ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第1話 ショーン・ハーツは四人の幽霊に取り憑かれていた

「ショーンの出生を解き明かす最初の鍵は……そうだね、ステーキだ」

「ステーキ?」

 

 確かにステーキとショーンには密接な関係がある。

 しかしそれは産まれてからの話であって、産まれる前は関係がないはずだ。

 

「いつからだい。君の好物がステーキになったのは」

「いつだって? そりゃあ……」

 

 言葉に詰まった。

 簡単に出てくると思ったのに、自分がいつからステーキが好きだったのか分からない。

 昔好物の一つとして上げたチーズフォンデュは、チャリティ・パーティーの時食べて以来好きになったと、はっきり思い出せるのに。

 

 そもそも孤児院に入る前、ハーツ家にいた時から、ショーンはステーキが好物だった。

 両親が菜食主義のせいで食卓に並ぶのはいつも野菜ばかり。ステーキが食べたいなあ、なんて思っていたことが、おぼろ気にだが思い出せる。

 つまりその時から既に、好物はステーキだったのだ。

 しかしあの菜食主義の家で、いつ初めてステーキを食べたのかは思い出せなかった。

 

「違和感を覚えたかい? その違和感こそ、第一歩だ」

 

 この先に、本当に進んでいいんだろうか。

 ショーンは嫌な予感がした。

 

「次の勘違いは、一年生の時だ。君がバジリスクと戦った時、途中から僕が君の身体に乗り移って戦った。あの時の力は、全部僕の力だと勘違いしたんじゃないかな」

「そう、じゃないのか……?」

「違う。身体こそ操作していたけど、僕の力じゃない。あれは僕が君の潜在能力を引き出しただけだ。だから二年生の時、君は僕らを頼っても守護霊の呪文が使えなかった。君の潜在能力をいくら引き出したとしても、守護霊の呪文は使えないからね」

 

 確かに言われてみれば、誰もあの時のことを詳しく説明してくれた人はいなかった。

 ショーンが勝手に解釈して、勘違いしただけ。

 しかし自分の潜在能力を全部引き出したとしても、ゴドリックの様な動きが出来るとは到底思えなかった。

 その理屈なら二年生の時、ベラトリックスを動物もどきにしたのもショーン本来の力という事になるが、それも怪しい。

 

 また一つ、ショーンの中で嫌な考えが浮かんだ。

 

「君は時折夢を見るね。普通の夢ではない、僕らの過去に関する夢を」

 

 たしかに昔からショーンは不思議な夢を見た。

 不思議な、というよりは誰かの記憶だ。

 それは例えば、まだ幼い蛇だった頃のサラザールが人間になる所だったり、ゴドリックとサラザールが言い争いの果てに決別する所だったり、ヘルガが誰かと言い争いをするところだったり。

 単なる夢と言い切るにはあまりにもリアルな夢。

 ショーンはずっと、創設者達の記憶を見ているのだと思っていた。しかし、ゴドリックがそれは違うと否定する。

 違うのなら、あの夢はなんなのか。

 まさか単なる夢だったとでも言うのか。

 ショーンには答えが分からなかった。

 

「ヒントを上げよう。

 歴史の教科書には載ってないだろうけど、僕とサラザールが決別した時、その場にはもう一人いた。

 それとサラザールを人に変えたのも僕じゃないし、万物の声を聞く力を持っていたのも別の人物だよ。そもそも僕とサラザールが出会ったのは、もっと後のことだ」

 

 サラザールとゴドリックが言い争っているときは少し離れたところで二人を見つめていた。

 サラザールがまだ蛇だった頃の夢を見たときは、誰かの中に入って語りかけていた。

 三人称視点と、一人称視点の夢を見た。

 当時はそう思った。

 ……いや、今までそうだと思い込んでいた。

 だけどそれがもし、同じ人物の一人称視点だとすれば……。

 

 ――夢とは。

 記憶の整理作業だという説がある。

 いつか聞いた話だ。

 

 あの夢はゴドリック達の記憶ではなかった。

 ショーンが忘れてしまった記憶を思い出すために、身体が無意識に見せたものだとすれば……。

 

「君が過去に行った時聞かされた通り、僕ら五人の創設者の中には裏切り者がいた。僕らはみんな、彼が大好きだった。ユーモアがあって、チャーミングな彼を、愛していたんだ。そんな彼を、誰も疑いはしなかった」

 

 ――ヘルガ・ハッフルパフを除いて。

 ゴドリックの言葉はそう続いた。

 ヘルガ・ハッフルパフは全てを愛す。

 故に、彼女の前では全てが平等である。

 

「自分が好きな人間がやることは好意的に解釈してしまうものだ。例え悪いことをしても信じられない。まさかあの人がそんなことをするはずがない……ってね。

 だけどヘルガは敵も味方もみんな愛してる。だから事実をありのまま受け止められた。

 だからヘルガただ一人が彼が裏切り者だと気づけたんだ。

 ヘルガは彼に歩み寄ろうとした。こんなことは止めようと諭そうとしたんだね。だけど裏切りがバレると彼は躊躇なくヘルガを殺した。

 ……例え裏切り者だったとしても、ヘルガは彼を愛していた。

 どうして自分が殺されたのか、最後までヘルガには理解出来なかっただろうね」

 

 記憶の端でヘルガが悲しげに目を伏せた。

 慰めてやりたいと思った。

 しかし身体は震えるばかりでまったくと言っていいほど動かなかった。

 

「次はロウェナだった。

 オブスキュラスを知ってるかな? 魔力が多く、それを発散出来ない子に出る症状だよ。力が暴走したり、情緒が不安定になるんだ。

 ロウェナはそれに近かった。産まれ持った魔力が多過ぎるせいで、脳の一部――感情を司る部分が極端に弱かったんだ。

 愛を知りたがっていたロウェナはその事をとても悩んでいた。そんなとき、彼に話しかけられた。

 “自分と子供を作ろう。その子供に自身の魔力をほんの少し分け与えれば、きっと感情が戻ってくる。”

 そんな様な事を言われたらしい」

 

 1000年前の落ち着いたロウェナと、

 今の騒がしいロウェナがショーンの中で重なった。

 

「だがそれは罠だった。当時最も強力な魔女だったロウェナは子供と引き換えに魔力のほとんどを失ってしまった。

 しかし彼女の目的それ自体は果たされた。

 感情を、愛を知る事が出来たんだ。

 だけど悲しいかな。愛を知ったせいで彼と自分の間に本当の愛などなかったことに気がついてしまったんだね。

 ロウェナは彼がヘルガを殺した犯人だと悟ったが、その頃には彼はもう姿を消していた。

 娘のヘレナは父親の言葉に唆され、ロウェナを裏切った。

 皮肉な事に、愛を知った彼女の元から、愛する者達がいなくなってしまったことになる。

 失意の中で、彼にかけられた呪いのせいでロウェナが死んだ」

 

 何処かからよく知った嗚咽が聞こえた気がした。

 いま耳を塞ぐことが出来るのなら、何を犠牲にしてでもそうしたいとショーンは思った。

 

「サラザールと彼は親友だった。

 ただの蛇だった自分を人に変えてくれた彼を、サラザールは崇拝さえしていたと思う。

 実際のところ、彼もサラザールを気に入っていた。自分の陣営に引き込めると考えていたんだろうね。

 彼はサラザールにヘルガとロウェナを殺したのは僕だと思うように仕向けた。

 元々僕とサラザールの仲は複雑だ。

 決定的な証拠はなくとも関係は直ぐに悪化した。

 後は教科書にある通りさ。僕とサラザールは決闘した。そして僕が勝ち、サラザールが去った」

 

 そうしてゴドリック一人になった。

 

「最後に、僕。

 つまりゴドリック・グリフィンドールの話だ。

 彼が裏切り者であることに気がついた僕は彼を殺しに行った。

 ここまでくれば分かると思うけど、彼の正体こそあらゆる闇の主人、初代『闇の帝王』だ。

 彼は思ったより強くてね。

 人生で初めて負けそうになったよ。

 あと少しで死ぬって時にサラザールの馬鹿が助けに来てくれた。僕はヘソを曲げていたのに、あの傲慢でキザったらしい仲間想いの大馬鹿野郎はずっと僕を見守ってくれていたんだね」

 

 昔を慈しむように、ゴドリックは笑った。

 

 ずっと疑問だった。

 歴史によれば、ゴドリックとサラザールは不仲なまま生涯を終えたはずだ。

 それなのに目の前の二人は仲が良かった。

 歴史にも記されなかった戦いの中。最後の最後で、二人は友に戻ったのだろう。

 

「僕とサラザールは共に戦い、最後には闇の帝王と相討ちになった。

 だけど、そう。

 闇の帝王は真なる不死だ。今殺したとしてもほんの100年後には蘇ってしまう。

 そこで僕達は考えた」

 

 一息。

 

「僕らは彼に、闇の帝王に、ウィリアム・ハーツに呪文をかけた。

 己の命を引き換えにその者からあらゆる力を奪う呪文を、ね」

 

 その魔法はある意味ではリリー・ポッターがハリーにかけた呪文に近い。

 自分の命を引き換えに究極の護りを授ける失われた古代の呪文。

 その逆だ。

 

 失われた古代魔法は、何故失われたのか。

 古代魔法について記された本が消えた?

 長い歴史の中で語り手が途絶えた?

 ――否。

 意図して消されたのだ。

 誰かが間違って彼にかけられた『呪い』を解かないように。

 

 また同じようにもう一人の創設者。裏切り者のウィリアムの存在もまた消されたのだろう。

 誰かが刺激しないように。

 だから一部の純血を除いて彼の存在を知らなかった。

 

 極端に朝に弱いこと。

 吸魂鬼に好かれること。

 闇の魔法使いに好意的に思われること。

 レアのステーキが好きなこと。

 ヴォルデモートの言っていたこと。

 幼く精神が不安定だったとき魔法力が強かったこと。

 色んなことがショーンの頭に浮かんでは消えた。

 

「しかしウィリアムの力は強く、魂だけという不完全な形ではあるものの、転生を成し遂げた。

 転生先はどこにでもいる普通の少年だった。

 そしてウィリアムの魂と共に僕らもまた現界した。これは予想外だったけどね。

 それがつい17年前のことだ。

 ここまで言えば分かるだろう?」

「ああ、ゴドリック。その先は言わなくていい。

 理解した……。

 理解したよ、全部」

 

 どうしてショーンには幽霊達の声が聞こえて他の人には聞こえなかったのか?

 それはショーンにだけ『万物の声を聞く』力があったから。

 例え呪いであろうと声を聞くことができたのだ。

 どうして吸魂鬼はショーンにだけ襲い掛からないのか?

 それはショーンが彼らの王だから。

 どうしてベラトリックスはショーンに好意的だったのか?

 名高い純血の彼女は知っていたのだ、真の闇の帝王が復活することを。

 どうしてショーンには幽霊がとりついていたのか?

 それは必然だったから。

 今なら全てに答えが出せる。

 

「俺はウィリアム・ハーツの生まれ変わりだ」

 

 逆だった。

 全てが、逆だったのだ。

 前提から間違えていた。

 

 バジリスクを倒した時、ベラトリックスに魔法をかけた時。

 彼らはショーンに手を貸していたのではない。

 『呪い』をほんの少し緩めて、ショーン本来の力を解放しただけに過ぎない。

 

 彼らの根本さえ間違えていた。

 幽霊達の過去も今も、ショーンは知ったつもりになっていた。

 しかし大事なことは何一つ知ってはいなかったのだ。

 

 ああ、なんでこんな簡単な事に気がつかなかったのだろうか。

 ショーンは彼らを守護霊のような存在だと思っていた。

 守ってくれていると思っていた。

 しかしそれならどうして幽霊を見た人達はみんな「取り憑かれている」と言ったのか。彼らが守護霊なら「護られている」と言ったはずなのに。

 ――幽霊達を見た者は全員「取り憑かれている」と言った。

 彼らがショーンを護っている存在だと、誰が言ったのか。

 

 思えば彼らがショーンに取り憑いているのは必然だったのだろう。

 何故ならショーンは――否、ウィリアムは。

 自分達を殺した憎っくき相手なのだから。

 ――悪霊。

 彼らを表すのならこの一言が正しい。

 

 なんて茶番劇だったのだろう。

 いっそ喜劇的だ。

 自分が信じていた物は全て嘘で、人生は間違いだらけで、自分だと思っていた心さえ紛い物だった。

 ショーン・ハーツなんて人間は初めからいなかったのだ。

 優しい幽霊達もいなかった。

 そこには悍ましい闇の生き物と復讐者がいるだけだったのだ。

 

「君にかかっている『呪い』の正体、それは僕ら自身のことだ」

 

 ショーン・ハーツは四人の幽霊に取り憑かれていた。

 それぞれ名前をゴドリック・グリフィンドール、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリン、ヘルガ・ハッフルパフという。






あらすじ回収。

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