――――――ヌルメンガード。
それは、魔法界においてアズカバンと双璧を成す監獄である。
アズカバンがどういう監獄かと議論がされるとき、しばしば邪道だという言葉が出る。吸魂鬼が住み着いている代わりに通常の警備体制が甘いというのが彼らの主張だ。実際のところ、吸魂鬼を退ける技量を持った魔法使いならば抜け出すのはそう難しいことではない。もちろん、杖を持っていればの話だが。まあとにかく、シリウス・ブラックやベラトリックス・レストレンジの脱獄を許したのもこういったことが原因だろう。
代わりと言ってはなんだが、アズカバンの看守の魔法技量は高い。
吸魂鬼への対抗呪文である『エクスペクト・パトローナム』が使えることが条件になっているからである。
そしてヌルメンガードは更にその上をいく、まったく通常とはかけ離れた監獄だ。
ヌルメンガードに物理的な入り口はなく、更に特殊な粘性の液体が絶えず吹き出している外壁は強い魔法耐性を付与されている。侵入出来るのは『姿くらまし』などの一部の空間系魔法だけだ。
例え侵入できたとしても、何重にも張り巡らされた警備網によって内部は世界でも屈指の迷宮となっており、これを突破出来るものは世界に三人しかいないと言われている。
もっとも、その代償として看守が一切居ないが……しかし居たとしても意味はないだろう。
ヌルメンガードを突破出来る三人の内のひとり、かつて最悪の魔法使いとして名を馳せたゲラート・グリンデルバルトが収容されているからだ。
もし彼がその気になれば容易にこの監獄から抜け出せるだろう。止められる者はダンブルドア以外におらず、よって看守を置いても意味がない。
そんな彼が大人しくここにいる理由はただひとつ。
即ち、自らへの罰。
監獄――というより、ゲラートの住処というのが相応しい。
そんな場所にジニー・ウィーズリーはいた。
そして目の前にいるのは、ヌルメンガードの主人であるゲラート・グリンデルバルトその人である。
「お前がアルバスが言っていた娘か」
「そうよ」
ゲラートは新聞を読みながら、こちらを見向きもせず言った。
普段なら激昂して相手を叩きのめして礼儀を教えてやるところだが、しかしジニーは動かない。
ジニーが実際に見たゲラートは、ロウェナ・レイブンクローにダンブルドアと二人掛かりで襲い掛かり、瞬殺された姿だけだ。しかしジニーは侮らない。創設者と相対したジニーは知っているのだ。彼らがいかに馬鹿げた存在か、を。
見方を変えれば、ゲラートは最初からレイブンクローに本気を出させた。
それだけで十分に警戒に値する。
「一年前、アルバスはここに来た。私を連れ出すと言ってな。何故か分かるか?」
「ボーリングの相手が欲しかったんじゃないの?」
「奴のことだ。それもあるかもしれんな」
ゲラートは「ククク……」と悪役過ぎる笑い声を上げた。
「奴はこう頼んだ。“もし君にその気があるなら、ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えないか”とな。もちろん断った。私は人に教えられるほど高尚な人間ではなし、その気もなかったのでな」
「あ、そう」
「もう少し興味を持て。老人の話は退屈なものだが、為になるぞ」
「じゃあとっとと為になる話をしなさいよ。老人の仲良し話を聞きたかないわ」
「ククッ、若いな。だが、嫌いじゃないぞ。思い切りのいい奴は好きだ」
前置きはここまでだ、とでも言うようにゲラートを手を振った。
「それでアルバスの奴は、ならば、と代わりの話を持ちかけたのだ。それがお前がここにいる理由だよ、小娘。アルバスはお前の師匠役を私に頼んだのだ。“全生徒を、とは言わぬ。君好みの生徒をひとり、強くしてほしい”だったか。少しみない間に素直になったものだ……かつてはあれほど秘密主義者だったというのに」
「あら、人に教えられるほど高尚な人間じゃないんじゃなかったかしら?」
「人にはな。ホグワーツでの試合を観ていたぞ。小娘、お前はほとんど獣だ」
「ふーん……」
腕を組んでへの字の口をしたまま突っ立っていたジニーだが、腕をほどいて右へと歩き出した。
一歩、二歩と歩き……三歩目を踏む前に。
「ガアアアアアアアアアァ!」
ゲラートに向かって走り出した。
桁外れの脚力で跳躍し、拳を振り下ろす。
「そこが獣だというのだ」
その横顔を、丸めた新聞紙で叩かれた。
「パンッ」という子気良い紙の音と共に吹き飛び、壁に激突して大きな穴が空く。ここはウィーズリー家の郵便切手より薄い壁ではないのだ。びっくりするくらい背中が痛かった。
ゲラートは自分の髪の毛を新聞紙で包み、擬似的な杖を作り出したのだ。本来の一割程度に威力を下がるが、一応魔法は使える。
「獣を調教するのに紙とペンを使うアホはいるまい……いや、紙は今使ったな。今の言葉は忘れてくれ。とにかくまあ、お前のようなタイプは習うより慣れろだ」
意気揚々とゲラートが話しかけてくる。
気絶はしていないが、動けない。見えない縄で縛られている様な感覚だ。力を入れても千切れない。
ゲラートがそういう魔法をかけたのだろう。
ジニーはもう、目なら血が出るくらい悔しかった。ハゲ頭の老人に喧嘩で負けた上に這いつくばらせられるのは、楽しみに取っておいたクリスマス・ケーキのサンタさんを食べられることより屈辱的であったのだ。
「弱いな、小娘。老いた私に勝てないようではヴォルデモートの小僧にも勝てんぞ」
「ッ!」
ヴォルデモート。
最愛の人であるハリーの両親の仇。
その名前を聞いた瞬間、ジニーはより一層力を入れて縄から抜け出そうとした。
縄が肉に食い込んで血が滲んだ。しかしもちろん、そんなことはまったく気にならない。
「しかし、私が強くしてやる。獣から猛獣に。子猫から獅子へと。私やヴォルデモート、アルバスよりも強くしてやる」
「ぐ、ギギギギィ!」
「無駄だぞ、その魔法は今のお前で解けん。それより私の話を聞け」
「んなのやってみなきゃ分かんないでしょうが! このクソッタレ!」
瞬間、ジニーの身体が上へ跳ねた。
縛られたまま筋肉だけで跳んだのだ。そして落下と同時に、渾身の力で縄を身体ごと地面に叩きつける。
「はあ、はあ、はあ……ほら、解けたわ。
「ほう……」
「よくも乙女の柔肌を傷つけたわね!」
一直線にゲラートに襲い掛かる。
そしてまた呆気なく顔を叩かれ、今度は気絶した。
「ウィーズリー家の教育方針はどうなっているんだ。いや、ホグワーツが原因か……ん?」
違和感を感じて右手を見る。
杖代わりに使っていた新聞紙が中程から毟られていた。横たわるジニーの右手にはその残骸らしきモノが握られている。
「ククク……いい肝っ玉だ」
杖がなければ魔法は使えない。
もしジニーの意識がまだあったなら……。
「健闘を祈っているぞ、小娘」
◇◇◇◇◇
「はっ!」
目を覚ましたジニーは飛び上がって立ち上がり、辺りを用心深く見回した。
ぼんやりとした頭を覚醒させるのと同時に、これまでの記憶を掘り返す。
『強くなりたくはないかね?』
全ては、そう、ある日突然家に押しかけてきたダンブルドアの言葉から始まった。
ダンブルドアの言葉はジニーを見透かしたようだった。最近ジニーは“強くなりたい”と一層思うようになっていたのだ。
もしも自分が、ヴォルデモートや死喰い人をまとめて倒せるくらい規格外に強ければ、ハリーは自由に暮らせるのではないか……というようなことを考えていた。
だからダンブルドアの提案に素直に頷いてやった。
と思ったら、いきなりフォークスがやって来て『姿くらまし』させられたのである。
『起きたか小娘! 御機嫌よう!』
いきなりの大声にジニーは飛び退いた。
吠えメールだ。
大口を開けてゲラートの声で喋っている。
ジニーは飛び掛かって破ろうとしたが、ひょいと避けられてしまった。
『お前の動きを予想して避けるようにしておいた。小娘をおちょくれたなら何よりだ!』
「クソジジイ……」
『さて。今からお前に試練を課す。これをこなせばヴォルデモートより強くなれる! ……かもしれん』
ゲラートの言葉は最後にしりすぼみになった。
『ここは私が創り上げた最高の監獄ヌルメンガード! あらゆる場所に収容者を止める罠が、悪意の限りに仕掛けてある。加えて収容されているのはそこらの死喰い人とは比べ物にならない、鍛え上げられた私の部下達だ!』
外から何か、金属音がして来た。
ちょうど扉が開くような音が。
『部下達には杖を与えておいた。殺すな、犯すな、とは言明してあるが他は制限していない!
小娘、お前がいるその場所はヌルメンガードの最下層! 私は最上階にいる! 上がって来い! 罠をかいくぐり、敵を倒し、私の元に来るのだ。その時修行は終わる!』
元より、ゲラートには借りを返す気だ。
修行云々がなくともその首根っこを掴みに行っていただろう。
『ちなみに、上に行けば行くほど凶悪犯が収容されている。中には熟練の闇祓いを軒並み返り討ちにし、私が直接捕まえに行った猛者もいるくらいだ。がんばれよー、クハハハハッ!」
大声をあげた吠えメールは笑い過ぎて口が裂け、破れてしまった。
その紙くずを踏みながら、ジニーは進む。
「何人いんだか知らないけど、要は全員ぶっ飛ばせばいいんでしょ。楽勝よ、楽勝」
部屋を出ると、そこには一つの部屋があった。
中にはガリガリの男が収容されている。
こいつが一人目らしい。ゲラートは「上の者ほど強い」と言っていた。つまり最下層にいるこいつは雑魚だ。
とりあえず一人目――と、ジニーは戦いを挑んだ。
◇◇◇◇◇
「ほれ、嬢ちゃん。飯だぞ、食え食え」
給仕係の囚人が飯をよそうのを、ジニーは不機嫌そうな顔で見つめた。
その顔にはいくつも切り傷や打撲痕がある。
ジニーは負けたのだ。
それも、一人目に。この監獄で一番弱い男に。一度や二度ではない。あれから一週間が経過したが、ジニーは一度も勝てないでいた。
「嬢ちゃん。気持ちは分かるが、食わねえと強くなれねえぞ。それに食事の時にぶすっとしてちゃいけねえ。食べ物の神様が怒るぞ」
「……囚人のくせに、随分と教養があるのね」
「もちろんさ! 俺達はアウトローってよりはテロリストだ。それなりの教育を受けて来たからこそ、この世界に反発したのさ。ま、中には頭のイカれた奴もいたがな。そういうアホはみんな死んじまったよ。ボスに殺されてな! ガハハハハハッ!!!」
何がおかしいのか大笑いする男を尻目に、ジニーは一人隅の方に座ってご飯を食べ始めた。
一人で食事していると、誰かが隣に座り込んだ。
「邪魔するぞ」
「……ゲラート」
「クハハッ! いい顔だ小娘! 最上階で会うまでお別れだと思ったろう。食事はみんなで食べるものさ。私だって顔を出す」
「そういうところ、ダンブルドアに似てるわ」
ダンブルドアをいきなり現れては人をよく驚かす。
きっと二人とも根本が似ているのだろう。
「ところで小娘、随分と苦戦してるようだな。一階で止まってるようでは私の寿命が先に来てしまうぞ」
「あ?」
「おおっと。喧嘩はやめとけ。ここは一対一がルールだが、食事を邪魔する奴は全員で袋叩きにしていいことになってる」
「……チッ!」
「クク、そう不機嫌になるな小娘。今日はちょっとしたアドバイスをしに来たのだ。アルバスからの頼みなんだ、上で待つ以外の仕事もするさ。労働者階級万歳!」
「そういうのいいから、早く言いなさいよ」
「昔は私のジョークで何人もの女が落ちたんだがな……。まあいい。そう、小娘。お前は杖を使いこなせていない。だから弱いのだ」
「んなこと言われたって、ここには教科書もないのよ。呪文の練習なんて出来ないわ」
「お前、字が読めたのか……。それに教科書の類なら図書室にあるぞ」
その発想はなかった。
「いや違くてな。そんなチンケなものはいらん。杖と仲良くなれ、と言っているのだ」
「杖と?」
「そうだ。小娘、最初に杖を手にしたときどんな感じがした?」
「どうって……なんかこう、あったかい物が入り込んだ感覚がした。代わりに私の方からは悪いものが抜け落ちて、これだ! って思ったのよ」
「いい杖に巡り会えたな」
「ちょ、やめなさいっ! 乙女の髪に気安く触んじゃないわよ!」
ゲラートは強引にジニーの頭を強く撫でた。
それを払いのける。
「でも今はただ杖を振ってるだけだ。あの時の感覚はしない、違うか?」
「そう言われてみればそうね」
「おかしな話だ。最高の出会いをしたのに、次の日からはただの隣人。おおっ、なんと勿体ない」
「……何が言いたいのよ?」
「お前、最初にちょっと自己紹介しただけで親友になれると思っているのか? 杖は常にお前に語りかけている、なのにお前が無視してるのだ」
「そんなことは――」
「ないと言えるか? 最初の一回は杖に意識が向いていたはずだ。しかしホグワーツに入って多少賢くなってからは、呪文の成功ばかり気にして、杖を無視してはいなかったか?」
「ぐっ!」
「そこが獣なのだ。爪を振るだけなら獣でも出来る。しっかり磨いて手入れしてやれ」
例えは下手くそだが、言いたいことはなんとなく分かった。
確かに最初の頃の様なあの高揚感は長く感じてない。
それをゲラートは、ジニーが杖を蔑ろにしているせだ、というのだ。
「どうすれば杖と対話出来るの?」
「坐禅を組め。杖を膝の上に置いてひたすら語りかけろ。後は向こうからやって来る」
「意外と簡単そうね」
「ばか。念のためもう一回言ってやろう。このばか。筋トレや魔法の練習なんてのとは訳が違う。日々の成果や理論は通用しない、対話なのだ。素質のないものだと、半世紀掛かっても「おはよう!」の一言も引き出せないのだぞ」
「夜だったんでしょ」
「なるほど。ククク、若い奴は発想が柔軟だな」
そういうとゲラートは引っ込んで行った。
食事をしに来たというのに……そういえば、一口も食べていなかった。
もしかするとアドバイスのためだけに来たのかもしれない。それに対してジニーは、恩を感じる様なことはなかった。期待感されているという責任感もない。
しかし、ああいう風にアドバイスされておいて何もできないというのは、プライドが許さなかった。
「ちょっとあんた!」
「おう。どうしたお嬢ちゃん。俺に抱かれたくなったか?」
「は?」
「いや、すまん。囚人生活が長いせいか、ジョークがいささか下品になっちまってな」
「次私に下らねーこと言ったら囚人生活から入院生活にするわよ」
「気をつけるよ。それで、なんの用だい」
「保存の効く食べ物を作ってちょうだい。出来るでしょ?」
「出来るよ。何日分だ?」
「ざっと一週間ってとこね」
給仕の男は特に質問することなく、厨房に入って行く。
その後出来上がった保存食を手に、ジニーは自らの独房へと戻った。
◇◇◇◇◇
かつての大魔法使いゲラート・グランデルバルドは食事の乗ったトレーを持ってジニーの独房を訪れた。
ジニーが食堂に顔を出さなくなってから一週間が経過していた。
部下に聞いた話では、持ち込んだ食料も一週間分だという。
「まあ、一日や二日くらい食わんでも平気だろうが……。今日の献立はハンバーグだからな。ヌルメンガードで最高の贅沢だ」
ゲラートは上機嫌に独房を開け、驚いた。
「ほお。こりゃあたまげた。素質があるな小娘」
部屋の中央で坐禅を組むジニー。
その周りを杖がクルクルと回っている。杖が一人でに動くのはかなりリラックスしている証拠だ。
ゲラートが部屋に入っても、ジニーは目を瞑ったまま開かない。気がついてないのではない。興味がないのだ。彼女の集中は全て杖に向いている。
実際のところ、杖との対話を学ぶ国は少なくない。
むしろイギリス魔法界が異常なのだ。ロウェナ・レイブンクローという呪文開発の天才がいたせいで、あの国は呪文にばかり気を取られている。
杖の研究において人権大国であるアメリカは先進国だ。杖を侮辱されたという理由で訴訟が起きる、なんてことも珍しくない。
そんなアメリカで長く活動していたゲラートは杖との対話についてかなら熟知している。しかしそんなゲラートでも、ここまで速いペースで杖を動かすケースは見たことがない。
「(小娘の才能と集中力もあるが……あの杖。かなりの業物か。ニワトコの杖に勝るとも劣らないものを感じる)」
かつて手にしたニワトコの杖は凄まじい力を内包していたが、近しいものをジニーの杖からも感じた。
恐らく世界に十振りもない、強い杖だ。
この杖がジニーの強さを底上げしているのだろう。
「(どこで手に入れた……確か小娘の兄はお下がりを使っていたな。即ち、その下の子であるこやつがオリバンダーの店で買った可能性は低い、か。うーむ)」
ゲラートがかつて手にしていたニワトコの杖も、普通ではない方法で手に入れた。思えば運命ということもあったのだろう。そういうものは説明がしづらいものだと、ゲラートは尋ねるのをやめた。
「小娘、食事を持って来てやったぞ」
「……そ。その辺に置いといて」
「あまり根を詰めすぎるな……といってもあんまり聞かんだろうな、お前は。言い方を変えよう。油断大敵! 戦場ではいつ敵が来るかわからん。だから常に胃袋を満たしておけ。戦士の心構えだ」
「……あーっもう! ちっ! わかったわよ」
「うむうむ」
ジニーは渋々と言った様子で食事を取り始めた。
「なぁんであんたもここで食ってんのよ」
「クハハハ! 私は常に頂点にいるからな。たまにはこうして下層にいないと肥てしまうというものだ。贅沢は敵だぞ」
「私の隣で飯食ってんだから、超贅沢でしょ」
「……私も大概に自信家だと思っていたが、お前を見てると自信を無くしそうだ」
「見てんじゃねーわよ」
死ぬほど不機嫌そうにジニーは食事を始めた。
しかし「いただきます」をしっかり言ってるあたり、根は優しい娘なのだろう。フォークとナイフの扱い方も流暢だ。
「小娘、なぜそんなに気を張ってる。たしかにここは犯罪者の巣穴だ。落ち着けという方が無理な話だが、それでもお前は異常だ」
「そんなの決まってるでしょ。ハリーが私を待ってるわ。ハリーはヴォルデモートと戦う運命にある、だから私も一緒に戦うの。一人にはさせないわ。そういう理由で、私は一秒でも速く強くなってここを出なきゃいけないのよ」
「意外にも純愛な答えが来て、不覚にもキュンとしたぞ。クハハハハハハハ!」
「キモいこと言ってんじゃないわよ」
「ふーむ。まあ、安心しろ。小娘、お前は強くなれる。私がしてやる。だからまあ、その、なんだ。がんばれよ」
ぽん。
ゲラートはジニーの頭に手を置いた。そして優しく撫でる。
ジニーはゲラートの手を思いっきりつねった。
「いたたたたたたたたたっ!」
「私に触れていいのはハリーだけよ」
「この恋愛脳め!」
「うっさいクソジジイ」
「ちょ、ちょっと言い過ぎじゃないか小娘。まあ私も歳を取ったが……しかしナイスミドルという言葉もこの世にはある」
「ふん! 次に私に触れたなら、その未練がましく残った髪の毛を残さず引っこ抜いてやるわ」
ゲラートは「くくく……イキのいい小娘だ」と悪役過ぎるセリフを言いながら三歩ばかり後ろに下がった。冷や汗が見えたのはきっと気のせいだろう。トイレで手と間違えて首でも洗ったのだ、きっと。
「さて。杖とお友達になったところで、次はどうするか」
「む」
確かに。
ジニーは思った。
元々ひとつのことにのめり込むとそれしか見えなくなるタチなのですっかり忘れていた。
「小娘、お前のパワーは杖から来ているものだ。お前の『こうありたい』という気持ちを杖が汲み取って勝手に魔法を使っている。
『無意識の魔法』だ。
杖なし魔法――俗に言うワンドレスマジックに近い。
これは別に珍しいことではないぞ。魔法族の寿命が長い理由もここにある。勝手に病気や怪我を治療していると言う訳だな」
「ちょっと待ちなさい。それじゃあ、他の奴らももっと身体能力が高いはずじゃないの」
「いい指摘だが、もう一歩踏み込め。お前のように強くなりたい、ましてや肉体の強さを望む魔法使いなぞ稀だ。大抵は魔法が上手くなりたいと願うものさ」
「ふぅん」
「そういう意味では純血主義というのはよく出来ている。我々は優れた人種であるという選民思想は、確実に己を強くする。更に良い子孫を、という意思から家族想いな者からより強い子が産まれるしな。
まあしかし、お前のように強さを求める者もいる。特に戦争の時などはそうだ。貴様らの親世代の魔法使いに優秀な者が多いのはそういう理由だろう」
「ふぅーん……まあ、どうでもいいわね。とにかくその『無意識の魔法』で私は強くなってるし、それに、もっと意識すれば杖は汲み取ってくれくれる。そうでしょう」
「その通りだ。いいぞ、戦いのことだと飲み込みが早いな」
ゲラートはそう言って微笑み、自分の分のトレイを差し出した。
食べてるように見えて、ゲラートはほとんど食事に手をつけていなかったのだ。
「よく食べて、よく寝て、たくさん杖と話せ。自信がついたら戦って、負けたらまたよく食べて寝て、だ。その繰り返しをしてれば強くなる」
「……あんがと」
「ほお。お礼が言えたのか」
「ここまでされたら私だってお礼くらい言うわよ」
クソジジイ、最後に蚊の鳴くような声でジニーは付け足した。