴドリックは予想した。

 5人目は正に悪意の塊だ。もし本当に目覚めているのなら、暴風のような呪詛を撒き散らしている。

 そうならないということは、身体だけが覚醒していて、しかし意識はまだなのだ。

 

「(殺すなら今、か)」

 

 チャンスだ。

 不幸中の幸いである。完全に覚醒し切ってしまったら、杖も剣もない今の状況ではゴドリックといえど勝てるとは限らない。

 しかし今ならば確実に勝てる。一瞬で近づいて首をねじ切ればいいだけ。ゴドリックにとっては非常に容易いことだ。

 

「おやめなさい」

 

 が、ヘルガに止められた。

 それを無視して歩こうとしたが、三歩目を踏まないうちに歩けなくなった。ヘルガが『歩き方』を忘れさせたのだろう。

 こうなっては仕方ないと、ゴドリックは肩を(すく)ませた。

 

「それじゃあどうしろって言うんだ。見ての通りショーンは覚醒した。今にも世界が滅亡しそうってときにお茶会でもするつもり?」

「いいえ、ゴドリック。陶器はもう割れました。時は進み出したのです。あなたも本当は分かっているのでしょう?」

「……いや、わからないな」

「あなたから“わからない”という言葉を聞いたのは初めてです。それではわたくしから言いましょうか?」

 

 ゴドリックは目を伏した。

 英雄と呼ばれた彼なのに、その姿は弱々しい。

 

「ショーンに全てを打ち明ける時が来たのです」

「そう、だろうね……」

 

 ヘルガの魔法を使えば、深くに入り込んでショーンと対話が出来る。

 そこで全てを打ち明けて、“自身がどういう存在なのか”を自覚させることが出来れば、あるいは力の制御が効くかもしれない。

 しかしそれはゴドリックにとって、ある意味ではショーンを殺すことよりも辛い選択肢だった。

 

「全てを終わらせて来なさい、ゴドリック。罪を雪ぐ時が来たのです」

「どうして僕が? ロウェナやサラザールでもいいだろう」

「わたくしの近くにいたからです。直接触れないとこの魔法は使えませんので」

「ああ、そう」

「もっと劇的な理由を想像しました?」

 

 そう言ってヘルガは微笑む。

 彼女の茶目っ気はいつもゴドリックの心を落ち着かせた。

 

「“たまたま近くにいたから……”僕にはそんな理由でも十分だ」

 

 偽りない本心だった。

 いつだってそうだった。使命感で人を助けたことなんかない。なんとなく困ってる人がいて、助けようと思った。

 ゴドリックはそうやって英雄になったのだ。

 

「あなたらしい顔つきになりましたね。あんなに張り詰めて戦うのはあなたらしくない」

「敵わないな……」

 

 ヘルガはゴドリックのこめかめに手を当てた。

 

「それでは行きますよ」

「ああ」

 

 一瞬、青い紫電が走った。

 強い魔法を使った証だ。

 まるで糸が切れたマリオネット人形のようにゴドリックの身体から力が抜ける。倒れそうになる身体を、ヘルガが優しく抱きとめた。

 

 ――――その瞬間!

 

 ショーンが飛びかかって来た。

 まるで獣の様な動きだ。事実、獣なのだろう。脳に刻み込まれた孤児院を燃やされたことへの怒りのみで突き動かされているのだ。

 今のショーンの攻撃を止める術をヘルガは持たない。当たれば確実な死が待っている。

 しかしそうはならなかった。

 

「サラザール」

 

 間にサラザールが割って入る!

 ヘルガが声をかけた瞬間には彼は全ての準備を済ませていた。バジリスクの姿に戻した右腕でショーンの攻撃を受け止め、同じくバジリスク化した左足でお返しに蹴り飛ばす!

 孤児院が吹き飛ぶほどの威力だったが、しかしショーンに外傷はない。完全に人外の領域に足を踏み入れている。

 

「あの馬鹿が戻ってくるまでは私が食い止めよう」

「頼りになります」

「ふん。あの馬鹿女よりはな。……それより、強い結界を張ってくれ。でないと私の方が世界を崩壊させてしまう」

 

 サラザールを中心に、近くの木や地面が腐敗していた。

 彼の本来の姿の鱗には、聖女の処女血と堕落した娼婦の血で書かれた、常人なら一節みただけで発狂するような呪いがびっしりと(つづ)られている。

 これにより彼が放つ闇の呪文は何倍も強くなるが、反面、無差別に悪影響を及ぼしてしまう。事実、四肢の4分の2を解放しただけでズシリと空気が重くなった。

 もし全身本当の姿に戻れば、闇の生物としての本能が目を覚まし、サラザール自身が世界を破壊しかねない。

 

「そこまでは変身しないつもりだが……万が一も考えておいてくれ」

「承知いたしました。それで、ロウェナは?」

「あの馬鹿女ならそこでうずくまっている。私に説得しろとは言ってくれるなよ。バカな女と陽気な男ほど相手にしたくないものはないというのが私の持論だ」

 

 サラザールが示した方向では、かつて最も優れた魔女と呼ばれたロウェナ・レイブンクローが縮こまって震えていた。

 そんな彼女にヘルガは歩み寄り、優しく声をかける。

 

「あなたの気持ちはよくわかります。正直なことを言えば、わたくしも少し怖い」

「……少し? 少しならいいじゃないですか!」

 

 ロウェナは憤慨しながら叫んだ。

 

「私はこの日がなによりも怖かった……。

 全てを知ったあの子はきっと私を許しません。そうなるくらいなら私はここで死にます! あの子に嫌われるくらいなら、あの子に殺された方がマシですからっ!」

「ロウェナ。このままでは世界が滅んでしまうんですよ? あなたが残した魔法や、未来ある子供がみんな死んでしまいます」

「そんなものクソ喰らえですよ! 今となってはもう、あの子の方が大事です!」

「……はあ」

 

 ヘルガはため息をついた。

 いつもなら説得するところだが、今は時間がない。

 ロウェナのこめかみに手を当てた。

 

「わたくしは近しい一人より、その為大勢を選びます」

 

 バチッ! と紫電が走る。

 一時的にロウェナの『感情』を封印したのだ。

 あの頃の……感情がなく、それが故に最強だったロウェナに戻ってもらうために。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 気がつくと、ショーンは丘の斜面に立っていた。

 地平線の彼方まで草原が続いていて、時折に風が吹く。ここで昼寝でもしたらさぞ良い夢が見えるだろう。

 そういう場所だ。

 

「ここは……ホグワーツか? 一千年後にホグワーツが立つ場所だよな」

 

 記憶を掘り起こすほどに確信は強くなる。

 不気味なほどに記憶通りに。

 ここは間違いなくホグワーツが建つ予定地だ。

 

 

「君にはここがそう見えるんだね」

「ゴドリック……」

 

 いつの間にかゴドリックが近くに立っていた。

 もしかしたらまた一千年前に?

 そんな考えが一瞬だけ浮かんだが、不思議とすぐに違うと気がついた。夢を見ている時の感覚に似ている。どんな突飛押しのないことでも夢の世界ではすぐに受け入れられるが、それと同じだ。

 少なくともショーンは、現在のゴドリックとここにいることを受け入れていた。

 

「話をしようか」

「なんの?」

「君のことを。そして、僕たちのことを」

 

 ゴドリックは原っぱに横になった。

 ショーンもそれに倣う。

 そしてまた風が吹いた。

 

「ここは君の中の世界だ。気がついているだろうけど、現実じゃない」

 

 そういうものかと、ショーンはまたすぐに納得した。

 それよりもいつもと違うゴドリックの様子の方に違和感を覚えた。

 

「現実では、孤児院と家族を燃やされた君が怒り狂って良くないことが起きてる」

「そうだ!」

 

 少しの間フリーズして、思い出した。

 孤児院が燃えた。

 妹も友達も、みんな。

 むしろどうして今まで忘れていたのか!

 ショーンは一瞬にして全てを思い出した。同時にドス黒い感情が胸に渦巻く――否、最早爆発したと言っていいくらいだ。

 何もかもを破壊し尽くしたいという要求。

 それが全てとなるほどに。

 

「それを僕は止めに来た」

「止める? どうしてだ!? 妹とあいつらは俺の全てだ! それを奪われた。なら俺も――!」

「違うよ。たしかに大事なものだ。だけど全てじゃない。全てじゃなくなったんだ。君はホグワーツで色々なものを手にしただろう。このままだとそれも失ってしまう」

 

 ジニー、コリン、ルーナ。ロンやハリーといった先輩、面倒を見た後輩達に付き合いのいい先生。そしてハーマイオニー……色々な人達が頭をよぎった。

 続いてよく馴染んだ箒の感触や三大魔法学校対抗試合の写真が目に浮かんだ。

 それらはほんの少しだけショーンの怒りを鎮めた。

 確かにゴドリックの言う通り、最早自分を構成するものは孤児院だけではないのかもしれない。それでも半身はあそこだ。

 

「怒る気持ちは分かる。だけど呑まれてはいけない。制御するんだ。正しい方向にだけ力を使いなさい」

「教師みたいなこと言うな。お前ほど反面教師なやつはいないと思ってたけどよ」

「その考えは正しいよ。僕も昔、怒りで我を失って大切なものを失った。ショーンにはそうなって欲しくないんだ」

 

 ショーンは反論しようとした。しかし出来なかった。ゴドリックの顔に見たことないもの……涙が流れていたからだ。

 ゴドリックが涙を流す姿なんていうのは、酒が嫌いなイギリス人と同じくらい想像がつかなかった。悲しみとは無縁の人間だと思っていたからだ。しかしそれは間違いだった。目の前で、ゴドリックは確かに悲しみの涙を流していた。ショーンにも知らない一面があったのだ。

 

「いいかい? 君は力を制御しなくちゃいけない。それには今のままじゃダメなんだ。君は自分のことを知らなすぎる」

 

 もっとも、知ることを妨害して来たのは僕たちだけど、とゴドリックは続けた。

 

「今こそ話すよ、君の真実を。どうして僕たちが君と一緒にいるのか。その全てを。

 ただ一つだけ約束して欲しいんだ。

 どうか、君のままでいて欲しい」

 

 その言葉の意味を、正直に言うとショーンは理解できなかった。

 しかしショーンは変身術の授業内容を半分も理解していないし、魔法薬学なんかは教科書のタイトルも分かってないくらいだ。それでもなんとかなって来たのだから、今回もなんとかなるだろう。

 

「俺も色々やって来たけどな。俺以外になるってことはしたことがない。大丈夫だろ、たぶん」

「そうだね。そうだといいね。それじゃあ、話そうか」

 

 自分の出生の秘密を知る時が来たのだ。

 ショーンはそう思い、覚悟を決めた。そしてあっけなく驚かされた。そんなものが鍵だと、誰が予想できただろうか。

 

「ショーンの出生を解き明かす最初の鍵は……そうだね、ステーキだ」


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