フラーの視界の端で、花瓶に刺した植物が枯れ始めていた。
床が腐り、窓が震える。
ショーンの中の『闇の帝王』が漏れ出してるのを、フラーは痛いほど感じていた。
「ダメよ! 落ち着いてショーン――」
「ならぬ。むしろこれでよいのじゃ」
「なにを!?」
ダンブルドアはショーンを真正面から見据えた。
「それでいい。ショーン、怒るのじゃ。お主の中の才能、『闇の帝王』の力と言ってもいい。それを使うのじゃ。このローブには魔法の痕跡が一切ない。わしでも何も見出せぬ。しかし、お主の『万物の声を聞く』力ならば、ミス・ラブグッドの居場所を聞き出せるやもしれん」
他方、とダンブルドアは告げた。
「呪いを撒き散らしてはならん。でなければミス・デラクールは死んでしまうじゃろうて。ついでにわしもな。それこそがヴォルデモートの狙いなのじゃ。暴走したお主に、わしらを殺させるつもりなのじゃろう。お主は誰よりもそれを嫌悪する、違うかな」
フラーは息苦しくなるのを感じていた。
おそらく、『空気』が死んでいるのだ。これがショーンの力、本来死ぬはずのないものにまで死をもたらす力。
少し離れたところいるフラーでさえ苦しいのに、ダンブルドアはショーンを真正面から見据えていた。二人の関係は教師と生徒、師匠と弟子――というよりも友達同士の様だった。少なくともフラーにはそう見えた。
そしてショーンに必要だったのは正にそれだった。
親しい人間の存在が彼を闇の中から救い出してくれるのだ。
「……昔にルーナが言っていたよ」
やがてショーンが口を開いた。
疲れてるようだけれど、理性を失ってはいないようだった。その証拠に周りの呪いが幾ばくか薄れているようだった。
「何かを受け継ぐと言うことは、『良いこと』と『悪いこと』両方を受け継ぐことだと。
どちらかいいとこどりは出来ない。
俺の中の力は破壊の力で周りの人を傷つけてしまうかもしれない。けれど敵を倒して味方を助ける力にもなる。
頭ではわかってたけどな」
空気が完全に澄んでいくのをフラーは感じた。
しかしフラーの中の『ヴィーラの力』は、いまだにショーンの中の『闇の帝王』の力を感じている。
これはつまり、彼が自分の中の『闇の帝王』を完全に制御していると言う証拠だった。
「ルーナは……友達なんだ。
俺の秘密を唯一知ってる友達で、しかも秘密を守ってくれた恩人だ。
そりゃあジニーとの方がバカは出来たし、コリンとの方が長く一緒にいたかもしれないけど、一緒にいて安らげるのはルーナだったんだよ。
ルーナは何も知らないようで、でも実は大人びた考え方をしてた。俺はその考え方を理解はしても納得はできなくて……でも今わかった。少なくとも、セブルスに「わかったのか?」って聞かれて「もちろんわかったさ」って言ってる時よりはわかったよ」
フラーはショーンの状態を深く理解していた。
フラーがヴィーラの力を受け入れ、制御できたのはフラーの欲望とヴィーラの特性が近いところにあったからだ。つまり、「綺麗になりたい」とか「男を支配したい」というフラーの欲望を満たすのに、ヴィーラの力が必要だと感じたのだ。
反対に、ショーンは大抵のことを自分の力でどうにかして来た。闇の帝王の力を必要としたことはないし、力が発動した時は不幸な目にしかあっていない。だから闇の帝王の力を使うことができなかったのだ。
けれども初めて、自分の力ではどうしようもできない問題に直面した。
そしてそれは、闇の帝王の力を使えば簡単に解決できる問題でもある。それだからショーンは、今、闇の帝王の力を受け入れ、制御できるようになったのだ。
「(……妬けるわね)」
フラーが知っているのはトライ・ウィザード・トーナメントの時の一年間だけだけれども、それでも十分にショーンがどんな人間かはわかってるつもりだった。
“あの”ショーンが、嫌悪する闇の帝王の力に縋り付いてでも助けたい少女――ルーナ・ラブグッド。
そして更に、闇の帝王の力を制御できたのは、ルーナが昔に言ったことがあるからだとショーンは言う。
それほどの友情を彼は私に感じてくれているかしら?
きっと違うだろう、とフラーは思った。
「助けに行ってくる」
ボロボロのローブ共に、ショーンは駆け出した。
その速度は人間離れしていて――あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
◇
「うむ。これで一件落着……といけばよかったんじゃがのう」
「……ええ、そうね」
「ミス・デラクール。わしを許してほしい。今からお主にすることは、ああ、本当に身が張り裂けそうじゃ」
ダンブルドアと向き合う。
フラーにはこの後、何が起きるかなんとなく予想がついていた。
「ショーンが暴走した後、わしはあの子の保護に向かった。そこでわしは、フランス魔法省の精鋭達と相対することとなったのじゃ。彼らはショーンの中の『闇の帝王』を知っておった」
フランス魔法省では誰もが知っている物語がある。
かつて、1000年前。
フランス魔法界を総ていた女王がいた。
しかし国は滅んでしまう。
10頭ものドラゴンに襲われたからだ。
そして女王が死ぬという正にその直前――英雄ゴドリック・グリフィンドールが駆けつけ、ドラゴン達を全て斬り伏せ、女王を助けたという逸話だ。
英雄ゴドリック・グリフィンドールは金銀財宝には目もくれず、他の見返りも一切求めなかったと言われている。
女王はそんなゴドリックに深く感謝し、それ以来、フランス魔法界は実はイギリス以上にゴドリックを崇拝していた。
そんなゴドリック・グリフィンドールを殺した『闇の帝王』をフランス魔法界は決して許さない。
「わしは……わしは、フランス魔法省に提案をした。必ずや『闇の帝王』をどうにかしてみせると。代わりに、ショーンを鍛え上げた後、わしはフランスに身を隠させてもらった。ヴォルデモートもまさか他国の魔法省中枢にわしが匿われてるとは予想できまいて。
しかし、問題が起きた。
『闇の帝王』を絶対に滅する――そう誓ったはずのフランス魔法界から裏切り者が出た。あろうことか彼女は、自分の経験を伝え、闇の帝王を呼び覚まそうとしておる、と」
「もう分かりました。全て言わなくて結構。
私を殺せ、と言われたのでしょう」
ダンブルドアは項垂れた。
正に、沈黙は肯定だった。
ホグワーツにいれば、フランス魔法省は手を出さない。
だからもしフラーを始末しに来るのなら、それはホグワーツ関係者の誰かを利用してだと予想はしていた。
それがまさか校長本人だとは思わなかったが、いつかこんな瞬間が訪れるだろうと覚悟はしていた。
しかしそれだけに、フラーは怒りを覚えた。
「ダンブルドア、あなたは賢い愚か者です。
私を殺すだけなら、あなたならばもっと早くできたでしょう。けれどショーンの力の制御に私が使えると思い、ある程度まで野放しにしていた。違いますか?」
「全てその通りじゃ」
「そして今、役目を終えたこの瞬間に殺すのがベストだと判断した。今ならショーンの邪魔も入らないでしょうしね。その結果あなたは損することなく、フランス魔法省に恩を売れる。この後のことを考えれば国外に味方は多い方がいいでしょうね」
「ああ、まったくもって、全てその通りじゃよ」
「だからあなたは愚かな賢者なのです」
フラーは言った。
「元より、私はここに来た以上は死ぬ覚悟できました。
最初から私に全てを打ち明け、協力するように言えばいい。そしたら私はこんな酒場でこっそり死ぬよりも、もっと劇的で効果的な死に方をしてあげましたとも。
利益だけみればあなたは完璧な計算をしたのでしょう。
……ですが、それでは正解は出せても誰もついてきません。
ショーンとあなたの違いはそこです。人の気持ちを考える、あるいは計算に組み込むことが出来ていない。いいえ、あなたは意図的にそれを避けている節さえある。あなたはその一点においては、私が見た誰よりも愚かです」
「正に、その通りじゃ。なぜ炎のゴブレットがお主を選んだのか、その本当の意味をわしは今まで知らなんだのかもしれん。マクシームがどうやってお主のような生徒を育てたのか、ぜひ聞いてみたいものじゃ」
「あなたは何もわかってませんね。子供は勝手に育つものよ。そうやって教師の手柄だと思ってるのは教師だけということにどうして気づきませんか?
それにそういう意味では、ショーンをどうやってああいうふうに育てたのか、誰もが聞きたいでしょう。もちろん、反面教師的な意味もあるけれど」
ダンブルドアは自分のひたいをペシリと叩いた。
「しかしひとつ分からんの。なぜ、お主はそこまでショーンのためにするのじゃ。仲が良い友人なのは知っておったが、命を賭けるほどとは思わなんだ。いや……まさか………」
ダンブルドアが小指をたてた。
フラーはうんざりするような顔をした。
「私は動物園に行くのは好きだけど、動物を飼いたいとは思わないわ」
「おお、なるほど」
「さて。ショーンがそろそろ戻って来るでしょうから、やるならさっさと済ませない。私の死体は隠して、急遽フランスに帰ったとでも言っておいて」
「……わしを許してほしいとは言えぬ。むしろ存分に恨んでほしいと思うておる」
「言われなくてもそうするわ」
フラーは杖を置き、両手を広げた。
ダンブルドアが杖を構える。
家族のこと……妹のことはきっとダンブルドアが何とかしてくれるだろう。フラーはそう思った。最後に想い出にひたり、少しだけ後悔をして、ダンブルドアから放たれる呪文を受け入れた。
――――衝撃で身体が飛ぶ。
そして、それだけだった。
なんの怪我もせずに、ただ少し驚いただけ。
「もう、よいかな?」
「……ええ」
空間から、ひとりの男が出て来る。
見覚えがある。確か、フランス魔法省の闇祓いだ。
「ミス・デラクールは国に反逆したわけではない。友を助けようとしただけじゃ。友を助けたのち、逃亡することやショーンの庇護に入ることも出来たじゃろうて。しかしそうはせなんだ。これ以上は国に逆らえぬと死を選ぶ気高い精神を見せた。わしはそう思っておるが、見解に相違はあらぬな?」
「間違いなくそうでしょう。ついでに今世紀最高の魔法使いと呼ばれるあなたに説教をする知性までみせた」
「おっと。そこは報告書から外してもらえるとありがたいのう」
ダンブルドアがウィンクをしてみせた。
つまり、つまり。
全て試されていただけの芝居だった、ということだろう。
「ミス・デラクール、今からあなたを本国に送還します。今後一才イギリスに入ることを禁止すると同時に、手紙などを通じてショーン・ハーツとコンタクトを取ることも禁止します。また、私生活においてもある程度の監視や制限が入るでしょう」
フラーはその提案を受け入れた。
というより、受け入れるしかなかった。死ぬよりはマシだし、少し監視される程度、今まで受けてたストーカー行為が民営から国営になるだけの話だ。
「よろしい。それではダンブルドア、失礼します」
「その前に少しいいかね? なに、時間は取らせぬよ。老人の話は長いといつもマクゴナガル先生に怒られるんでのう、話を短くするように心がけておるのじゃ」
男は少し迷ったようだが、結局はダンブルドアの言うことに従ったようだった。
「ミス・デラクール。ショーンに何か言うことがあれば伝えておこう」
「そうね……彼なら100回は聞いてるでしょうけど、やっぱり、こう言っておいて。「楽しかった」ってね」
「あい分かった。必ずや伝えようぞ」
反対に、フラーはひとつ質問をした。
「もし私が抵抗したらどうするつもりだったの?」
「もちろん、お主と戦っておったじゃろう。もっとも、わし程度の実力ではお主に勝てたかどうか」
「本当に、ショーンの言う通りだわ。よく言うわよ」
「仕方がなかろう。ミス・ラブグットがそうであるように、お主もショーンにとって大切な友人じゃよ。気づいてなかったのかね? 君がはるばるフランスから助けに来てくれたことをあの子はとても感謝しておった」
「つまり……つまり、私は返せたということね」
「はて。どういう意味かとんと分からぬの」
「いいのよ分からなくて」
「しかし確かなことは、君が死ねばショーンはどんな手を使ってでもフランス魔法界をふっ飛ばすじゃろう。スナイプ先生の家のようにの」
だから手は出さぬように、とダンブルドアは釘を刺している様だった。
「そう……そう見えたのね。私はショーンにとって大切な友人に」
それはつまり、同じだった。
たったひとつの恩を返すために命を懸けたフラーと、もしフラーが死ねば命を賭けるというショーンは同じった。
だからこそそれは、あの時の借りを返せたということだった。フラーはその事実を噛み締めて、今日初めての笑顔を見せた。
そしてフラー・デラクールはイギリスを去った。
その後彼女がどうなったのかは知らない。
ショーンとは約束通り、一切の連絡を取らなかったからだ。
しかしもちろん、お互いが本当に助けを求めた時には、お互いが命を懸けて助けに行っただろう。