ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

7 / 75
第6話 忍び寄る影

 ショーンはグリフィンドール寮に入った事を後悔していた。

 魔法薬学の担当教諭であるスネイプ教授から難癖をつけられるのも、マグゴナガル教授が何故かちょっと距離を置いてるのも、パーシーが毎日毎日グリフィンドールの剣がいかに貴重なものか説法するのもいい。魔法薬学と変身術のレポートが毎晩寝かせてくれないのだって、この際我慢しよう。

 では何が問題かというと――同じ寝室になったコリン・クリービーである。

 

 彼は朝起きてから夜寝るまで、飽きもせず「今日のハリー・ポッター情報」をショーンに語った。孤児院にある壊れた目覚まし時計ほどうるさいものはこの世にないと思っていたが、コリンに比べたら死ぬほど不機嫌な時のスネイプより静かだ。

 その上一緒に授業を受けているジニーまで「夏休みのハリー・ポッター情報」をご丁寧に教えてくれるものだから、ショーンはすっかりハリー・ポッターに詳しくなっていた。一度も話したことがないのに、だ。

 

 メンタリストという職業――正確には職業ではないが――があるが、もしハリー・ポッターと話す機会が出来たら、それを偽ってやるのも面白いかもしれない。

 貴方の好物は……アップルパイ? ニシンのパイ? ああ、何も仰らないで! もう分かりましたから、答えは糖蜜パイでしょう?

 馬鹿馬鹿しい。

 まだウィーズリーの双子が仕掛けるイタズラの方が有意義だ。

 

 そんな事を考えながら、グラウンドに向かう。

 今日は待ちに待った飛行術の授業、その初日なのだ。

 魔法界生まれの級友が、どれだけ自分が箒に乗るのが上手いか自慢するたびに、ショーンはこの日に恋い焦がれる様になった。

 更に嬉しいことに、この授業はレイブンクローと合同なのだ。去年まではスリザリンと合同だったらしいのだが、一つ上の先輩が大怪我をした為、スリザリンとは別の日に行った方が良いということになったらしい。

 ハリーの事もロックハートの事も話さないルーナは、この上ない癒しだった。尤も、マトモな話をしているかと聞かれると、それもまたちょっと疑問なのだが。

 

「ねえ、知ってる? ハリー・ポッターは最初の飛行術の授業で、とびっきりの飛行を見せたんだ! その時偶々通りかかったマグゴナガル先生に見初められて、シーカーになったんだよ!」

「コリン、知ってるか? 今日でその話題十二回目だ。しかも、ジニーも八回くらいその話をしてる」

「ああ、僕がその場にいたらな。絶対にベストアングルで写真を撮ったのに! でも、チャンスが無くなったわけじゃない。今度のクィディッチの試合で、最高の写真を撮ってみせるよ」

「……ルーナ、君が意味不明な会話をしてる時、大体こんな感じだ。よく見ておいてくれ」

 

 馬鹿話をしていると、飛行術の教師であるマダム・フーチがやって来た。

 箒から落ちない杖の持ち方と、股を痛めない乗り方を教えてくれた。それから、突然箒が飛び上がっても決して慌てないこと、と口を酸っぱくして言った。どうやら、過去に良くないことがあったらしい。

 

「さあそれでは、箒に向かって上がれ! と言ってください」

「上がれ!」

 

 ショーンが上がれと言った瞬間、箒の柄の部分が額を叩いた。額を抑えてその場にうずくまる。

 

「ショーン、もっと柔らかく言うんだ。急に命令口調で怒鳴られたら、君だって反抗したくなるだろう?」

 

 幽霊の中で最も箒に乗るのが上手いゴドリックがアドバイスをしてくれた。

 言われてみれば、確かにその通りだ。

 ショーンは怒りを鎮め、「大丈夫ですか?」と寄ってくるロウェナを脇に置き、勤めて優しい口調で箒に上がってくれと言った。

 箒はコロコロの地面を転がるだけで、一センチとだって宙に浮きやしない。それを見て一言、

 

「経験で分かる。こいつは不良品だ」

「この箒がボロな事は否定しないけど、悪いのは君だ」

 

 悔しいが、ゴドリックが言うのならそうなのだろう。

 気を持ち直して、再び「上がれ!」と言う。即座に額を叩かれた。さっきよりも強い力で、だ。

 

「痛っ! クソが!」

 

 悪態をつきながら、箒を蹴っ飛ばす。すると箒は一人でに浮かび上がり、プロ野球選手の様なスウィングでショーンの額をかっ飛ばした。

 こうなっては意地だ。

 ショーンは杖を取り出し、箒に向かって習ったばかりの『浮遊呪文』を放つ。

 向こうが大人しく浮かばないのなら、俺が魔法で浮かせてやる!

 反対に箒は、意地でも浮かんでやるか! と地面の中にもぐりこもうとした。

 

「何やってるのよ……」

 

 呆れた顔でジニーが見てくる。

 ――!?

 驚くべきことに、ジニーの手には箒が握られていた!

 いや、ジニーだけではない。ルーナもだ! というか、ショーン以外の全員が箒を手にしていた。コリンだけは箒に脛を叩かれ続けていたが、彼は己のプライドと相談した結果除外する事にした。

 

「ああ、違う! そうじゃないったら! どうして箒と決闘するハメになるんだ!」

「分かる、分かるぞショーン。私にはお前の気持ちが良く分かる」

「若い頃のサラザールも、よくああして無様にケンカしてましたからね」

「……あたかも自分は乗れたみたいにお話してますけど、ロウェナが一番箒に乗れていませんでしたからね? お、降ろして下さい誰か! とか泣きながら仰ってましたよ、貴女」

「ギャー! 何でその事ショーンの前で言うんですか! 私のクールで知的なイメージが崩れちゃうでしょう!」

「……知的でクールな女性は「ギャー!」と叫ばないと思いますよ」

 

 一発で見事なアクロバット飛行を披露したゴドリック。

 箒と取っ組み合いのケンカをし始めたサラザール。

 運動神経ゼロという事を見事に証明してみせたロウェナ。

 何故か箒が勝手に気を遣って飛んでくれたヘルガ。

 ホグワーツの歴史には載せられない過去だ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 思いがけず最悪な授業となった飛行術だが、次の闇の魔術に対する防衛術に比べればマシかもしれない。

 最初の頃はまだ良かった。

 ギルデロイ・ロックハートについてのミニテスト――ハリー・ポッターについてのテストだったら満点を取れるとショーンは思った――は別として、その後に行ったピクシー妖精との戦いは最高にスリリングだった。

 しかしその後は、ギルデロイ・ロックハートの為のギルデロイ・ロックハート劇場が始まった。

 

 先ずはギルデロイ・ロックハートの小説を開く。

 本の中ではギルデロイ・ロックハートが満面の笑みを浮かべている。

 次に前を向く。

 ギルデロイ・ロックハートが満面の笑みを浮かべている。

 ショーンは満面の無表情を浮かべた。

 そして彼は言った。自分の様な勇敢な魔法戦士になるには、お勉強だけでなく、実戦同様の訓練が大事だ、と。

 ショーンもその通りだと思った。血気盛んなグリフィンドールの一年生達も、何が始まるのかとワクワクしている。

 そして始まったのは……劇だ。

 ギルデロイ・ロックハートの小説を元にしての劇。しかも生徒がやらされるのは冴えないトロールだとか、間抜けな吸血鬼の役ばかりだ。肝心の主役は、ギルデロイ・ロックハートその人が演じている。

 

「教師を馬鹿にしてます! 教師というのは、学びたいと願う若者に叡智を授ける者です! (まかり)り間違っても、自分の自己顕示欲を満たす為のモノではありません!」

 

 多くの生徒が不満を口にしていたが、その中でもロウェナの怒り様と言ったら凄まじかった。

 どうやら、ロウェナは教師という職業に何かこだわりがあるらしい。

 普段どこか抜けてるイメージのある彼女だが、この時ばかりは彼女もまた偉大なる創設者なのだと思い知らされた。

 

 それからもう一つ驚いた事として、ロウェナ・レイブンクローはショーンが思っていたよりずっと偉大な人物だった、という事がある。

 闇の魔術に関する本でサラザール・スリザリンの名前を見たり、英雄譚でゴドリック・グリフィンドールの名前を見たり、薬草学の便覧でヘルガ・ハッフルパフの名前を見る事は、実に多かった。

 しかし、ロウェナ・レイブンクローの名前を見た数は、ちょっと比較にならないほど多い。

 ロウェナ・レイブンクローの研究を元に……

 ロウェナ・レイブンクローの論文によれば……

 ロウェナ・レイブンクローの言葉から引用すると……

 教科や分野を問わず――料理とクィディッチに関するモノは除くが――ロウェナの名前はいたる所に掲載されていた。しかも古い本だけでなく、最新の研究にも彼女の理論が使われているというのだから驚きだ。

 

 彼女がただの調子に乗り易い間抜けな女ではないことを、ショーンは11年経ってようやく理解した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ある朝の事である。

 胃を若さで黙らせて、朝からステーキを食べているショーンの元に手紙が届いた。

 隣に座るジニーが何の手紙? と聞いてきたが「歯磨き粉のフレーバー一覧だよ。イチゴとメロンは失敗だったな……」と言って誤魔化した。

 この手紙に書かれていることは、ショーンがここ数週間を費やして練った計画、その最終段階を記すモノなのだ。いつか明かしてもいいかもしれないが、今はまだ“彼”と自分、ただ二人――勿論、幽霊達は除く。何故なら彼らは人ではないからだ――の秘密に留めておきたい。

 

『喜べ! 昨日、ついに奴が罠にかかった。奴も賢かったが、俺とお前さんの方が賢かったわけだ。もう準備は済んでる、今日の五時にでも来いよ』

 

 ショーンは手紙を読み終えると、直ぐにビリビリに破いて捨てた。

 

 いつもの如くスネイプに減点され、マグゴナガル教授の複雑な板書を写し、薬草学で土まみれになり――遂に約束の時間が来た。

 普段ならこの後、ルーナとジニーと三人で話をしたり、ボードゲームをするのだが、今日は違う。

 ショーンは駆け足でホグワーツ城を抜け、少し外れた所にある小屋へと向かった。

 

「やあ、ハグリッド!」

「よく来たな、ショーン! 来るころだろうと思っとったぞ」

 

 出迎えたのはホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッドである。

 手には大きな鹿肉がぶら下がっていた。手紙によると、今日獲れたての代物だ。

 二人は固い握手を交わすと、直ぐに準備に取り掛かった。

 先ず石を円型に並べ、簡単なカマドを作る。その中に藁を敷き詰め、上に枯れ枝、その上に枯れ木と置いていく。最後に湖から持って来た平たく大きな石を置けば……完成だ。

 

「さあ、見せてくれや」

「勿論! 魔法薬学はトロール並みだけど、こっちにはちょっと自信があるんだ。――インセンディオ!」

 

 杖の先から、火になった魔力が放たれる。

 それは見事に藁を射抜き、カマドに火を灯した。

 

「綺麗な火だ」

「だろう?」

「ああ、大したもんだ。これなら美味い肉が焼けるだろう。しかしお前さんも変わっちょるな、石焼の鹿肉が食べたいなんて」

「俺からしたら、ハグリッドの方が変わってるよ。こんなに新鮮な食材が採れるんだ、もっとグルメになるべきだよ」

 

  そう、ショーンが企んでいたこと、それは新鮮な鹿肉の石焼ステーキだ。

 ちょっとした事件があり、ハグリッドと仲良くなったショーンは、ハグリッドの生活ぶりを聞いて今回の作戦を思いついた。

 ステーキの石焼は前に一度やろうとした事があるのだが、いざ探してみると肉をしけるほどの大きい平石は中々見つからず、また外で火を扱える場所も少なかった。

 そこへ来て、ハグリッドの小屋の前は完璧な立地だった。

 オマケに、ハグリッドは食べる物を自分で獲って食べているという。つまり、養殖じゃない、本物のジビエだ。これはもう石焼をするしかないだろう。

 ハグリッドに計画を話すと、快く承諾してくれた。

 ハグリッドは森で美味そうな鹿を狩り、ショーンは火をつける魔法を習得する事にした。

 この話を聞いたゴドリックが大笑いしながら稽古をつけてくれたため、ショーンは直ぐにこの呪文を覚えた。調理方法は呆れながらも教えてくれたヘルガ直伝だ。

 

 熱された石の上に鹿肉を乗せると、パチパチと油が音を立ててはね出した。気化した油が二人の鼻孔をくすぐる。

 ある程度したら一度ひっくり返す。いい焼き目がついている。

 どうせ使い捨ての鉄板(拾った石)だ。後片付けを考える事なく、たっぷりと山羊のチーズをかける。ついでに、マッシュルームもチーズに絡めて焼いた。

 

「なあハグリッド。そろそろいいんじゃないか?」

「うん。俺はもう待てん」

 

 ハグリッドが巨大な口の中に、鹿肉のステーキを放り込んだ。

 直ぐにショーンも続く。

 牛肉よりも噛み応えがある。赤身を更に赤くした感じだろうか……ショーンは豚や牛といった家畜よりも、鴨や鹿といったジビエの方が好きだった。

 

「うん、うん。美味いな」

「たぁーんと焼こう。まだまだ沢山あるからな」

 

 直ぐに平らげて、次を焼く。何せ鹿一頭分あるのだ、いかに二人が大食いとはいえ、一日で食べ切れるような量じゃない。

 しかしそれでも半分以上食べたというのだから驚きだ。どうやら美味い物を食べるときは、胃が大きくなる魔法がかかっているらしい。

 

「そういえば、もう明日はハロウィーンだな。お前さんは肉ばかり食っちょるが、かぼちゃはどうなんだ」

「好きだよ。ああ、でもハロウィーンとなると、絶対コリンがうるさいだろうな……。何かイベントがある度に写真を撮るんだ。それも一枚や二枚じゃない」

「それじゃあ、そのコリンとやらにはこの光景は見せない方がいいかもしれんな」

 

 ハグリッドが指差す先、大きなかぼちゃ畑に生えた超巨大なかぼちゃは、どれもハロウィーン仕様になっていた。

 ジャック・オー・ランタンの形に掘られたかぼちゃの口の中で、蝋燭がぼんやりとした灯りを放っている。

 これほど綺麗な光景は、普通に暮らしていたのでは一生見ることが出来ないだろう。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ハロウィーンパーティーが終盤に差し掛かった頃、ショーンは一人トイレに行っていた。

 そしてその帰り道、ロウェナがジトっとした目で語りかけて来た。

 

「ショーン、貴方来る前はあーだこーだ言ってたのに、いざホグワーツに来たら満喫しきってるじゃないですか」

「うっ……」

 

 ショーンはギクリとした。

 思い当たりが多すぎたからだ。

 今だって、ハロウィーンの宴用の仮装をしている。いや、違うんだ! これはウィーズリーの双子に誘われたから……! という言い訳は出来ない。

 何故ならロウェナには知られてしまっているのだ。

 最初こそ誘われたから、という形だったものの、計画を立てているうちに楽しくなってしまい、最後にはノリノリになっていたことを。

 

「学業ばかりに専念しろ、とは言いませんわ。多感な時期ですから、ハメを外す事の楽しさと、それに伴う後悔も学ぶべきでしょう。ですがショーン、その比重がおかしくはなっていませんか? ギルデロイ・ロックハートのような善ではない者に傾いてはいませんか? もう一度、よくお考えなさい」

 

 ヘルガの言葉は、鋭くショーンの胸に突き刺さった。

 確かに最近勉強時間より遊ぶ時間が増えたし、闇の魔術に対する防衛術については何も学んでいなかった。ルーナは独学で学んでいるのに、だ。

 

「……ショーンよ、お前の気持ちも分かる。同世代の友人が今まで少なかったからな。楽しいのだろう? しかし、時には先のことを考えて行動しなければならん。もっと狡猾であれ」

「――そうだな。うん、その通りだ。最近の俺、ちょっと浮かれてた」

「自分の非を認めるのはそうできる事じゃない。それが出来ている内は大丈夫さ。さあ、宴に戻ろう。ちょっと湿っぽくなっちゃったけど、今日くらいは楽しむべきだ」

 

 何故このタイミングで言ったのか。ショーンには幽霊達の意図が分かった。

 いかにパーティーとは言え、ハメを外し過ぎるな……と言いたかったのだろう。確かに今のままでは、取り返しのつかない事をしてしまっていたかもしれない。本当はもっと早くに言いたかったに違いない、しかしせっかくのパーティーだからと終盤まで待ってくれたのだ。

 ショーンは四人に深く感謝しながら、大広間へと戻ろうとし――そして、出会った。

 

『秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ、気をつけよ』

 

 血塗られた壁と、松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている、ミセス・ノリス。

 そしてそれを見上げる――ハリー・ポッターに。












キングクリムゾンッ!
“魔法薬学”、“変身術”、“妖精の呪文学”の授業風景を飛ばした……
授業を受けたという“結果”だけが残る……

ここまで読んでいただきありがとうございます。
真面目な話、その辺りの授業風景は書いても特に面白くないモノになっていたので、飛ばしちゃいました。
作中ショーンが自分で言っていた通り、今のショーンはあまり勉強する気がありません。その上、マグル生まれなので魔法に関する知識もないです。
なのでよくあるスネイプの意地悪問題に颯爽と答えたり、一発で変身呪文を成功させたりと言った事はありません。普通にその辺の人と変わらないです。
詳しく言うなら、魔法薬学が苦手、変身術はちょっと得意、くらいです。

【お詫び】
その類稀な特性上、ほぼ全てのハリポタ二次創作に登場する「ハンナ・アボット」がこのSSには登場していないとのご指摘がありました。
魔法省はこれを重く受け止め、シリウス・ブラックの刑期を大幅に伸ばすことに決定いたしました。
改めて、深くお詫び申し上げます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。