リトルバスターズ in Angel Beats! 作:風並将吾
場所は、いつもガルデモのメンバーが練習している教室。
その教室の中では、少し空気が重いようにも感じられた。
理由は一つ……ユイだ。
「あの時のユイの表情……少し前の岩沢の表情にそっくりだった……」
「……ああ、告知ライブの時のことか」
ひさ子の口から出たのは、そんな言葉だった。
話題に出された岩沢は、納得していた。
「ねぇ岩沢さん」
「……なんだ、入江」
そして、入江が岩沢に尋ねた。
「その時って……どんな感じだったの?」
「……とにかく、気持ちがよかったんだ。身体が軽くなって、地に足がついていないような感覚がして……」
「……それが、この世界から消えていく感覚」
岩沢の言葉を聞いて、関根が呟いた。
「さて、話は変わるけど、多分私達の出番はもうないだろうな……」
「え? どうして?」
岩沢の呟きに、関根が尋ねる。
すると、ペットボトルの中に入っている水を飲んだ後に、ひさ子が答えた。
「『天使』が変わってしまったし、もうこれ以上陽動作戦なんてないだろうからね……やったところで意味がない」
「え? ゆりっぺの話だと『天使』は冷酷な方が目覚めちゃったんじゃないの?」
戦線メンバーの間では、そんな噂が流れていた。
それはもちろん、ガルデモのメンバーとて例外ではなかった。
「だからこそだよ。ゆり達が言ってた通り、冷酷な『天使』が目覚めたのだとしたら、いくら私達が陽動をやったところで、瞬殺だよ」
「し、しおりん……私、それだけは嫌だよ」
「き、奇遇だね……私もだよ、みゆきち」
関根と入江は、互いの身体を抱き合いながら、そんなことを言っていた。
「そんなわけで、今日私達食堂でゲリラライブを行うことにしようと思うんだけど……」
「まぁゲリラライブの方が私達にしてみれば似合ってるよね……でも、どうしてまたこのタイミングで?」
「それって、もしかして……」
ひさ子が岩沢に尋ねる。
すると、岩沢はこう言った。
「ガルデモラストライブだ!」
※
「ハァ……一仕事終えた後のコーヒーは旨いぜ。しかし、Keyコーヒーは思ったよりも味がいいんだよなぁ。音無がハマるのも納得がいくぜ」
ベンチに座り、恭介はKeyコーヒーを飲む。
ぐびぐひと、喉を鳴らしてコーヒーを飲んでいた(ホットではないので、こうして一気飲みをすることが出来るのだが)。
「にしても……あとどれだけの人を見送らなければならないんだ、俺達は……」
全員がこの世界から卒業するまで、彼らは見送らなければならないのだ。
ならば自分達が先に消えればいいのかもしれないが、それは無理だった。
この世界にいる人達を卒業させること……それこそが、今の恭介がもっともやりたいことなのだから。
「出来ることなら、救ってやりたい……救える限りの人達を、救ってやりたい」
いつまでも死後の世界に縛られているわけにもいかない。
恭介は、そう考えていたのだ。
「しかしどこの世界に行っても、難癖ある奴ばかりいるもんだな……一緒に過ごしていてこんなに楽しい時間を共有できる奴らなんて、なかなかいないぜ?」
日頃の彼らの行動を思い返しながら、恭介は呟く。
そんな時だった。
「……あ、恭介」
「まさみじゃねぇか。お前も自販機で飲み物を買ったのか?」
「……まぁそんなところかな」
少し汗をかいている様子の岩沢が、恭介の隣に座る。
手に持っているのは、スポーツドリンクだった。
恐らく、先ほどまで練習していて、喉が渇いたからそれを購入したのだろう。
「何か辛気臭い顔してんな……どうしたんだよ。いつもの岩沢らしくないじゃねえか」
「そう? そうかもね……」
恭介は冗談で言ったつもりなのに。
当の本人である岩沢は、どこかつらそうな表情をしていた。
いや、完全につらそうにしているわけではない。
その中には、決意も秘められていて……表現しきることは出来ないが、とにかくいろんな感情が入り混じったような、複雑そうな表情を浮かべていた。
「……岩沢、何か悩みがあるんだったら、俺が聞くぞ?」
「……ありがとう恭介。恭介になら、話してもいいかもしれない。けどその代わり、戦線のメンバーにも、リトルバスターズの他のメンバーにも、このことは内緒にしていて欲しい……あ、お前と一緒に行動している音無には教えてもらって構わないから。その代わり、私達の準備を手伝うように伝えておいてくれないか?」
「あ、ああ、分かった」
いつもとはどこか雰囲気が違う岩沢に、内心恭介は驚いていた。
しかし、今はそんなことで動揺している場合ではなかった。
岩沢の話に耳を傾けて、その悩みを聞いてあげるべきだと思った。
……それと同時に、とある一つの約束が恭介の頭を通り抜けた。
「(……俺と前にかわした、二人きりでのライブ。それを岩沢は、このタイミングでやろうとしているのか?)」
恭介はその約束を思い出した後で、そんな予想をたててみる。
しかし、予想とは違って、岩沢はこんなことを言い出したのだった。
「私達ガルデモのラストライブをさ、今夜みんなには内緒で行おうと思ってるんだ」
「ラストライブ?」
意外過ぎるその言葉に、思わず恭介は聞き返していた。
対して岩沢は、真剣な表情でうなづき返したのだった。
「そ、それって……お前達、まさか今日で活動を停止するってことなのか?」
「その通り。ボーカルも一人いなくなっちゃったし、今後陽動作戦なんてこともないだろうからさ。出来る内にやっときたいんだよ。それに……その後で恭介とゆっくり話もしたいしさ」
「俺と?」
岩沢の言葉が少し意外だと思った恭介。
恭介は、ふとこんな質問をしてみたのだった。
「……もしかして、前の約束の件か?」
「それもある。けど、もっと大切な話だ……聞いてもらっても、大丈夫かな?」
「……ああ、大丈夫だ。だとしたら待ち合わせ場所とかを決めとかなきゃな」
恭介は、特別断る理由もなかったので、その申し入れを受け入れた。
その後で、場所を決めることにした。
「それじゃあライブが終わった後、学校の屋上に来てもらっても構わないか?」
「屋上か……うん、いいよ」
岩沢は肯定の返事を返した。
「しかし、いくら陽動作戦がないかもしれないからって、そんな性急にラストライブなんてやらなくても構わないだろうに……」
恭介は、そうぼやいていたのだが。
「……それが、お前達の望みでもあるんじゃないのか?」
「え?」
その言葉を聞いて、恭介ははっとしてしまった。
何故岩沢からそんな言葉が出てきたのか。
……答えは一つだった。
「知ってたのか……俺達がやってること」
「ああ。ユイの一件で分かったよ。恭介達が、この世界から私達を卒業させようとしていることをね。特に中心となっているのは、音無なんじゃないのか?」
「驚いたぜ。全部正解だ……ちなみに言うと、『天使』は今までの『天使』で……立華で目覚めたんだぜ?」
「それも知ってる。私達の練習中に入ってきた時、なんとなく雰囲気で感じた。あの時と、何にも変わっていないって」
岩沢は、ほとんど気付いていたのだ。
恭介や音無がやっていること。
奏は元のままで起きたことなど。
「そんなわけだ。私は後、恭介と二人きりのライブさえやってしまえば、この世界でやり残したことはなくなってしまう。けどアイツらは違う。ボーカルを失ってしまえば、何もすることはなく、ただこの世界に居続けるだけになってしまう。それじゃあ駄目なんだ。だから私は、ラストライブという形で、アイツらもこの世界から卒業させてあげようと思ってるんだ」
「……なるほど。仲間想いの素晴らしいリーダーだな」
「恭介程じゃないけどね」
「よせよ。照れるじゃないか」
「もっと胸を張っても構わないんじゃないのか? それだけの仕事を、恭介はやってきているわけだし」
「冗談を。俺はただ、楽しいことがあったら、アイツらをそこまで引っ張ってやってるだけの話だ」
しばらくの間、恭介と岩沢は、そんな会話を繰り返していた。
その後で、しばらくの沈黙の時間が訪れる。
「んじゃ、私は練習があるからそろそろ行く」
「ああ……ライブ、楽しみにしてるぜ」
恭介のそんな言葉に、
「……ああ!」
岩沢は、笑顔で答えた。
※
「う〜ん……何か微妙にテンポがずれるんだよなぁ」
放課後。
ガルデモのメンバーが全員寮へ戻った後、一人練習をする少女がいた。
ズダダダダダダダダン! という規則正しいリズムを奏でる少女は、ドラム担当の入江だった。
「最後なんだから……納得のいく演奏がしたいなぁ」
そう呟きながら、入江は練習を重ねて行く。
そんな時に、一人の少年が教室に入ってきたのだった。
「ドラムの音がすると思って来てみたら、……入江だったのか」
「ふわぁっ!? ってなんだ音無君か……」
いきなりの訪問者に入江は驚いたが、その正体が音無だったことに、内心安心していた。
だが、同時に知られては行けないと思っていた。
何せ今回のライブは、戦線メンバーにすら告知しない秘密のライブなのだ。
だから、それだけは絶対に守り通さなければ……。
「聞いたよ。今日でガルデモの最後のライブなんだって?」
「ありゃ?」
カツン、とバチが落ちた。
折角決意表明を見せていたところだったのに、その決意はたったの10秒で脆くも崩れ去ってしまっていた。
だがそれ以前に、どういった経路をたどって彼がライブのことを知ったのかを聞きたかった。
「あ、あのさ音無君……どうやってその話を……」
「棗から聞いたんだよ。棗自身も岩沢から話を聞いたらしいんだ……大丈夫だ、もうこのことを知ってる奴は誰もいないから」
「……岩沢さん、自分で誰にも言わないゲリラライブって言ってたのに……」
「まぁ、岩沢が棗に言ったのは、ある意味では棗のことを信用してたからなんだろうな……けど、いくらなんでもガルデモのメンバー四人だけで何から何まで準備するのは大変だろ? そんなわけで男手として俺達にも教えたってことになるな」
音無の言葉は、ほとんどが真実で、しかし大切な部分が抜けていた。
準備の為に必要だっていうのは事実だ。
しかし、『ガルデモのメンバーをこの世界から卒業させる為』という、今回の一件で一番大切な用件が述べられていなかったのだ。
「そっか……それじゃあ楽器運ぶときなんかは、音無君達を遠慮なく使わせてもらっちゃおうかな」
「まぁ……お手柔らかに頼むぜ?」
「任せて任せて♪ 一番重い物を持たせてあげるから」
「それは全然お手柔らかじゃないんだけど!?」
「冗談だって♪」
幽霊騒動の一件以来、音無は入江と話す機会なんて全然なかったので、入江の人間像というのがつかめていなかった。
だから、入江と話す時は少し戸惑いを見せてしまうのは事実だった。
「にしても、入江って本当にドラムうまいよなぁ。お前ってやっぱり才能あるんじゃねぇのか?」
「……違うよ。これは私がみんなに追いつきたい一心で頑張って来たからなんだよ」
「追いつきたい一心って……もう十分追いついてるじゃねぇか。むしろ、お前プロの実力あるんじゃね? ……って、プロに何言ってんだか」
音無は、途中で自分の発言のおかしさに気付く。
しかし、入江はどこか落ち込んでいるかのような表情を見せるだけだった。
「……どうしたんだよ、入江」
気になった音無が、入江にそう尋ねる。
すると入江は、
「……私さ、みんなに追いつく為に必死に頑張ってきたんだ。最初の内はドラムだってそんなにうまく叩けなかったんだもん。だからその日からみんなよりも練習を重ねて、そしてようやっと今日まで辿りつけたんだ。だから決して、才能じゃないんだよ、私の場合は。ユイはその分、ボーカルとしての才能があったから、短い間だけでも、ほとんど練習なしにあそこまでうまく歌えたのかもしれないね……ギターの方はちょっとよれよれだったけど」
「かもな……悪い、さっきの発言を訂正させてくれ。お前はすげぇ頑張ったんだな。その努力は、認められるに十分値することでもある」
音無は、入江の言葉を聞いて、先ほど自分が述べた言葉を変えた。
入江は、そんな音無の言葉を聞くと、
「……ありがと。今まで私そんなこと言われたことなかったからさ、なんかちょっと嬉しいかなって」
「そっか……」
しばらく、二人の間には沈黙の時間が流れる。
互いに、何を言えばいいのか分からなくなったのだ。
やがて口を開いたのは、音無だった。
「そ、それじゃあ俺、行くから……」
「あ、うん……それじゃあまたね、音無君」
「ああ……じゃあな」
そう言うと、音無は教室から出て行った。
その後で、入江に聞こえないような小さな声で、ポツリと呟く。
「……頑張ったな、入江。もう報われても、いいんだぞ?」
「……結弦」
「ん?」
廊下を出た所で、音無は奏に出会った。
奏は、どうやら音無のことを探していたようで、額には少し汗みたいなものも窺うことが出来た。
「どうしたんだ奏。汗かいてるけど……」
「今日のライブの話、聞いてしまったのだけど……」
「あー……そうすれば、生徒会長として止めないわけにはいかなくなるのか……」
つまりは、戦闘へと発展しかねない。
それだけは、音無としては何とも避けたい事態であった。
「どうすっかな……一応戦線メンバーには内緒のライブってことになってるし、戦闘にはならないと思うんだけど……生徒会長としては見逃さないわけにはいかないんだろ?」
「……別に今回限りで見逃しても問題ないわ」
「え、いいのか?」
まさか奏の口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったので、音無は思わずそう言ってしまっていた。
奏は、別段表情を変えずに答える。
「構わないわ。だって……これもあの人達を卒業させてあげる為のことでしょ? なら、私は協力するわ」
「……そっか」
「その代わり、一つだけ条件がある」
「なんだ?」
そして、奏はこんな条件を出してきたのだった。
「私が食堂に来ていることがバレないように、結弦がサポートしてくれないかしら?」
「……え、それって」
「……私も、ガルデモの最後のライブ、見たいから」
無表情ながらもそう言った奏に、
「……ああ、任せろ!」
音無は、笑顔で答えて見せたのだった。
※
そして、夜。
夕食の為に食堂に集まるメンバー達。
その周りには、もちろんNPCの姿もあった。
「にしても変だな……なんだか真ん中のスペースが妙に空いているんだよなぁ……」
「そうか?」
何にも知らない日向の疑問に対して、事情を知っている恭介は何も言うことは出来なかった。
ライブが始まる前にそのことを知られてしまえば、きっと何の目的もなしにライブをやるなとゆりに叱られてしまうと考えたからだろう。
だから恭介は、このライブのことを結局誰にも話さなかった。
それは音無とて同じだった。
「しっかしこの麻婆豆腐は相変わらず辛いよな……」
「……そう? こんなに旨いのに……」
「いや、旨いのは確かなんだが……」
そんな音無は、頭に麦わら帽子を被った奏と一緒に、離れたところで麻婆豆腐を食べていた。
奏からの御所望で、先に夕食は済ませておきたいとのことだったからだ。
「……」
ゆりは、食堂の中央を見て、何を考えている様子だった。
その後で、無線機で連絡を入れてみる。
「遊佐。今日は陽動作戦はなかったはずよね?」
『ええ。というか、作戦を指揮するのはゆりっぺさんですよ? 私に聞いてどうするんですか』
「……それもそうね。にしてはおかしいと思ったのよ」
『何がですか?』
無線機からでもわかる、疑問の声。
それに対して、ゆりは答えた。
「それにしては、やけに真ん中だけスペースが空いてるなっと思ってね……」
『一応岩沢さん達にも確認をとってみますか?』
「ええ、お願いするわ」
『了解』
そして無線機は切れた。
「……岩沢さん、貴女一体何をしようとしているの?」
ゆりはボソッと、小さくそう呟いたのだった。
*
場所は変わって、裏方。
ライブ前に、ガルデモのメンバー四人は集結していたのだった。
「いいか? 今日のライブは特別だ……何せこれを機に私達はバンド活動をやめるんだからな」
「しかし、こんな性急でよかったのか? あれから考えたんだが、もう少し時間をかけてからでも……」
ひさ子からそんな言葉が洩れるが、
「……いや、これは私が決意したことなんだ。みんなと話しあわなくて申し訳ないとは思うけど、それでも最後の私のわがままに付き合ってほしい」
「……分かったよ、岩沢さん」
「関根?」
最初に岩沢の言葉に答えたのは、意外にも関根だった。
関根は、岩沢の手を握ったかと思うと、
「私、思ってたんだよね……何事にも始まりがあれば終わりがある。私達のバンドだっていつまでも続けられるわけじゃない。今回が、その終わりの時ってことなんだって」
「それに、鉄は熱い内に打てって諺があるしね。ずっと先延ばしにしてたら、その内最後のライブすらやらなくなっちゃうだろうしね」
関根の言葉を引き継ぐように、入江が言った。
そんな二人の言葉を聞いたひさ子は、小さな溜め息をついた後に、
「……分かったよ。みんなはもう覚悟を決めていたようだね。なら、私もここで覚悟を決めないといけないよな!」
「そうこなくっちゃ……ひさ子」
「へっ! ならいっそのこと、成仏するような勢いで、思いっきり力を込めて演奏しようぜ! 失敗したって構わない。けど変に緊張してミスするよりは、自分が今出せる最大限の力を出して、ライブを楽しむんだ。成功させる為のライブじゃない。楽しむ為のライブを私達でやるんだよ!」
そんなひさ子の言葉は、凄く説得力があった。
この言葉に、岩沢自身ですら胸を打たれたくらいだからだ。
「……そうだね。今日は陽動作戦なんて名目じゃない。正真正銘のゲリラライブだ。ほとんどの人達が私達が今日ライブをやるなんて話をしらない。だから、今日は目いっぱい楽しもうじゃないか!」
「最後だから言うけど……いや、これで最後とは思わないよ! この世界では陽動作戦が行われなくなるだろうから最後のライブになるだろうけど、ガルデモは永久に不滅だよね!」
「その通りだ関根! このライブが終わって、例え私達がこの世界から消えてしまったとしても……次もまた、バンドやろうぜ!!」
ムードは一気に盛り上がりを見せてきた。
ガルデモのメンバーのテンションはマックスだ。
そして、岩沢は宣言する。
「さぁ、幕を開けようぜ!! 私達のライブの開幕だ!!」
*
突然、食堂全体の電気が消える。
「な、なんだ?」
「この感じ……まさか」
カレーを食べていた藤巻と高松が、いきなり電気が消えたことに対する違和感を覚える。
そして、その違和感の正体は、電気がついた時に判明するのだった。
「あ、あれは……ガルデモだ!!」
「嘘、何で!? 今日は陽動作戦の指示なんて出してないのに……」
ゆりの驚きの声を無視して、入江がバチをタンタンと叩く。
そして、演奏は……始まった。
いつもの陽動の時とは違う、全身全霊をかけた全力のライブ。
陽動の時だって彼女達は本気なのだが、その時すらも凌駕するような、迫力ある演奏。
ドラムもいつも以上に大きな音を出していて、存在感をアピールする。
中でも岩沢の歌は、やはり凄かった。
高い歌唱力の上、彼女は今全力で歌っているのだ。
それこそ、ライブを楽しんでいるのだ。
「アイツ……あんなに楽しそうに歌いやがって」
「〜♪」
「……楽しいのか? 奏」
何だかリズムを合わせているようにも見える奏を見て、音無は尋ねる。
すると奏は、
「……うん」
さぞかし楽しそうな表情を浮かべて、音無にそう答えたのだった。
そしてそんな表情を見た時……音無はガルデモの実力を思い知らされることとなったのだった。
奏にここまで楽しそうな表情を浮かばせる程、今日のガルデモの演奏は……素晴らしいものだった。
「……恭介氏」
「なんだ?」
そんな中、来ヶ谷が恭介に尋ねる。
「これは……ガルデモのメンバーの判断なのか?」
「そうだ。少なくとも、俺は何も口出しはしていない……アイツらガルデモのメンバー全員で、決めたことなんだろうな」
「そうか……なら、私から言えることは一つだけだな」
「何だ?」
その言葉が知りたくて、恭介は来ヶ谷に尋ねる。
そして来ヶ谷は言った。
「最後は全力を尽くせ……かな?」
「……へっ」
ライブは尚も続く。
『Crow song』の次は、ユイ作詞の『Thousand Enemies』。
ユイもガルデモのメンバーの一員として頑張っていたことを忘れない為だろう。
ラストを飾ったのは……『Alchemy』。
彼女達は、懸命に演奏をした。
それこそ、悔いの残らないような、全力の演奏。
「(あれ? 今まで演奏してて、こんな感じって味わったことあったっけ?)」
そして彼女達は、徐々に自分達の身体に訪れている違和感を感じるようになる。
最初に気付いたのは……入江だった。
それは……この世界から『卒業』する直前だということを指していた。
「(こんなに気持ちいいライブ……こんなに楽しいライブ……今まであったかな?)」
「(スゲェ……身体が、軽くなっていく……)」
関根とひさ子の二人も、後からそんな感覚を感じていく。
そして曲がすべて終わり、演奏もすべて終わる。
「……」
そこに残っていたのは、叩く人がいなくなったドラムに、弾く人がいなくなったギターが二つ、そして……マイクの前で完璧に歌いきった、岩沢だけだった。
※
そして、ライブが終わった後。
恭介は岩沢との約束通り、屋上にやってきていた。
空には月が高く昇っており、その輝きはまぶしかった。
岩沢は、そんな月を見上げている状態で、すでにそこに立っていた。
その身体には、アコースティックギターがかけられていた。
「しかし夜の校舎に堂々と潜入して……私達もそれなりに悪だな」
「食堂で勝手にライブ開いといて、今更何言ってやがるんだよ、まさみ」
「それもそうだな……」
導入の会話を少々した後で、その後の会話は続かなかった。
しかし、黙っていていもそれでよかったのだ。
これから岩沢がやろうとしていることが、恭介には理解出来たのだから。
「……恭介」
「何だ? まさみ」
「最後のライブをやる前に……言っておきたいことがあるんだけど、構わないか?」
「……ああ、別にいいぜ」
恭介は、それを了承した。
岩沢は、少し沈黙の時間を加えた後で、ゆっくりと話し始めた。
「私さ、恭介にお礼を言いたいんだ。だから先にお礼から言わせてもらう。ありがとう、恭介……お前のおかげで、私はこうして最後の仕事をやり遂げることが出来たんだ……アイツらをこの世界から卒業させるという仕事を、果たすことが出来た」
「俺は何もしてないぜ。お前が勝手に気付いただけだよ。だから俺達は、何もしていない」
「それでもだ。恭介達がやり始めていなかったら、私はこんなことを思いつかなかった。この世界で、アイツらを縛りつけたままにしていた」
岩沢は、どうしてもガルデモのメンバーをこの世界から卒業させたかったのだ。
どうせバンドをやるなら、生まれ変わってもう一度集結してから。
そっちの方が、いつまでも同じ人達を相手に演奏しているよりかはよっぽどいいと思ったからだ。
「本当なら私が一番最初に卒業してたはずなのに……結局最後になっちまったな」
「リーダーらしくていいじゃねえか。そっちの方が何か格好いいぜ?」
「そうか? 別に格好なんてどうでもいいんだよ。ただ……私としてはちょっとこっちの世界にいすぎたかもしれないかなって思ってさ」
この言葉に、恭介は若干の疑問を感じる。
だが、それを尋ねることはしなかった。
「私さ……この世界で気になってしまった人が出来てさ」
「気になる人? それって……好きになった人って解釈しても構わないのか?」
「……構わないさ。その人といると、心が軽くなってさ。その人にはたくさんお世話になった。たくさん楽しませてもらった。たくさん話もした……本当に、迷惑もかけた」
「……ソイツは幸せ者だな。お前みたいな美人に想ってもらって、本当に幸せ者だよな」
「そうだと思うのならそれらしく振舞ったらどうなんだ? ……恭介」
瞬間。
恭介は固まってしまった。
いつもどこか楽しそうに、しかしその裏では冷静に物事を考えている恭介が。
何も言葉を発することが出来ず、ただただ固まってしまっていた。
「え……今、なんて……」
「……二度も同じ表現は使わないよ。ただ、本当にお世話になった……私のそばにいてくれて、ありがとう……恭介」
「……」
顔を少し赤くしながら、岩沢が言う。
恭介は思った。
「(ここで俺が答えを出してやらなければ、岩沢はこの世界から卒業出来ない……なら、俺が出すべき答えは一つ……)」
そして、岩沢にこう言ったのだった。
「……ありがとうな。俺のことをそんな風に想ってくれて。俺、生きていた頃にそんな相手なんていなかったからさ、何と言うか、その……嬉しかったぜ。けど、残念だが俺はその想いに応えてやることが出来ない。俺はお前のことを大切な仲間という間柄で見てたからな……いきなり男女間の仲にまでベクトルを変換できる程、俺も器用な人間じゃねぇんだよ……それに、軽い返事で、それを受け入れたとしても……お前の為にならないしな」
「……やっぱり恭介は優しいし、説得力があるよな」
少しばかり、岩沢は涙を流していた。
「私は、恭介を好きになれてよかった……その返事が例えどんなものであろうとも、気持ちを伝えられたから、もう十分だ。後は……ここで、私の作ったバラードを、恭介に聞いてもらうだけ。それだけで、私はこの世界から卒業出来る」
「……ああ、その通りだ」
静かに、恭介は答える。
その後で、岩沢に言った。
「さぁ、夜も無限じゃない。そろそろ始めようぜ? スポットライトは、空から差してくる月の光……これほど素晴らしいステージなんてないんじゃないか?」
「その通りだな。観客は一人だけど……むしろこっちの方が今はいい」
岩沢は、涙をぬぐった後で、ギターの準備をする。
……これから始まるのだ。
岩沢の、本当の意味での最後のライブが。
「本日は私のライブに来ていただき、誠にありがとうございます。これから演奏します曲は、『My song』という歌です。どうぞ最後まで、ご静聴よろしくお願い致します」
「……ああ」
そして、岩沢の歌は始まった。
その歌は、岩沢の人生を表したかのような曲だった。
岩沢の気持ちが込められた、いい曲だと恭介は思った。
「(岩沢の歌って感じがするな……)」
そして、ギターによる演奏と、岩沢による歌が終わった時。
「……」
その場には、最後に岩沢が使用したアコースティックギターが置かれていた。
恭介は、それを静かに広い上げて、そして空を見上げる。
空に昇る満月を眺めながら、恭介はこう呟いたら。
「……また会えた時は、きっと答えを出してやるからな。岩沢」
月の光は、満月を隠すように現れた雲のおかげで、遮られてしまった。
*
夜の校舎内。
響くのは、大山の悲鳴。
駆け付けた男子生徒―――野田は、ハルバードを使って、大山を襲う謎の存在を斬った。
しかし……野田は奇妙に思った。
そして、呟いた。
「今……俺は何を斬ったんだ?」
その様子を眺めていた遊佐が、無線機を使ってこのことをゆりに報告する。
しかし、無線機から返ってきた返事は、こうだった。
『影? もうちょっとちゃんと説明してよ』
これに対して、遊佐は言った。
「影としか説明出来ません。今駆け付けた野田さんが倒したところです。大山さん一人では危ないところでした」
その言葉に対して、遊佐に対する返答ではないのだが、ゆりはこう呟いた。
『危ないって……何が?』
次回予告
「この世界に異変が起き始めている」
「また何かしたのか?」
「僕も助けようとしたんだ!」
「加勢などいらん!」
「何か入ってきます! 音無さん!!」
「消えるぞ!」
「俺は待っている」
「なんだよ、コイツ……」
「お前達は早く逃げろ!!」
「じゃ、また会えたら会いましょ」
Next episode is……『Change the World』
Coming soon...