とある科学の元魔術師   作:珠風船

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今回の話を読む際、主人公の出身地はイギリス。元魔術師という事を頭の片隅においてからお読みください。


第12曲:私はミラが大好き

 第七学区、とあるベンチにて

 

 炎天下の中、六人が談笑しながらクレープを食べていると、不自然に千歳が顔を上げる。そして、少し眉をひそめてめんどくさそうに溜息を吐くと残りのクレープを食べて立ち上がった。

 

「白井嬢、初春。悪いが10秒でそれを食べきってくれ。強盗みたいだな。初春は警備員(アンチスキル)へ連絡を、白井嬢は俺と現場で直接抑えるぞ」

 

「はいですの」

 

「わかりました」

 

 白井と初春は千歳の言葉に頷くと、自分たちも一気にクレープを食べきった。佐天は当然の事のようにその様子を見ているが、ミラと美琴は不思議に思いながら見ている。

 

 そして、それぞれクレープを食べきった三人は自分のポケットから風紀委員(ジャッジメント)の証である腕章を取り出して右腕に装着した。

 

「どちらですの?」

 

「あそこの銀行だ」

 

 千歳が指差したのはミラたちがいる場所からちょうど死角になっている、道路を一本挟んだ場所にある銀行だった。初春はその場所を確認すると自分の携帯電話から警備員(アンチスキル)へ通報する。

 

「わかりましたの。それと、お姉様はくれぐれもついて来ませんように!」

 

「いや、まず何が起きてるか把握できてないんだけど……」

 

 美琴の反論を無視して白井は千歳の肩に触れると銀行の中へテレポートした。

 

 

「佐天ちゃん、さっき強盗に気が付いたのは枝先君の能力かしら?」

 

「あ、はい。千歳さんは強能力者(レベル3)反響定位(エコーロケーション)っていう能力者なんですよ。本来は超音波を反射させて周囲の状況を知る、っていうものなんですけど、その能力の副産物で千歳さんは普段からとっても耳がいいんです。

 

 学校ぐらいの大きさの建物なら、壁を通り抜けて全部の音が聞こえてくるらしいですよ。流石に授業中とかは耳栓してるって言ってましたけど」

 

「なるほどね。建物の中であってもこのぐらいの距離なら簡単に聞こえてくるのか」

 

「枝先君と組んでる白井ちゃんや初春ちゃんならあれぐらいの説明で通じるみたいね」

 

 

 だが、本来であればこういった強盗の対処などの危険な案件は警備員(アンチスキル)の仕事である。しかし、それも緊急事態ならば致し方ない。見て見ぬフリもとい、聞いて聞かぬフリをするぐらいにならば、彼は風紀委員(ジャッジメント)なんてやっていないだろう。

 

 風紀委員(ジャッジメント)三人の素早い行動に感心しながら、ミラは指を鳴らして自身の能力を発動させる。

 

「強盗は……三人か。一般の人も少なくないみたいだけど大丈夫かな」

 

「ちょっとミラ、私たちにもわかるように見せてよ」

 

「あ、ごめんね」

 

 そう言ってミラは再び指を鳴らす。すると、ミラたちの目の前に建物のミニチュアが現れた。さらに、そのミニチュアの中には配置物や人までも細部に至るまでしっかり映っている。それは人相や表情、ちょっとした仕草まではっきりとわかるほど鮮明に。まるで建物の天井を外して上から見ているようだ。

 

「わ、これなんですか? 立体映像?」

 

「そう。これがミラの能力、色彩調節(コーディネーター)よ」

 

「これがミラさんの能力なんですか?」

 

「ええ。私は光学操作系の能力者でね、それを応用すると透視もできるのよ。それに三次元映像も作ることができるから。

 

 今は私が透視してる映像をリアルタイムで立体映像化。まあ、要するにあそこの銀行とリンクしてるジオラマを作ってるような感じかしら。向こうが動けばこっちもそれに応じて動く、そんな感じかな」

 

「すごっ……」

 

 佐天は超能力者(レベル5)の凄さを始めて肌で感じていた。この街の頂点とはここまで凄いものなのかと。しかし、この程度はまだまだ序の口でしか無いのだが。

 

 そして、初春も警備員(アンチスキル)への通報を終わらせてきたようで、ミラたちの話を黙って聞いていた。

 

 

「あ、千歳さんたちが犯人に接触しました!」

 

 そうこうしているうちに立体映像の中で千歳たちが行動を開始した。どうやら千歳たちはすぐに強盗を抑えるのではなく、隙をついて無力化させようとしていたらしい。一般人がいる中で正面切って戦うほど二人は馬鹿ではない。

 

 そして白井の空間移動(テレポート)を使用した戦法、千歳の風紀委員(ジャッジメント)直伝の護身術により一瞬で強盗二人が倒された。その突然の事態により残った一人の強盗は驚いた表情を見せている。

 

「やった!」

 

 初春が思わず歓声をあげる。が、強盗もそれでやられてしまうほど甘くはないようだ。ピンチに追い込まれているにも関わらずまだまだ余裕があるようにも見える。

 

 千歳が最後の一人を取り押さえようとした瞬間、一般人、しかも妊婦さんが千歳を後ろから羽交い絞めにして動きを封じてしまった。

 

 色彩調節(コーディネーター)の能力の精度によりわかる事だが、妊婦さんの目は虚ろで一切焦点が合っていない。

 

「え!? なんで!?」

 

「……洗脳能力(マリオネッテ)ね。能力で他人の行動をコントロールするものよ」

 

 学園都市最強の精神系能力者である食蜂の親友であるミラならば、精神系能力にかけられている人間ぐらいはその種類まで瞬時に判断できる。まあ、裏を返せば、ミラが即座に判断できるほどに食蜂が能力を乱用しているだけだが。

 

 とにかくこうなっては誰も手出しができなくなってしまった。身動きを封じられた千歳は勿論、白井の空間移動(テレポート)があっても万が一を考えてしまえば動けない。

 

 

 

 そして、そんな中でミラの雰囲気が一変した。

 

「ミラ……さん?」

 

「っ……ミラ、少し落ち着きなさい!」

 

 いつもニコニコしているミラの顔は、今や怒りの表情しかない。先程までとは、他人と言われても納得できてしまうほどにミラの雰囲気は異なっている。そんなミラを見ている佐天と初春は凍てつく氷河に叩き込まれたかのような、そして深海に沈められたような錯覚に陥っていた。美琴のみが何とかその錯覚から逃れていた。というのも以前に美琴はこの状態のミラに直面したことがあったのだ。

 

 初春と佐天はミラの異常な雰囲気に完全に呑まれており、地面に膝をついてガクガク震えるだけ。美琴でさえも足が震えており立っているのもやっとの状態である。それでもミラの前に立つのは親友故か。

 

「止まりなさいミラ! これ以上進むなら無理矢理にでも止めるわよ!」

 

「ねえ、美琴」

 

 感情の篭らない声が美琴の耳を刺激する。その声を聞いて美琴はさらに体に力を込めて抗おうとするものの、それすら今のミラからすれば邪魔なものでしかない。

 

「私の前に立ち塞がるなら、覚悟は……できてるの?」

 

「っ!」

 

 ミラは目の前にいたはずだ。ミラは美琴の前にいたはずなのに……、

 

 今は背後から抱きつくようにして、優しく美琴の耳に囁いていた。それは恋人に語りかけるようでもあるのだが、やられる美琴が感じるものは戦慄。もうその時点で美琴の膝を折るのには十分だった。

 

「安心していいわよ。目くらましぐらいは付けてあげるから」

 

 美琴が地面に倒れこむのを視界の端に捉える事もせず、ミラは銀行へとゆっくり、ゆっくり歩みを進める。

 

 

 本来であれば美琴はミラの能力に影響を受けることはない。何故なら美琴は電磁場を使ってレーダーを展開可能。一方でミラの弱点は美琴のような生体レーダーを持つ相手、要するに視覚を使わないでも活動できる相手だと極端に相性が悪い。美琴はそれに該当している。

 

 だが、美琴は姿を消したミラに気づく事はできなかった。今のミラを目の前にして、美琴は演算を組み立てることすらも不可能になっていたのだ。それほどまでに今のミラの威圧感は尋常でない。

 

 

 

 そもそも、超能力者(レベル5)とはいえ美琴は一般人だ。闇にも、戦争にも、人の死というものに縁がないと言っても過言ではない。戦う事を知ってはいるが、世界という大きな視点から見てしまえばそれは所詮おままごとと相違ないだろう。

 

 だが、一方のミラは学園都市に来る前は魔術師だ。闇も、戦争も、人の死も、あるいはその先すらも知っている。ミラにとっての戦闘とは基本的には生きるか死ぬか、絶対に負けが許されないものであった。

 

 その差なのだろう。経験の差、というべきなのか。なにせミラはある一点においては魔を極め過ぎた魔術師、魔神を凌駕するほどの魔術師でもあったのだから。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 第七学区とある銀行の入口前にて

 

 ミラが銀行の前にたどり着いたと同時に強盗の一人、洗脳能力(マリオネッテ)が中から相当慌てて飛び出してきた。

 

「くそが、風紀委員(ジャッジメント)程度にやられやがって! おかげで一人で逃げる事になっちまったじゃねえか! 俺の能力の制限時間は長くはねえってのに、……あ?」

 

「…………」

 

 洗脳能力(マリオネッテ)の目の前に立ちはだかるのは、怒りの表情すら消えたミラだった。一言で表すなら絶対零度。否、それですら甘いかもしれない。

 

 だが、洗脳能力(マリオネッテ)はまだミラのそれに気がついていない。

 

「へへへ、ちょうどいいな。てめえには人質になってもらおうか」

 

「…………」

 

 そう言ったと同時に洗脳能力(マリオネッテ)はミラに触れようと、腕を広げて突進してくる。いくら発動時間が短いとは言え、一分もあれば洗脳した人間を拘束して逃亡することも可能なのだろう。

 

 そして、洗脳能力(マリオネッテ)がミラの右腕に触れる。だが、ミラは最下位とはいえ超能力者(レベル5)の一人だ。

 

「くくく、これで安心して逃げられ、」

 

「……一つ、」

 

「何でだ!? なんで能力が効かない!」

 

「一つ、私の右腕は義手。仮にあなたの能力の発動条件が対象者に触れることなら、その条件を満たしていないわ」

 

「なら、!」

 

「……二つ、」

 

「な……んで」

 

 今度こそ、洗脳能力(マリオネッテ)の手がミラの生身の部分に触れた。が、またしてもミラが洗脳される様子はない。

 

「二つ、私には敵意が篭められた精神系能力が一切通用しない。理由は知らないけどね」

 

「な、そ、そんな奴いるはず、」

 

 今更ながらに洗脳能力(マリオネッテ)はミラの異常さ、異様さに気が付いたようだ。彼はミラの事をさっきまでは人質に使える小娘程度にしか考えていなかった。なのに、今では得体の知れない化物のようにしか映っていない。

 

「三つ、」

 

 

 ミラが言葉を紡ごうとしたその瞬間、銀行の自動ドアが開いて白井と千歳が飛び出してくる。他の二人の身動きを封じ、妊婦にかけられた洗脳もすでに解けたようだ。

 

「申しわけありません、ミラさん! 私たちが抑えますの!」

 

「くそ、」

 

 洗脳能力(マリオネッテ)は悪態をつく。が、ここで白井たちに取り押さえられた方がいかに、そしてどれだけ安心で安全、快適な監獄生活を過ごせたことか。

 

 

 ミラは白井たちが飛び出してきた際、そっちには意識を向けようとしていなかった。気づかなかったからではない。ミラからすれば、今の白井たちなんてどうでもいい、意識を向ける必要のない存在でしかないのだ。

 

 そして、先ほどの言葉を続ける。

 

「……三つ、私は命を蔑ろにする輩が大嫌いよ。特にその対象が幼い子供だったならば尚更に」

 

 ミラが許せなかったのは、洗脳能力(マリオネッテ)が銀行を襲ったことでも、妊婦を洗脳した事でも、洗脳した妊婦を使って千歳の身動きを封じたことでも、自分の事を洗脳しようとした事でもない。というか、その程度のことで怒るほどミラの沸点は低くない。

 

 何よりもミラの琴線に触れたのは胎児に危害を加えようとした事だ。胎児がどれだけデリケートかは考えなくてもわかるだろう。

 

「…………」

 

 そして、何も言わずにミラは指を鳴らして能力を発動させる。その瞬間、

 

「……消えた? 空間移動(テレポート)?」

 

「いや、違うな。これは……、」

 

 白井と千歳の前から、ミラと洗脳能力(マリオネッテ)が文字通り消失した。白井が言うように空間移動(テレポート)と思ってしまうほど忽然と姿を消したのだ。

 

 だが、千歳にはその正体が分かっていた。何故なら千歳も美琴と同じように生体レーダーを持っている。つまり、反響在位(エコーロケーション)が視覚を必要としない能力だからこそ、その正体が理解できているのだ。

 

「おそらくだが、自分の周囲をドームで覆うの変わらないんだろうな。ただ、そのドームの外側には彼女と強盗がいない状態を投影している。

 

 要するに、カメレオンが周囲の色に溶け込むのと同じように、ミラジェーン嬢は周囲の空間をまるごと擬態させてるんだろう。

 

 まあ、どっちにしたってやはり(・・・)超能力者(レベル5)は規格外……か」

 

「そんな事を、……ってお姉様!?」

 

「何かあったのか?」

 

 白井は道路の向こうで倒れている美琴を見つけてそちらへと走っていく。そして、千歳もそれについて行く。今の状態の美琴を見て白井は放っておけないようだ。いくらなんでも今の美琴の、そして初春と佐天の様子は尋常ではない。顔は真っ青、立つこともできていないようだ。

 

 それにミラは超能力者(レベル5)。強盗に遅れを取るほど弱くないことは白井も千歳も重々承知している。優先すべきは向こうの方だ。

 

 

「お姉様! 初春、佐天さん!」

 

 白井と千歳が三人の元へとたどり着いた。が、初春と佐天の顔は病人のように真っ青、体は極寒地にいるかのように震えている。美琴は他の二人よりかはマシなようだがそれでも万全とはとてもではないが言い難い。

 

「……黒子?」

 

「大丈夫ですか、お姉様!? いったい誰がこんなことを!」

 

「……それは、」

 

 美琴が何とか言葉を口にしようとするが、それを千歳が遮って代わりに言葉を続ける。

 

「ミラジェーン嬢、だな?」

 

「……ええ」

 

「なっ、何故ミラさんがこんなことを」

 

「前にも、」

 

「え?」

 

「……前にも似たようなことがあったの。去年の冬ぐらいだったわね。珍しく、私とミラ、食蜂の三人で学舎の園の外へ外出したことがあったの。

 

 その時にたまたま無能力者狩りの現場に遭遇してね、犯人はボウガン片手に小学校へ侵入しようとしていたわ。その小学校は低レベルの能力者が児童の多くを占めていたからターゲットになっていたのよ。

 

 それを私たちでなんとか止めたんだけどその時にね、ミラが本当に怒った姿を初めて見たわ。

 

 その時にミラがキレた理由はその犯人が小学生を傷つけようと、一歩間違えば殺そうとしていたからよ。

 

 今回もその時と同じ。強盗が妊婦に、いや胎児に危害を加えようとしたから。ミラは命の大切さや尊さをちゃんと理解してる。多分、私たちとは比べ物にならない程にね」

 

 というのも、ミラは“死”という概念に対してとてつもなく大きなトラウマを抱えている。しかしそれは、自分が死にかけた、とか、誰かを殺してしまった、とか、目の前で誰かが死ぬのを見た、とか。ミラのそれは生易しくて、救いがあるものではないのだが。

 

「そ、そんな事が」

 

「それでね、前回の時は犯人を廃人寸前まで追い込んだわ。食蜂がいなかったら廃人確定だった」

 

「「!」」

 

 千歳と白井は驚愕の表情を浮かべる。あの温厚なミラがそんなことをしたのかと。

 

「で、では止めないと!」

 

 そう言って白井はさっきまでミラたちがいた場所へと向かおうとする。今は姿が見えていなくてもいた場所ぐらいは把握していた。だが、

 

「黒子、やめなさい!」

 

「な、何故ですの!? いくら相手が外道とはいえども過剰な暴力を見逃すことなんてできませ、」

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』

 

「「「!」」」

 

 白井がそう言った瞬間、銀行の前から断末魔の叫び声が響いてきた。それを聞いた白井、さらには意識すら朦朧としていた初春と佐天がビクンッと反応する。千歳は向こうの音をすべて拾っているため、ある程度のことは予測できているために驚きは少ないようだ。が、顔が青ざめている。

 

「前の時は一切の容赦を見せることなく、拷問とも言えるようなやり方で犯人を潰したわ。

 

 今はミラがドームを形成して姿を見せないようにしてるけど、中に入ったら酷いわよ。あの時は数日間、何も食べる気にはならなかった。それぐらいにね……」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 第七学区とある銀行の入口前、ミラが能力で作成したドーム内にて

 

「な、なんだ!? お前一体何をした!?」

 

「……」

 

 ドームの中からはマジックミラーのように外の景色が普通に見えていた。その為洗脳能力(マリオネッテ)にはミラが能力を発動させてドームを形成したこと、周囲から分断されたことはわかっていない。だが、それでも洗脳能力(マリオネッテ)は慌てている。

 

「なんだよこれ、こんなことありえねえ!!」

 

「能力が働いてるんだからありえないことはないわ。これが私の能力、選択透過(セレクトパス)

 

 私が触らないと選択したものは決して私に触れないのよ。今はあなたに触らないことを選択してるから貫通してるんだけど、意味わかるかしら?」

 

 現在、ミラの体は幽霊のように洗脳能力(マリオネッテ)の肉体をすり抜けている。ミラの右手は彼の腹を貫通して背中から生えている。左手は彼の額を貫通して後頭部から生えている。そんな事をされていて動揺しないはずがないだろう。

 

「そ、そんな能力聞いたことねえぞ!!」

 

それはそうでしょうね(・・・・・・・・・・・)

 

 一つ聞いておきたいんだけどさ。さっきあなたが洗脳した人は妊婦だったていうのはわかるわよね。胎児(赤ちゃん)に影響があったらどうするつもり?」

 

「は、ははは、そんな事どうでもいいだろ。

 

 そ、それにそんな大層な能力を持っていたとしても俺に触れなきゃ意味は、」

 

 もはや洗脳能力(マリオネッテ)は終わった。火に油を注ぐかのように、今のミラに対して決して言ってはならない言葉を口にしてしまったのだから。

 

「……ない、かしら? ここまで来るとほんとに哀れ。さっきせっかく説明してあげたのに。

 

 触らないと選択したものは触わることはない。

 

 その裏を返せば、触ろうとしたものだけ触れる。そうはならないかしら?」

 

 ミラはそう言うと洗脳能力(マリオネッテ)の腹に突き刺していた右腕を徐々に引っ込める。ただし、右手が背中から見えなくなったあたりでその速度が極端に遅くなった。

 

「何を、」

 

 洗脳能力(マリオネッテ)がそう言った瞬間、妙な音がその場に木霊する。

 

 ぺキン、という何かが折れた音

 ゴリッ、という何がが削れる音

 ベリ、という何かが剥がれる音

 グジュ、という何かが肌を突き破る音 

 

 そして、ビチャ、という黒ずんだ赤い液体が地面に落ちる音が鳴ると同じ瞬間、ミラの右手が洗脳能力(マリオネッテ)の腹から抜き出された。ただし、その手はドス黒い赤で染められ、多量の真っ赤な液体を付着させた白い尖った塊が握られている。

 

「……えっ?」

 

「説明しなきゃわからない? これは肋骨。主に臓器を保護する役目をする骨ね。

 

 でも大丈夫。一本なくなったぐらいじゃ大した苦痛にはならないから」

 

 ミラはそう言うと手に握っている塊を、もう用済みと言わんばかりにそこらへ放り投げる。それは地面に接触するとカランという音を立てて静止した。

 

「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

「あら、そんなに痛かった? 肋骨の一本取ったぐらいじゃ全然痛くないはずなのに。

 

 けど容赦なんてしてあげない。次は大どこの骨を抉り出してあげましょうか。あ、でも」

 

 台詞だけ聞けばおちょくってるようにも聞こえてくるミラの声。が、実際その言葉は表情と同じように絶対零度と感じさせるほど感情が込められていない。もはや洗脳能力(マリオネッテ)が感じるものは恐怖とそれに似た何か。

 

 だが、ミラは悲鳴を上げる洗脳能力(マリオネッテ)など気にもとめない。さっきのショックで倒れた彼を蹴り飛ばして仰向けにすると、さらに絶望の底に叩き落とす。

 

「骨を続けるとマンネリ化するわね。次は違うやつで」

 

「っえ、」

 

 そう言うやいなや右手を彼の腹に突き刺し縦横無尽に引っ掻き回す。そして再び奇妙な音、しかも今度は耳も塞ぎたくなるような生々しい音を鳴らす。

 

 グチュリ、という肉が潰れる音。

 ブチッ、という肉が引き千切られる音。

 

 最終的にブシャッという水が飛び出すのような音と同時、真っ赤な噴水が彼の腹から湧き上がる。

 

 それがミラの顔や服に大量にかかるが彼女は一切気にする素振りも見せず、手に握った真紅に染まった気持ち悪い黄色いブヨブヨを洗脳能力(マリオネッテ)に見せつけるようにして言葉を続ける。

 

「これが人間の小腸。生体内だと三メートルぐらいなんだけど、外に出ると倍ぐらい長さが伸びるのよね。小腸は三つの部分に分かれてるんだけどさ。どうせだからほかの二つも部分も外に出してあげましょうね」

 

「ひぃ、やめ、やめて、」

 

 もはや、ミラには洗脳能力(マリオネッテ)の言うことなど聞く価値などないようだ。それを行動で証明するかのように、ミラは釣り糸を手繰り寄せるようにしてどんどん小腸を引きずり出していく。

 

「ある意味レアかもね。自分の臓器を生で見れるなんてそうそうあることじゃないわよ」

 

 そう言うと、まだビクビクと脈動している手に握ったブヨブヨを握り潰す。先ほどのように血があたりに飛び散る。が、ミラにとってはどうでもいいことだ。それを象徴するかのように、普段は白いミラの髪は黒ずんだ赤色に変色し、赤い液体が滴り落ちている。

 

「ぎゃぁぁぁぁあああああああ、痛い゛痛い゛痛い゛痛い゛痛い゛痛い゛!」

 

「あら、痛いの? 胎児(赤ちゃん)が死んじゃっても別にどうでもいいような人が痛みを感じるなんて驚きね。

 

 それにね、もう終わった、なんて思ってたりする?」

 

「っえ……あっ?」

 

「まだまだ抉り取る場所なんていっぱい残ってるわよ。

 

 肋骨はまだ23本も残ってるし、両手両足には骨が沢山。それに骨盤とか、脊髄に背骨、頚椎みたいなのもあるわ。それに臓器にだって腎臓、肝臓、大腸、胃に膵臓もあるし、筋肉や皮膚がある事も忘れてないかしら。あ、出血は心配しないでいいわよ。その程度で逃げられるとは思わないでね。頭は……気持ち悪いからいいわ。表情筋を毟り取るぐらいで許してあげる。

 

 でも安心していいわよ。殺しはしないし、ちゃんとしたお医者さんを紹介するから。その人は死んでないならどんな人でも治せるからね。だから、抉り出すところがなくなるまでショック死だけはしたらダメよ。生きていたいなら、だけどね」

 

 言い終わると同時にさっきまでが生易しく感じるほどに速度を上げて洗脳能力(マリオネッテ)の体から、肉片やら骨やら臓器やらを次々に引きずり出しては放り投げる。一切の迷いも慈悲もなく、自分の体が真っ赤に染まろうが関係ない。

 

 辺りに響き渡るのは、ベチョッという肉が地面に叩きつけられる音、カランッという骨が転がる音、そしてなによりも

 

「い゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、だ、だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛う゛ぐえ゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 もはや洗脳能力(マリオネッテ)に出来ることは絶叫する事、死ぬ寸前までの時間を耐えて絶望する事のみだ。

 

 

  ◆

 

 

 が、本来であればミラの能力ではこんなことは不可能である。

 

 実際にはミラが洗脳能力(マリオネッテ)に喋っていた事なんてすべてが嘘、ブラフ。

 

 もちろん、選択透過(セレクトパス)という能力なんてミラは持っていない。喋っていた事だけでなく、血も、骨も、内蔵も、すべてが能力で作ったハッタリ。音だってミラが能力の補助装置で発生させている物にすぎない。現在、洗脳能力(マリオネッテ)が見ているミラの姿すら能力で作られた映像でしかない。

 

 仮に、ミラの能力が作用しない人物が今の状態を見たとすれば、地面に倒れ込んで叫び声を上げる狂った男と、それを近くで見ているミラしか見えないだろう。

 

 ミラが洗脳能力(マリオネッテ)に直接的に接触した事と言えば、蹴り倒して仰向けにしたことぐらいだ。もちろん洗脳能力(マリオネッテ)が正気であったならば痛みなど感じるはずもない。極論言ってしまえば彼は逃げようと思えたならば、すぐにでも逃げられた。

 

 だが、今のミラがそんな事をさせるはずもない。

 

 

 まず、洗脳能力(マリオネッテ)を行動不能にした本質はミラの異常なまでの殺気。蛇に睨まれた蛙のように、恐怖により身動きなど取れなくなる。ミラが魔術師として培ってきたそれは常人には到底理解できるはずもない物だ。

 

 

 さらに、洗脳能力(マリオネッテ)は感じるはずのない痛みを感じていた。その理由は簡単に言ってしまえば彼のお思い込みである。

 

 例えばだが、漫画や映画で爪をはがされるシーンを見るとしよう。痛いと感じることはないだろうか。ただしそれで痛みを感じたとしても雀の涙ほどでしかないかもしれないだろう。

 

 が、それを己の体でやられたら話は変わる。自分の体から骨が強引に抜き取られる。自分の体から無理矢理(はらわた)を引きずり出される。そんな事をされて正気でいられるのか。しかも生々しい効果音まで付属させられて。

 

 それにミラがしていたことはそれだけでは収まらなかった。洗脳能力(マリオネッテ)のまぶたを透明にして目を閉じさせる事を許さない。さらに、サブリミナル効果の要領で、痛みを連想させる画像を視覚へと強制的に流し込む。わざわざ臓器や骨の説明していたのも、より生々しいイメージをさせるためだ。

 

 結果、洗脳能力(マリオネッテ)の脳は幻影を本物と錯覚した。(はらわた)を潰された事も、骨を砕かれた事も、肉を抉られた事もだ。

 

 それ故に、ありもしない感覚に苛まれ、感じるはずもない激痛に絶叫し、来るはずのない未来に絶望した。己のすべてが手の平で踊り狂わされる、その認知すらできないままだ。

 

 

 現実(リアル)を超えた現実(フェイク)の演出。これこそが序列第八位、ミラジェーン=ヴィクトリア。学園都市最強の光学系能力、色彩調節(コーディネーター)の真骨頂。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 第七学区、とあるベンチ近くにて

 

「前の時は一切の容赦を見せることなく、拷問とも言えるようなやり方で犯人を潰したわ。

 

 今はミラがドームを形成して姿を見せないようにしてるけど、中に入ったら酷いわよ。あの時は数日間、何も食べる気にはならなかった。それぐらいにね……」

 

「な、なあ御坂嬢。ミラジェーン嬢は今、口に出している事を本気でやっているのか?」

 

 今は犯人の叫び声によりミラの声は白井たちには声が届いていない。が、千歳には向こうの音がしっかり聞こえている。

 

「ミ、ミラさんは何を、」

 

「……骨を抉り出すとか、腸を潰すとか」

 

「なっ」

 

「ええ。けど、それはミラが見せてる幻影だから実際にはやってないわ。そういうフリをしているだけ。

 

 でも、あの時ほど自分に食蜂の能力が効かないことを悔やんだことはないわね。記憶を消してくれればどれだけ楽だったか。

 

 ミラの能力は傍から見れば本物としか思えないから、いまドームに入ったら、」

 

「見ることになるのはマグロの解体ショーならぬ人間の解体ショーか。叫び声付き、血飛沫、肉塊、骨片、臓物舞い散る惨殺処刑。一方的な無慈悲の虐殺か」

 

『い゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、だ、だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』

 

 さっきまで響き渡っていた悲鳴がさらに酷くなってきた。もはや人間が出すことのできる声の範囲を軽く超えている。

 

 さっきまでよりかはマシになってきていた初春と佐天の顔は青を通り越して真っ白になっていた。人間が解体される様をモロに想像してしまったのだろう。白井たちはその二人よりかは酷くはない。が、顔は真っ青。

 

「そ、そんな事言ってる場合ではありませんの! どちらにしても止めなくては! お姉様、何かミラさんを止める方法はありませんの!?」

 

「何か、何かミラの気を引き付けられるものがあれば……」

 

 

 美琴がそう言った瞬間、千歳は両目を閉じ、両手を耳に添えて能力、反響在位(エコーロケーション)を発動させる。何か口にしているが、それは人間が耳にすることのできる音域を軽く超えているので誰にも聞こえないのだが。

 

「…………!!」

 

「何かありましたの!?」

 

「ああ、さっきの妊婦が産気づいてる。多分、さっきの騒動が引き金になったんだろう。詳しくはわからないが、多分やばいほうだと思う」

 

「……それなら!」

 

 くどいようだがミラは元魔術師、それも医者。しかもトップクラスの。例え魔術師だろうが通常の医療技術も熟知していた。なにせその腕は本職の桐船、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)すら認めるほどだ。

 

「ミラーーーー!! 銀行の中で赤ちゃんが産まれそうなのーーー!」

 

 永続的に続いている悲鳴に負けないくらいの大声で美琴は叫ぶ。

 

 

 そう美琴が叫び終わったその瞬間、

 

「「「!!」」」

 

 ミラと洗脳能力(マリオネッテ)の姿が美琴たちの前に現れた。ミラが能力を解いたのだ。

 

 一瞬だけ真っ赤に染まったミラと、その周囲に散らばる赤や白、気色悪い黄色の塊が見えたのは気のせいだろう。最低でも美琴たちはそう思うことにした。洗脳能力(マリオネッテ)は泡を吹いて気絶している。

 

 そしてミラは電光石火のごとく銀行へと駆け出していく。ミラにとっては洗脳能力(マリオネッテ)を潰す事よりも赤ちゃんを助ける事の方が何倍も大事なようだ。その証拠に今は銀行の方しか見ていない。  

 

 

 

  ◆

 

 

 

「……ねえ、黒子、他の皆も」

 

 ミラが銀行の中に入ったのを確認すると、美琴がほかの皆に問いかける。洗脳能力(マリオネッテ)の悲鳴が消えたことで初春、佐天もようやくプレッシャーから解放されたようだ。

 

「正直に言ってね。ミラの事、怖い?」

 

「「「っ」」」「…………」

 

 怖くないはずがないだろう。ミラの殺気に晒された初春と佐天は元より、フリとは言え人間の解体を平然とやってしまう人を怖がらない方がどうかしている。千歳だけは表情を変えずに聞いているが。

 

 白井たちの反応を確認すると、美琴はさらに言葉を続ける。

 

「確かに、今のミラがしていた事は許される事じゃないわ。あそこまでやる必要はないし、完全にやりすぎの範疇を超えてる。私だってさっきのミラはとっても怖かった。でもね、」

 

 美琴は一旦言葉を切り、自分の言葉を噛み締めるようにして言葉を続ける。

 

「私はミラが大好き。

 

 一緒にいて楽しい所も、底なしに優しい所も、ちょっと天然な所も、正直な所も、他の人のために怒れる所も、命の大切さを誰よりも知っている所も、私を認めてくれる所も、全部ひっくるめて大好きよ。たとえあんなに怖くなってもね。

 

 ミラは多分、誰よりも優しさっていうものを知ってるんだと思う。優しいからこそ、あそこまで怒れるのよね。

 

 そんなミラだから。私はミラが好きなのかもしれないわ」

 

 美琴はそう言い残すと自身も銀行の中へと入っていく。ミラがいかに優れた腕を持っていたとしても、一人だけではできないことが出てくるだろう。ならば足りないところは自分が補えばいいのだ。

 

 誰よりもミラジェーン=ヴィクトリアと友達でいたい、対等でありたい少女の姿がそこにはあった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 美琴が去った後

 

「全く、あそこまでカッコつけられて黙って見ていろと?」

 

「到底無理ですね。私もっとミラさんと仲良くなりたいです」

 

「じ、尋常じゃないほどにジェラシーを感じる所ですが、私たちにも何か出来ることがあるかもしれませんわね」

 

「かっこいいなー、御坂さんも、ミラさんも」

 

「じゃ、行くとするか」

 

「救急車呼ばないといけませんね」

 

警備員(アンチスキル)来ましたけど、今さらですわね。事情を説明してきますわ」

 

「なんだかんだ言ってもミラさんの事を嫌いになれそうにないなー」




やっと超電磁砲一話終了。次回は食蜂さんにも出ていただきましょう、できればですけど。感想ありましたらよろしくお願いします。
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